昭和60年
年次経済報告
新しい成長とその課題
昭和60年8月15日
経済企画庁
第2章 新しい成長の時代
50年代になって,我が国経済の景気循環のパターンは大きく変化したように見える。設備投資をはじめとする従来の景気循環要因が薄れる一方,海外経済の影響がより直接に我が国経済に及ぶようになった。現在,景気は上昇2年半を経過してなお拡大過程にあるが,その現局面を踏まえた上で,今後の「新しい成長の時代」における景気循環の姿を考えてみよう。
(50年代の景気循環の特徴)
30年代から40年代前半にかけての高度成長期と,第1次石油危機以降とで,循環変動を中心に景気変動がどのように変化したかについて観察される特徴的な点を挙げると,次のようなものがある。
第1は,景気循環の上昇・下降局面の長さが,上昇期間が短く,下降期間が長くなったことである( 第2-11表 )。20年代末以来第1次石油危機までの景気上昇期(5回)の平均35.4カ月,景気下降期(4回)の平均12.8カ月に対し,50年代の景気上昇期(2回)の平均は25.0カ月,景気下降期(3回)は第2次石油危機後の景気下降期が二段階調整を余儀なくされ長引いたこともあって平均20.3カ月となっている。ただし58年以降の最近の上昇期は,既にこの平均を超えている。
第2は,50年代に入ってからの景気循環の下降局面での落ち込み幅が,必ずしも大きくなっていないとみられることである。景気の変動の大きさを表す指標として,コンポジット・インデックス(CI)( 付注2-4 )の一致指標を採り,そのトレンドからの乖離幅をみると( 第2-12図 ),第1次石油危機に続く景気の落ち込みは大幅であったが,その後の落ち込みは高度成長期と比べて必ずしも大きくないとみられる。
第3に,景気循環の中身をみても,高度成長期には設備投資循環,在庫循環がかなり明瞭だったのに対し,50年代にはそれぞれ小幅化し,やや不明瞭になっている。設備投資循環については後述するが,自律的な在庫投資変動も50年代には小さくなっている。これには,減量経営の一環として,また産業における情報化や在庫管理技術発展の成果として,企業の在庫圧縮が進んできたことが寄与していよう。製造業企業の製品在庫率と在庫水準評価との関係をみると( 第2-13図 ),景気上昇期には両者の関係が傾向線に沿って左下方に戻るか停滞し,次の景気回復期に入って在庫調整が一巡する頃に傾向線そのものが左上方にシフトする,という関係がみられる。この結果,50年代初と最近とを比較すると,同じ在庫水準過不足評価に対応する在庫率は,最近の方が0.1カ月分程度低くなっていることが分かる。こうした在庫の中期的な圧縮傾向が,在庫循環を不明瞭にするように働いている。ただ,在庫水準が相対的に低下したことが必ずしも在庫変動の重要性を低下させるものではない。56年末からのアメリカ経済の落ち込みによる輸出減が我が国内外の製品在庫増を引き起こし,景気の2段階調整を余儀なくさせたように,自律的循環は小幅になっても,外的ショックによる在庫変動の可能性は常に残されていることに注意しなければならない。
第4に,景気の上昇から下降,下降から上昇への転換局面をもたらす要因が変化している。30年代は,国内景気上昇による国際収支悪化に対処して行われる金融引締めが極めて効果的に作用して景気の下方転換(山)が起こり,逆に引締めを緩和することによって景気の上方転換(谷)が起こった。40年代は,国際収支の天井が高まった一方,物価上昇に対処するための金融引締めが同様の効果を及ぼした。石油危機後は石油価格上昇に伴う物価上昇に引締めで対処したこととともに,海外景気要因による輸出の動きが大きな役割を果たしている。これについては後述するが,こうした最近の海外景気要因による景気変動は,30年代の国際収支制約による景気循環とは別のものであることに注意を要する。30年代の国際収支制約は,主として国内景気上昇に伴う経常収支の赤字拡大によるものであり,すぐれて国内的,自律的要因に帰因するものであったからである。もっとも,30年代においても,景気の上方転換点(景気の谷)においては輸出増による経常収支の黒字化という要因が引締めを終わらせたという例は少なくない。
(設備投資循環)
高度成長期の設備投資の動きをみると( 第2-14図 ),大幅な変動を繰り返しながら全体としては高い伸びを示し,経済成長をリードしてきた。国民総生産の変動が,設備投資の循環によって引き起こされていたことを,図は示している。
30年ごろからの動きをみると,設備投資にかなり明瞭な10年程度のサイクルがあったことが読みとれる。設備投資は,31年から36年,41年から45年に特に高い伸びを示した。その後は第1次石油危機に見舞われ,成長率低下に合わせて調整を強いられたため,46年から52年にかけては,平均するとほぼゼロ成長であった。その後設備投資は中期的にやや盛り上がりをみせ,今日に至つているが,この間の変動は小幅なものとなっている。
設備投資循環小幅化の原因として,次のような要因が挙げられよう。第1は,企業にとっての需要の期待成長率が,高度成長期に比較して低下した状態ではあるが,安定的な水準を維持していることである。経済企画庁「昭和59年度企業行動アンケート」によれば,60年初における製造業企業の向こう3年間にわたる業界需要成長率は,平均で年率4.4%(実質),うち加工組立産業では同5.6%,素材産業では,同3.7%となっている。こうした状況下では期待成長率に見合った安定的な設備投資態度が予想され,とくに素材産業においては,過剰設備を招くような設備投資は回避されよう。
第2は,必ずしも景気の動向に左右されない独立投資部分のウェイト上昇である。第1次石油危機後の景気後退期には公害防止投資が,第2次石油危機後は省エネルギー投資が,設備投資を下支えし,最近ではハイテク関連投資が設備投資の盛り上がりをリードしている。
第3は,設備投資に占める非製造業のウェイトの上昇である。非製造業は製造業に比べ需要が安定的に拡大しており,また資本係数が最近上昇傾向にあるとはいえ相対的に小さいところから,設備投資変動の安定化に寄与する可能性もあると考えられる。資本係数の大きい電力業も,総じて安定的な投資を行っている。
第4に,第1次石油危機後の不況を脱した後は,最終需要が総じて安定的な動きを示し,設備投資変動を拡大するような動きを示さなかったことである。
第1章第3節の推計によれば,52,53年度には公的固定資本形成の増加,また51,52年や55,56年には輸出の増加による需要面の投資誘発効果が,「設備投資率」の落ち込みを下支えしたと考えられる。
以上のように,第1次石油危機後の設備投資の安定的な推移には,中期的に続く要因と短期的要因とが寄与している。最近の動向をみても,中期的要因である第1から第3までの要因は依然働いており,とくに第2に関連して,設備投資の盛り上がりをリードしているハイテク関連投資は,第3節でみるようにかなり根強いとみられる。問題は短期的要因である第4の要因である。59年の設備投資は,輸出の増加に牽引されて出てきた面があることから,今後輸出が鈍化すれば,その面からは設備投資の伸びは鈍化するとみられる。しかし,今後は,内需の増加に加え,更新投資要因等も引き続き増加すると期待され,設備投資を下支えすると考えられる。
(世界経済と我が国の景気)
高度成長期には,我が国の景気循環は主として自律的な設備投資及び在庫投資の循環と,マクロ経済政策運営とによって形作られてきた。これに対して,第1次石油危機以降は,海外経済の動向や人為的エネルギー価格変動によって我が国の景気が大きな影響を受けるようになってきた。とくに,2度の石油危機の影響,56年末からのアメリカ景気下降に伴う我が国経済への影響,58年初からのアメリカ経済急回復にリードされた景気回復などは,海外要因の影響拡大を示している。
我が国景気が海外要因によって影響を受ける度合いが強まったのは,次のような原因によるとみられる。第1は,アメリカの景気変動が1970年代後半以降特に大幅だったことである。アメリカのCIの前年同期比増減率をみると,1960年代に比較的安定的に推移していたCIは,70年代に入って以降大幅な変動を繰り返している( 第2-15図① )。
第2は,世界景気の上昇・下降が1960年代末からかなりの程度同時化してきたことである。これは世界経済の相互依存関係の深まりによるものであるが,第1節にみたように,各国経済が石油への依存を深めていたこともあって2度にわたるOPECによる石油価格大幅引上げが世界経済に同時的な影響を及ぼしたことが大きい。
第3は,世界経済動向の我が国への影響の程度の強まりである。
我が国の輸出と世界経済動向との関係を我が国の通関輸出額(ドルベース)と,日本を除く主要8か国のCIの前年同期比の動きによってみると( 第2-15図② ),世界経済動向と我が国の輸出の相関をみることができるが,最近では56年秋以降の動きの一致がみられる。また輸出の変化は,57年度においては,日本経済の自律回復への動きを制約する一方,58年度においては,景気回復のリード役の一つとなった。
こうした動きは,基本的には我が国の世界経済との相互依存関係の深まりを反映したものであるが,さらに50年代後半には①アメリカの大幅財政赤字等による実質高金利,ドル高が我が国の交易条件改善を遅らせたこと,②ドル高,大幅な財政赤字等により経済運営の政策選択の幅が狭まったこと,が背景として挙げられる。
(アメリカの景気循環)
次に,我が国の景気変動への影響を強めたアメリカの景気循環の変化について,詳しくみよう。
アメリカでは景気循環についての研究が早くから行われており,1854年からの景気循環について月及び四半期別にその推移が知られている。それによると,1920年代から1970年代初めまでは明かな循環を示しつつも,振幅は次第に小さくなっている。これについては総需要管理政策の効果が指摘されるが,その他に経済のサービス化が進み,雇用が景気下降期にも減少しにくくなったことが重要であるとされる。
しかし1970年代に入り,スタグフレーション体質が悪化すると,景気変動はむしろ大幅化している。特に1981年央からの下降期の落ち込みは大きく,かつ後退期間が長かったことが特徴である。これはスタグフレーション,特に物価上昇期待が強く,これを打破するために厳しい金融引締めが行われ,戦後最悪の不況に陥ったことによる。雇用面でも大幅な調整が行われ,就業者数も落ち込んだ。しかし,雇用の落ち込みは前回までの景気後退期に比較して特に大きくなったとは言えない。これは,景気後退期に相対的に雇用者数が安定している非製造業の,雇用全体に占めるウエイトが拡大したことによるものである。
こうして景気後退期に雇用者数が相対的に安定してきたことが,景気の下支え効果を持ったと考えられる。
第2-16表① は,第1次石油危機より前の4回の景気下降局面と,第1次石油危機以降3回の景気下降局面の,1回当たり非農林雇用者の増減率を産業別にみたものである。これによると,第1次石油危機前は1回平均2.3%減,危機後は同1.8%減と雇用減少幅はやや小幅になっている。しかし,産業別雇用者構成を不変として下降期の産業別雇用者数増減率を平均すると,第1次石油危機以降の平均は危機前の平均に比べ落ち込み幅が逆に大きくなる。このことは,第1次石油危機以降の時期には,サービス部門等への雇用者構成のシフトが景気下降期の雇用者数の落ち込みを緩和するように働いていることを示している。
1982年末からの急速な景気の回復,拡大はこのような深刻な不況からの回復局面に特有なものであった。それとともに,従来高かったインフレ率がこの不況期を通じて大きく引き下げられ,インフレ期待がかなり弱められたこと,賃金上昇率の大幅な鈍化によって利潤の回復が著しかったことなどによって,企業の期待収益率が大幅に上昇し,設備投資は景気回復の比較的初期から大幅に増加している。
アメリカの設備投資は特に明確な循環を示しており,今回も前回までの循環局面との対比で考えれば,上昇力の弱まる時期に近づきつつある。さらに今回はドル高による対外競争力の弱まりが,投資意欲を弱める可能性もある。
しかし,現在ハイテク化が進行していること,企業収益がなお高水準であること,インフレがなお鎮静していることなどのため,投資は底固く,大幅な落ち込みは考えにくいとの見方も多い。アメリカの景気循環は今後も設備投資循環に規定されることは変わりないとみられるが,物価が安定しているため今後は60年代以前のような比較的安定したパターンに戻ることが期待される。サービス業の就業人口比率が急速に上昇していることも,こうした可能性を大きくするものであろう。
ただ,双子の赤字などの不安定要因の解消に失敗した場合には,アメリカの金利,インフレ率の急上昇,スタグフレーションへの逆戻りという可能性も皆無ではないことに注意する必要があろう。
以上,高度成長期から現在までの景気循環をもたらした要因を検討してきたが,最後に「新しい成長の時代」において景気循環がどのような形をとるかを考えよう。我が国の景気循環を取り巻く環境についてみると,第1に,我が国景気に影響を与える海外要因が50年代に比べ安定化することが期待できる。これは9第1節でも述べたように,一つには石油需給をはじめ食料,資源エネルギー等の需給が当面安定的に推移すると考えられること,二つには,アメリカを始め主要先進国のこれまでの政策運営の結果インフレ懸念が相当程度解消し,安定的なマクロ経済運営が可能になっており,世界経済がなお抱える問題点についての各国の努力が実を結んでいくことにより,世界経済の安定的成長が期待されることである。さらに,アメリカの実質高金利が是正されてくれば金融政策の自由度も回復してこよう。ただ,国際通貨情勢については,今後とも十分な注意が必要である。
第2に,財政面からの制約の下で,50年代前半に採られたような積極的経済政策が採られる余地は限られてきているものの,少なくとも財政の景気自動調整機能の有効性は維持されているとみられる。
第3に,経済のソフト化・サービス化が進むことは景気に安定的な方向に働く可能性があると考えられる。アメリカでは非製造業雇用者のウェイト増大により雇用や景気変動が小幅化されたが,我が国においてもこうした方向へ向かうことが考えられる。ちなみに,アメリカにおける景気下降期の雇用増減要因と同様の分析を我が国の産業別雇用者について行ったのが 第2-16図② である。
ここでは,現実の雇用増減が第1次石油危機前の景気下降期(4回)は平均4.6%増に対し危機後(3回)は平均2.3%増と伸びが低まっているが,産業別雇用者構成比を固定してみると伸びの鈍化幅はより大きく,ここでもサービス部門等への構成比のシフトがある程度雇用を下支えしているものと考えられる。
第4に,景気を下方転換させる条件のうち,従来のような国際収支はもちろん資源・エネルギー制約等は当面除外することができ,また物価も安定的に推移するものと見込まれている。このため,設備投資をはじめとする国内の自律的要因が景気転換要因となる可能性が強まっている。
以上の景気循環を取り巻く環境変化を考慮すると,今後の景気循環は,資源・エネルギーの動向は今後とも注意が必要だが,第1に振幅が小幅化するとともに,第2に50年代に比べ我が国経済の自律的な循環がより明らかになるのではないかと考えられる。