昭和59年

年次経済報告

新たな国際化に対応する日本経済 

昭和59年8月7日

経済企画庁


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第4章 進展する金融の自由化・国際化

第2節 金融の自由化・国際化と金融市場の変貌

我が国の金融市場においては,前節でみたように徐々に自由化が進展してきた。現在では,外貨の市場を含めロットの大きい取引については,各金融市場間の裁定がほぼ自由になっている。この結果,リスクの差等の取引コストの存在により多少の金利差は残るものの,各金融市場の金利水準はかなり平準化されてきている。しかしロットの小さい取引については,相対的に取引コスト(預金者が資金を動かす手間・時間,金融機関の集金・事務処理費用等)が大きい上,預貯金金利については金利規制が行われているため,市場金利商品との裁定はなお不十分なものになっている。

金利裁定取引の活発化は,資金余剰主体の運用利回りを上昇させ,また資金不足主体の資金調達コストを低下させる働きがあるため,金融仲介に伴うマージンを低下させ金融システムをより効率化していく圧力となる。近年,こうした裁定取引は国内の円資金市場の間ばかりでなく,表示通貨の違いや国境を越えて行われている。このため,ひとつの市場の自由化は,他の市場の自由化圧力として働くようになってきている。本節では,こうした裁定取引に注目して,我が国の各金融市場の変貌と構造変化を分析し,若干の考察を行うこととしよう。

1. 短期金融市場

短期金融市場は,金融機関だけが参加できるインターバンク市場(コールおよび手形,ドル・コール)と非金融機関でも参加できるオープン市場(現先,CD,外貨預金,非居住者円預金)に分けられる。これらの市場は,金融の自由化・国際化の進展に伴って51年末の10兆円から58年末には36兆円へと急拡大している。

こうした中で各市場の全体に占めるシェアは,大きく変化した(第4-7図)。51年末には,円コール・手形市場が短期金融市場残高の75%近くの圧倒的に高いシーアを占めていた。しかし,52年の国債流動化に伴う既発債市場の拡大から,現先市場が急速に拡大し,53年末には30%にも達した。その後,54年にCD市場が創設され,その後のCD発行枠の拡大もあって,CD市場のシェアが徐々に増加してきている。さらに55年12月の新外国為替法の施行により,外貨預金,インパクト・ローンが自由化された結果,ドルの短期金融市場であるドル・コール市場,外貨預金の拡大が著しい。このうちドル・コール市場については,海外のユーロ市場の国内への振り替わりという面に留意する必要があるものの,ドル・コール市場のシェアは58年末には28%にまで上昇したほか,その他のオープン市場も40%にまで上昇した。その反面,伝統的なインターバンク市場であるコール・手形市場のシェアは,32%にまで低下している。統計がないため残高が把握できないものの,CD現先市場(CDを用いた現先取引市場)が近年急速に拡大したとみられることや,期近物の既発債の売買,日銀売却政府短期証券の流通等を考慮すると,オープン市場の拡大は先の図以上のものがあるといえよう。また各市場間の裁定取引は,前節でみた諸規制の緩和により活発化してきており,市場間の金利格差も,縮小してきている(第4-8図)。

(インターバンク市場とオープン市場の間の裁定)

ここで手形金利と現先金利の動きを通して,インターバンク市場とオープン市場の間の裁定取引をみてみよう。この二つの市場はほぼ同じ期間の資金過不足を調整する市場であり,両方の市場に参入しうる主体が制約なしに裁定活動を行った場合には,両市場の金利はほぼ完全に一致するはずだからである。

これまでの手形金利と現先金利の動きをみると,50年代前半までは,特に引き締め期においては両者の間にかなりの差があった。これはオープン市場である現先市場への銀行の参入が制約されていたためである。しかし50年代後半以降,金利差は縮小してきており,両市場間の裁定は十分行われる方向に向かっていると推察される。これは,第1にこの二つの市場をつなぐ太いパイプとも言うべきC D市場が54年5月に発足したことによると考えられる。すなわち,市場参加者には違いがあるものの,CDの流通市場の金利は現先と同様オープン市場で決定され,他方CDを発行する銀行は,主として手形発行による資金コストと比較しつつその発行を決めるからである。また第2に,インターバンク市場とオープン市場の裁定に関し,都銀の売り現先枠の拡大(53年10月,54年4月)及び撤廃(55年4月),一部証券会社のコール・手形市場への参入(55年11月以降順次実施)が認められたことにもよろう。

(内外資金市場の間の裁定)

一方,内外円資金市場の間の裁定についてみると,前にみたように為替管理の自由化により54年春以降,ユーロ円金利と現先金利はほぼ一致するようになっている。これは,ユーロ円金利は,新外国為替管理法により自由化された国内での外貨取引を,為替の先物予約により実質的に円金融とした場合の金利に相当することになるからであり,このカバー付外貨取引と現先取引との間には裁定が働いているからである。ユーロ円市場と現先市場の裁定取引の活発化は,国内の金融市場にもかなりの影響のあるものである。55年12月のインパクト・ローンと外貨預金の自由化は,種々の資金市場の金利等に関する規制にとらわれない金融仲介を可能にした。まずカバー付の外貨預金についてみると,活発な裁定取引によりユーロ円金利や現先金利などの自由な円資金市場とほぼ同水準となっている。この結果,円転規制()による制約はあったものの,外貨預金は実質的には円建自由金利預金とみることができる。本年6月に円転規制が撤廃されたため,今後の外貨預金の動向に注目していく必要があろう。ドル・コール市場は,円コール・手形市場と異なり,無担保での資金調達が可能であり,また期間等の制約もなく,インターバンクでの自由金利取引となっている。これは,手形市場とオープン市場の間の裁定を強める要因となっている。

さらにインパクト・ローンは,実質円建のカバー付の場合も日本銀行の窓口指導の枠外である上,その金利設定が市場金利と連動しているため,プライムレートの動きに制約されない貸出となっている。

国内における外貨取引は,これまで国際的な資本取引であるとみられることが多かった。確かに先物によるカバーがない外貨預金やインパクト・ローンは国際取引としての性格が強いものの,先物でカバーされた外貨預金,ドル・コール,インパクト・ローンは,むしろ円資金市場における種々の規制にとらわれない実質円建の国内金融取引とみるべき面が多い。

こうした自由化の進展に伴い,各市場間の金利裁定が高まってきているが,我が国の短期金融市場については,アメリカ,イギリスと比べてなお弾力性・多様性に欠けているとの指摘もある。今後円建BA市場の創設が見込まれているほか,現在一般預金金利同様臨時金利調整法で上限が規制されているインターバンク預金金利の自由化や短期の国債市場の検討をすることとされており,各市場間の裁定はより活発化するものと考えられる。以下,これらの措置について,若干の検討を加えてみよう。

(円建BA市場の創設)

円建貿易金融の円滑化にからみ,円建BA(銀行引受手形)市場が創設されることとなっている。BAとは,貿易取引等をファイナンスするために通常輸出入業者が振り出し,銀行が引き受けた期限付為替手形であり,その流通市場がBA市場である。BAは銀行が支払い人となっているので信用も高く,現在の手形市場でも流通しうるものである。円建BA市場は手形市場とは異なり,企業,非居住者等が幅広く参加するオープンマーケットであることから,その創設は,我が国の短期金融市場の多様化や円の国際化に資するとともに企業等の資産運用のニーズに応えることにもなる。

我が国の輸出入に占める円建比率はなお低く,先にみたように58年中では輸出で34.5%,輸入で3%程度にとどまっている。これは,第1節において述べたところの要因が大きいが,さらに円建取引に必要な海外での円の運用・調達が円滑にできないことも1つの要因となっている。円建BA市場の創設は円建貿易金融の整備を通じて貿易金融コストを軽減する効果をもちうるとともに,ある程度貿易の円建化を進めることから我が国の輸出入業者の為替リスクの負担軽減につながることも期待される。

(インターバンク預金金利の自由化)

インターバンク預金金利の自由化は,現在有担保の市場であるコール市場に実質的に無担保の取引を導入することになると考えられる。現在コール市場で有担保原則が採用されているのは,昭和恐慌時に不良貸付を抱える銀行が無担保のコール資金を多額に取り入れた結果,市場が混乱した経験によるものである。インターバンク預金は,ロットも大きく,金利の動向等についての知識が豊富であり自由金利商品の運用に習熟している者同志の取り引きであることから,この金利の自由化について検討を行なう必要がある。

しかし自由化に当たっては,インターバンク預金がコール・手形市場での取引と密接な関係を有していることから,金融機関取引がコール・手形市場からインターバンク預金市場にシフトし,現在コール・手形市場を通じて行なわれている金融政策が有効に働かなくなる可能性に留意すべきである。

(短期の国債市場)

短期の国債は,高い信用力及び流通性などの特徴を有することから,このような市場が存在するようになれば,短期金融市場全体の厚みが増し,金利メカニズムの機能が高まるとともに,金融自由化の下における金融政策の有効性の確保に資するものと考えられる。

現在,短期の国債としては,政府短期証券と残存期間の短い期近国債がある。

また,60年度以降において,大量の国債の償還及び借換えを円滑に行っていくためには,短期国債も一つの検討課題であると考えられる。

こうした短期の国債市場の検討に際しては,我が国の財政・国庫制度と深い関係をもつ点に留意すべきである。

(短期金融市場の拡大と政策運営)

日本銀行による金融市場調節は,現在のところまずインターバンク市場であるコール・手形市場の需給を変化させ,その金利に影響を与えることに始まり,さらにその金利を預金・貸出市場や公社債市場等に波及させることで実体経済に影響を与える。このため,今後の金融の自由化により各市場間の裁定取引が活発化すれば,インターバンク市場の需給の変化がオープン市場に素早く波及するようになるので,全体としては日本銀行の金融調節の効果が高まることが期待される。

さらに短期の国債については,このような市場が存在するようになれば,金融自由化の下における金融政策の有効性の確保に資するものと考えられる。また,非金融機関が余裕資金を運用する場合に,自由金利のCD,現先,外貨預金等の市場が拡大することは,その運用効率を改善するうえで望ましいと考えられる。

2. 預金・貸出市場

(預金市場)

預金金利は,昭和40年代半ばまでは極めて非弾力的で,30年から44年の15年間にわずか2回変更されたにすぎなかった。しかし45年4月に臨時金利調整法の運用が弾力化され,日銀のガイドラインで変更できるようになったこと等から,公定歩合の変更にある程度歩調を合わせる形で,より弾力的に変更されるようになってきた(第4-9図)。しかし,預金金利と市場金利の間にはギャップがみられ,特に引締期にはかなり大きくなった。

アメリカでは,第4-10図②にみるように,1960年代後半から市場金利が預金の上限金利を上回りはじめたため,国内の預金から規制のないコマーシャル・ペーパー (企業や銀行持株会社の発行する単名手形),ユーロ・ダラー預金(アメリカ以外の国にある銀行の受け入れるドル預金),リパーチェス・アグリーメント(債券の現先取引)等への資金移動が発生した。こうした金利規制回避の動きは,1970年代後半には小口預金にまで広がり,MMMF(短期金融資産投資信託)の急速な拡大をみた。このため銀行からの預金の流出が激化したが,これに対して銀行もMMC(6か月物TB金利基準定期預金),NOW勘定(譲渡可能払戻指図証書,実質的に当座預金に貯蓄預金の金利を付するもの)等の導入で対抗,さらに決済性を有し付利自由な預金であるMMDA(1982年12月)とスーパーNOW勘定(1983年1月)が導入されて,アメリカの預金金利規制は実質的に撤廃されるに至った。その後1983年10月には,1980年金融制度改革法の予定を2年半早めて,預金金利規制がほぼ全面的に撤廃された。

我が国においても先にみたように,CDの導入や外貨預金の自由化により,預金金利の一部自由化が行われている(第4-10図①)。日米財務当局間(大蔵省-財務省)で作成され,5月末に公表された「日米共同円・ドル・レート,金融・資本市場問題特別会合,作業部会報告書」(以下,「円ドル委員会報告書」と略す)で示されたように,今後CDが更に小口化(60年4月までに発行単位を3億円から1億円への引下げに努める)されるほか,60年4月までには市場金利連動型預金(いわゆるMMC)が導入される見通しとなっている。このように徐々に大口預金の中でロットの小さな円預金についても自由化が進展していく見通しである。

(預金金利の自由化)

一方円建の預貯金については,現在のところ臨時金利調整法とそれに基づく日本銀行のガイドラインによりその最高限度が設けられており,実際の預金金利はガイドラインの上限と同水準になっている。そのため,市場金利と預金金利の間にはかなりの金利差が存在していることは事実である。このような市場金利と規制された預金金利との間のギャップが商品差を越えたものまで拡大すると,その二つの市場の間を裁定することで利益を生むことも可能となってくる。こうした状況下,近年長短金利差がかなり拡大した時期を中心として,既存の預金から中期国債や,中期国債ファンド,期日指定定期預金,ビッグ,ワイド等の金融新商品への資金の移動が増大している。こうした中で,金融機関と証券会社の提携による預金と中期国債ファンドを組み合わせた商品や,普通預金の残高が一定額以上になった場合に自動的に定期預金に振り替えるいわゆるスイング・サービス等により,預金の多様化が図られてきている。この結果,現在でも,総合口座による定期預金を担保にした借入れを利用するとともに,頻繁に要求払い預金から高利回りの商品に振り替えを行うことによって,個人でも決済性預金についても定期預金金利に近い利回りを得ることが可能になっている。しかし,借入れには心理的な抵抗を感じる預金者も多い上,振替には手間がかかること等の制約がある。

また小口預金の範囲については議論もあろうが,仮に全国銀行の一口あたり100万円未満の個人預金をみると,個人預金全体の45%(58年9月末)を占めている.預金金利自由化が進む中で将来とも小口預金を自由化の圏外においておくことはできないと考えられる。

預金金利の自由化は,一般の預金者にとって大きなメリットをもたらすのは言うまでもない。そのほか,預金金利の自由化は銀行間の競争を金利面に移すことにより,我が国の金融システムの効率化に資するものと考えられる。しかし一方で,預金金利の自由化は,金融機関にとっては資金調達コストの上昇となるほか,金利変動が拡大することも考えられ,その経営は大きな影響を受ける可能性がある。このため,預金金利を速やかに自由化するためには,信用秩序の維持に配慮しつつ,金融機関の経営の効率化を一層促進することが必要である。金融の自由化に伴い,銀行は自主的な商品開発等を行っていくものと見込まれる。

(貸出市場)

現在貸出金利の基準として,慣行上,公定歩合と連動する短期プライム金利(1年未満の貸出について適用される最優遇金利),及び長期信用銀行が自主的に設定する指標としての長期プライム金利が存在している。また貸出金利の法的規制として,臨時金利調整法(利息制限法,出資法もあるが,これは上限金利が高いため,実際上制約となっていない。)がある。このうち短期プライム金利の設定基準の慣行については,銀行の主要な資金調達手段である預金の金利が公定歩合と密接な関係をもっていることによるものと考えられる。また長期プライム金利は,長期信用銀行の主要な資金調達手段である利付金融債利回りと連動して設定されている.一方,戦後の復興インフレ期に導入された臨時金利調整法は,預金と貸出(後者については期間1年未満のもの)の両方について上限規制を行うことで,企業の利子負担の軽減による投資と輸出の振興をねらったものであるが,このうち臨時金利調整法の貸出上限金利については,我が国経済の安定成長移行に伴って資金需要が弱まったため規制の意味合いはかなり薄れてきており,実際の貸出金利は上限金利の枠内でかなり弾力的に変動している。ここでは,短期貸出金利の変動をやや詳しくみてみよう。

一般に用いられる短期貸出約定平均金利は,ある時点における短期貸出の残高についての貸出金利の平均であり,過去に実行された貸出をも含むため,現時点での市場金利の動向と直接比較することはできない。そこで,いくつかの仮定のもとで新規の貸出金利を試算してみたのが第4-11図である。この図の上段によれば,新規貸出金利は,貸出約定平均金利に比較して短期プライム金利の変化により敏感に反応していることが分かる。また図の中段の,預金の歩留りを考慮した新規貸出実効金利をみると,長期金利である長期国債の流通利回りと短期金利であるコール・レートの,中間的な期間を持つ金融資産の市場金利として推移していることが分かる。

しかし短期貸出の期間は1年未満であり,特に3か月程度の期間のものが多いことを考慮すると,新規貸出金利の変動幅は,そのような期間の市場金利に比較してはかなり狭いといえる。図の下段には,銀行の資金コスト(手形金利プラス貸出経費)と新規実効貸出金利が図示されているが,これによれば,銀行は引締期には,コスト以下の金利で貸出を行う反面,緩和期には,逆にコストにかなりのマージンを加えた金利で貸出を行っでいることがわかる。これは,銀行が企業との長期の顧客関係の中で,表面上の貸出の期間よりやや長い目でみた取引を行っていることを示している。別の観点からみると,銀行による貸出しは結果的に企業の収益の安定化に寄与しているとみることもできる。すなわち,引締め期では貸出金利が低めに維持される反面,緩和期には逆の傾向が生じる面があるとも考えられうる。

(貸出市場の構造変化)

我が国の経済が高度成長から安定成長に移行し,民間の資金需要が弱まるに従って,貸出市場も大きな構造変化をみている。このうち注目されるのは,海外への貸出の増加,消費者金融の拡大,普通銀行,長期信用銀行,相互銀行といった各業態の業務の同質化傾向であろう。

まず,海外への貸出の動向をみると,円,ドルともに急速な増加を示している。全国銀行の貸出に占める海外への貸出シェアは52年末の5.1%から58年末にはに17.5%にまで増大している。また収益源としての国際部門のウェイトも急増してきている。ちなみに都市銀行などでは粗利益に占める,国際業務部門の割合は2割程度に達している。

(消費者金融)

また従来,資金の出し手としての役割が強調されがちであった家計部門においても,近年借入れが急速に増加してきている。一世帯当たりの負債の年収に対する比率をみると,45年末には24.1%だったものが,58年末には39.5%にまで増加してきている。このかなりの部分が住宅や土地のための負債であるが,この他の消費者金融による負債も急速に拡大している。この中で,消費者金融専業者は高金利ながら無担保かつ簡便な手続による貸出を行ったこともあり,店舗面の制約もないことなどから,多くの店舗網を作り上げることによって,急速に成長してきた。この点に関し,金融機関を除く消費者金融の信用供与残高をみると,57年末で3.5兆円と,金融機関の消費者向貸付(定期預金担保貸付は除く)の同3.3兆円をやや上回っている。

このように,金融機関以外の業者が大きなシェアを占めており従来この分野に対する金融機関の取組は消極的であった。これは金融機関は,従来企業中心の営業で十分収益を上げられ業務体制も企業中心であったこと,消費者金融は小口で取扱いコストが高く,またリスクも高いこと,金融機関はその公共性から利息制限法の上限金利を上回る利率での貸出を行い難く採算が取りにくかったことなどによるものと考えられる。これに対して,消費者金融専業者は,借り手のニーズに柔軟に対応したことに加え,利息制限法をはるかに超えた高金利で貸し出し,きびしい取り立てにより元利金の回収が可能であったため,積極的な与信態度を執ってきた面もある。このことが,近年みられるような与信の急速な拡大の要因となっているとも考えられよう。

こうした中で,各業界内での過当競争や消費者の安易な借り入れ態度から過剰与信が発生し,債務返済苦を原因とする不幸な事態が多発し,社会的な問題になっている。これについては,貸出する側でも返済可能額以上に貸さないし,また消費者の側でも借りないという節度が求められる。この点に関し,58年11月に「改正出資法」の施行により,刑事罰のある上限金利の引き下げが行われたほか,貸金業者については「貸金業の規制等に関する法律」により業者の登録や取立行為の規制が行われており,その効果が期待されるところである。さらに今後の課題として,現在各消費者金融の業界ごとに分散している信用情報の一元化又は相互利用が必要となっている。またその場合消費者に対しても,個人の信用情報が目的外に用いられたり,誤った情報が記録された場合に訂正を求められるようにする等の保護措置を検討する必要があろう。

(金融機関の業務分野の変化)

最後に金融機関の業務にも徐々に変化がうかがわれ,実質的に業務分野の同質化が進んできている。我が国の貸出市場は,短期資金が普通銀行(都市銀行,地方銀行),長期資金は長期信用銀行ないしは信託銀行,という区分が行われてきた。また,中小企業については相互銀行,信用金庫,という専門化が行われてきた。しかし,普通銀行の長期貸出の増加傾向に加えて,長期信用銀行の長期貸出の減少(貸出増加額に占める長期貸出比率; 48年3月~9月105.3%,57年3月~9月66.6%)が起きており,普通銀行と長期信用銀行の長期貸出の比率が接近してきている。また普通銀行の貸出増加額に占める中小企業向け貸出も増加(49年中34.7%,58年中69.7%)してきており,その中小企業向け貸出への進出が強まっている。

今後とも,その競合が激化することが予想される。

(金融機関経営の変化)

金融の自由化の進展とそれに伴う競争の激化は,金融機関の経営を大きく変化させた。ここでは,それを普通銀行を例に取ってみてみよう。

まず資金調達面では(第4-12表),利回りの低い要求払い性預金から,より利回りの高い定期性預金へと預金がシフトしてきていることに加え,特に外部負債比率の大きい都市銀行で,CD,売り現先,外貨預金等の自由金利での調達が増加してきている。このように,金融自由化の進展に伴って金融機関相互間に金利面での競争がみられるようになってきている。こうした調達面での変化は,資金調達コストの上昇要因として働いている。また資金運用面でも,利鞘の小さい外貨建貸付のウエイトが増加してきている。

以上のような動きを反映して,銀行の総資産に対する利鞘は傾向的に低下を続けている(第4-13図)。この反面,手数料収入や外国為替売買益が,収益の下支え要因となっている。こうした収益構造の変化は,企業に利回りの低い預金を置いてもらう代償として無料ないしはコスト以下で提供していた振り込みや送金等のサービスについて,明示的な手数料を科するようになってきたためと考えることもできよう。

一方銀行業の生産性の動向をみるために,金融サービスの生産関数を推計したのが第4-14表である。これによると,他の産業の場合に比し,人員の係数及びその有意性が極めて高く,銀行のサービス生産における人員のウエイトが大きいことを示している。これに対し資本の代理変数として用いた店舗の係数については,その指標としての性格にやや限界があることもあり,有意性が低いとの結果となった。なお,人員と店舗の係数の合計がすべてのケースで有意に1を上回っていることが注目されよう。

次に銀行の収益分布をみると(同表),金融の自由化に伴うコスト上昇や,貸出市場における競争の激化等を通じて徐々に格差が拡大している。普通銀行の一人当たりの経常利益の格差を変動係数で見ると,47年度には0.3程度であったのが,57年度には0.44にまで拡大している。

(預金・貸出市場の変化と公定歩合政策の役割)

今後預金金利の弾力化が進展するに従って,預金金利は市場金利との繋がりを強めていくと考えられる。このため,銀行の資金調達コストは,主に市場金利で決定されるようになっていくことも予想される。さらに貸出金利に関しても,公定歩合にほぼ連動した短期プライム・レートの設定から,より市場金利を加味した決定方式に変化していくことも予想される。ちなみに,資金調達のほとんどを,円転(外貨建資金を調達した上で,ドル売り円買いを行い円で運用すること),売り手形,CD発行という市場金利商品にたよる在日外国銀行では,かねてより市場金利に利鞘を乗せる方式で貸出金利を設定している。

このように,預金・貸出金利と市場金利とのつながりが強まるにつれて,金融政策の手段も公定歩合の変更を重視した現在の方式から公開市場操作による市場金利の誘導を中心としたものになっていくと予想される。

3. 公社債市場・株式市場

(国債発行条件の弾力化)

52年の国債の流動化以降,国債の発行条件はかなり弾力化してきている。第4-15図にみるように57年頃からは,金融緩和期であることもあり国債発行条件は流通利回りとほぼ一致するに至っている。また市場での国債売買も活発化し,残高に対する売買の程度を表す国債の回転率は58年には1.5近くにまで上昇している。ここで金利の弾力性をアメリカと比較するために,国債流通利回りの変動係数と短期金利の変動係数の比率の推移を日米両国間で対比すると(同図下段)ほとんど同じ水準にあることが分かる。

(証券市場の国際化)

また債券市場の国際化も急速に進展してきている。すなわち,債券売買に占める外人投資家のシェアは,53年度の3.3%から,58年度には11.2%へと上昇している。その結果,価格形成における海外の影響度合が強まってきている。また発行市場においても,非居住者が東京市場で発行する円建外債は着実に増加してきており,円の国際債市場に占める地位も,50年には0.5%にすぎなかったものが,57年には4.5%と米ドル(64.6%),スイス・フラン(14.6%),ドイツ・マルク(6.9%)に次ぐに至っている。

一方我が国企業の資本市場を通じる資金調達においても,海外市場の割合が増加してきており,58年における海外市場での調達割合は46.2%に達している。

この結果,アメリカ,イギリス等の海外での市場慣行と,我が国の市場慣行との相違が議論の対象となっている。例えば我が国では,転換社債も含めて社債の発行には投資家保護を重視する起債慣行上,有担保原則がとられてきた。有担保原則は,昭和恐慌時の社債の相次ぐ債務不履行の経験から,社債権者保護のために採用されているものである。しかし,有担保原則により,過去の蓄積のないサービス業等では,たとえ今後収益力があるものと見込まれても物的担保がないことから起債が制約されている。また外国企業については,本国での無担保債の発行による財務制限条項によって,我が国で起債する場合でも担保を提供できないという問題点がある。このため,国内市場慣行の見直しが行われ,無担保債発行が可能な企業数の拡大が図られてきた。スイス市場やユーロ市場では,私募債については発行条件が極めて弾力的なほか,公募債についても,投資家保護のため財務制限条項等がある一方で,担保を必要としないことや手続が簡便であるという点で,企業からみて我が国におけるよりもメリットがある。最近では内外の金利差を主因に,また上記のような制度上の理由もあり,特に転換社債の発行市場が,我が国からスイス等の海外にシフトしてきている。

このようななかで本年4月には,無担保債を発行できる企業の条件を緩和したほか,本邦企業によるユーロ円債のガイドラインの緩和,円建外債の発行・運営ルールの弾力化が実施された。社債の無担保化が進展することとなれば,市場参加者による格付の検討や,これまでの有担保原則とは異なった財務制限条項等の方式による投資家保護が重要になっていくことも予想される。

一方株式市場においても,外人取引のウエイトが高まっており,50年には4.7%であった売買高に占める外人のシェアは,58年には16.6%にまで達している。

この結果東京市場とニューヨーク市場の株価の連動性も強まってきている。

4. ユーロ取引の拡大と円の国際的使用

ユーロ取引とは,ある国の通貨が通貨発行国以外の国において取引に用いられることを指す。主要なユーロ取引には,預金・貸出取引があり,ユーロ預金の残高は主要な市場の合計で9,450億ドル(58年6月末,銀行間の預け合いを除いた純計)にも上っている。またユーロ債市場も,近年その重要性を増してきており,その発行規模も485億ドル(58年中)に達している。

ユーロ取引のような外貨での取引が,ロンドンを中心として拡大してきたのは,かねてより自国通貨による取引に比較して,外貨での取引に対する規制が弱かったためである。外貨での取引に対する規制が弱かったのは,外貨により海外の投資家から資金を受け入れ,海外に貸し出すという,いわば金融の中継貿易は,自国の為替レートや金融市場に対して,ほとんど影響を与えないという事実があった。さらにシンガポール,香港,ルクセンブルク等,一部の金融センターでは,ユーロ取引によって自国の金融産業が発展するというメリットがあるため,ユーロ取引への優遇措置がとられてきた。しかし近年,イギリスや我が国では,金融の中継貿易ではない外貨による国内取引の自由化が進展してきている。

これは,国内の企業にとって,資金の運用・調達における利点が大きいことに加え,こうした外貨による取引を身近な金融機関で行いたいとのニーズが高まってきたことによる。

我が国におけるユーロ取引には,本節でみてきたように外貨預金,インパクト・ローン,ドル・コール等があり,いずれも新外国為替管理法の施行による自由化により,近年急速に拡大している。一方海外における円貨の使用としては,ユーロ円預金,ユーロ円貸出,ユーロ円債の発行が行われており,ユーロ円預金の残高は,58年6月末で約7兆円となっている(第4-16表)。

我が国を含むほとんどの国においては,自国通貨が勝手に海外で用いられて,為替レートや金融政策運営に悪影響が及ぶことを警戒して,ユーロ市場の拡大を規制してきた。西ドイツでは,ユーロ取引の拡大を抑制するため,国内においても海外に転売可能なCDの発行を認めていない。またアメリカでは国内の銀行によるスーロ市場からの資金取入れに準備預金を課しているほか,国内のユーロ市場とも言うべきIBF(国際銀行取引のための特別勘定)においては,国内取引をファイナンスすることを認めない等の制約を課している。

我が国においては以下のような規制等があり,これが結果としてユーロ円市場や円の国際的使用の拡大に対し抑制的な効果を持っていたものとみられる。

(1)居住者によるユーロ円債発行の届出制,非居住者によるユーロ円債発行の許可制。

(2)本邦の銀行による円建対外貸出は窓口指導内に含まれるほか,外国為替管理法上の届出にかかる審査が行われる。

(3)円建外債についての起債慣行や届出にかかる審査制。

(4)本邦銀行の海外支店による中長期ユーロ円貸出及びユーロ円CD発行自粛。

上記の規制等は主として調達面において非居住者の円の使用を抑制してきた面があろう。こうした中で,日本経済の国際的地位が高まるにつれて,海外からもっと円を自由に資本取引に使いたいとの要望が出されている。

非居住者による円資金調達の自由化は,他通貨による資金調達から円建の資金調達へのシフトを招き,これは他通貨の借入れを返済するための円売りにつながり,過渡的には円安要因となる。またユーロ取引は,国内の金融取引にもある程度攪乱的な影響を与えることが予想される。現にアメリカでは,翌日物のユーロダラー預金が通貨に非常に近い資産として保有されており,マネーサプライ統計にも準通貨として加えられている。また近年の発展途上国の債務累積問題に絡み,アメリカの金融引締めが中南米諸国の経済に悪影響を与えるとの指摘があり,連邦準備制度もこれを考慮せざるを得なくなってきている。

しかし,(1)日本経済の世界における地位が向上しており,我が国も貿易の決済機構や,国際収支不均衡のファイナンス等,国際金融システムを支えていくことが求められていることに加え,(2)第2章で論じたように,今後我が国の経常収支がかなりの黒字を続け,資本輸出国となっていくと見込まれること,(3)邦銀の国際的な金融仲介業務も拡大していくこと等から,円の国際化は,我が国にとって避けて通れない課題となっている。この結果,「円ドル委員会報告書」でもユーロ円債のガイドラインの緩和,短期ユーロ円CDの解禁,1年以内の居住者向けユーロ円貸付けの自由化の方針が表明されたほか,邦銀および外銀の円建対外貸付について,健全性の観点以外からの規制がなくなり,自由化された。また円建外債についても本年4月に発行運営ルールが弾力化された。

こうした円の国際的使用の拡大措置は,我が国投資家にとって海外預金に制約はあっても為替リスクを負うことなく,我が国の貯蓄を海外で運用できる機会をもち得るようになることを意味している。また我が国の金融機関は円での資金調達・運用に習熟していることから,邦銀の国際金融活動を拡大する効果もあると考えられる。円の国際的使用については,国内金融市場に急激な影響を与えぬよう今後注意深く見守っていくと同時に,こうしたメリットを生かしていくことが肝要である。