昭和59年

年次経済報告

新たな国際化に対応する日本経済 

昭和59年8月7日

経済企画庁


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第3章 転換する産業構造

第3節 産業構造の変化と調整過程

産業構造の変化は内外の条件変化に対する経済の適応の結果であり,それが速やかなほど適応が優れていることになる。しかし,産業構造の転換は内外に過渡的な摩擦をもたらしやすい。それは例えば,一方で成長部門においても,同じ先端技術を志向する先進諸国との技術摩擦という形であらわれるが,他方で同様に重要なのは,比較優位を失いつつある部門の再活性化または縮小に伴う調整コストである。

調整コストで特に重要なのは,労働の再訓練,再雇用と地域経済の再編成である。前者については,企業の多角化努力によって企業内部で成長部門への再配置が円滑に行われれば調整コストは抑制される。国の産業調整政策はこうした企業の努力を支援するものである。また後者については,比較優位を失いつつある部門の立地する地域へ新たな成長部門を誘致・育成することが地域の経済社会を攪乱することなく再編成するのに有効である。

1. 企業活動の多角化の進展

我が国の企業は従来から需要構造や投資効率の変化に対応して多角化の努力を進めてきた。製造業の業種ごとに多角化の度合いを多角化度指数でみると(第3一9表),石油,紙・パルプ,ゴム,食料品等加工段階の少ないものを除いてかなり多角化が進展している。

多角化が早くから進んだ業種は,化学のように素原料から多くの川下製品が生産される併産,連産の著しいものや,機械のように基本的な技術や部品を用いて,多種類の最終商品を組み立てるものに見られる。これに対して最近になって急速に多角化を高めているのが,繊維,非鉄金属,輸送機械(造船),鉄鋼,窯業・土石など,比較淡位の変化により調整を迫られ七いる業種等である。これら業種の多角化の動ぎを見ると,繊維でばプラスチック,化学,化粧品等に進出し,非鉄金属ではアルミ等の一次金属から加工品にウクエイトを高めており,また輸送機械(造船)では発動機,産業機械等一般機械部門へのウエイト移行が進んでいる。

さらに先端技術革新の中で,比較優位を失いつつある産業のみならずその他の産業も電子,新素材,医療等の新分野に自らの活躍の場を求めて積極的に進出を図っている(第3-10図)。特に,バイオテクノロジー応用分野のうち医薬品,酵素製品等の分野や,医療機器,健康機器等の医療分野へ,またプリント配線盤,電磁材料,樹脂等の電子材料製造の分野へは,化学をはじめほとんどの産業から進出が図られている。また,それぞれの業種と関連の深い分野へ,例えば,繊維が炭素繊維や光ファイバーあるいはVTRテープ等へ,窯業,土石,非鉄金属がファインセラミックス,光ファイバー等へ,輸送機械がロボット等へ進出している。食料品ではこうした新分野への進出に加えて,自社生産品の販売の場を提供するレストランなどサービス分野さの進出もみられる。

経済企画庁「景気回復下における新たな企業行動」調査(59年4月)によれば,今後5年間に異分野,新分野に進出すると答えた企業数は製造業で6割に上っている。その主な理由として,現事業の需要増が望めない,経営の安定化を図る,技術の他分野への応用が可能である,等が挙げられている。このように多角化は今後も進展するものとみられるが,その際,本業との関係が希薄な異業種での技術,経験,経営資源の不足を雇用の資質を高めることで補いつつ,企業の体質を一層強化することが望ましいと考えられる。

2. 産業調整政策とその役割

2度の石油危機及び発展途上国の追い上げ等により,素材型を中心に我が国産業の多くの業種は内外需の低迷やコスト高による国際競争力の弱化から,長期の不況に陥った。このようないわゆる構造不況業種については,構造転換,事業規模の縮小等により,経営及び雇用の安定を図ることが必要となる。このため我が国では,第1次石油危機後の53年に産業に関する「特定不況産業安定臨時措置法」及び「特定不況地域中小企業対策臨時措置法」,雇用に関する「特定不況業種離職者臨時措置法」及び「特定不況地域離職者臨時措置法」が施行され,指定された産業に関しては過剰設備の処理等,雇用に関しては失業の予防,離職者の再就職の促進等を通じて,円滑な産業調整及び経営と雇用の安定を図ってきた。これらの諸法は,一時的に産業が大きく縮小したり,それに伴い離職者が大量に発生することを最小限にとどめる等の目的から実施され,58年6月までの時限立法とされた。本来的に産業調整は産業の自主努力を基本とすべきものであり,また長期にわたる政府の支援は経済効率を阻げるからである。

産業に関しては,平電炉,アルミ精練,合成繊維,造船,化学肥料等14業種が業界の申出によって「特定不況産業」に指定され,処理すべき設備能力と処理期限等を内容とする安定基本計画に基づき,基本的には事業者の自主努力によるが,それだけでは円滑な実施が図られない場合は主務大臣による共同行為の指示(指示に当たっては,公正取引委員会の同意を必要とし,指示に従って行う共同行為は独占禁止法の適用除外)により過剰設備の処理が実施された。これによりアルミの57%,尿素の45%をはじめとし,平均23%の過剰設備処理目標が設定され,目標は平均95%達成された(第3-11表)。このような設備処理に当たって必要とされる資金の借入れに対する債務保証は100口,232億円が利用された。

雇用に関しては,既に49年に従来の「失業保険法」に代わり「雇用保険法」が制定され,事業活動の縮小による失業を予防するため,操短時の企業の賃金負担の軽減措置を講じる,「雇用調整給付金制度」が実施されてきたが,構造不況による雇用情勢の悪化は厳しいものがあり,離職者二法により,離職者への支援がなされた。58年6月までの実施状況からみると,業種に関しては,事業主による再就職援助等に関する計画の作成は7,000件,対象業種の離職者に対し特別の就職指導を実施する等再就職の促進を図るための求職手帳の発給は11万件にのぼった。いずれも約5割が造船業に対するものであった。また地域に関しては事業主の行う出向,一時休業,配置転換のための訓練に対して51億円の雇用調整助成金による助成等が行われた。

このような調整措置のとられる中で発生した第2次石油危機は,多くの業種で一段と厳しい産業調整を迫るものであった。そこで58年4~5月,産業に関しては「特定産業構造改善臨時措置法」,「特定業種関連地域中小企業対策臨時措置法」,雇用に関しては「特定不況業種・特定不況地域関係労働者の雇用の安定に関する特別措置法」が5年間の時限立法として制・改定された。これにより,産業は基礎素材産業22業種が指定され,過剰設備の処理を引き続き実施するほか,技術開発,活性化投資を振興するための特別償却(初年度18%)等が行われている。雇用に関しては,現在,特定不況業種38業種,特定不況地域38地域が指定されており,再就職のあっせん等への助成を追加する等雇用調整助成金制度の改善等が図られている。

産業調整政策においては,OECDの積極的調整政策(PAP)の趣旨に沿っで今後とも,国内の非効率な経済構造の保護によって国際市場での競争をゆがめないよう,また長期化しないよう絶えず注意を払いながら,産業の自主的な転換努力を促進していくことが必要である。

3. 産業構造変化に対する地域経済の対応

(立地産業の縮小,拡大と地域の雇用動向)

国際的な比較優位の変化は地域経済にも影響を与えずにはいない。比較優位を喪失しつつある部門を有する企業が新分野への多角化を図ることによって企業内の雇用への影響を最小限にくいとどめてきたように,地域経済においても新しい成長産業の立地を推進することによって比較優位を失いつつ部門の縮小をカバーし,地域経済の成長と雇用を維持しようとしている。

いま,50年から56年にかけて,全国レベルで事業所数,従業者数とも減少した素材産業,同じく大幅な増加を見せたIC関連産業,情報産業,加工組立産業が地域ごとにどのような増減を見せたかを従業者数を尺度にとって見ると次のような動きが分かる(第3-12表)。

素材型産業の従業者数は,この間全地域で減少し全国平均では11.7%減少となった。これを上回る減少を見せた地域は,東海(13。6%減),近畿(14.8%減),中国(14.8%減),九州(13.9%減)の4地域である。

素材型産業で大きな雇用減を見た地域は,成長産業を誘致することにより,その雇用減を埋め合わせようとする。上記の4地域の中でこうした動きを最も顕著に見せたのは東海である。すなわち,同地域では,加工型,情報関連の両部門の従業者数が全国平均を超える高い伸びを見せ,素材型産業の減少を上回った。

また,近畿や九州では加工型産業はあまり伸びなかったものの,情報関連産業の従業者の増加数は素材型産業のそれの減少数を上回った。特に,九州では,東北と並んでIC関連産業の高い伸びが目立っている。これに対し,中国では加工型産業も減少しており,情報関連産業のみでは,従業者数の減少をカバーしていない。

その他の地域を見ると,北海道や四国では,加工型産業も減少しており,情報関連産業の伸びも相対的に低い。一方,東北,関東,北陸では素材型産業の減少に比して,加工型及び情報関連産業の増加が大きい。

このように,素材型産業の大幅な雇用減に見舞われた各地域経済は成長産業の誘致によって地域雇用を維持することに努めているものの,地域によっては素材型産業の雇用減を充分にはカバーしていないところも見られる。

(産業の立地特性と新規立地企業の立地選定理由)

産業構造の変化に伴って産業立地が変化していくので,地域の産業構造を適切に誘導していくために立地を縮小する産業と拡大する産業について立地動向や立地選定理由を的確に把握することが必要である。

そこで,産業別従業者数の増減率をもとに,立地を縮小している産業として,「製造業立地縮小産業」(ここでは,繊維,木材)を,また拡大している-産業として,「製造業立地拡大産業」(ここでは,電気,機械,精密機械),「サービス業立地拡大産業」(ここでは情報サービス等)を選んで地域別の雇用への影響をみてみると,これらの立地動向にはかなりの差異がみられる(第3-13図)。第1に「製造業立地縮小産業」は,特定地域において特化が著しい,(特化係数が大きい)ものの,従業者の減少率の地域毎のばらつきは少なく,その減少率は,成長部門の増加率ほど大きくはない。しかし,特化度の高い地域の中には,むしろ従業者数が増加したり,減少しても全国平均より減少率の緩やかな地域も多い。これは特化をむしろ高める要因となっており,縮小産業の再活性化(例えば,その中での成長部門の高度化等)や,成長産業の振興等,今後の産業構追の変化に対して,地域の的確な対応が求められる。第2に,「製造業立地拡大産業」についてみると,従業者の増加率は,地域別にかなりのばらつきが見られるが,とくに現在特化係数の低い地域をみると,ただちに高特化地域に移行するほどのスピードはないにしても従業者の増加率が高く着実に特化を高める方向で高特化地域にキャッチ・アップしつつある地方県が多いことが分かる。今後ともこうした産業立地のための条件整備が必要であろう。第3に,近年の従業者数の動きをみると,サービス業の中では,情報サービス・調査・広告業,事業所サービス業などの情報関連の産業で従業者の増加率が高くなっている。こうしたサービス業立地拡大産業」の立地動向についてみると,全国平均の伸びは加工組立型産業より高く,しかもすべての都道府県で増加している。しかし約半数の地域では特化係数が低い上に,就業者の伸び率が全国平均を下回るために特化係数が一層低下する傾向がある。このようなことから,今後の情報化に対する地域経済社会の適切な対応が求められよう。

次に産業構造の変化と地域経済の安定をいかにバランスさせるか,の観点から重要となるのは,企業が新規に立地先を選定する時どのような方針をとるかという点である。最近の「工場立地動向調査」(通商産業省調べ)によれば,工場の新規立地に当たり企業が立地地域を選択する際に既に自社工場が立地してい,る地域を最優先している。そして,産業毎の特質に応じ,繊維,電気機械では労働力の確保が,輸送機械,一般機械では協力企業等の取引企業への近接性が,化学,窯業では輸送の便が,それぞれの産業において優先的に考慮される立地条件となっている。こうした中で県市町村の助成,協力が重要な役割を果たしていることは,立地地点の特定に際し,工業団地への立地が,最重要視されることでも示される。これは企業が用地入手の容易さ,地価の経済性等も考慮した結果と考えられるが,企業が地域経済の安定に寄与するような立地選定を行い,また地方公共団体も企業の新規立地を誘致することにより,産業構造の変化に対応してきていることの結果といえよう。

しかしながら,このような変化への地域的対応はいまだ過渡的な段階にある。

すなわち一人当たり県民所得等でみると,近年の公的支出の伸びが低いことや,本章第1章,第2節で述べたような産業構造の変化もあって,これまで縮小の傾向にあった地域間格差が再び拡大する兆しをみせている。このため,地域の人材,資源を有効に活用し,地域産業の技術力の強化を図るなど,地域の自立的発展に努め,こうした格差の一層の解消を図ることが肝要である。その一環として,高度技術産業の地域への導入と地域企業の技術高度化を軸とした産学住が一体となった新しいまちづくりの構想であるテクノポリスの建設についても,これを積極的に推進していく必要がある。

(農業の経済構造変化への対応)

なお,我が国農業も他産業と同様経済全体の構造変化への対応を行いつつ変貌をとげてきた。すなわち,第一に所得の増加に伴う食料需要の量的拡大や多様化に対応して,畜産物や野菜・果実等需要の伸びの大きな部門を中心として農業生産の選択的拡大が進んだ。第二に国民の食料需要を国内生産ですべて賄うことは困難であり,飼料穀物,麦,大豆等土地利用型部門の農産物を中心に輸入が増大し,これら品目の自給率は大幅に低下した。第三に農業就業者数は大きく減少し,兼業化が進行すると共に高齢化が進んだ。

こうした中で地価の高騰により農地の資産的保有傾向が強まったことなどから農地の流動化が停滞し,土地利用型部門での経営構造の体質強化が遅れた。この結果,土地利用型部門の農産物の価格は国際的にみても割高なものとなっており,国民経済的負担も必ずしも小さいものとは言えない。このため,農業においても,土地利用型農業の体質強化を中心に据えて構造改善と生産性の向上を図りつつ内外価格差の縮小に努め,中長期的には,西欧諸国に比肩しうる価格水準を実現することが課題となっている。