昭和59年

年次経済報告

新たな国際化に対応する日本経済 

昭和59年8月7日

経済企画庁


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第3章 転換する産業構造

第2節 技術革新と産業構造

内外の条件変化に対する産業構造の効果的対応を可能ならしめた最も重要な要因の一つは,技術革新への積極的な取組である。

それぞれの時代の産業構造転換の背後には,対応する技術革新があった。戦後のアメリカにおける新商品,新工程の技術革新が世界に波及する中で,我が国では1960年代には,一貫製鉄所,大型石油化学プラント等の装置型大量生産技術と,自動車,家庭電器等における組立型大量生産技術が発展した。1970年代には,これらが更に大規模化するとともに,石油危機を契機として,省エネルギー・省資源技術革新が各産業で推進された。このような基盤の上に立って,1980年代には,マイクロ・エレクトロニクスを中心とした先端技術革新が広範な産業にわたって進行している。しかもそれは資本力の大きい大企業のみならず・今や中小企業にまで裾野を広げつつある。

我が国の技術は,初期段階では導入技術に頼るところが大きかったが,先進国へのキャッチ・アップを終え,今後は自力で技術のフロンティアを開拓していく立場にある。幸い我が国は先端技術の国際的な開発競争において,一個のリーダーとなり得る条件を持っていると考えられる。すなわち,第1に,我が国の研究開発支出はOECD諸国の中で急速にそのシェアを高めている。第2に,我が国の消費者や企業には技術を体化した製品を柔軟に受け入れる能力がある。さらに第3に,企業別組合と終身雇用の雇用慣行のためもあり,また産業全体としての雇用機会が拡大する可能性があることから,マイクロ・エレクトロニクスによるオートメーションの導入に対して,労働者が柔軟に対応している。これらが品質管理の高い水準と,良質な中小企業の広い裾野に支えられていることはいうまでもない。さらに,長期を重視する進取的企業家精神,ダイナミックで競争的な市場も重要な要件として挙げられよう。

そこで以下では,技術革新が比較優位の変化を引き起こし,産業・貿易構造を転換させる過程とメカニズムを,具体的かつ計量的にあとづけるとともに,技術革新の原動力となる研究開発の動向と,技術革新を産業が速やかにとり入れることを可能にしている雇用の対応を分析する。

1. 技術革新の速さがもたらす比較優位

(日・米製造業の国際競争力比較)

我が国産業が世界市場の厳しい競争の中で力をつけていく際に,優勢な資本蓄積と技術水準を持つアメリカの産業の高い効率性は,我が国に厳しい効率化の努力を迫るものであった。このような中で我が国の経済発展は極めて急速であり,多くの産業において,アメリカと対等またはそれ以上の競争力を持つに至っている。このような日・米の国際競争力の変化はどのような要因で生じたものであるかを検討しよう。このため製造業11部門について,昭和45年-57月の間に,日・米の各産業の単位生産物当たりの生産コストが,年率でどれほど上昇したかを分析する。産業毎に比較して,生産コストの上昇率の相対的に低い国の方が,その産業の国際競争力を強化し,比較優位を高めたり,あるいは劣位にあってもその差を縮小させたと考えられるからである。

生産コストは,賃金コスト,資本コスト及び原材料コストからなるが,技術革新により生産性を高めることにより,単位生産コストを低めることができる。そこで,単位生産コストの上昇率は,賃金・資本・原材料各コスト上昇率の加重平均から,技術進歩率を差し引いたものになる。その対象期間中のすう勢をとらえるため,日米両国について,産業別に単位生産費用関数を計測した(付注3-1)。これによって,単位生産費コストの上昇率の日米格差を,賃金コスト,資本コスト,原材料コスト,技術進歩率の構成要因別に分析することができる(第3-4図)。それによれば,石油・石炭・窯業・土石を除き,日本はすべての業種にわたり単位生産コストを有利に変化させている。これは日本のコスト上昇率が,おしなべてアメリカより低いことを意味し,必ずしもコストの絶対水準がアメリカより低いことを意味するものではないが,著しくその差が大きい,加工組立型産業の輸送機械,電気機械,一般機械と,鉄鋼を含む一次・二次金属においては,日本が国際競争力を強化している姿がよくとらえられている。また,日本の産業を横断的に比較してみても,これらの業種は他の業種に比ベコスト上昇率が低く,これらの産業が国際的な比較優位を高めた背景が見てとれる。

(賃金コスト寄与度を上回る技術進歩率)

このような単位生産コストの有利な変化は,時として言われたような低賃金によるものではない。要因分解で示されているように,むしろ賃金コスト上昇率の寄与度は日本に対し不利に働いており,製造業計でみると,単位生産コスト上昇率が全体では3.3%日本へ有利化した間に,賃金コスト上昇率は0.5%ほど日本に不利に寄与している。賃金コスト要因の不利化を大きく上回って単位生産コストを有利化に導いたのは,原材料コスト率の引下げを含む,技術進歩によるところが大きい。実際,原材料コスト比率の裏側としての付加価値率をみると,対象期間平均でみて,日本は,一次金属および一般機械においてアメリカを若干下回るほかは,すべての業種においてアメリカを上回っており,製造業計では,日本の付加価値率は32%と,アメリカの24%を上回っている。このように産業の付加価値率が高いため,同じ原材料価格の上昇があっても,日本はアメリカより,その単位生産コスト上昇への寄与度を小さく抑えることができる。製造業計では,単位生産コストの有利化3.3%のうち,原材料コスト要因の有利化の寄与度は2.6%と極めて大きいものがある。

高い技術進歩率は,このような高付加価値化の有利さを更に強化するものである。ここで計測されている技術進歩率は,合理化,省力化による生産性の向上,生産規模が拡大するに伴いコスト・ダウンを可能にする習熟効果,省エネルギー省資源による原材料原単位の低下等の効果を総合的に計測しているが,それによれば,製造業計では年率1%日本の方が有利となり,その分単位生産コストが有利化している。業種別には,日本の競争力の高い輸送機械で3%,電気機械,一般機械では2%と,技術進歩率は大幅に日本に有利化している。また繊維においては,日本の単位生産コストの有利化は,ほとんど全面的に技術進歩率によるものであった。

このように日本が高い技術進歩率を達成することができたのは,特に,石油危機に対し,各企業が技術革新によって立ち向かったからにほかならない。加工貿易国の日本にとって,輸入原材料価格の上昇は,すべての最終生産物のコスト上昇につながるから,生産性の向上と原材料原単位の低下の不断の努カがなされ,特に二つの石油危機の間の期間にも技術革新が続けられたことが,アメリカを上回る技術進歩率を達成することを可能にしたと考えられる。具体的には,自動車,電気機械,一般機械における,産業用ロボット,NC(数値制御)工作機械等の広範な導入にみられる,マイクロ・エレクトロニクスに基づくファクトリー・オートメーションの急速な展開,鉄鋼における連続鋳造比率の高まり(第3-7一②図のように,1983年において日本は86%とアリメカの31%を大幅に上回る)等がその代表例である。

以上を総合して,技術進歩率の高い産業ほど単位生産コストの伸びを低めに抑えることができるため,国際競争力を強化することができ,我が国の新しい主力産業となってきたといえよう。

なお,単位生産コストの為替要因について補足しておこう。純粋な比較優位の議論では,国内の産業間の単位生産コストの比率が比較優位を決定すると考えるので,全産業に一律に乗じられる為替要因は比較優位の変化に無関係となる。これに対し,現実に行われるように,産業毎の日・米単位生産コストの格差が比較優位に影響すると考える場合には,対象期間における年率平均2.5%程度の円高は,日本の全産業に対して一律に不利に働くことになる。しかしながら,企業が為替変動を事前に予想しつつ生産活動を決定する際には,為替リスクを回避するため,将来の平均的な為替レートよりも,多少円高の側にあらかじめ損益分岐点を定め(社内レート),円高に対するクッションを設けるので,生産水準は為替リスクのない場合よりも低めとなるものの,若干の円高でただちに企業が国際競争力を失うことはないと考えられる。企業がこうした対応をしない場合には円高はその分だけ日本の産業に不利に働くことになるが,その場合でも日本の機械,金属産業の単位生産コストの有利化は極めて大きいのでなお競争力を高めており,製造業全体としての競争力も高まっていることになる。

2. 技術革新が促す産業構造変化

(技術革新と産業構造)

技術革新が産業構造変化を決定的に促進するのは,技術革新の進んでいる業種においては,後述のように,期待収益率が高く活発な設備投資がなされるからである。我が国の高度成長期においては,技術革新,国際競争力強化,設備増強がまさに一体となって進行し,「投資が投資を呼ぶ」と言われた。現在の先端技術革新は,当時の少品種大量生産方式と異なり,需要の高品質化や多様化に対応するための多品種少量生産方式に応えるものであり,直接的に投資需要を拡大する力はその中心である電子機械等を除くとそれほど大きくはない。しかし現在の先端技術革新はマイクロ・エレクトロニクスを駆使した高度な制御技術をその本質としており,「技術が技術を呼ぶ」形で産業のあらゆる分野へ波及していく。そのため,その間接的な投資誘発効果は決して小さくないと考えられる。

このような技術革新と設備投資の関係をみるため,第1に資本の限界収益率と設備投資の関係,第2に技術革新関連設備投資の規模についてみてみよう。

(資本の限界収益率と設備投資)

設備投資は一般的に,資本を1単位増やしたときに得られると期待される追加的な利潤(すなわち期待利潤率)が,その資本1単位に要する資本費用(実質金利プラス償却費)を上回るときに行われると考えられる。そして,技術革新の進展している部門ほど,投資の期待利潤率が高く,設備投資が旺盛であると考えられる。期待利潤率は将来に関するものなので,ここではそれが資本追加1単位当たりの生産物の価値の増加(資本の限界収益率)となって実現するとし,産業別にこれと資本費用との関係が設備投資/資本ストック比率にどう影響したかをみてみよう(第3-5図)。

ここで資本の限界収益率は,新規の資本の生産性を反映しているため,古い資本の生産性を含めた平均収益率より高くなっている。対象時点の昭和47,52,57年における資本費用は13~18%であるので,限界収益率がこれを上回るときは設備投資/資本ストック比率が上昇し,下回るときは低下すると考えられる。

まず第一に素材型産業(一次金属,化学,パルプ・紙)では,安価なエネルギーおよび資源を多量に消費する構造であったため,石油ショックによる価格体系の激変から,47年から52年の間に限界収益率は10%程度に低下し,設備投資/資本ストック比率も10%以下に低下した。52年から57年にかけても,限界収益率の一部改善はあったものの,設備投資/資本ストック比率は依然低迷している。第2に加工組立型産業(電気機械,輸送機械,一般機械)では,一般機械に第1次石油ショック後の落ち込みはあったものの,総じて旺盛な設備投資が続いている。特に,技術革新の原動力となっている電気機械では,近年限界収益率が高まり,また激しい技術革新競争のための設備が短期間で陳腐化するため,20%近い高い設備投資/資本ストック比率が続いている。製造業全体の限界収益率は57年に16%程度に回復しているが,これは,このような技術革新に支えられた加工組立型産業の収益性の高まりに負うところが大きい。以上から,技術革新が資本の限界収益率を高め,それが設備投資を促進し,産業構造を転換させていくことが知られよう。

(技術革新関連設備投資の規模)

先端技術革新はマイクロ・エレクトロニクスを中心として産業の各分野に波及しており,NC工作機械や産業用ロボットの新分野のみならず,伝統的な鉄鋼の圧延設備,自動車や家庭電器等の製品の中にもマイクロ・プロセッサを組み込んで高度の制御が行われるようになってきている。またマイクロ・エレクトロニクス以外にも,ファイン・セラミックス,炭素繊維等の新素材や,バイオテクノロジー等も先端技術革新を担っている。これらすべての先端技術革゜新に関連した設備投資の規模は極めて大きいものと見込まれるが,統計的な計測には困難が伴う。そこで,ここでは,マイクロ・エレクトロニクスの新分野として急速な進展をしている品目を取り出して技術革新関連設備投資と定義し,その規模を計測する。すなわち,対象範囲としては,ファクトリー・オートメーションに関連するNC工作機械,金属工作機械,電気計測器,オフィス・オートメーションに関連する事務用機械(これは複写機,・ワード・プロセッザを含む),通信ネットヮークに関連する通信機器および無線応用装置(これはファクシミリを含む),及びすべての基礎となる電子計算機をとる。これらにつき,出荷額から輸出分を差し引き,輸入分を加えたものを国内における技術革新関連設備投資額と定義してその推移を調べよう。

これによれば,技術革新関連設備投資額は50年価格の実質ベースで,48年には2兆円であったが,58年には4兆円と倍増(年率7.2%増)しており,実質設備投資に対する比率は8%から10%に高まっている。

このように技術革新関連設備投資は狭義に定義しても設備投資の10%に達している。これはアメリカとほぼ同程度(マグロウヒル社調べ)となっているとみられる。さらにこれらエレクトロニクス機器やその素材となる半導体を製造する電子機械や一般機械の設備投資が約10%あることから,広い意味での技術革新関連投資額は設備投資総額約40兆円の2割近くに達すると見込まれる(58年)。したがってこれらの10%の成長は,設備投資の伸び率を2%引き上げることとなり,設備投資の一つの-けん引力となっている。

技術革新関連設備投資は当分の間,高い伸びを続けるものと見込まれている。

例えば通商産業省の調査によると,上述の広い意味での技術革新関連投資のうち,電子機械部門におげる投資は58年度に58.1%と大幅な伸びを見せた後,59年度にも43.9%の伸びと計画されており,59年度の投資規模は1兆円を上回り,鉄鋼,自動車をしのぐと見られている。

3. 技術革新を生む研究開発

(研究開発の効率性)

技術革新は,それに先行する研究開発の努力によって培われる。このような研究開発の努力を示す一つの指標として研究開発費がある。我が国の研究開発費(自然科学部門及び人文・社会科学並びにその他部門計)は昭和57年度には名目で6兆円を超え(6兆5,287億円,自然科学部門のみでは5兆8,815億円),実質では50年度以降5.7%の伸びとなっている(第3-6表-①)。また,設備投資に対する比率を見ると50年度の12%から57年度には16%に高まっている。研究開発費の内訳をみると人件費は50%弱と安定的に推移し,有形固定資産取得は実質で50年度から57年度までに倍増に近い伸びを見せている。

ここで50年代における研究開発の効率性をみるため,技術進歩の代理変数として全要素生産性上昇率(各部門の付加価値成長率から生産要素増加の寄与度を除いたものをとり,研究開発費の付加価値に占める比率の変化がこれにいかに寄与しているかを調べてみよう(付注3-2)。これをみると,50年代には,研究開発比率の技術進歩に対する寄与度が高くなる方向にあるが,これはすでにみたような技術革新を誘因とする産業構造の変化を示すものと考えられる。なお,より長い期間を考えると,研究開発の効率性は,研究開発の内容や自主技術開発力によって,短期的な結果とは同じにならない可能性がある。

(高まる自主研究開発)

我が国の研究開発はかつては技術導入に依存するところが大であったが,現在では自主的な研究開発が急速にその比重を高めている。すなわち,昭和40年度においては民間企業の研究開発費の技術導入額に対する比率は,4:1であったが,57年度には14:1と3倍増以上に高まっている。またこれらの対GNP比率をみると,技術導入額は0.1~0.2%程度の水準で低下傾向にあるのに対し,民間企業の研究開発費は同期間に,0.8%から1.5%へと大幅に増大している。また政府の研究開発費を加えた研究開発費総額(自然科学部門計)のGNP比も,同期間に1.3%から2.2%へと高まっている。

そこで我が国の技術水準をみる上で重要ないくつかの指標について米欧と比較してみよう(第3-6表①)。我が国の研究開発費は1970年代を通じてOECD諸国中最高の伸びを示しており,我が国の研究開発費のOECD全体に占めるシェアは1969年の10%から,1981年には17%と,アメリカ46%,EC29%にキャッチ・アップしつつある。また,研究者の数についてみても,57年度に33万人と,アメリカの70万人と比べ,人口当たり規模はほぼ同水準になっている。さらに,研究開発の成果を示す一つの指標である自国民による特許出願件数をみると,日本は極めて高水準かつ高い増加率を示している。これはもちろん,各国特許制度の違いについても考慮すべきであるが,我が国の研究開発活動が諸外国に比べ極めて効率的に行われていることを示しているとも言えよう。実際,こうした我が国の自主研究開発力の高まりを反映して,技術貿易収支は,ほぼ全産業で着実に改善してきている。新規契約分では,我が国は既に輸出超過となっているが,近年は財の貿易で比較優位にある鉄鋼,電気機械,輸送機械,精密機械等を中心に,総額ベースでみても改善してきている。このため,技術貿易の対価受取額の支払額に対する比率(総理府調べ)は,昭和50年度の39%から,57年度には65%へと改善している。

我が国の研究開発は主要因と比較すると以下の特徴が指摘されよう。第1に,研究開発費のGNP比率は2.2%(57年)と,アメリカ(2.4%),ソ連(55年3.5%)を下回っているが,対国民所得比でみると,我が国は近年の伸びにより56,57年度においてアメリカとほぼ同水準になっている。

第2に,研究費の政府負担割合である。我が国は,政府負担の研究費に占める国防研究の割合が低く,また,租税負担率が低いこともあり,単純な比較は困難であるが,欧米主要国との大きな差異の1つである国防研究費を除いた政府負担割合はアメリカ30.3%(1982年),フランス46.4%(1981年),西ドイツ40.9%(1981年),イギリス31.6%(1978年),日本23.1%(1982年)となっている(57年度科学技術白書による)。

第3に,製造業の研究開発費の対売上高比率をみると(第3-6表②),アメリカは3.1%(55年),西ドイツは3.2%(54年)と我が国の1.9%(56年度)を上回っている。これを業種別.に見ると,我が国は鉄鋼等一次金属においてアメリカ,西ドイツを上回っているが,研究集約的な医薬品等を含む化学においてはア第3-6表 各国の研究開発活動メリカ,西ドイツが我が国を上回っている。また我が国が財の貿易において比較優位を高めている加工組立産業においても,アメリカ,西ドイツは,航空機ばかりでなく,電気機械,一般機械,自動車とも我が国をかなり上回っている。ストックとしての研究開発力を高めるには,このようなフローの研究開発費は更に高める余地があろう。

第4に理学及び工学学位取得者数の構成である。我が国は工学士数においてはアメリカを若干上回っているが,修士以上はアメリカとの人口の差を勘案してもアメリカを下回っており,さらに理学においては,全体でもかなり低い水準にとどまっている。今後,産業に直結した研究開発のみならず,広く基礎・応用研究を拡大していくためには,それを可能とするような学位取得者を育てていく必要があろう。

第5に我が国の技術水準は,ハードウェアの面では進んでいるが,ソフトウェア面では研究開発体制の整備の遅れから欧米に先行されている。このため,ソフトウェア部門の市場開拓も立ち遅れている。例えば1980年のコンビュータ・ソフトウェア業の売上高は,GNP比でアメリカ0.16%,西ドイツ0.11%に対し我が国は0.07%にとどまっている。従って,我が国は,今後ソフトウェア面における研究開発についても注力する必要がある。

4. 技術革新の波及過程

(先端技術革新の位置づけ)

現在の先端技術革新は突然生じたものではない。一方では,エネルギー,賃金等のコスト軽減,効率的な生産や管理,設備や商品の高性能・高品質化等の様々な生産者側・需要者側のニーズ(必要)が存在し,他方では今世紀前半にさかのぼる量子力学,物性論,高分子化学,電子工学,サイバネティックス等の急速な展開を背景とした,絶えざる基礎・応用研究開発により技術革新のシーズ(種)が育くまれてきた。そこで技術的ブレーク・スルー(突破)と需要の高まりが,生産者に利潤獲得の動機を与え,また需要者に欲求充足の動機を与えることにより,経済的に意味を持つ先端技術革新が進んでいくのである。このような先端技術革新は,一方では集積回路の急激な発展が産業用ロボットやワード・プロセッサ等を可能としたような技術連関により,他方では距離を隔てる複数のコンピュータ・システムを有機的に結びつけ管理の効率化,サービスの高度化を図るというようなニーズがニーズを引き起こすニーズ連関により波及していく。この過程を加速十るのは需要増がコスト・ダウンを可能にし,それが需要を増加させるという,価格低下と需要拡大の相乗効果である。そしていち早く技術革新を取り入れた企業は,旧技術を維持する企業より高い収益力を持ち競争力を強めるため,企業が市場に生き残るためにも技術革新は波及していく。他方,先発者は開発コストの負担と,後発者の追い上げという二つの重荷を負っており,後発者には後発者の利点がある。

現在の先端技術革新が,18世紀末から19世紀初めにかけての蒸気機関,綿工業,19世紀半ばの鉄道を中心にする産業革命,19世紀末から20世紀初めの電気,化学,自動車,航空機,20世紀半ばの大量生産技術等による近代重化学工業の確立に匹敵する技術革新の群生につながるかどうかは未だ明らかではない。しかしながら,過去の産業革命も,実際は小さな技術革新の長期にわたる積み重ねの歴史であったし,また現在の先端技術革新は制御・認識・情報という,機械やエネルギーに並ぶ新たな次元で,鉄や電気に並ぶ半導体や光などの新素材・新粒子を基礎とする点で,産業技術に新たな展望を開いたものであり,極めて大きな可能性を秘めていることは誰しも否定できない。この中で我が国は一個の先発者としての役割を要請されているといえよう。

(主要な先端技術革新の波及の現状)

現在の先端技術革新は,マイクロ・エレクトロニクスを中核とする各分野から,新素材,バイオテクノロジーまで広範な領域にわたるが,ここでは現在最も導入の進んでいるマイクロ・エレクトロニクスを中心にその波及の現状を見よう。それを①すべてのマイクロ・エレクトロニクス技術の基盤となっている集積回路,②生産工程の大幅な自動化・省力化を可能とするファクトリー・オートメ一ション ③経営情報処理の即時化を可能とするオフィス・オートメーション,④距離を隔てた複数のコンピュータ・システムの有機的結合を可能にする情報処理通信に分類する。

(1) 集積回路

集積回路は,電子計算機,NC工作機械,産業用ロボット,ワードプロセッサ,ファクシミリ,ビデオテープレコーダ等あらゆるエレクトロニクス機器の心臓部を形成している。これはシリコンを基盤とする半導体の整流,増幅作用を利用し,写真により回路および端子を刻み込んで,数ミリ四方の微小なチップの上に記憶回路や演算回路を組み立てたものである。このようにして作られたマイクロコンピュターと制御回路を結合した自動化機械設備に関する技術をここではマイクロ・エレクトロニクスと呼ぶ。集積回路の性能は,代表的なMOS型のダイナミックRAM(注1)の場合,1チップ上に収容可能な情報量が昭和48年出荷の4キロ・ビット(注2)から,51年に16キロ・ビット,54年に64キロ・ビット,58年には256キロ・ビットと3~4年毎に4倍に増大している。習熟効果により価格低下と需要拡大の相乗効果が起こりビット当たり単価が前世代メモリーのレベルに低下するとともに需要は新世代に移る。昭和48年から57年までの10年間に,集積回路の生産は5倍となり,57年度の売上高は5,600億円となったが,習熟効果は大きく,チップ1個当たりの平均価格は1/2に低下している(第3-7図-①)。集積回路のうち我が国はMOSメモリー等に強い競争力を有し,アメリカは演算回路のマイクロ・プロセッサ等に優位を持っている。我が国の集積回路の生産額に占める輸出の割合は37%,輸入の割合は13%となっている(58年)。このうち日米間についてみると,日本の対米輸出(f.o.b)が718百万ドル,アメリカの対日輸出(c.i.f)が453百万ドルで,両国の集積回路貿易総額に占める水平分業は約8割にものぼっている。

(2) ファクトリー・オートメーション

マイクロ・エレクトロニクスは,工場における様々の作業工程の中に導入され従来,熟練工の行っていた高精度を要する工程や,危険を伴う工程を代替するようになっている。これを大別するとNC工作機械及び産業用ロボットがある。まずNC工作機械には,数値制御により金属材料を加工するNC旋盤及び材料の加工,工具の選択,機械の組立てまでを一貫して行うマシニング・センターがあり,我が国の工作機械のNC化率(生産者出荷ベース)は第3-7図-②のように昭和52年の25%から,57年には57%へと大きく上昇している(これに対してアメリカは56年34%)。性能が年々向上していくこともあって,平均価格に大きな低下は見られず,マシニング・センターは56年に約2,200万円となっている。生産額に占める輸出の割合は50%(56年)に達している。

他方,産業用ロボットは,溶接,塗装,合成樹脂成型,製品のハンドリング等,危険を伴う工程や,検査計測等において,自動車や化学産業等を主として導入されている。あらかじめ決められた動きのみが可能なマニュアル・マニピュレータ,固定シーケンス(逐次制御)・ロボット等を除き,より高度な動きの可能な可変シーケンス・ロボット,プレイバック・ロボット等を合計すると,我が国の保有台数は57年に1万3,000台と米,欧を大きく上回り世界全体の42%を占めている。しかしながら,今後は米,欧においても急速にロボットの導入が図られる可能性もある(OECD調べ)。このうちプレイバック・ロボットの累積生産台数は,溶接や塗装用を中心として,54年の約2,000台から57年の約14,000台へ,年々倍増の勢いで増加しており,平均価格は同期間に1,000万円から860万円へと低下している。産業用ロボット全体の生産に占める輸出の割合は56年の6%から57年には14%と高まってきている。ファクトリー・オートメーションは,さらに自動倉庫,無人搬送システム,CAD(コンピュータを用いた設計)/CAM(コンピュータを用いた生産)システム等と組み合わされて,フレキシブル・マニュファクチャリング・システムに発展しつつある。

(3) オフィス・オートメーション

企業の経営情報の処理は,従来,1事務所内で,在庫管理,売上管理,生産管理,経理等の特定の目的に対し,個々のシステムが設計され,中央コンピュータでバッチ(一括)処理される方式がとられてきた。しかし,現在ではこれらシステムの結合が図られるとともに,部課のレベルで中央コンピュータと直結したりあるいは独自で,オフィス・コンピュータ,ワード・プロセッサ等を用いて,数値情報,文字情報,図形情報の即時処理・伝達・蓄積が可能となっでいる。情報の伝送には,電話回線,同軸ケーブル,情報量の多い場合は光ファイバーにより大量かつ正確な伝送が可能である。このような事業所内の情報処理・通信が発達した姿はローカル・エリア・ネットワーク (LAN)と呼ばれる。このようなオフィス・オートメーションの普及は著しいものがある。オフィス・コンピュータの普及率は昭和56年の36%から61年には47%に高まるものと見込まれ,日本語ワードプロセッサは同じく29%から42%へ,ファクシミリは60%から62%へそれぞれ普及率を高めると見込まれる(労働省調べ)。集積回路の価格低下等から,オフィス・コンピュータの価格は55年から57年の間に30%低下したが,出荷額は需要のそれを上回る増大から,2,500億円から3,500億円に増加している。

(4) 情報処理・通信

工場情報や経営情報の即時的,システム的処理のニーズは事業所の枠をまたがり,また顧客関係等から地域,国境を越えていくが,光ファイバーや通信衛星の発達により,このような情報処理・通信が現実のものとなってきている。それはコンピュータと多数の端末を通信回線により接続し,「みどりの窓口」,銀行の預金情報の伝送,顧客への在庫管理データ処理のサービス等を行うデータ通信から発展し,現在は複数のコンピュータを通信回線により接続し,データの伝送・交換の即時化が推進されている。これにより,相互に密接な関係にある本社・支社・工場メーカー・流通業,原材料メーカー・最終財メーカー,企業・銀行等が相互間で,生産・在庫・流通・財務等のデータを即時処理することが可能となってきている。このニーズは極めて高いものがあり,通信回線にコンピュータ間の接続に必要なプロトコル変換(コンピュータにより異なる通信規約を変換し,通信可能とする処理)等の基本機能を付加したり,座席予約,流通,金融等の専用業務機能を付加したサービスを提供する付加価値通信網(VAN)やこれを応用したシステムの発達が見込まれる。昭和56年末において,電々公社直営以外の自営データ通信システム数は7,000にのぼっている。また58年末現在,中小企業VANとして届け出たシステムは17となっている。このように拡大する情報処理・通信ニーズに対応するためには,情報処理・通信システムを更に効率的かつ高度なものにする必要がある。このため,政府は電気通信事業法案,日本電信電話会社法案を国会に提出し,情報処理・通信の分野に競争原理を導入し,多元的な電気通信事業体の参入への道を開くこととしている。

5. 技術革新と雇用の柔軟な対応

(マイクロ・エレクトロニクスの導入理由)

マイクロ・エレクトロニクスは急速な導入が進んでおり,その省力化の機能から雇用への影響が注目されている。そこで,企業のファクトリー・オートメーション及びオフィス・オートメーションの導入理由を具体的にみてみよう。まず,ファクト・リー・オートメーションについてみると,その主力であるNC工作機械と産業用ロボットでは,導入理由に相違がある。NCすなわち,工作機械は,様々な顧客の需要に対応した高精度の加工組立を迅速に行おうとするニーズに応えるものであり,従来,熟練工が行っていた最も効率的な加工手順の決定,工具の選択,精密な位置決め加工等をプログラム化しコンピュータの制御により行うものである。このようにNC工作機械は熟練工の仕事を代替する面もあるがNC工作機械を導入する主たる動機は熟練工の代替を目的とするより品質,精度の向上と多様かつ複雑な加工をねらうところにある。NC工作機械の導入された作業局面において作業量が減少した熟練工もプログラム作成や多台持ちなどの新しい知識,技能が必要になり職務が拡大している場合が多い。

他方産業用ロボットは,溶接,塗装,合成樹脂成型等高温,ガス,重労働等,劣悪な作業環境を余儀なくされる工程に導入されるケースが多い。これらの職種は希望者が減少しているので,産業用ロボットはこれら希望者の少ない職種の労働者不足を補う効果をもっている。

また,オフィス・オートメーションについてみると,様々な経営情報処理システムの中で,外界とシステム,あるいはシステムとシステムの接点においてデータの投入,図表の作成,報告書の作成・浄書,電話連絡,磁気テープ運搬などの人力を介していた点を即時処理化することがその内容となっている。しかしながら,その接点はしばしばオフィス・コンピュータ,ワード・プロセッサ,ファクシミリ等で代替されるため,これらの機器を取り扱う労働力が必要となる,従って,オフィス・オートメーションの導入理由としては,事務合理化・効率化,あるいは企画業務の強化が主であり,人員については現員が削減されるというよりは将来の新規採用を抑制するという指摘もある。

(労働者構成は変化)

マイクロ・エレクトロニクス機器の導入は,工程とそこで必要な職務に変化を与え,このため労働者の構成に変化を生じさせている。すなわち,導入部門においては,旋盤工,組立工,プレス工,樹脂成型工,溶接工等の職種が減少し,他方,マイクロ・エレクトロニクス機器を取り扱うオペレータ,プログラマ,保全整備工等の職種が増加する。さらにマイクロ・エレクトロニクス機器の取扱いに関して,複数台の管理,効率的な運行や問題の発生防止と解決など職務内容が高度化するケースと,単にボタンを押し,監視するなど単純化するケースとの,分化がみられるが,後者においても導入後時間の経過とともに職務内容が高度化する場合もある。またオフィスにおいても,単純な反復作業を行う職種が代替され,マイクロ・エレクトロニクス機器を取り扱う職種が増加する。

これを年齢階層別にみると,熟練工等の高齢者が減少し,専門知識を有する若年者が増加する傾向にある。また性別にみると,特にオフィスでは,女子を主とした職種が代替されることから女子が減少し,男子の割合が,上昇する傾向もみられる。

このように企業は合理化・省力化によるコスト・ダウンを図ってはいるものの,ただちに既雇用者の解雇等ドラスチックな対応がとられることは極めて少なく,省力化された部門で減少する労働者を,他の生産部門や営業部門等へ配置換えすることによって企業内雇用を維持している。またマイクロ・エレクトロニクス化に必要な要員の確保については,新規採用も行うものの,主として企業内部の職種転換や再訓練によって生み出している。

労働者構成の変化がはっきり表れるのは,新規採用においてである。59年度新卒者採用条件をみると(第3-8表),ファクトリー・オートメーション化は,製造業において大学卒(技術系)の採用を増やす大きな要因となっている。また,オフィス・オートメーションは,女子(高校卒)の採用を抑制する要因のひとつとなっている。このようにして,マイクロ・エレクトロニクス化により,労働者の構成は変化していく。

(雇用への影響)

以上見てきたように,マイクロ・エレクトロニクス化は,必要とされる労働者の構成には影響を与えている。一方,労働の態様や安全衛生面等に与える影響の重要性も指摘されている。しかし,今までのところ企業の雇用には少なくとも厳しい影響を与えてはいない。むしろ経済全体について見れば,マイクロ・エレクトロニクス機器を生産する電子機械産業は急速な拡大過程にあり,それ自身多くの雇用を生み出している。またマイクロ・エレクトロニクス関連分野の拡大,経営や生産が効率化された企業の成長があれば,そこでの雇用も増大する。今後マイクロ・エレクトロニクス導入の本格化が予想される一方,これが労働力需給構造の変化が見込まれる中で展開されるということもあって,雇用問題に様々な影響を与えることが考えられるが,経済全体の成長と雇用,機会の拡大を確保し労働条件面にも配慮しつつ,技術革新の成果を活かしていくことが課題とされよう。

(柔軟な雇用の対応)

このように我が国の雇用がマイクロ・エレクトロニクス化に対し比較的柔軟に対応してきているのは,一つにはこれまでのマイクロ・エレクトロニクス化は製品の高精度,高品質化,劣悪な作業環境の回避,事務処理の正確,迅速化など労働者も受け入れ易い分野が中心であったことによる。さらに,我が国の労働組合は企業別組合が中心であり,外国の職能別組合が自らの職種を維持しようとして,マイクロ・エレクトロニクス化に抵抗する傾向があるのに対して,企業の収益力向上による利益を,企業とともに分かちあおうとする傾向が強いため,対応が柔軟になるものと考えられる。また企業側も企業内訓練や研修を一層重視する方向をとっている。特にマイクロ・エレクトロニクス化により導入工程では単純な監視的業務が増加しても,その前後の工程も含めた技能が必要となるような「多能工化」の動きもみられる。これは企業が積極的に推進するとともに,企業別組合もこれに柔軟に対応している現れであると言えよう。こうしたものの根底に我が国労働者の一般的な教育水準の高さと労使間の高い信頼・協調関係があるのはいうまでもない。その結果労使間で,例えば「技術の進歩が企業の存続,発展と人間社会の進歩に不可欠」(58年3月某大手自動車メーカー労使・新技術導入に関する覚書)どいうような前向きの共通認識も生まれるに至っている。

「技術革新で最も取り組みにくい問題は科学技術の潜在的可能性ではなく社会に受容される形でこの可能性を発展できる経済や社会の能力にある。(OECD)」と言われる。マイクロ・エレクトロニクス化やオートメーションが省力化効果を持ち,また労働の内容や性格に大きな影響を及ぼすのは否定できない事実である。さらに我が国の労働市場は今後一層の高齢化,女子化等の大きな構造変化をひかえている。そうした中でマイクロ・エレクトロニクス化やオートメーションに対する我が国経済社会の柔軟な受容力を今後とも維持,強化していくためには,こうした技術革新を労働者を含めた国民の生活水準の向上に結びつけていくための方策を労使,政府が協力して考えていかなければならない。

この観点から,マイクロ・エレクトロニクス化への対応の原則として①失業者を発生させることのないよう,雇用の安定,拡大に努めること,②労働者の不適応をもたらすことのないよう,労働能力の向上に努めること,③労働災害の発生,労働条件の低下をもたらすことのないよう,労働者福祉の向上に努めること,④労使間の意志疎通が十分図られるよう,産業,企業,職場レベルでの具体的な問題に関する協議システムの確立に努めること,またナショナルレベルでも政労使間の意思疎通の促進に努めること,⑤国際経済社会の発展に寄与するよう,国際的視野に立った対応に努めること(雇用問題政策会議報告)という提言がなされたところであるが,この提言等を踏まえて関係各方面の議論を深め,国民的コンセンサスを形成していくことが期待される。