昭和59年
年次経済報告
新たな国際化に対応する日本経済
昭和59年8月7日
経済企画庁
第1章 昭和58年度の日本経済
(世界経済の回復とその要因)
世界経済は第2次石油危機以降の長い停滞局面を脱して1983年以降回復過程へ入っている。世界経済は82年に実質経済成長率0.1%とほとんどゼロ成長に陥った後,83年には同2.1%と回復し,84年には3.7%の成長が見込まれている(IM F)。
こうした回復をもたらした要因としては,①アメリカの景気回復とそれがアメリカと貿易面でつながりの強い国々へ波及したこと,②石油価格の低下が交易条件の改善による実質所得の増加を通じて石油輸入国の経済活動にプラスの影響を及ぼしたこと,③西欧先進国とりわけイギリス,西ドイツにおいて在庫調整が終了するとともに物価の安定から個人消費が拡大したことが挙げられる。
このうち①については,アメリカの景気回復テンポは75年以降の回復期とほぼ同じであったが,ドル高により輸入誘発力が極めて大きかったことから他国への波及効果が大きいものとなった。景気の谷から1年間の実質GNP増加額に対する実質輸入増加額の比率は,75年の回復期が0.08であったのに対し今回は0.28となっている。②については,83年3月のOPECによる石油公式販売価格の5ドル/バーレル(約15%)の引き下げは世界9大国の実質経済成長率を1年目0,14%,2年目0.38%増加させると試算される(経済企画庁経済研究所「世界経済モデル」のシミュレーションによる)。③については,実質可処分所得の増加は緩やかであったものの,物価安定による実質資産残高の増加や金利低下による金融資産価値の上昇もあって消費性向が上昇したことによるところが大きい。消費性向の上昇は乗数効果を含めて先進7カ国の実質GDPを83年に1.5%押し上げたとの試算がある(OECD)。
(世界経済の回復状況)
しかしながら世界経済の回復テンポは前回75年の回復期と比べ緩やかであり,また国別,地域別にばらつきがある。今回の世界経済の回復テンポは前述したとおり,第1年目が2.1%,第2年目が3.7%(予測)と見られているが,前回のそれは第1年目(76年)に5%を越える回復を示し,第2年目(77年)も4.4%であった。これは先進国で前回の方が回復に先立つ不況の落込みが大きかった(75年にはマイナス0.5%,82年にはマイナス0.1%)上,前回の回復局面では,先進国,産油国,非産油途上国が一勢に回復に向かったからである。
今回の世界経済の回復動向をみると,第1にアメリカで景気回復テンポが速く,景気拡大が最も進んでいる。第2にアメリカと貿易面でつながりの強いカナダ,日本,アジアの新興工業国が続いている。各国のアメリカ向け輸出依存度と83年に入ってからの輸出・生産の動向をみると,概ねアメリカ向け輸出依存度の高い国ほど輸出・生産の増加も顕著であるという傾向がみられ,アメリカの景気拡大が貿易を通じて各国へ波及していることが分かる。第3グループとして,イギリス,西ドイツなどインフレ抑制に成功した西欧先進国がある。これらの国々では内需中心の自律的回復が続いているが,欧州域内貿易の伸び悩みや対OPEC輸出の不振から景気回復のテンポは前回回復期,(75~76年)に比べ緩やかなものにとどまっている。
一方,景気回復から取り残されているのは,①インフレ抑制ができない国々,②国際収支赤字に悩む国々である。これを地域別にみると,第1にフランス・イタリアなど依然として高いインフレ率に悩む西欧先進国が挙げられる。第2にブラジル,メキシコなど対外累積債務に悩む中南米諸国では開発計画の縮小など厳しい調整政策が実施され,景気停滞が続いている。第3に石油価格低下に直撃されたOPEC諸国では,83年の石油収入が前年比22%減となり苦しい経済運営を強いられている。
しかし,インフレ抑制ができない国々にも,83年後半以降アメリカ向け輸出の増大から生産が増加するなど回復の輪が広がりつつある。
世界経済の回復に伴い世界貿易も回復している。世界輸入(実質,IMFべ一ス)は82年1.0%減の後83年には1.3%増と増加に転じた。しかし,世界貿易の回復テンポは世界経済の回復同様前回75年の回復局面と比較して緩やかであり,また地域別にばらつきがある。輸入が順調に増加しているのは,アメリカ,東南アジア,日本などの地域であり,中南米,産油国では輸入が大幅に削減されている。これは前回の回復局面では各地域でほぽ同時に貿易が回復したのと比べると対照的である。
(アメリカ経済の回復とその要因)
世界経済回復の推進力となったアメリカ経済について,その現状と回復の要因をみよう。アメリカでは景気が82年末に底を打ち,83年に入ってから実質GNP成長率(前期比,年率)が1~3月期3.3%増と上向きに転じた後4~6月期9.4%増,7~9月期6.8%増,10~12月期5.9%増となり,84年に入ってからも1~3月期10.1%増,4~6月期7。5%増と景気拡大が続いている(第1-3表)。アメリカ経済の今回の回復テンポは過去の回復期と比べても遜色のないものとなっている。回復後一年間の経済成長率をみると,戦後の典型的な5回の回復期の平均が6.8%であるのに対し,今回は6.3%となっている。
需要項目別の回復パターンをみると,景気の上方転換期においては在庫調整の終了から在庫積増しへと移行した在庫投資の果たした役割が大きい。景気回復後1年間の成長率に対する在庫投資の寄与率は34%となっている。また,個人消費と住宅投資も景気回復の先導役となり,成長率に対する寄与率はそれぞれ60%,18%となっている。83年後半からは民間設備投資も前期比年率で二桁の伸びを示すようになった。
今回の回復パターンを過去の回復期と比較すると,第1に民間設備投資の増加テンポが速いこと(回復後1年間の実質経済成長率に対する寄与度は過去の回復局面の0.5%に対して1.6%),第2に純輸出の落込み幅が大きいこと(同マイナス0.4%に対してマイナス1.5%)の2つの特徴がある。
このうち第2については,①先に述べたように着実な景気拡大とドル高により輸入が大幅に増加したことに加え,②アメリカの輸出マーケットである中南米諸国の景気停滞とドル高により輸出が伸び悩んでいるためである。アメリカの純輸出の大幅減少は,①景気が回復する中で一般機械,電気機械等の輸出産業や鉄鋼等の輸入競争産業の市場をその分だげ狭め,これら産業での保護主義圧力を高める要因となっているものの,②アメリカ国内におけるボトルネック・インフレの発生を防ぐ役割を果たしているとともに,③アメリカを輸出先としているカナダ,日本,アジア新興工業国の景気回復を支持する役割を果たしていると考えられる。
アメリカにおける景気回復の要因としては,①在庫調整の終了と物価安定による自律的回復メカニズムが基本的要因としてあげられるが,これに加え,②拡張的な財政政策の効果,③82年夏以降の金融政策の引締め型から中立型への転換等も考えられる。
このうち①については,先に見たように在庫調整終了が景気回復の直接の契機となった。また,物価の安定により家計部門では実質可処分所得が回復し(前年比で82年0.5%増→83年3.2%増),消費性向が上昇したこと(82年94.2→83年95.1)から実質個人消費の増加がもたらされた(82年1.3%→83年4.8%増)。消費性向の上昇には82年後半から83年にかけての株式市況の高騰によって生じた株式の増価(82年7月から83年末までに5,000億ドル増と計算されている)も影響したとみられる。また,企業部門では企業家のコンフィデンスの高まりや将来に対する不確実性の低下が設備投資を増加させるよう作用したとみられる。
②については,連邦政府赤字幅のGNP比は歳出削減が進展しない中で82年度(前年10月から当年9月までのアメリカの合計年度)以降急増し,82年度3.6%から83年度6.1%,84年度5.0%と見込まれており,前回75年の景気回復期に比べると(同75年度3.1%,76年度4.0%),財政面からの景気刺激効果はかなり大きなものとなっていると考えられる。こうした財政赤字の拡大は歳出削減が進展しない中で大幅な個人所得税減税,企業減税が実施されたことによるところが大きい。このうち個人所得税減税は限界税率を81年10月5%,82年7月10%,83年7月10%と当初からみて合わせて23%引き下げ,減税規模710億ドル(83年度における減収額,名目GNP比2.2%)に及ぶ大規模なものであったが,当初意図した貯蓄の増強には結びつかず,むしろ個人消費を刺激する方向に働いた。ただ個人消費は,物価の鎮静化が遅れたこともあって,82年は低い伸びにとどどまり,個人消費の拡大がみられたのは物価が安定した83年に入ってからであった。ちなみに,世界経済モデルによれば,個人所得税減税により,82年,83年のアメリカの個人消費はそれぞれ1.1%,3.2%押し上げられたと試算される。ただし,計量モデルによるシミュレーションには種々の限界があることはいうまでもなく,例えば個人税減税の財源としての公債増発によってもたらされた金利上昇の個人消費に与えるマイナス効果はやや小さめに出ているかもしれない。
③については,82年夏までは強い金融引締めスタンスが維持されてきたが,82年後半以降中立型への転換がみられた。マネーサプライ(M1)の伸びは82年は夏以降83年央まで目標上限を上回る伸びを示した。また,公定歩合は82年7月に引き下げられた後12月までに7回にわたり3.5%引き下げられ,以後84年4月まで8,5%で推移した。こうした金利の低下はそれまでの長い不況と高金利によって抑制されていた自動車を中心とする耐久消費財や住宅に対する需要を顕在化させた。耐久消費財は前年比で83年に1261%増(82年は0.3%減),民間仕宅投資は83年41.7%増(82年15.0%減)と大幅な増加をみた。
(アメリカの民間設備投資増大の要因)
ここで今回の回復の第1の特徴である民間設備投資の力強い増加の原因をみることにしよう。民間設備投資は電子計算機,通信機等ハイテク関連機器を中心に増加を続けている。
これは,物価が安定している中で実質長期金利が高止まりしているというマイナス要因があるものの,①景気回復に伴って需要が増加したこと,②企業収益が改善したことが基本的な設備投資増大の要因として挙げられるが,③投下資本加速回収制度(ACRS)の導入などの設備投資促進措置もそれ自体は企業の内部留保を拡大させ,設備投資にプラスの方向に作用したと考えられる。
今回の回復局面と75年の回復局面を比較すると,稼働率,売上高経常利益率ともに,今回は前回を大幅に上回る増加テンポを示しており,これが今回の設備投資の増加テンポを前回に比べ大幅なものとしていることが推察される(第1-4図)。
それではレーガン政権によって採用された企業減税は設備投資にどのような影響を及ぼしたのであろうか。まず設備投資に関連する税制をみると,70年代を通じた生産性上昇率の鈍化に対処するためにとられた81年からの経済再建法により,大幅な投下資本回収の加速化が行われた後,急速に拡大しつつある財政赤字に対処するため,82年以降,「82年税負担の公正と財政責任に関する法」による減税の緩和,間接税の導入等増収措置があいついで採られているが,経済再建法以前に比べるとなおかなりの減税となっている(第1-5表,第1-6図)。こうした税制をはじめ,金利,インフレ期待,資本財価格などは1単位投資を行うときにどのくらい費用がかかるかを表わす資本の使用者費用に要約することができる( 付注1-1)。設備投資の決定要因としては,稼働率など需要面の要因が大きな役割を果たすと考えられ,また資本の使用者費用については,種々の計算方法があることに留意が必要である。こうした限界はあるものの,ここでは供給面に着目し,これを資本の使用者費用に代表させてみると,資本の使用者費用は,70年代後半以降インフレによる償却不足が大きく影響して高水準で推移していた(第1-7図)。その後81年にレーガン政権の下で成立した経済再建法により設備投資促進税制が採用されたが,①金利が高水準であったこと,②物価上昇率が依然高かったため投下資本回収の加速化によるメリットが相殺されたことから82年まで資本の使用者費用は高止まりを続けた。しかし,83年に入ると物価の安定や金利の低下から資本の使用者費用は急速な低下を示している。
このように税制改正は資本の使用者費用を低下させる一つの要因となり,これを通じてそれ自体は,設備投資の増加をもたらす方向に作用していると考えられる。ただ,こうした企業減税は個人所得税減税とあいまって,財政赤字の拡大をもたらす要因となっており,実質高金利の一因となって,この面からは設備投資にマイナスの影響を及ぼしたことや,必ずしも生産性の向上に結びつかない投資の増加をもたらしている可能性があることには留意が必要である。
(アメリカ経済の現状と問題点)
以上のように,アメリカ経済は世界経済の先頭を切って着実な拡大を続けている。しかし,84年に入って経済成長率が加速した(83年10~12月期前期比年率5.9%→84年1~3月期10.1%,4~6月期7.5%)ことに表われているように経済の拡大テンポは予想を上回るものとなっている。こうした中で連邦準備制度は84年4月に公定歩合を引き上げるなど引締めスタンスに移行しており,景気拡大に伴う民間資金需要の増加やインフレ警戒感の高まり等から金利は84年春以降上昇傾向を示している。
アメリカの景気拡大には堅調な民間需要に加え大幅な連邦財政赤字が寄与している一方で,民間貯蓄率が低水準の中での大幅財政赤字は長期実質金利の高止まりをもたらしている。また,長期実質金利の高止まりはドル高を通じて大幅な経常収支赤字の原因となっており,こうした大幅な経常収支赤字が続けばドルへの信認が失なわれ,ドルが急落するおそれも生じかねない。
アメリカ経済は連邦財政の大幅赤字と経常収支の大幅赤字の「双子の赤字」という問題を抱えながらも,当分は拡大を続ける可能性が大きいとみられる。しかし,これを持続的な経済成長に結びつけて行くためには双子の赤字とりわけ財政赤字が削減されることが強く望まれる。
(輸出の増加とその要因)
アメリカの景気回復を契機に我が国の輸出(通関,数量ベース)は58年初以降堅調な増加を示した。アメリカの景気後退から56年秋以降輸出は減少に転じ,57年度には前年度比3.1%減と第1次石油ショック後初めて減少したが,58年度には12,4%増の大幅増となった。こうした輸出の回復テンポは過去2回の回復局面より速いものとなっている。
輸出がこのような堅調な伸びを示しているのは,アメリカ経済の力強い拡大とそれがもたらした世界貿易の回復によるところが大きい(第1-8図①)。また相対比価の有利化(国内工業品卸売物価が他の先進国卸売物価に比べ安定していたこと)も輸出を増加させるよう作用した。一方,為替レート要因は,①円の対ドルレートは58年初以降安定的に推移したものの,②円の対欧州通貨レートは58年初以降上昇したため,③実効レートは58年度を通じかなり上昇した(第1-9図)ことから欧州,中近東,アフリカ市場でその分輸出抑制的に作用した。
輸出増加要因のうち,アメリカ経済の力強い拡大については,アメリカの景気回復と我が国の輸出増加の間に四半期でみればタイムラグがなかったことが今回の特徴である。従来のアメリカの回復期には,我が国の輸出が増加に転ずるのは景気回復後1~2四半期経ってからだった。今回の場合にはおおむね58年初までに現地在庫の調整が一部を除き終了したとみられることがタイムラグなく輸出の増加をもたらしたと考えられる。
(地域別,品目別輸出動向)
58年度通関輸出の地域別の輸出増加寄与度(ドルベース)をみると,アメリカ向けが全体の7割近くを占めているほか,東南アジア向けが好調であり西欧向けも増加している。一方,中近東,中南米,アフリカ向けは減少した。
アメリカ向け輸出の増加は,その大部分がアメリカの景気回復に伴う所得効果によるものである。ちなみに,アメリカ向け輸出の変動要因を,①所得効果(アメリカの実質GNP),②日米の相対比価,③円の対ドルレート,④我が国の国内の需要(我が国からの輸出圧力)に分けて,これらを説明変数とした輸出関数を作成し,これらの諸要因の影響度を計測してみると,58年度のアメリカ向け輸出増加の約7割が所得効果によるものであることが分かる(第1-8図②)。
次に西欧向け輸出の増加については,円の対欧州通貨レートの上昇は輸出抑制要因となったものの,西欧諸国に比べ国内工業品卸売物価が安定していたため相対比価がかなり有利化したことから為替レートの効果を減殺し,価格競争力には大きな変化がなかったとみられる。
商品別の輸出構成をみると,近年の我が国の目ざましい産業・貿易構造の高度化・高付加価値化を反映して,機械機器のウエイトが50年度56%,55年度64%のあと58年度には68%へと高まっている。とりわけ,①オフコン,パソコンなど自動データ処理機を中心とした事務用機器,②半導体等電子部品,③VTRの伸びが著しい。58年度の輸出増加額(ドルベース)に対するこれら品目の寄与率は32%に達している。また,自動車は輸出規制の影響もあって数量ベースではほぼ横ばいとなっているが,部品輸出は好調であり,平均輸出価格の上昇もあって金額ベースでは増加している。これに対して,プラント類は発展途上国の債務累積問題の深刻化等の影響を受けて成約ベースでは57年度に引き続き58年度も大幅な落ち込みを示したが,59年度に入ってからも減少傾向が続いており,輸出額でも58年度はほぼ横ばいで推移した後59年度に入り減少気味に推移している。また,素材型商品は絶対量は増加しているものの鉄鋼におけるシームレスパイプの減少などもあり,そのウエイトは減少傾向にある。
今後の輸出動向については,①貿易摩擦問題がなお残っていること,②ドル高(円安)修正が進展していく可能性があるとみられることなど輸出環境は厳しくなる面も見込まれるものの,輸出の地域別,品目別構成からみて,世界経済とりわけアメリカ経済が順調な拡大を続け,世界貿易が回復していけば,我が国の輸出は引き続き増加が見込まれる。
第2次石油危機と56年秋以降の輸出急減によって2段階にわたって行われた在庫調整は58年1~3月期にはほぼ終了し,その後在庫は緩やかな増加を示した。実質民間在庫投資(GNPベース,季調値)は,58年1~3月期まで減少傾向を示したが,4~6月期には増加に転じ,その後も増加基調で推移した(第1-10図)。在庫調整の終了から増加への移行のタイミングは過去の回復局面とほぼ同じである。
(形態別在庫動向)
こうした在庫投資の動向を形態別にみてみよう。通常,在庫変動は流通在庫から始まり,原材料在庫,製品在庫へと波及するというパターンがある。今回の景気回復局面における在庫変動もほぼ同様の推移をたどった。
まず流通在庫(卸売)は,過去の回復局面においては景気の回復とほぼ同時に増加に転じている。今回の回復局面でも車検制度変更前の自動車ディーラーの在庫増,天候不順による夏物商品の在庫積み上がりなどの特殊要因もあって58年4~6月期に増加した。その後猛暑,厳寒などによる季節商品の在庫減もあったが,基調としては実需に応じた積増し過程にある。
次に原材料在庫のうち最終需要財メーカーでは58年7~9月期に石油化学,非鉄金属などで市況先高感から仮需が発生した。その後市況は落ち着いたものの,好調な原材料消費に支えられ在庫は順調に増加している。生産財メーカーの原材料在庫は原油のウエイトが高く,58年度前半は原油価格先安感から減少傾向を示したが,58年末には原燃料消費の増加もあって動意がみられた。
このような原材料在庫の動きを映じて,生産財メーカーの製品在庫は石油化学など出荷好調な一部業種で58年末以降実需に応じた積増しの動きがみられる。また,最終需要財メーカーの製品在庫についても耐久消費財などで59年初以降実需に応じた積増しの動きがみられる。
以上のように58年1~3月期に在庫調整がほぼ終了した後,在庫は緩やかな増加を示し,このところ全体としては実需に応じて積増しの動きがみられる。今後とも在庫は緩やかな増加を続げるものとみられる。
(景気転換局面での在庫投資の役割)
最終需要に占める在庫残高の比率を示すGNPベース在庫率(注)は,企業の減量経営意識の強化や在庫管理技術の向上,サービス経済化の進展等により第1次石油危機以降すう勢的に低下しており,50年度25.1%から58年度には21.9%となっている。
しかし,景気の転換局面における在庫投資の役割が依然として大きいことに変わりはない。景気の谷の前後1年間の経済成長率の変化幅に占める在庫投資の寄与率は,今回の回復局面では約6割と,過去の回復局面の平均値にほぼ等しくなっている。
(生産・出荷の増加とその要因)
輸出の減少から景気が後退を続けたことにより57年中減少傾向で推移した生産・出荷は,58年秋には増加に転じ58年度を通じて一貫して強い伸びを示した。
58年度の生産・出荷の前年度増加率はそれぞれ6.4%,6.0%となっている。こうした堅調な生産・出荷の増加は,輸出の増加,在庫調整の終了に加え内需の持直しによるものである。
今回の景気回復局面における生産の回復テンボは前回の回復局面と比較しても速い。
出荷の動きを内・外需別にみると,景気回復の初期局面(58年上半期)では外需向け中心に増加したが,58年下半期に入ってからは内需向けへと主役が交代しつつある。出荷の増加に占める外需の寄与率は58年上半期約7割であったが,下半期には約3割となっている。
また,輸出増加による出荷への影響は単に直接製品を輸出する業種のみならず,それらの業種に資材を供給する業種にも現われている。そこで,こうした間接輸出を含む総合輸出依存度と出荷の関係をみると,概ね電気機械,精密機械など総合輸出依存度の高い業種ほど出荷の伸びも高いことが分かる。
(財別出荷動向)
次に財別の出荷動向をみてみよう。まず,消費財は耐久消費財がVTR等を中心に内・外需向けとも堅調な増加を示したことから58年度は5.3%の伸びとなった。資本財は電子計算機や静電式複写機を中心に外需向けが増加傾向を続けたのに加え,年後半にかけて中小企業を中心とする設備投資の回復もあって内需向け出荷も増加に転じ,前年度比4.5%の上昇を示した。
生産財出荷は55年初以降の景気後退期に低迷を続け,最終需要出荷の伸びとの格差が拡大していた(第1-11図①)。しかし,58年初以降生産財出荷は最終需要財出荷を上回る急ピッチで増加を続け,生産財出荷と最終需要財出荷の格差は急速に解消しつつある。58年度における最終需要財出荷の伸びの4.0%に対し,生産財出荷の伸びは8.3%となった。生産財出荷の増加は,半導体素子,集積回路,通信電子部品等加工型産業部門の出荷が大幅に伸びていることに加え,素材型産業部門の生産財出荷も増加しているためである。
こうした生産財出荷の増加は,在庫調整の終了による最終需要の生産財誘発度の上昇によるところもある(第1-11図②)。いま,生産財国内出荷と最終需要財出荷の比をとると,これは①最終需要財に対する生産財投入原単位を意味すると同時に,②最終需要の生産財生産誘発度をも表わしている。この生産財国内出荷と最終需要財出荷の比の動きをみると,①中長期的にみるとすう勢的に低下しているが,②景気回復初期には上昇することが分かる。このうち①は第1次石油ショック後の省エネルギー,減量経営の進展により,最終需要財に対する生産財投入原単位が向上したことや,生産財の輸入が増加したためである。また,②については,在庫調整期には最終需要が増加しても中間段階の在庫調整によって吸収され生産財への波及効果が減殺されるが,在庫調整が終了すると最終需要の増加が生産財に直接波及することに加え,生産財の在庫投資増加が更に生産財生産を誘発するというメカニズムが働くためと考えられる。
一方,投資財のうち建設財は公共投資,住宅投資の伸びが低いことから盛り上がりに欠ける動きを示し,58年度も1.8%減と4年連続の減少となった。
このように出荷の動向をみると,素材型,加工型産業ともに出荷が増加を続け,従来から存在していた素材・加工型産業間のばらつきは解消しつつある。しかし,58年度に入ってからは建設財と他の財の出荷動向に格差が目立った。これは輸出が堅調に増加する一方で公共投資,住宅投資の伸びが低いという需要項目間のばらつきを反映するものと言えよう。
こうしたばらつきは残っているものの,生産・出荷は全体としては堅調な増加を続けており,内・外需の動向からみて今後とも増加傾向で推移すると考えられる。
(輸入増加とその要因)
輸入(通関,数量ベース)は景気後退に加え,原燃料の原単位(生産にしめる素原材料消費の比率)の低下もあって55年度から3年間にわたり減少した後58年に入って増加に転じ,58年度には前年度比7.6%の増加となった。今回の景気回復局面における輸入増加のテンポは過去2回の回復局面に比べて速い。
こうした輸入の動きを①生産要因(鉱工業生産指数)②価格要因(製品類輸入価格と国内工業品卸売物価の相対比価),③在庫率要因(輸入原材料在庫率)からなる輸入数量関数によって説明してみると次のようなことが分かる(第1-12図①)。今回の輸入の回復要因としては生産の増加によるところが大きく,年度全体での輸入数量増加に対するその寄与率は約6割となっている。また,58年度前半には57年末からのドル高(円安)修正による相対比価の改善が輸入を増加させるよう作用している。さらに在庫率要因については,58年後半以降輸入原材料在庫率の低下が輸入を増加させるよう作用している。
(品目別輪入動向)
四半期ベースの前期比で品目別輸入動向をみると,年度前半には価格要因の影響を強く受ける製品類輸入が大幅に増加し,年後半からはこれに加え生産活動と関連が強い鉱物性燃料,原料品の増加が目立っている。
まず製品類輸入は,消費財輸入が個人消費の増加が緩やかであったことから年度を通じ緩やかな伸びにとどまったものの,生産が堅調な増加を示したことから製品原材料輸入は58年初から順調に増加した。資本財も4~6月期に航空機輸入の集中という特殊要因もあり大幅に増加した後,設備投資の回復もあって総じて増加傾向を示した。この結果,製品類輸入は58年度に前年度比14.6%(数量ベース)の増加となった。また,地域別に製品輸入の動向をみると,アメリカ,ECからの輸入が資本財の増加を主因に大幅に増加したのをはじめ,東南アジアなど各地域とも増加した。
次に,原燃料輸入は長らく減少傾向を示していたが58年半ばには下げ止まり,後半以降は緩やかな増加傾向をたどっている。①生産要因(素材型産業生産指数),②価格要因(原燃料輸入価格と国内工業卸売物価の相対比価),③在庫率要因(輸入素原材料在庫率)からなる原燃料輸入数量関数によって原燃料輸入数量の変動要因をみると(第1-12図②),58年後半以降の増加は主として素材型産業の生産増加と輸入素原材料在庫の補てんによるものであることが分かる。
以上のような輸入の増加傾向は生産動向等からみて今後とも続くとみられる。
(我が国輸入構造の特徴)
輸入は増加傾向を示しているものの,輸出の増加テンポが輸入を上回って速いことから貿易収支,経常収支は大幅な黒字を続け,58年度にはそれぞれ345億ドル,242億ドルとなった。こうした国際収支の大幅黒字の背景として輸出構造の高度化,高付加価値化が進む一方で,輸入は原燃料が大宗を占めているという我が国の貿易構造をあげることができよう。輸入の構成比(58年度)をみると,原燃料60%(原料13%,燃料47%),製品類28%,食料品12%となっており,近年製品類のウエイトが高まってはいるものの依然原燃料のシェアが大きい。こうした中で,原燃料の原単位は50年度から58年度の間に約40%減とすう勢的に低下しており,輸出に比べて輸入の伸びを相対的に低くする1つの要因となっている。
こうした原燃料原単位の向上は,①原燃料消費の主体である素材型産業の製造業全体に占めるウエイトが低下していること(50年度約45%から58年度に約34%へと約10%ポイントの低下)に加え,②素材型産業において輸入素原材料消費が減少していること(50年度から58年度に22%減)によって生じていると考えられる。
(企業収益改善とその要因)
企業収益は第2次石油危機以降悪化傾向を示してきたが,-57年度下期を底に改善している。経常利益(全産業)は57年度の6.5%減のあと58年度には前年度比20.2%の増加となり,売上高経常利益率も57年度下期2.2%から年度下期には2.6%へと上昇している。こうした中で企業の業況判断(日本銀行「主要企業短期経済観測」製造業)は順調な改善を示し,59年5月調査では55年8月以来,久方ぶりに小幅ながら「良い」が「悪い」を上回った。
製造業の企業収益を業種別にみるとまず加工型が58年度初から,これに次いで素材型も年央から改善している。また規模別にみると大企業,中小企業ともに58年度に入って改善がみられた。今回の景気回復局面における企業収益の改善テンポは過去二回の回復局面とほぼ同様である。
こうした企業収益の改善は次のような短期的,中・長期的な要因に基づくものと考えられる。まず短期的要因としては,①輸出の増加に加え,②石油価格低下とドル高(円安)修正,③賃金コストの安定と市況の改善,④生産増加による稼働率上昇があげられる。このうち石油価格低下の企業収益改善効果を営業利益関数を推計することにより試算してみると(付注2),53年度の営業利益(製造業)は石油価格の低下により10%程度増加したことが分かる。
次に中・長期的には,人・カネ両面で企業の減量経営が引続き行われたことが,第2次石油危機後の景気後退期において企業収益減少の下支え要因となるとともに,景気回復に伴う収益改善をもたらす基礎条件になった。こうした企業の減量経営は,①人件費の削減,②投入原単位の向上,③借入金の圧縮,自己資本の充実による金融費用圧縮の3点で進められてきた。
(売上高経常利益率の変動要因分析)
以上のような短期的,中長期的な企業収益の改善要因を売上高経常利益率の変動要因分析によりみてみよう(第1-13図)。
まず55年度から57年度までの景気後退期における企業収益の悪化の主因は固定費比率の上昇である。これに対して変動費比率は低下傾向をたどったことから企業収益の下支え要因となっていた。固定費比率の上昇は,固定費自体は人件費の抑制や借入金の圧縮,自己資本の充実による金融費用の削減といった企業の減量経営努力により減少傾向をどったものの,景気後退に伴い売上げが減退したことによる。また,変動費比率の低下は素材型産業の減量経営の一環である投入原単位の向上によるところが大きい。このような企業の減量経営の進展がなかったとすれば,景気後退期の企業収益の悪化はより厳しいものになったと考えられる。なお,借入金圧縮,手元流動性の高まりといった企業金融の構造変化の中で加工型産業では,有利子負債比率が着実に低下する一方で運用有価証券の有利子負債に対する比率が大幅に上昇しており,資産運用の効率化による金融収支改善の動きが目立っている(第1-13図③)。
次に58年度に入ってからの売上高経常利益率の上昇については,賃金コストの安定に加え,売上げの増加により固定費比率が低下したことによるところが大きい。売上げの増加は加工型産業では輸出の寄与率が57年度の13%から58年度には37%へ回復している。特に年度前半は一般機械,電気機械,精密機械で輸出の寄与が大きいが,年度後半では内需向けの伸びが高まっている。一方,素材型では化学,繊維などを中心に内需の持直しにより売上げが増加しており,58年度下期の売上げに対する内需の寄与率は86%となっている。また,変動費比率の低下については化学,鉄鋼などの素材型産業で企業の交易条件の改善が大きく寄与している。こうした企業の交易条件の改善は,石油価格低下とドル高(円安)修正による投入価格の低下や市況の改善による産出価格の持直しによるものである。市況の改善については,化学など,生産調整の効果に加え,アメリカの景気回復により輸入が減少したことが寄与した業種もある。さらに,経常利益を確保するため現実の売上高に比べて何%の売上げが最低限必要かを示す損益分岐点売上高比率は,生産増加により稼働率が大幅に上昇していることから低下し,企業収益の改善に寄与している(第1-13図②)。
今後の企業収益動向については,中長期的要因が収益好転要因として作用するのに加え,生産の堅調が持続するとみられることなどからみて,増加傾向で推移するとみられる。ちなみに日本銀行「主要企業短期観測(59年5月調査)」でも,今後緩やかながら増益が続くとの見通しになっている。