昭和59年
年次経済報告
新たな国際化に対応する日本経済
昭和59年8月7日
経済企画庁
第1章 昭和58年度の日本経済
(設備投資の動向)
57年度央以降弱含みで推移した設備投資は58年度央から回復に転じた。実質民間設備投資(GNPベース,季調値)は前期比で57年度下期0.1%減と7年振りに減少した後58年度上期も1.5%増にとどまったが,58年度下期には前期比4.5%増と回復に転じた。この結果,実質民間設備投資は前年度比で57年度2.8%増の後58年度は3.8%増となった。
こうした設備投資の回復の動きを規模別,産業別にみると(第1-14図),まず,中小企業製造業が輸出関連業種を中心に58年度央以降着実に回復しており,中小企業非製造業でもサービス業を中心に回復しつつある。大企業製造業ではシームレスパイプ等の増強が一段落した鉄鋼などかなり減少している業種がある一方,半導体,OA機器を中心とした電気機械など順調な動きを続けている業種もあり,全体として回復している。また,大企業非製造業は電力投資の前倒しもあって58年度下期にはかなりの増加となり,電力を除いた非製造業でもリース業の堅調な増加が下支えとなっていることから全体として強含みで推移している。
ここで中期的観点から設備投資の動向をより長い局面にわたってみてみることにしよう。
第1次石油ショック後長期間にわたって低迷した設備投資は,(i)53年から景気の回復と歩調を合わせて中小企業から大企業,また非製造業から製造業の順で拡大局面に入った。(ii)第2次石油危機により55年度央以降景気が後退期に入ってからも,設備投資は中小企業が非製造業,製造業の順に停滞局面となったものの,大企業で製造業を中心に拡大局面が続いたことから全体として拡大を続けた。しかし,(iii)57年度央にはそれまで堅調な増加を続けていた大企業設備投資が弱含みに転じたことから設備投資は調整局面を迎えた。その後,(iv)58年1~3月期を谷として景気が回復に向かう中で,58年度央以降中小企業製造業を中心に設備投資は回復に転じ,今回の調整局面は比較的軽微なものにとどまった。
(53年以降の設備投資拡大の要因)
53年からの設備投資拡大局面における設備投資要因をみると従来とはかなり様相を異にしている。すなわち第1次石油危機以前の設備投資は将来需要の増加期待に支えられた能力増強投資が主力であったが,53年からの中期的な設備投資拡大局面においては,要素相対価格の変化に伴う省エネルギー・省力化投資や研究開発投資など景気の動きに左右されない独立投資や更新投資が大きなウエイトを占めてきた。これは,大企業製造業の設備投資行動を説明するのに,第1次石油危機以前は「ストック調整原理」がよくあてはまっていたのに対し,第1次石油危機以後は「ストック調整原理」のみによってはうまく説明できないという事実と対応している。
そこで設備投資(粗投資)から更新投資を除外した純投資について,①能力増強投資要因(将来の生産または売上に関する期待),②合理化・省力化投資要因(賃金変化率と資本財価格変化率の差),③省エネルギー投資要因(エネルギー価格変化率と資本財価格変化率の差)を説明変数とする純投資関数を推計し,これらによって説明されない残差を省エネルギー・省力化投資以外の独立投資要因と考えることによって,53年以降の設備投資拡大局面における設備投資要因の変化をみると次のようなことが分かる(第1-15図)。
第1に能力増強投資については,加工型製造業ではIC,VTR,NC工作機械などの成長製品があることから能力増強投資意欲が根強く,53~55年度にかけてそのウエイトが増加していたものの,素材型製造業では能力増強投資意欲はほとんどみられなくなっている。第2に省力化投資については,特に素材型製造業の投資に占めるウエイトが高く,53~57年度平均で25%となっている。第3に省エネルギー投資については,第2次石油危機後55,56年度にかけて素材型,加工型とも増加している。第4に技術革新投資,公害防止投資,研究開発投資等の独立投資については56,57年度にかけて加工型製造業を中心に増加しているのが目立っている。
また,更新投資については,製造業では素材型,加工型ともに近年そのウエイトが高まっており,57年度にはそれぞれ約6割,5割を占めている。これに対し非製造業では更新投資のウエイトは約4割であり,依然純投資のウエイトが大きい。
以上の分析から明らかなように,53年からの設備投資の拡大局面においては,当初は将来需要の増加期待に支えられた能力増強投資の増加がみられた。しかし,55年度以降の景気後退局面に入ってからも設備投資が拡大局面を維持した要因としては,省エネルギー投資,独立投資さらには更新投資の盛り上がりによるところが大きかったと言えよう。
(設備投資が調整局面を迎えた要因)
(iii)の57年度央からの設備投資の弱含みは以下のような要因によるものと考えられる。
まず第1に56年秋から57年末にかけての輸出の減退,企業収益の悪化,景気後退により需給ギャップが拡大したとみられる等景気循環的要因が企業の設備投資意欲にマイナスの影響を与え,能力増強投資の減少をもたらしたことである。
第2に,エネルギー価格の上昇等要素相対価格の変化に伴って盛り上がりをみせてきた大型の省エネルギー投資(たとえば,鉄鋼業における連続鋳造設備,セメントNSPキルン化)がおおむね一段落したことである。
第3に,名目金利を物価上昇率で割り引いた実質金利が56年に上昇しその後も相対的に高水準で推移しているとみられることである。このため我が国の資本の使用者費用は高止まり傾向で推移している(第1-16図)。
(今回の調整局面が軽微であった理由)
次に(iv)の今回の調整局面がおよそ1年間と軽微であり,58年度央から設備投資が回復に転じた要因としては,根強い更新投資,研究開発投資が下支えとなった上,景気回復によって需給ギャップが縮小に向かい,企業収益も58年度央以降回復をみたことが挙げられる。
このうち需給ギャップの縮小は,需給ギャップの動向に比較的敏感に反応する中小企業製造業の設備投資の回復に寄与したと考えられる。また,製造業の企業収益と設備投資の変動パターンの間には従来からかなりの相似性がみられる。前回景気回復期においても,53年以降の企業収益の改善が設備投資の拡大にかなり寄与しているとみられるが,今回の回復局面においても58年度央以降の企業収益の回復が設備投資の回復をもたらす1つの要因となっているとみられる。
(設備投資の回復テンポとその要因)
我が国の今回の景気回復期における設備投資の増加テンポは,今回回復期におけるアメリカの設備投資増加テンポが過去の回復期と比べて速いのとは異なっているが,前回回復期とほぼ同じである。アメリカでは,本章第2節-1でみたように,景気の回復に伴う稼働率の急上昇や企業収益が大幅に改善したことが,前回の回復テンポを上回る設備投資の回復をもたらした主因と考えられる。また,83年に入って資本の使用者費用が低下したことも影響しているとみられる。
日本についてもアメリカと同じ要因について,その動向をみると,資本の使用者費用は54年以降すう勢的に上昇し,設備投資の回復テンポを緩やかにする要因となっているが,稼働率,企業収益ともほぼ前回回復期と同様の動きをしており,これが今回の設備投資の回復テンポを前回と同様にする主因となっていると考えられる(前掲第1-4図)。
ちなみに,設備投資の決定要因のうち需要面の指標である稼働率と供給面の指標である資本の使用者費用を説明要因とする設備投資関数を推計してみると,稼働率が設備投資に大きな影響を与えており,この他資本の使用者費用の推移も設備投資の動きにある程度の役割を果たしていることが確認される(付注1-1)。
(今後の設備投資をめぐる環境と設備投資要因)
今後の設備投資動向について,(i)設備投資をめぐる環境,(ii)設備投資要因に即して考えてみよう。
まず(i)投資環境としては,輸出が堅調な増加を示しているものの,貿易摩擦問題がなお残っていることは輸出増加に頼った大幅な能力増強投資に対する各企業の対応を慎重なものとするよう働くと考えられる。また,名目金利を物価上昇率で割り引いた実質金利とりわけ長期実質金利が過去の金融緩和期に比べて高止まりしていることは,投資に影響を与えるものとみられる。しかし,第1に景気が着実な回復軌道をたどり拡大局面に入っていることから,短期的循環要因からみた投資環境は確実に好転している。加えて,57,58年度と急速な低下をみせてきた企業の中期的期待成長率(経済企画庁調査局「企業行動に関するアンケート調査」による今後3年間の成長率)が下げ止まり,59年1月調査では4.3%と上昇に転じるなど中長期的にみた企業マインドも改善している。
次に(ii)の設備投資要因としては,第1に省エネルギー・省力化などの要素代替投資は,53年以来の設備投資拡大を支える大きな要因であった。しかし,最近の生産要素間の相対価格,すなわちエネルギー価格・資本財価格比率,賃金・資本財価格比率をみると,55年に大きく上昇したが,56年以降安定した動きとなっている。こうした生産要素相対価格の動向や大型の省エネルギー投資がおおむね一段落したことを考慮すると,技術革新関連を除く省エネルギー・省力化投資は当面53年以降の拡大局面ほどの大きな盛り上がりを期待できる状況にない。
第2にストック調整の面からは,通常中期的な投資拡大局面があると,その後2~3年は設備投資が停滞するという現象がみられる。しかし,今回の中期循環における設備投資は先にもみたように省エネルギー・省力化投資や研究開発投資などの独立投資によって支えられた面が強く,生産能力の増加テンポは緩やかであった。したがって,アルミ,紙・パルプ,セメント等で設備廃棄の動きがみられるなどミクロ的には依然として過剰設備を抱えている業種が存在しているものの,マクロ的には今回の場合資本ストック調整圧力は比較的軽微であると考えられる。また,緩やかな形でストック調整原理が働いていると考えられる中小企業製造業では,55年度央から既に約3年にわたり停滞局面にあったこともあり,輸出増加や景気回復さらには将来需要の増加期待から,望ましい資本ストック水準の引上げ,設備投資の増加という過程に入っているとみられる。
第3に更新投資は資本ストックの増加に伴い近年着実に増加しており,設備投資額の約4割を占めている。更新投資需要は依然潜在的には根強いと思われ,設備投資の下支えの役割を果たすことが期待できる。実質純投資の実質GNPに対する比率は53年から56年まで上昇した後低下に転じ,58年には9.5%となっている(第1-17図①)。これに対して実質粗投資の比率は,57年にピークとなった後58年はほぼ横ばいで推移し,17.1%となお高水準にある。純投資比率が低下するなかで粗投資比率が高水準を維持しているのは更新投資が増加していることを示している。こうした更新投資のウエイトの高まりは,設備投資増加を下支えるとともに,純投資比率の低下を通じて設備投資の生産能力増加効果を低下させるように作用していると言えよう。また,過去に行われた民間設備投資が更新投資となって表われるまでの期間を表わす平均更新期間は,製造業では約14年(第1-17図③)となっている。このことからエコー効果(過去の一定時点における新設投資が一定期間後更新投資となってあらわれる現象)によって,マクロ的には昭和40年代前半から第1次石油危機までの期間に作られた設備について更新投資の需要は依然潜在的には根強いものと考えられる。また,業種別にみても,鉄鋼等では更新投資の大きな動意はみられないものの最近繊維,紙・パルプ,一般機械等で生き残りをかけて設備の更新,高度化に踏み切ろうとする動きが出始めていることも注目される。
第4に研究開発投資については,製造業における設備投資動機の推移(日本開発銀行調査)をみると52年度に6.1%のシエアを占めるに過ぎなかったが,59年度には11.8%へと上昇してきている。新製品・新技術の開発など対外競争力強化を目指した投資活動は自主技術開発の必要性の増大もあって活発な動きを示しており,今後も投資活動を下支えする役割を果たすと見込まれる。
第5に技術革新投資は,現在までのところ設備投資全体に占めるウエイトは必らずしも大きいとは言えないものの,バイオテクノロジー,光ファイバーなどの先端分野における投資意欲が強いことに加え,各産業分野での情報化,エレクトロニクス化が進む中で電気機械(半導体やコンピュータに代表されるOA機器),一般機械(産業用ロボットなどのメカトロニクス機器),紙・パルプ(情報関連紙)などその中核をなす分野で設備投資が活発化しているほか,旺盛な需要に支えられて業種を超えた広がりをみせている。
以上のような投資環境,設備投資要因を総合的にみると,今後の設備投資は着実に増加していくものと考えられる。
物価は前年度に比べ,58年度は一層安定的に推移した。総合卸売物価は58年1~3月期以降4四半期連続して前年水準を下回り,58年度は前年度比2.3%の下落となった。これを内訳別にみると,国内卸売物価が0.8%の下落,輸出物価,輸入物価がそれぞれ5.0%の下落,9.2%の下落となっている。消費者物価も年度を通じて落ち着いた動きを示し,58年度は前年度比1.9%の上昇と昭和34年度以来の低い上昇にとどまった。なお,商品市況は58年初から秋頃にかけて景気回復を映じて上昇したが,その後一進一退で推移した。
こうした物価の安定は以下のような要因によるところが大きい。まず,卸売物価の安定については,①57年11月以降のドル高(円安)修正と58年3月の石油価格引下げ,②賃金コスト上昇率の鈍化,③経済全体の需給ギャップが58年度に入って縮小したとはいえなおある程度存在したこと,が挙げられる。このうちドル高(円安)修正と石油価格低下は輸入物価の下落に反映されているが,輸入物価の下落によるコスト低下の影響は素原材料→中間財→最終財の順に次第に波及していったとみられる。素原材料卸売物価は前年同月比で57年10月の9.2%上昇をピークに一貫して低下を続け58年10月には14.1%下落とボトムを打ち,以後は下落幅は縮小に向かった。こうした素原材料卸売物価の動向を映じて中間財,最終財も前年同月比で57年10月にそれぞれ0.3%,1.4%上昇の後低下傾向を示し,58年11月にそれぞれ2.5%,0.4%の下落とボトムを打った後,中間財は下落幅は縮小し,最終財は上昇に転じている。
次に消費者物価の落ち着きは,①消費財卸売物価が一層安定したこと,②賃金コストの安定もあってサービス価格が落ち着いていたこと,③国鉄運賃や米の政府売渡価格が据え置かれたこと等により,公共料金の上昇率が比較的小幅にとどまったこと,によるところが大きい。このうち消費財卸売物価が石油価格引下げやドル高(円安)修正もあって一層安定したことは,石油価格低下による交易条件の改善がタイムラグを伴いつつも最終需要段階での価格低下につながっており,その効果が家計部門へも波及していることを示している。
国内需要は持ち直しているものの,需要面からの価格上昇圧力が少ないこともあって,59年度に入っても物価は安定的に推移しており,今後とも引き続き安定した動きを示すとみられる。
物価は58年度を通じて安定していたものの,名目賃金が伸び悩んだことから実質賃金の伸びは緩やかなものにとどまった。58年度の名目賃金(「毎月勤労統計」現金給与総額,調査産業計)は前年度比3.2%増(57年度は4.7%増),実質賃金は1.3%増(57年度は2.3%増)となった。
こうした賃金の伸び悩みは,①58年春季賃上げ率が4.4%と史上最も低い上昇率であったこと,②所定内賃金が前年度比3.5%増と春季賃上げ率を下回る伸びで推移したこと,③58年夏季,冬季賞与がそれぞれ2.5%,1.8%(「毎月勤労統計」による)と低い伸びにとどまったことのためである。このため所定外賃金が,生産の堅調な増加に伴う所定外労働時間の増加から前年度比7.7%増と高い伸びを示したものの,全体として賃金は伸び悩みの色合いを濃くした。
このうち第1の春季賃上げ率が低かったことについて分析するため春季賃上げ率を,①雇用情勢,②前期の企業収益,③消費者物価上昇率の3つの要因で回帰し寄与度分析すれば,次のようなことが分かる(付注1-3)。まず,①雇用情勢は50年以降春季賃上げ率を引き下げるよう作用しているが,特に58年において賃上げ率を引下げるよう大きく寄与したとみられる。また,②前期の企業収益も56年以降賃上げ率を抑制するよう働いているが,58年には前年に比べその寄与がやや大きくなっている。さらに③消費者物価の安定も賃金上昇率の伸びをやや低めるよう働いている。以上の結果,58年春季賃上げ率については,①57年度の厳しい雇用情勢,②57年度下期までの企業収益の悪化,③消費者物価の落着きにより,史上最も低い伸びにとどまったと考えられる。
第2の所定内賃金が春季賃上げ率を下回った要因としては,春季賃上げ率が決定された時点の性別,年齢別等でみた労働力構成に比べ,年度を通して給与水準の高い高齢者の定年退職やパート等給与水準の低い労働者入職が多かったことによるものと考えられる。
第3に58年1~3月期を谷として景気が回復軌道をたどったにもかかわらず,58年夏季,冬季の賞与が低い伸びにとどまった要因を①雇用情勢,②前期の企業収益,③消費者物価上昇率からなる賞与関数で説明してみると,次のようなことが分かる。すなわち,①雇用情勢は58年度後半から改善を示したものの依然厳しかったこと,②企業収益は57年度下期を底に改善に転じたものの,58年度上期までは回復テンポは緩やかであり,本格的な改善は58年度下期に入ってからであったこと,③消費者物価が引続き落ち着いていたことから,58年夏季,冬季の賞与の上昇率は低い水準にとどまったとみられる。
一方,今後の賃金の動向については,まず59年度春季賃上げ率は,①58年度の企業収益が好転し,②59年1~3月期の消費者物価上昇率が低水準ながら前年よりはやや高かったが,③雇用情勢については58年度央以降改善しているものの年度全体としてはなお厳しかったことから,4.5%と前年度をわずかながら上回る程度にとどまった。しかし,①59年度賞与は58年度下期以降の企業収益の改善に伴い増加すると見込まれること,②所定外賃金が堅調な生産活動を映じて引き続き高水準を示すとみられること等から,今後賃金の伸びは高まるものと見込まれる。
(世帯別個人消費の動向)
個人消費(実質民間最終消費支出,GNPベース)は57年度に4.6%増とかなりの増勢をみせた後58年度は2.9%増と緩やかな増加となった。
世帯別にみると,勤労者世帯,一般世帯とも低調であった(家計調査による)。
一方,農家世帯は比較的堅調な動きを示した(農家経済調査による)。農家世帯の消費が比較的堅調だったのは,前年の伸びが緩やかだったことに加え,石油価格の低下もあって農村生活資材物価が極めて落ち着いていたためである。
58年度の個人消費の増加が緩やかであった原因をみるため,勤労者世帯の消費支出増減を①実収入要因,②非消費支出要因,③消費性向要因,④物価要因に分解してみると,家計収入の伸び悩みの寄与が大きいことが分かる(第1-18図)。ちなみに①実質可処分所得,②実質流動資産(家計の金融機関等への預貯金から家計の借入金を控除したもの),③消費者物価上昇率を説明変数とする消費関数によって実質消費支出の変動要因分析を行うと(付注1-4),物価の安定は実質流動資産の増加や消費者マインドの改善を通じて消費を下支えする役割を果たすとともに,実質所得の動きにもプラスの要因となっているものの,名目所得の伸び悩みからから実質可処分所得が伸び悩み,これを通じて消費の増加が緩やかなものとなっていることが分かる。
消費性向(勤労者世帯)は58年度79.2となり,56年度(79.4),57年度(79.5)に引き続きほぼ横ばいとなった。
(耐久消費財支出の増加)
個人消費の増加が緩やかななかで,耐久消費財支出は堅調な増加を示した。耐久消費財支出(実質,家計調査ベース)は58年度に前年度比9.9%増と消費支出全体の伸び0.3%増を大きく上回った。これは普及率の低いVTR,電子レンジ等の新規需要が堅調だったことに加え,普及率の高いカラーテレビ,乗用車等の更新需要によるところも大きい。例えば代表的な耐久消費財である乗用車の販売台数を新規需要と買い替え需要に分けてみると,全体の約4分の1に当たる新規需要は50年代に入ってから一貫して増加基調にあるのに対し,約4割を占める買換え需要は循環変動を示しており,これによって乗用車販売台数全体の約4年周期の循環パターンが形成されている。
耐久消費財支出(実質,GNPベース)を中期的にみると,50年代に入ってから盛り上がりをみせた後,55,56年にかけて停滞局面を迎え,57,58年には回復局面に入っているとみられる。58年度において所得の伸び悩みにもかかわらず耐久消費財支出が堅調であった背景には,55,56年にかけての耐久消費財支出の停滞局面での買控えから耐久消費財ストックの陳腐化がある程度進んだなかで,消費マインドの改善もあって消費者の購入意欲が呼び起こされたという面もあったと考えられる。また耐久消費財の一部では,品質の高級化,高性能化が進む一方,低価格化が進んでいるものもあり,これらが耐久消費財支出の増加にプラスの要因となっていると考えられる。
このように耐久消費財支出が好調であったものの,半耐久財,非耐久財支出が低迷したことから58年度の商品支出(実質)(注)は0.2%増となった(57年度は1.6%増)。一方,サービス支出(実質)は0.4%減(57年度は4.2%増)となり,近年顕著である家計消費のサービス化のテンポは一服状態となっている。
今後の消費動向については,①賃金の伸びが高まるとみられること,②消費者態度指数(経済企画庁「消費動向調査」)が高水準となるなど,物価の安定や景気の回復により消費者マインドが好転していることなどから個人消費は58年度に比べれば高い伸びを示すものと見込まれる。
58年度の住宅投資は前年度に比べ減少したが,年度内の動きをみると58年4~6月期を底に持直しに向かった(第1-19図①)。実質民間住宅投資(GNPべ一ス,季調値)は58年4~6月期に前期比12.7%減となった後,7~9月期に増加に転じ,10~12月期にも増加を続けた。しかし,59年1~3月期には減少した。この結果,58年度は前年度比で7.3%減となった。また,新設住宅着工戸数は58年度113万5千戸と前年度の115万7千戸を下回った。こうした中で,ここ二,三年来の特徴として,①持家系住宅の不振と貸家系住宅の増加傾向,②住宅の一戸当り床面積の規模縮小が挙げられる。
(住宅投資が前年度を下回った要因)
住宅投資が前年度を下回ったのは以下の3つの要因によるものとみられる。
まず第1に,57年10月から実施された住宅金融公庫融資の制度改正(段階金利制及び規模別貸付制度の導入)に伴う57年度の駆け込み需要の反動があったことである。新設住宅着工戸数でみると公庫融資による持家は57年10~12月期をピークとして減少に転じ,59年1~3月期まで前年水準を下回って推移した。
段階金利制の導入により,返済金利として11年目以降は資金運用部の貸付金利を基準とした金利(当初7.3%で59年2月から7.2%)が適用され,また規模別貸付制度の導入により,10年目までは住宅規模に応じた金利(5.5%,6.5%及び7.3%(59年2月から7.2%))が適用されるようになった(第1-19図②)。
公庫融資による持家建設が,民間資金による持家建設に比べて大きく有利化したのは貸付金利の相違等のほか,49年度に返済方法が元金均等償還方式から元利均等償還方式へ切り換わり,返済金総額は増加したものの返済期間の初期段階での負担が軽減されたことによる面が大きい。49年度の制度改正後,公庫融資による持家建設の総持家着工戸数に占める割合は,40年代半ばの2割程度から近年では5割を超えるまでに増大してきた。段階金利制及び規模別貸付制度の導入はこうした公庫融資のメリットを弱めるものであったため,公庫融資による持家建設は,制度改正前に駆け込み需要を誘発し,その後に反動減をもたらした。今回の改正による返済金総額の増加は前回改正時のそれを下回っているので,前回改正に比べればその影響度は小さいとみられるが,今回の制度改正が公庫融資による持家建設に対し,制度改正がなかった場合に比べればマイナスの影響を与えたことは否めない。
第2に,地価上昇率,建築資材価格上昇率等は落ち着いた動きを示したものの,家計所得が伸び悩み,実質金利(住宅ローン金利を住宅建築費デフレーターで割り引いた実質住宅ローン金利)も高水準であったことである。こうしたなかで,住宅取得費と取得能力の乖離はここ2,3年縮小してはいるものの依然として大きなものとなっている。
第3に,一戸当たり床面積が前年度比6.9%減少し,総床面積でも8.7%の減少となったことである。一戸当たり床面積減少の原因としては,まず第1に58年度における相対的に規模の大きな持家の不振と相対的に規模の小さな貸家・分譲住宅の増加といった住宅着工戸数の構成変化が挙げられる。第2は持家では一戸当たり床面積は増加しているものの,若年者層や単身者世帯の増加傾向もあって貸家分譲住宅では相対的に小規模なものが増加し一戸当たり床面積が56年度以降減少傾向にあることである。
(住宅投資が持直しに向かった要因)
58年度の住宅投資は,貸家・分譲住宅の増加に加え,公庫資金を利用した住宅の反動減の要素が薄らいだこともあり,年央から持直しに向かった。
まず貸家は,①家賃/貸家建築費比率が建築費の落ち着きから上昇したこと,②家計所得の伸び悩み等から持家からの代替需要が生じ,貸家需要を相対的に増加させたこと等から58年度を通じて好調な増加を示した。
また分譲住宅は,建売住宅はなお低調で推移しているが,マンションは平均販売価格の低下等により契約率は好転し在庫戸数も減少してきたことから,堅調な増加を示した。こうした最近の分譲・貸家住宅の増加は,小規模分譲住宅や小規模の貸家の増加による面もある。
もっとも,持家は公庫融資の反動減の要素は薄らいだものの,家計所得の伸び悩み等により住宅取得費と取得能力との乖離が依然として大きいことに加え,実質金利の高止まり傾向等から低迷しており,住宅投資の持直しの動きを鈍いものとする要因となっている。
(住宅投資の中長期的動向)
住宅投資は40年代に順調に増加を続けたが,50年代に入ってからは,①世帯数の増加率や都市への人口流入の鈍化,②すべての都道府県での一世帯一住宅の実現,③住宅取得費と能力の乖離が依然大きいなかで,住宅の値上がり期待が弱まったことなどの要因から伸び悩んでおり,住宅投資/GNP比率は低下を続けてきた。実質民間住宅投資でみても,54年度以降公庫の駆け込み需要のあった57年度に微増となった以外は毎年度前年を下回って推移してきた。しかし58年度には,住宅投資は下げ止まり,持直しに向かった。こうした動きは中長期的にはどう位置づければよいのであろうか。
中長期的な住宅投資の決定要因としては,(i)年齢別人口構成の変化,(ii)世帯数の増加,(iii)建て替え需要の動向が重要である。
まず(i)の年齢別人口構成については(第1-20図②),①中高年齢層 (ここでは40歳以上)の増加は建て替え,増改築需要の増加をもたらす要因となっている一方,近年の動きとして,②20歳台後半から30歳台の新規持家需要者層や持家への住み替えを促す年少人口(ここでは15歳未満)が50年代半ばをピークに頭打ちから減少傾向にあり,③貸家需要層である若年層(ここでは10歳台後半から20歳台前半)が50年代半ばをボトムに底入れから緩やかな増加傾向にある。持家,分譲住宅,貸家等の選択は,このような人口構成の変化のみから決定されるものではないが,以上のような人口構成の変化は近年の持家の伸び悩みと貸家・小規模分譲住宅の増加をもたらす要因となっていると考えられる。このような人口構成の変化に基づく住宅需要の構造変化は今後とも続いていくとみられる。
次に(ii)の新規住宅需要を表わす世帯数の増加をみると(第1-20図①),40年代後半に入って低下傾向を示していたが,近年下げ止まりから緩やかな上昇局面にある。これは世帯数の面では今後新規住宅需要を押し上げる要因があることを示唆していよう。
(iii)の建て替え需要については,建設総戸数に占める建て替え等戸数の比重は49.1%(53~58年の5年間,建て替え等戸数は期間内の新設住宅着工戸数から期間中の住宅ストック増加数を差し引いて求めた)に達しており,イギリス(19.0%,51~56年),西ドイツ(6.5%,53~56年)など欧米諸国と比較しても著しく高い。また建て替え等/住宅ストック比率でみても,日本では1年間で全ストックの約2%(53~58年平均)の建て替え等が行われており,イギリス,西ドイツ等と比べて高くなっている。こうした建て替え等戸数のウエイトの高さは,基本的には我が国の住宅の質的水準が相対的に低いことや耐用年数が短いとみられることによると考えられる。また,我が国の中古住宅市場が相対的に未発達であることは,我が国において持家間の住み替えが中古住宅への住み替えよりも相対的に既存住宅の建て替えに向かっていることを示していると考えられる。建て替え需要は基本的には住宅ストックの老朽度によって影響を受けるが50年代に入って住宅の老朽化が進んでおり,58年には全住宅の24%が経過,50%が経過し,平均住宅年齢(メディアン値)は13年と5年前に比べ1.5年上昇している。こうしたことからみて,建て替え需要は増加局面にあると考えられる。
なお,近年市場の拡大が期待されている増,改築市場は,民間住宅投資に対する増改築の比率でみると48~53年の2割強から53~58年の2割弱へと若干低下しているものの,住宅ストックの増加や住宅の質的向上への欲求の高まり等を背景に,市場規模は緩やかに拡大していくものとみられる。
今後,短期的には住宅取得費と取得能力との乖離は依然大きいものの,①建築費,地価が安定的に推移する一方で景気の回復に伴い所得の上昇が見込まれること,②前述した持家,貸家・分譲住宅の構成変化は58年度程には大きくならないとみられるなど,一戸当たり床面積の減少要因が薄らぎ,住宅の質の向上を求める投資の増加が期待されることから,住宅投資は緩やかながら増加局面にあるものとみられる。また,中長期的にも,前述の諸要因に加え,最低居住水準に満たない世帯数が58年で399万世帯となお全世帯の11.5%を占めており,5年前に比べて3.3ポイントの低下にとどまっている等潜在的な住宅需要は根強いものと考えられることから,住宅投資は需要面からみれば増加が見込まれる。しかしながら,①48年にすべての都道府県で一世帯一住宅が実現し,58年には一世帯当たりの住宅数が1.10にまで達したことや,②住宅の値上がり期待の落ち着き,さらには,③宅地供給の停滞等の土地問題からくる制約要因の存在等からみてその増勢は緩やかなものにとどまる可能性も強い。そのため今後とも土地利用のあり方に検討を加え,合理的な空間利用ができるよう対策を進めていくことが必要である。
雇用情勢は,完全失業者数が58年度平均で157万人と前年度に比べ14万人増加し,完全失業率も2.7%と前年度を0.2%ポイント上回ったことが示すように依然厳しかったものの,景気の回復を映じて年度央以降改善の動きがみられた(第1-21図)。特に,①製造業を中心とした新規求人数の増加,②求人倍率の上昇,③所定外労働時間の増加が目立っている。新規求人数は景気後退期を通じて前年同期を下回る水準で推移したが,58年4~6月期には増加に転じ,その後も順調な伸びを示し,58年度は前年度比7.5%増となった。このため新規求人倍率は年度を通じて上昇傾向を示した。また,有効求人倍率も58年4~6月期をボトムに緩やかながら上昇し,59年1~3月期は0.64倍と前年同期(0.59倍)を0.05ポイント上回った。さらに,所定外労働時間は堅調な生産活動に支えられて58年初から増加を示し,58年度は,調査産業計で前年度比5.0%増,製造業で同9.8%増と,かなりの増加となった。
(今回の回復局面における労働力需給改善の特徴)
今回の景気回復局面における労働力需給の改善を過去の回復過程と比較すると,①完全失業率の水準が高いこと,②その一方で,雇用者数の伸びは高かったこと,③雇用調整実施事業所比率が低く,企業の過剰雇用感も少ないこと,④業種間で回復テンポにばらつきがあること,といった特徴がある。
ここで②は,経済のサービス化の進展や企業が雇用に対し慎重な姿勢をとっていること等から,女子パート等の雇用が選好され女子雇用者が大幅に増加したことによる(58年度の非農林業雇用者の増加は2.4%増,このうち女子雇用者は3.9%増,また週間就業時間35時間未満雇用者の増加は4.3%増,このうち女子雇用者は6.9%増)。③は,第1次石油ショック以降の企業の減量経営の進展によりすでに雇用抑制が浸透していたことを反映したものと考えられる。④については,労働時間と雇用者数の積である労働投入量の回復テンポを業種別にみると,製造業では加工・組立型の回復が58年初以降顕著であり,素材型も改善の方向にある。これに対し,製造業でも個人消費関連業種は目立った改善をみせておらず,建設業も低迷を続けている。こうした業種間のばらつきは,輸出が堅調に増加する一方,個人消費の増加は緩やかであり,公共投資,住宅投資の伸びが低いという需要項目間の回復パターンの違いを反映したものである。
(完全失業率上昇の要因)
さて①の58年度の完全失業率が前年度より上昇し,高水準で推移したことについては,「労働力調査」の新サンプル移行が影響している可能性も否定できないので,同調査結果の諸数値の前年度との比較には十分留意する必要があると考えられるが,58年度に完全失業率が増加した要因を,①15歳以上の人口,②労働力率,③雇用者数,④自営業主,家族従業者数の変化に分解してみると次のようなことが分かる。
まず男子については,労働力率は低下傾向にあり完全失業率を低下させるよう寄与しているが,54年度以降の自営業主・家族従業者数の減少等が完全失業率を上昇させるよう寄与している。他方,女子については57年度から58年度にかけて労働力率が上昇しており,これが失業率を押し上げる重要な要因となっている。
こうした女子労働力率の高まりは50年代に入ってからの中期的な上昇傾向の延長線上の動きであると考えられるが,同時に世帯主の勤労収入の伸び悩みを補完するといったことや景気回復期に女子に対する需要が増加したことなど短期的要因も働いたとみられる。
また,完全失業率を年齢別にみると(58年度),男女若年層(15~24歳)がそれぞれ4.9%,4.5%,男子高年層(55歳以上)が4.3%と目立って高いという近年のパターンが続いている。しかし,男子成年層ないし男子世帯主の失業率は58年度央以降低下した。
(循環要因による不均衡は縮小傾向)
次に観点を変えて同じ完全失業率を労働に対する超過需要(=末充足数)と超過供給(=失業者数)が等しい場合の失業率である均衡失業率とそれを除去した需要不足失業(循環的要因)に分けてみると次のようなことが言える(第1-22図)。
まず,58年度の完全失業率の高まりは,循環的要因に加え均衡失業率の上昇によるところも大きく,これは既に述べたように女子労働力率の高まり等構造的要因によるものと考えられる。他方,需要不足失業は過去の景気後退,回復期には,多少のタイム・ラグを伴いつつも景気変動に見合った循環を示しているが,55年度以降の景気後退期においても増加を続け,近年では最も高い水準に達した。しかし,58年度に入って景気が回復過程をたどるなかで,需要不足失業も年度後半にかけて減少傾向を示しており,循環的要因による労働市場の不均衡はなお高水準ながら縮小しつつあるとみられる。
(物価上昇率が加速しない失業率)
ところで,ここで計算した均衡失業率は労働市場における部分均衡点として捉えられたものである。そこで失業率と物価上昇率との関係をみるため物価上昇率が加速しない失業率を一定の仮定のもとに試算してみよう(付注1-5)。
この物価上昇率が加速しない失業率の推計については,とりわけ価格期待形成のあり方,また許容しうる物価上昇率の水準等によって得られる結果が異なってくることには十分留意することが必要である。いま,賃金上昇率が失業率によって決定され,かつ賃金コストの動向を通じて物価上昇率に影響を与えること及び輸入物価が不変であることを前提とした上で,①消費者物価の上昇率が3%程度のもとでしかも②この物価上昇率が今後とも続くと人々が期待するとし,さらに③中期的な生産性の伸びの58年についての推計値をもとに,物価上昇率が加速しない失業率を58年について試算すると2.3%程度となる。この数字はあくまで前記の仮定に基づく試算結果であるので幅をもって解釈すべきであるが,現実の失業率は物価上昇率が加速しない失業率をなお上回っている。このことは,今後景気の拡大に伴って景気の遅行指標である失業率は徐々に低下していくことが見込まれるが,そうした過程においてもただちにインフレーションによって景気拡大が阻害されるおそれは少なく,我が国経済にはインフレなき持続的成長を達成するための一つの条件が整っていることを示唆するものといえよう。