昭和59年
年次経済報告
新たな国際化に対応する日本経済
昭和59年8月7日
経済企画庁
第1章 昭和58年度の日本経済
昭和58年度は日本経済が三年間にわたる長期の景気後退から脱却し,回復へと始動した一年であった。景気は58年1~3月期を谷として回復に向かい,58年度を通じて緩やかながら着実な回復過程をたどり,59年度に入っても国内需要の回復力を次第に確実なものとしつつ拡大を続けている(第1-1表)。
鉱工業生産,出荷は58年度にそれぞれ前年度比6.4%,6.0%と堅調な増加を示し,企業収益も58年度に入って以来改善を見せた。雇用情勢も,完全失業率は構造要因もあって58年度平均2.7%となお高水準で推移するなど厳しい状況が続いたものの,年度央以降改善の動きがみられた。また,58年度の実質経済成長率は3.7%と前年度(3.3%)を上回った。
(景気回復をもたらした要因)
日本経済が58年度に回復に転じたのは,①アメリカの回復に伴い輸出が増加に転じたこと,②在庫調整が終了したことに加え,③石油価格が低下し,交易条件も緩やかながら改善したこと,④物価が安定していたことによるものである。
第1に,アメリカの景気後退から56年秋以降減少傾向をたどってきた我が国の輸出は,アメリカの景気が57年末を谷に回復に向かったことから58年初には増加に転じた。58年度を通じて輸出は堅調な増加を示し,実質経済成長率に占める輸出等の寄与度は1.8%となっている。
第2に,輸出の減少から57年1~3月期以降始まった2段階目の在庫調整(第1段階は55年4~6月期から56年7~9月期まで)は,58年1~3月期には一部業種を除いてほば終了した。58年度に入って在庫は緩やかな増加を示した。民間在庫投資の実質経済成長率に対する寄与度は,在庫調整期間中の57年1~3月期から58年1~3月期までの1年間はマイナス1.2%であったが,在庫調整終了後の1年間(58年1~3月期から59年1~3月期)には0.3%と増加に転じた。景気の転換局面において在庫投資の果たした役割は従来どおり大きかったと言えよう。
第3に58年3月にOPECが史上初めて基準原油の公式販売価格を引き下げたことにより,石油輸入依存度の高い我が国経済は大きな恩恵を受けることになった。石油価格低下による輸入価格の低下に加え,58年度のドル高円安修正を主因として輸出価格の下落も小幅にとどまったことから交易条件は58年度を通じて緩やかながら改善を示し,実質所得の増加をもたらした。
第4に物価は58年度は前年度に比べ一層安定的に推移し,総合卸売物価は前年度比2.3%の下落となり,消費者物価上昇率は前年度比1.9%と昭和34年度以来の低い上昇にとどまった。こうした物価の安定は家計部門,企業部門において個人消費,設備投資を増加させるよう作用したとみられる(物価の安定が経済に及ぼす影響については,昭和58年度次経済報告第2章第2節参照)。
(今回の景気回復局面における需要項目別の特徴)
今回の景気回復局面における需要項目の動きをみると次の諸特徴があげられる(第1-2図)。①まず,輸出によって景気回復が起動されたため輸出の寄与が大きいこと,②これに加え収益の改善等もあって企業部門においては設備投資が58年度央以降順調に回復していること,③しかし,家計部門には景気回復の効果が十分波及しておらず,民間最終消費支出,民間住宅投資の伸びは緩やかであること,④さらに,公的需要の寄与が小さかったことがあげられる。第1に今回の場合,景気回復のリード役として輸出の果たした役割は特に58年前半において大きかった。今回の輸出の増加テンポは過去2回の回復局面(前回は53年10~12月期を谷とする回復局面,前々回は530年1~3月期を谷とする回復局面)と比べても速く,景気の谷から1年間における輸出等の寄与度は前回の0.4%減,前々回1.9%増に対し,今回は3.5%増となっている。
第2に企業部門では,長期実質金利(注)が高止まったにもかかわらず,輸出の増加や石油価格低下に伴う交易条件の改善による収益改善等を背景に58年度央以降設備投資は順調な回復を示した。景気の谷から1年間における設備投資の寄与度は1.5%増であり,第1次石油危機後のストック調整期であった前々回の回復局面の0.2%減を大きく上回っていることはもちろん,中期的な設備投資拡大が始まった前回回復期の1.9%増と比べても遜色ないものとなっている。
第3に家計部門では,実質賃金の伸びが緩やかなもとにとどまってこと等から民間最終消費支出の増加は緩やかであり,民間住宅投資も年央以降持ち直しているもののその動きは鈍い。景気の谷から1年間の最終消費支出,民間住宅投資の寄与度はそれぞれ前回3.7%増,0.2%増,前々回1.6%,1.7%増に対し,今回は1.4%増,0.3%減となっている。
第4に財政政革下で厳しい歳出抑制が図られているため,政府最終消費支出,公的固定資本形成とも寄与が小さい。景気の谷から1年間の公的需要の寄与度は前回1.6%,前々回の1.8%増に対し,今回は0.5%増と前二回に比べて小さいものとなった。(公的固定資本形成の寄与度は,前回1.6%増,前々回1.1%増,今回0.0%増)経済全体の回復テンポについては,景気の谷から1年後の実質GNPの水準(前年同期比)は前回の5.4%増,前々回の6.4%増に対し,今回は5.5%増とほぼ前回並みとなった。これは59年1~3月期に設備投資の大幅増加やうるう月の影響もあって実質経済成長率が年率7.4%増と加速したことによるところが大きい。
しかし,年度を通じた回復テンポは,民間最終消費支出,民間住宅投資という家計部門の需要項目の伸びが緩やかであったことに加え,公的需要の寄与が小さかったことから過去の回復期と比べ緩やかなものであった。
今回の景気回復局面における内外需要別成長パタンをみると,回復当初には外需に依存する度合いの高かった姿から,次第に内需の成長寄与度も高まってきている。
(景気動向のばらつき)
景気は回復過程に入ったが,景気動向にはばらつきが見られた。石油危機後エネルギー価格の上昇に起因して生じた素材型・加工型産業間のばらつきは,石油価格の低下や景気回復により解消しつつある。しかし前述のように需要項目間の伸びに過去の回復局面と比べて大きな格差があり,これを原因とした従来までとは異なった型のばらつきが目立った。景気回復後1年間における最終需要の各需要項目の増加率間の変動係数(各数値の平均からの相対的なちらばりを表わす係数)をみると,今回の回復局面で1.88と前回,前々回のそれぞれ1,02を大きく上回っている。こうした中で,輸出関連部門と公共投資関連部門,さらに個人消費関連部門の間で生産,雇用などの面に格差が生じた。
これを映じて地域間にもばらつきがみられた。電気機械など輸出産業が多く立地している関東,東北,九州などではいち早く生産が増加し景気回復がみられた。一方,中国,四国では回復が遅れ,また公共支出,第一次産業への依存度が高い北海道では遅くまでなお景気停滞が続いた。
また,景気回復に先立つ景気後退が三年間と長引いたこともあって,58年度には建設業を中心として中小企業倒産の多発がみられた。
(二つの大幅不均衡の存在)
58年度の我が国経済のバランスをみると,物価は安定し,企業収益も改善した。また,経済全体の需給ギャップが縮小しているのに伴い雇用情勢も,失業率はなお高水準にあるなど厳しい状況が続いたが,年度央以降改善の動きがみられた。
しかし,海外部門においては,経常収支は58年度に242億ドル(名目GNPの2.1%)の大幅な黒字となると同時に,中央政府部門においては,財政赤字(一般会計)は58年度に13.8兆円(名目GNPの5.0%)と見込まれ,我が国経済には2つの大幅不均衡が存在している。