昭和58年
年次経済報告
持続的成長への足固め
昭和58年8月19日
経済企画庁
第3章 景気調整策の有効性
財政赤字の状態をみる場合,どの収支状況をみるべきであろうか。まず国民経済全体の中での政府部門の位置付けをみるためには,国民経済計算の「一般政府」の収支をみる必要がある。これは 第3-1図 に示すように,中央政府(国),地方政府(都道府県,市町村)と社会保障基金(公的年金基金等)の各部門を併せ,その相互の重複関係を調整したものである。これにさらに公的企業部門(公社・公団,政府金融機関等)を併せたのが「公共部門」である。一般政府および公共部門はまだ,経常勘定と投資勘定に分けられる。
一般政府の収支状況をみると,56年度では全体で9兆5千億円の赤字となっているが,経常勘定では7兆7千億円の黒字である。ただし,この中には社会保障基金勘定の黒字7兆7千億円が含まれており,後に述べる理由からこれを除いて考えることが適当である。
また,一般政府に公的企業の勘定を加えた「公共部門」の収支は,公的企業の収支が全体で6兆7千億円の赤字,経常勘定でも1兆円の赤字であるため,全体で16兆2千億円の赤字である。経常勘定では6兆7千億円の黒字であるが,社会保障基金の黒字を除くと1兆円の赤字となる。このように,一般政府でみても公共部門でみでも,少なくとも経常勘定はほぼ均衡状態にある( 第3-2図 )。
一般政府バランスの過去の状況をみると,昭和40年代には経常勘定がかなりの黒字であり,この純貯蓄を投資に回すという形になっていた。これは,高度成長下で自然増収が生じ,これを投資支出にも回すことができたためである。その当時に比べると最近は経常勘定の黒字が縮小し,ほとんどなくなってきている。確かに,公共投資の支出も経常収入で賄えるというのは非常に健全な財政といえる。しかし,必ずしも投資支出のすべてをも経常収入で賄うべきだとまでいう必要はない。公共投資支出は,効率的に行なわれる限り,国民経済全体の生産性向上に寄与し,あるいは国民の便益を高め,将来にわたって受益とそれに見合った負担力を増すと考えられるからである。もっとも,公共投資支出が非効率化したり,不必要に肥大化したりしないように留意する必要がある。
それではなぜ財政均衡化が大きな政策課題となっているのであろうか。その主な理由として以下の三つを挙げることができよう。
第1は,上記のように経常勘定の黒字は段々と縮小してきたのであるが,今後はさらに徐々に赤字化していく恐れが生じてきたことである。
なお,社会保障基金においては,今後人口の高齢化と年金制度の成熟に伴い,支出の増加傾向が強まっていくものと予測されるが,今後長期的観点から収支の均衡をはかっていく必要がある。
第2は,一般政府ないし公共部門の中で,中央政府(国)の財政の赤字化が際立ってきて,経常勘定でも大幅な赤字を示すようになったことである。もっとも,政府部門全体で経常勘定の収支が均衡していれば,それは政府部門内のやりくりの問題に過ぎないのではないかという見方もある。しかし,政府部門の中で中央政府の財政収支を問題にしなければならないのは,公共部門の持つ諸問題が中央政府の財政不均衡という形で投影されている側面が少なくないうえ,政府部門は上記のように多くの政策決定主体から成り立っており,部門全体の収支均衡化を目標としただけでは,責任の所在が不明確になってしまうからである。したがって,国としてはその主要な勘定である一般会計の赤字縮小,とくに経常勘定の赤字解消(特例国債の解消)を政策目標とすることは十分な理由がある。なお,地方においても同様に財政を取巻く環境は厳しいことに鑑み,国,地方を通じた行財政の簡素合理化を進める必要があることはいうまでもない。
第3は,公共部門の各分野に非効率性が見受けられると同時に,受益と負担の関係があいまいになってきたことである。国や地方公共団体を通じてその制度や組織の中にも時代の変化に合わないものがあり,また補助金等の配分も必ずしも国民全体のニーズに合った効率的なものではない面も出てきた。また,公的企業部門の中にも国からの経常補助に恒常的に依存しなければ経営が成り立たない企業も増えてきた。したがって,現在の段階で政府各部門の効率性と受益と負担の関係を全面的に見直し,政府債務の累増が続くといった事態を避けることが必要となったのである。
以上のように,日本の財政は,一般政府あるいは公共部門の経常勘定がほぼ収支均衡しているから問題はないという見方はできない状態にある。
まず中央政府が公共部門の中でどのような位置にあり,また地方政府等との間にいかなる資金の流れがあるかをみておこう(前掲 第3-2図 )。
中央政府では,直接税,間接税等のかたちで経常収入を得る一方,自ら行政サービスの供与と一定の支出活動を行う。さらに,経常段階で地方政府に対しては地方交付税交付金,各種補助金などを,社会保障基金に対しては社会保障特別会計等への繰り入れ(公的年金や医療保険に対する国庫補助等)などを行なっている。地方政府の純貯蓄が黒字となっていることには,地方交付税交付金が地方公共団体の固有の財源として経常勘定及び投資勘定に充当されていることも寄与している。
また,社会保障基金の収支については,収入が支出を上回っている分は,公的年金制度の成熟化(時間の経過と共に保険料を拠出する加入者に対して年金の受給権者の割合が次第に高まっていくこと)の過程で経過的に生じるものであり,将来においては年金給付に充当されるべき原資である。したがって,社会保障基金の収支差を一般政府の経常勘定に含めて考えるのは適切ではないと思われる。このほか,中央政府は公的企業に対しても,例えば国鉄助成費などの形で多額の経常移転を行なっている。このように,中央政府が経常段階で赤字となっているのは,他の公共部門への移転支出の大きさが重要なかかわりをもっていることがわかる。
一方,中央政府は,資本勘定でも地方政府,公的企業に対して,公共事業の国庫補助のかたちで資本移転を行なっている。これは,公共事業に関しては,中央政府が自ら実施する分は比較的少なく,大部分は地方政府における補助事業の形態をとっているからである。このため,地方政府による公共投資は,地方単独事業を含め,年間15兆円強にも達している。また,公社・公団等の公的企業は,財政投融資(原資は郵貯,厚生年金資金等)や中央政府からの資本移転を主な原資として,年間約8兆円の公共投資(固定資本形成)を実施している。
以上みてきたように,公共部門においては中央政府の赤字が大きく,しかも他の公共部門の財政バランスとも密接なつながりがある。そこで,中央政府赤字の現状をその中核をなす一般会計に焦点をあてて検討してみよう。
一般会計の赤字幅は,50年度以降拡大の一途を辿り,56年度には15.4兆円に達した。57年度についても,一般会計赤字(補正後)は,税収の伸び悩み等から当初予算比大幅に拡大し,14.3兆円の多額にのぼっている。58年度予算においても,特例国債の減額はさほど進まず,想定される赤字幅は13.3兆円と依然高水準にある。
しかし,現在の一般会計赤字は,仮に経済が完全雇用状態にあったとしても相当程度縮小するといった性格のものでないことに留意する必要がある。つまり,景気が回復してもかなりの財政赤字が残るという意味で,いわば「構造的赤字」ともいえるものである。
こうした構造的赤字が持続している理由は,租税収入等の経常収入の伸びが第1次石油危機後ならしてみれば鈍化したのに対して,経常支出は成長率の下方屈折にも拘らず増大するといった性格を有していたことによる面が大きい。因みに,一般会計ベースで歳出の対GNP比率の推移をみると,40年代の11.7%から50~56年度には15.9%まで上昇している。その主因は,社会保障関係費,国債費などが相対的に高い伸びを示してきたことに求められる。
前節でみたように,現在の中央政府の財政赤字は,安定成長への移行過程で歳出と歳入との間に構造的ともいえる大幅なギャップが生じたことによるものである。歳入面についても幾つかの変化が生じている。まず,税収の対GNP弾性値(税収の対GNP弾性値とは,名目GNPの伸び率に対する税収の伸び率の比率で,例えば両者が同じ伸び率なら1.0となる)の動向をみると,景気循環につれて年々大きな変動を示すが,ならしてみれば,50年代に入ってから高度成長期に比べてやや低下している。また,高度成長時代にほぼ一貫して上昇を続けた直接税比率は,50年代に入ってからも高まりをみせ,7割を超える水準に達している。以下では,こうした点についてやや詳しく検討しよう。
一般会計の税収動向をみると,租税収入は,基本的には経済規模(名目GNP)の拡大に見合う伸びを示している。ただし,税収の振れは名目GNPの振れ以上に大きい。これは,景気の好不況によって,他の税目に比し相対的に実効税率の高い法人税の課税対象所得(物価上昇による一時的な利益である在庫評価益を調整する前の法人企業所得をもとに算出)が大きな変動を示すためである。すなわち,資本分配率(ここでは国民所得に占める法人企業所得<在庫評価益調整前>として定義)の変動によってマクロ的な平均実効税率が変化し,税収の振れを増幅する効果が働くものと考えられる。因みに,定量的分析によると,最近の税収伸び悩みには,名目成長率の鈍化だけでなく,物価の鎮静化に伴う在庫評価益の縮小等を反映した資本分配率の低下が響いていることがわかる( 第3-3図 )。
次に,主要税目の動向をみると,最近の特色として以下のような点が指摘できる。まず,所得税についてみると,税収は名目GNPをかなり上回る伸びを示しており,対GNP弾性値は56年度で2.11となっている。所得税の課税最低限は53年以降,累進税率表は50年以降,それぞれ据え置かれているため,その後における名目所得の増加を反映してその当時と比較する限り,所得税の負担が上昇している。
一方,法人税についてみると,対GNP弾性値は,資本分配率の大幅な変動を反映して,40年代,50年代を通じて大きな振れを示している。56年度については,前述のように資本分配率の低下もあって法人税の対GNP弾性値はマイナスとなり,税収全体の伸びを低める要因となった。中期的にみると,法人税については,次のような伸び悩み要因が出てきていることに留意する必要がある。第1は,資本分配率が変動を伴いつつも高度成長期に比べればかなりの低下を示していることである。法人税率は平均所得税率よりかなり高いため,資本分配率の傾向的低下は,税収の伸び率を長期的に低める効果をもつであろう。第2は,法人のうち法人税の課税対象とならない赤字企業の割合は40年代には30%台で景気循環に応じて変動を示してきたが,50年度に急上昇を示し,その後も景気の好不況に拘らず48%前後の高水準を続けていることである。
この間,物品税,酒税など間接税の対GNP弾性値は,揮発油税等が落ち込んだ石油危機後を除くと,法人税に比べて安定した動きを示している。つまり,間接税は景気変動に左右されにくいという特徴を有している。以上の結果,租税収入全体の対GNP弾性値は,40~49年度平均の1.36から,51~56年度平均では1.17と高度成長期に比べてやや低下している。
とくに,56年度の租税収入の対GNP弾性値は,所得税のそれが2.1台と高水準を維持したにも拘らず,全体は0.60と1.0を大きく下回った。57年度についても,税収の伸びは名目成長率(実績(速報)5.2%増)と同程度となったものとみられる。これは,課税対象となる法人企業所得や個人企業所得が在庫評価益の剥落や景気回復の遅れなどから伸び悩んでいることによる面が大きいと考えられる。もっとも,法人税については,前述のように中期的にみてやや伸び悩み要因が出てきているようにうかがわれる。
わが国の税収構造(国税)をみると,所得税,法人税などのいわゆる直接税が国税総額に占める割合(直接税比率)は,昭和30年度には51.4%であったが,その後はすう勢的上昇を示し,58年度では70.7%(当初予算ベース)に達している。高度成長期においては所得税,法人税を中心とした税の自然増収から直接税の対GNP弾性値は1.0を超えることが多かった。一方,間接税の対GNP弾性値は一部に従量税が含まれていることもあり,概ね1.0以下にとどまった。こうした事情から,直接税比率はほぼ一貫して上昇してきたのである。このため,わが国の直接税比率は,アメリカを除く欧米主要国に比べるとかなり高水準にある( 第3-4図 )。
直接税主体の税収構造は,高度成長期には年々多額の自然増収をもたらし,新しい財政施策の実施や所得税減税を可能とした。しかし,安定成長期に入った現在,経済情勢の推移が税収構造に与える変化についてどのように考えるかは今後の課題であろう。
前述の通り,政府部門全体の効率化を進めるに当たって国の一般会計の赤字縮小,とくに経常勘定の収支均衡化は,てことしての役割を果たすものと考えられる。それでは,一般会計の収支改善を図る場合,経常勘定における収支均衡の回復(特例国債依存体質からの脱却)は何故必要なのであろうか。それは,特例国債を恒常的に抱えた財政運営は以下のような問題を内包しているからである。
まず第1は,年々の受益である社会保障関係費等の経常的支出を,それに見合う負担である年々の経常収入(租税収入等)だけでなく,特例国債という将来負担によって賄うことは受益と負担の関係を不明確にすることである。その場合,公共支出の限界的便益と限界的コストの間に乖離が生じる結果,特定の公共支出サービスに超過需要が発生し,それが歳出の膨張を招きやすいという問題がある。さらに,利払費を公債で賄った場合,実質的な公共サービスの水準に比べて,予算規模は財政の機能と何ら関係のない国債費負担分だけ押し上げられてしまうことも見逃せない。
第2は,経常的支出は資本蓄積にはつながらないため,それによって国民は将来時点で資本の活用による利益を享受できないということである。従って,経常的支出を特例国債で賄っても,それに伴う元利払いは国民自身の将来負担として残ることになる。
一方,公共事業関係費に充当される建設公債は,将来の国民負担によって利払・償還を賄う点で特例公債と変わりないが,建設公債の場合は,社会資本の蓄積をもたらし,国民の担税力を高める効果を持つため必ずしも後世代の負担にならないとも考えられる。
特例国債の解消という考え方に対しては,特例国債と建設国債とには本質的な差異はないという批判があるが,建設国債によって行なわれる社会資本投資が非効率化したり,不必要に肥大化したりしない限りは両者を分けて議論することは意味があると考えられる。
また,経常勘定の赤字を公債発行によって賄っても,経済規模に対する負担債務の比率は一定値に収束するから問題はないという考え方もある。しかし,この場合,一つには前記のように受益と負担の関係をあいまいにしてしまうと同時に,どのような状態に収束していくのかが大きな問題である。もし公債依存度ないし公債費比率を現状程度にとどめ,かつ実際の行政サービスを示す普通歳出(歳出総額-公債費)の規模を維持しようとするならば,年々の公債の利払いは税金によって支払っていくことが必要である。もしそうでなくて,公債の利払いを再び公債で賄う方式をとった場合,経済成長率や利子率の水準にもよるが,公債費で総予算額が著しく膨張するか,あるいは,普通歳出が圧迫されて行政サービスの維持が困難になるであろう。
以上のように,財政均衡化の目標として,一般会計の経常勘定における収支の均衡回復(特例国債依存体質からの脱却)を図ることは重要な意義を有しているといえよう。
しかし,一般会計において特例国債依存体質から脱却することは,決して容易な課題ではない。安定成長下では年々の税収の増加は緩やかであるうえ,しかもそれが全て特例国債の減額に回せるわけではないからである。すなわち,財政制度上所得税,酒税,法人税の32%相当額は地方交付税交付金となり,税収増の一定割合はこれに充当される。また,大蔵省の試算によれば,今後国債費は償還の増大もあってほぼ毎年兆円の単位で増加するものと見込まれている。歳出のうち,このように自動的に決まってくる国債費,地方交付税交付金を除いたもの(58年度については56年度決算補填繰り戻しを除く)が一般歳出と呼ばれるが,財政改革を推進するためには,景気動向にも配慮しつつ,一般歳出を極力抑制していくことが必要条件であるといってよい。
一般歳出については,57年度(当初)に前年度比1.8%増となったあと,58年度予算では前年度比同額以下と厳しく抑制されてきている。しかし,一般歳出の中には,社会保障関係費等のように制度の仕組みからいって年々当然増を示す項目が少なくない。
今後とも,一般歳出を抑制していくためには,各種制度のあり方にまで踏み込んで,歳出構造を抜本的に見直すことが要請されているのである。いうまでもなく,制度の改革は,各種既得権益の再調整や国民の負担と受益両面にわたる見直しを伴う。それだけに,財政の現状に対する国民の理解を深め,財政改革への幅広い国民的合意を形成する環境作りが急務となっているといえよう。
財政改革とは,構造的赤字を削減していく厳しい過程に他ならない。そうした中では,ある程度のデフレ圧力は不可避であること,また,構造的赤字自体は,景気の上昇によっては減らすことができず,歳出削減か国民の負担増,もしくは両者の適切な組み合わせによってしか解消しえないことは十分に認識されてしかるべきであろう。
こうした観点から,まず,歳出の徹底した見直し,合理化を進め,一般歳出を全体として極力抑制し,辛抱強く特例国債の漸減を図っていく必要がある。
他方,歳入についても上記のような歳出の抑制と基本的に斉合性のとれたものとしていくことが大切である。また,長期的にみて,受益の適正化とそれに見合った負担の確保が必要であることはいうまでもない。
ただし,財政均衡化は,後でみるように中長期的には経済に対して均衡回復的に作用することが期待されるが,短期的にはある程度のデフレ効果をもつ惧れがある。また,財政均衡化の過程においても景気変動が生ずることが予想される。従って,その過程でも国内景気や対外均衡の維持に配慮を払う必要がある。このように,財政均衡化の過程においてマクロ経済との斉合性を保っていくことが大切である。その場合,経済の不均衡の程度によっては,政策のコストを考慮しながら景気調整機能が活かせるようにしていくことが必要である。
また,他の多様な政策手段を組合せて政策の実効性を高めていくことも重要である。
なお,財政改革を進めていく場合,60年度以降の赤字国債の償還,借換問題についても慎重に対処していく必要があることはいうまでもない。
以上,中央政府(一般会計)について,歳入,歳出構造の変化をみてきた。ここでは,政府の概念をより広義にとり,一般政府のレベルで政府規模の問題を考えてみよう。
この政府規模の問題は景気調整策とも関連している。それは,欧米の例にもみられるように,政府の規模が移転支出の増大等を通じて大きくなると受益と負担の関係が均衡を欠き,歳出と歳入の間に構造的なギャップが生じやすいからである。以下ではこうした観点から政府の規模の問題を国民負担率や歳出の動きについて検討することにしよう。
こうした観点から,わが国の政府規模を国民所得に占める一般政府総支出の割合でみると,40年代半ば頃までは20%台前半で安定的に推移してきた。ところが,その後は,すう勢的な上昇傾向を示し,56年度には42.7%に達している。
こうした政府規模の拡大がどういう要因によってもたらされたかをみると,行政サービスの拡充,公共投資の増大といった要因も寄与しているが,何といっても40年代後半以降の社会保障移転の急増が基本的な背景となっている。さらに50年度以降については,公債の増発等による利子負担の増大が政府の支出規模の拡大をもたらす一つの要因となっている( 第3-5図 )。
一方,税負担と社会保障負担を合わせた国民負担率(対国民所得)についてみると,45年度の24.8%から56年度には34.3%まで高まっているが,政府規模に比べれば低位にとどまっている。結局,両者のギャップは,国債,地方債等によって賄われるかたちとなっているのである。後でみるように,問題は政府支出の拡大と負担との間にギャップが生じてきた点にある。こうしたギャップの拡大は,財政の不均衡化,とりわけ構造的赤字の拡大につながりやすい。わが国の場合,歳出面で構造的要因に転化しやすい部分としては以下のような例があげられている。
第1に,国債費は過去の財政赤字の利払い分であり,財政赤字の原因というよりは,むしろ結果といえる。従って,この部分は,財政赤字の縮小→国債発行額の圧縮によってのみ削減可能となる。ただ,国債発行額を圧縮していくとしても,当面は国債残高の累増が続くとみられるため,国債費の減額は短期間には困難である。その意味で,国債費の縮減は財政改革が軌道にのって,はじめて可能になるのである。
第2に,社会保障費についてみよう。まず,医療費については,人口の高齢化,医療の高度化等からある程度の自然増が生ずることにはやむを得ない面がある。しかし,そうした自然増を適正な範囲にとどめるため,需給両面にわたり,医療費適正化のための方策を講じていく必要がある。そのほか,いわゆる過剰診療や患者のモラルハザード(保険制度の存在が,かえって安易な医療投薬需要の増大を助長すること)等によって医療費が肥大化することのないよう,保険医療機関に対するチェック強化と国民一般に対するコスト意識の啓発等を行うとともに,制度の問題等も含め,負担と給付のあり方について検討を進めるべきである。
一方,公的年金については,本格的な高齢化社会の到来を目前に控え,その長期安定を図ることが急務となってくるが,そのためには,加入期間の長期化に伴って増大する年金の給付水準の適正化を図っていくことが1つの重要な要素であると思われる。
給付水準の適正化の問題については,2つの側面から検討する必要がある。第1は,現役勤労者の所得水準とのバランスである。公的年金制度は,現役の勤労世代が,老齢世代を支えるという基本的な仕組みにより,運営されるものである。
したがって,世代間の公平性を確保するという観点から,制度が成熟した段階における給付水準(構造的給付水準)と現役勤労者の所得水準とのバランスを確保していく必要がある。
第2は,負担とのバランスの問題である。制度の成熟化に伴う年金給付費の増大に対処し,必要な財源を確保していくためには,段階的に保険料負担の増大を図っていく必要があるが,現在の構造的給付水準をそのまま将来にわたって維持しようとすれば,成熟時の保険料負担は,負担の限界を超えるような高い水準にならざるを得ないのではないかという議論もある。
このような将来の負担については給付水準の見直しを通じ,その適正化を図っていく必要がある。
公的年金は,老後保障の柱となるものであるが,それは現役世代が引退した世代の生活を支えるという意味で,世代間の所得再分配に大きく依存している。年金制度は高齢化社会にも耐えうるような確固たるものでなければならない。そのためには,世代間の合意による連帯感と負担の公平を前提とした長期的に安定した制度を整えていく必要がある。また,高齢者の適職開発,職域拡大により,その能力,経験も活用し,若い世代の扶養負担を高めないようにすることも必要であろう。
いずれにしても,こうした受益と負担とのバランスをどのように変えていくかは国民の選択にかかっている問題であるが,長期的視野に立脚して,今のうちから制度の改革に取り組んでおかねばならない。
第3に,各種補助金等について徹底した見直しと合理化を行なわなければならなしい。公共部門は,一般会計,非企業特別会計,社会保障基金,公的企業等が複雑に入り組んでおり,その間に多様な「お金」の流れがあるが,その主役をなすのが一般会計の補助金等とみることができる。
一般会計の補助金等は,58年度で約15兆円と歳出の29.8%を占めており,このうち,約8割は地方政府向けである。また,一般会計から一旦特別会計等に繰り入れられたのち,地方政府等に補助金等として支出される分もかなりの金額に達している。補助金の仕組みは,複雑多岐にわたっているが,主要経費別に分類したのが 第3-6図 である。補助金等には,多様な機能があり,行政サービスの供給や公的資本形成に大きく寄与しているが,社会経済情勢の変化などによりその重要度が低下し,社会的存在理由を失っているものがないか検討しなければならない。まず,経常的赤字の補填を主目的とする国鉄助成費等が一般会計においてかなりの赤字要因となっていることは見逃せない。また,各種補助金等の中に社会階層間での所得分配を歪めているものや無駄な支出がないかどうか見直しが必要である。さらに各種補助金等の中には,受益と負担の適正化に加え,交付手続きの厳正化,行政責任の明確化などの運用面についても見直しの余地が残されているものもあるといえよう。また,補助金等の見直しに際しては,幅広い角度から公的部門の分野に属する施策のあり方及び中央政府と地方政府との役割分担について再検討していく必要がある。
前述のように,わが国の政府規模は,近年拡大傾向を辿ってきている。しかし,最近時点における一般政府総支出の対国民所得比率は,56年度で約42%である。これは,ほぼアメリカ並み(国防費を除くと日本より低い)であり,57~58%程度となっているイギリス,西ドイツ,フランス,70%を超えているスウェーデンなどに比べてなお低い。すなわち,西欧主要国に比べれば,わが国は「小さな政府」を有しているといえる。国民負担率でみれば,わが国の相対的低さがより明瞭となるが,これには,わが国の公債依存度の高さが影響している面が大きい。
しかし,わが国が西欧諸国に比べて「小さな政府」にとどまっているのには,次のような事情が有利に作用していることを見逃すわけにはいかない。すなわち,それは,わが国の社会保障給付比率(対国民所得)が現在なお低位にとどまっていることに最大の理由がある。40年代の後半にかけて,わが国の社会保障は制度としては,欧米諸国に比べて遜色のないところまで整備拡充された。しかし,わが国の場合,一つには,老齢人口比率が西欧諸国に比べて低いこと,もう一つには,公的年金制度の歴史が浅いため保険料を拠出する加入者に対して,引退後実際に年金給付を受ける人々の割合が低い(年金制度の未成熟)といった事情がある。しかし,現在の出生率や平均寿命を前提にすると,人口高齢化のテンポは今後加速し,西暦2000年頃には,65歳以上の人口比率が15%を超え,スウェーデン,フランス,イギリス等西欧型の高齢化社会に到達することが確実と見込まれている。
こうした人口の高齢化と社会保障制度の成熟化に伴い,今後社会保障移転支出の増大は避け難い。一つの試算によれば,それだけでわが国の政府規模(対国民所得)を10~15ポイント程度引上げることが示されている( 第3-7図 )。すなわち,現行制度を前提とする限り,21世紀初頭には,わが国の政府規模ならびに国民の負担は西欧並みとなることは避けられない。その意味で,わが国は,潜在的には既に「大きな政府」を持っているともいえよう。
もちろん,一国の政府規模がどれ位であるべきかは先験的に決められることではなく,国民の選択によるべきものである。国民は,①公共部門に対しどれだけの負担を提供し,どれだけの受益を期待するか,②どれだけを私的な貯蓄として保有し,そこからどれだけの投資収益を得るか,③どれだけを現在の私的な消費として支出するか,について最も望ましい選択をするはずである。また,この三つの選択を通じて,現在の生活と将来の生活について最も望ましい関係を想定しているであろう。
しかし,もし公共部門における受益と負担の関係について国民に十分な情報が与えられず,負担の裏付けのない受益が約束されれば,支出の拡大が先行して大きな政府が出現してしまう恐れがある。そのような場合,一つは負担の過大感が生じ国民の連帯感が損なわれるであろう。また,一つには民間の経済活動にマイナスの圧力を生じ,経済の効率性が失なわれるであろう。
一般に財政支出や収入の変化が,経済全体にどのような影響を与えるかは,まずそうした政府行動の変化に対して民間部門の経済活動がどう反応するかによって大きく左右される。もし政府活動と民間部門の活動とが完全に代替的であり,かつその代替が即時に生ずるならば,景気調整的な財政政策(フィスカル・ポリシー)は全く無効であろう。財政の緊縮化も民間活動の即時的な拡張によって直ちに埋め合わされるとすれば,デフレ効果は生じないことになる。このような完全かつ即時的な代替性を想定することは非現実的であり,財政政策の変化は経済にインパクトを与えると考えるべきであろう。しかし,以下に述べるように,こうした代替性がある程度存在する可能性は否定できない。
こうした代替性がどの程度現われるかは,財政政策の実施時期によっても,また政府活動の性格によっても異なってくる。実施時期の問題は,通常景気局面に応じてクラウド・アウト現象がどの程度強く生じるかという形で議論されることが多い。この場合には当然,通貨供給のあり方によっても財政政策の効果は異なってくる。
他方,政府活動の性格については,その対象がどれだけ本来の公共性を有するものであるかによって,その影響は異なってくると考えられる。すなわち,いわゆる純粋の公共財といわれるものについては代替性はなく,準公共財の場合には不完全ながら代替性が生じ,さらに本来民間活動に委ねるべき分野に政府活動が進出している場合は完全に代替可能であると考えられる(ただし,その場合でも代替にある程度の期間がかかることはありえよう)。
政府と民間との代替関係は,こうした積極的活動においてのみでなく,税収の変化に対する民間の反応についても考えられる。増減税が一時的なものか永続的なものかで企業家計の反応は異なることがあるし,また負担の増減に伴って政府からの見返りの便益がどの程度期待できるかでも異なってくる。例えば,負担の増が将来の年金給付の充実を約束するのであれば,家計の貯蓄率は下がるかも知れない。しかし逆に当面負担の減少があっても,それが財政支出の赤字によって賄われ,将来負担の増加を予想させるものであれば,反応は警戒的なものになるかも知れない。
こうしたことを,政府部門と民間部門の貯蓄の代替性の問題として考えてみよう。政府部門が貯蓄率を上げるということは,支出を抑え,あるいは税収を増やし緊縮的な政策をとることを意味する。もしこれに対して民間部門も貯蓄超過を強める形で反応すれば(貯蓄を増やすが,投資を抑える),デフレ効果が強まるであろう。少なくとも,短期的にはこうした反応がある程度生じることは避け難いと思われる。しかし,構造的赤字が巨額に達し,仮に財政に対する不安感があるような場合,緊縮的な財政政策により財政に対する信頼感を取り戻すことは,経済全体のバランス回復にとって有利な条件となろう。
また逆に,財政が拡張的に運営され,政府部門の貯蓄率が低下した場合に,仮に民間部門が財政の構造的赤字の拡大を不安に感じて貯蓄超過の幅を増やすとすれば,拡張政策の効果はある程度減殺されてしまうであろう。いずれにしても,今後景気調整策の効果を判断するに当っては,民間部門の反応がどういう条件の中で生じているのか慎重に検討していくことが必要である。この場合,仮に財政の構造的赤字幅が財政の将来に対する不安定感を生んでいるとすれば,政策に対する民間部門の反応はそうした状況がない時とは異なってくると考えられるし,財政の健全化を図る政策は短期的にはデフレ効果を有するとしても,長期的には経済の均衡回復に寄与するということも考えられる。
わが国の経済バランスをみると,財政部門で赤字が続いている一方で,民間部門には大幅な貯蓄超過が存在している。財政赤字に構造的側面が大きいことは,先にみたとおりである。このことは,現在の財政赤字が民間部門の貯蓄超過を反映(循環的赤字等)しているだけでなく,財政赤字自体が民間の貯蓄・投資バランスに影響を与えている側面もあることを示唆していると考えられる。
以下では,財政赤字が民間の貯蓄・投資バランスにいかなる影響を及ぼしているかについて検討し,財政バランスの改善が中長期的にみればマクロ経済に対し均衡回復的に作用しうることを明らかにしたい。
近年,わが国の政府規模は拡大傾向を辿っている。しかも,特徴的なのは,政府支出の内容自体が大きく変化してきていることである。
まず,一般政府の目的別支出の構成がどのように変ってきたのかについてみると,次のような特徴が指摘できる。警察,司法,外交,消防といった一般行政サービスや防衛は,市場メカニズムによって民間部門では供給しえない性格を有しており,政府部門が果すべき基本的役割ともいえるものである。こうしたいわゆる純粋の公共財に近い歳出の割合は,近年すう勢的低下を示している。一方,各種の社会保障,福祉サービス,教育サービス等の資金援助,地域社会サービス(文化施設,スポーツ施設等の運営)などのように,民間部門でもある程度代替的に供給可能であったり,あるいは便益の享受が特定の個人,グループに帰着できる準公共財のシェアが高まってきていることが特徴的である( 第3-8図 )。この点は,程度の差こそあれ,欧米主要国にもほぼ共通してみられる特色といえよう。
さらに,一般会計ベースで投資的支出(公共事業関係費)の内訳をより詳しくみると,治山治水,一般道路といった公共財のウエイト低下がみられる反面,住宅建設,空港,農業基盤整備といった準公共財的支出が増加している姿がみてとれよう(前掲 第3-8図 )。
もちろん,準公共財と一口にいっても,例えば初等教育や公的年金部分などのように,民間部門が完全には,代替的に供給できないもの,あるいは政府が主体となった方が効率的にサービスを供給できるものが少なくない。ただ,一般政府の支出項目の中には,民間部門の活動と競合する分野が出てきていること,さらには政府サービスの中には受益と負担の関係があいまいになっている部分が少なくないことは否定できない。
一般政府と並んで,公共部門を形づくっている公的企業についても,民間企業と併行して,共通のサービスを供給している分野が少なくない。例えば,運輸,住宅,金融などの分野がそれに当たる。
それでは,政府支出と民間支出との間に,どの程度代替性がありうるか考えてみよう。一般に,政府と民間が同一の財やサービスを供給している場合には,政府支出の減少は民間支出の増加によって埋め合わされると考えられる。逆にいえば,政府支出が,単に民間支出を押しのける場合には,景気支持効果は期待できない。純粋な意味で,このような直接的代替が起こりうるとみられる分野はさほど多くはないかもしれない。ただ,住宅,運輸・通信,教育サービス,医療,などの分野では現実に公共部門と民間部門との双方でサービスの供給が行なわれている。
現在の財政赤字は,民間貯蓄率とりわけ,個人貯蓄率を高どまりさせる一つの要因となっている可能性があることにも留意しなければならない。
50年度以降財政赤字が拡大したのは,公共投資の増大よりはむしろ,公的貯蓄率が落ち込んだことによる面が大きい。そこで,個人,企業,政府といった各部門別貯蓄率の動向を調べてみると( 第3-9図 ),1970年代以降については公的貯蓄率と民間貯蓄率の大宗をなす個人貯蓄率との間には,ある程度の代替関係がみられる。すなわち,家計貯蓄率は第1次石油危機後急上昇したが,これには大幅賃上げを反映した労働分配率の急上昇に伴う企業収益の悪化(企業貯蓄率の低下)から雇用不安が強まったことや期待成長率が低下したこと,さらには急激なインフレに伴い金融資産の目減りが生じたこと,などの事情が響いているとみられる。ところが,50年度に公的貯蓄率が大幅な落ち込みをみせ,その後も低水準を続けた段階では,企業貯蓄率が50年度以降回復傾向を辿ったのにもかかわらず,個人貯蓄率の低下は小幅にとどまっている。このことから,必ずしも一般的に確立された議論ではないが,次のようなことが指摘できる。つまり,50年代に入ってから,財政の大幅赤字が持続しているため,40年代までと比べ,公共部門に対し人々が過度の期待を持つ傾向について懸念が生じ,将来については家計の公的負担が高まるのではないかとの予想が醸成され,それが家計の貯蓄率を下支えしているとみることもできよう。
一方,財政赤字は,米国の高金利等の要因と相まって長期金利を過去の回復局面と比較して相対的に高い水準で推移させ,このことを通して民間投資に対してある程度の影響を与えていると考えられる。
まず,財政赤字が国債の大量発行を通じてわが国の長期金利にいかなる影響を及ぼしているか検討してみよう。50年代に入って,国債の大量発行が続いているが,それが常に長期金利の上昇をもたらすわけではない。何故なら,長期金利の水準は①国債の需給要因に加え,②短期金利の水準,③先行きの金融情勢についての予想(期待インフレ率の動向等),④米国金利や円相場等の海外要因,など幾つかの要因によって,複合的に決定されているからである。例えば,52~53年の金融緩和局面では,国債の大量発行下にもかかわらず,短期金利の低下につれて長期国債の流通利回りは急速な低下を示した。当時は,わが国の経常収支黒字累積から,円相場の先高観が根強かったことも長期金利の低下予想をもたらす一つの大きな要因となったと考えられる。
このように,長期金利の上昇には種々の要因があるが,最近では次のような事情から,国債の大量発行が次第に国債金利の上昇を招きやすい環境を醸成しつつあることは否定できない。
第1は,国債の引受け負担に関する予想である。わが国では,長期国債の多くは銀行を中心とするシンジケート団引受け方式によって消化されている。その中で引受けシェアの高い都銀等では,52年以降金融機関保有国債の売却制限が漸次緩和されてきていることもあり,資金ポジション(資金調達と運用のバランスで,都銀では通常運用超過となっている)の悪化を防ぐため,恒常的に手持ち国債を市場で売却している。それは国債市況に大きな影響を及ぼすことが少なくない。とくに,金利先高観が生じたとき,あるいは将来の国債の引受け負担に関する予想が変化したときには,都銀等では国債の売却損・評価損を最小化する狙いから早目に手持ち国債の売却を行う傾向がみられ,国債金利の高どまりを招来しがちである。
いうまでもなく,ここ2~3年,国債の流通利回りは,米国金利等の海外要因に左右される傾向が強まっている。現に,56年春先から,秋口にかけての米国金利の急騰は,わが国の国債金利を押し上げる大きな要因となった。しかし,57年春先から夏場にかけては,米国金利が低下する中で,国債利回りは上昇したのである。これには,円安の影響に加え57年5月に至って,57年度の一般会計が大幅歳入不足となることが明らかとなり,市場関係者の間で歳入不足は特例国債の増発で賄われるのではないかとの懸念が広がったことも大きく響いているとみられる。つまり,特例国債の増発懸念が,財政再建に対する不透明感と結びつき,それが都銀等の売却圧力を強め,国債市況の下落につながったと考えられる( 第3-10図 )。
第2は,市中における国債残高累積の圧力が長期金利に及ぼす影響である。中・長期国債の市中残高は,52年末の19兆円から57年末には約70兆円にまで増大している。
このため,金融資産残高に対する市中国債残高の比率はすう勢的上昇を示しており,現在では20%程度に達している。このように累増する国債残高が民間経済主体に過不足なく保有されるためには,国債の利回りが相対的に有利なものでなければならない。従って,金融資産残高に対する国債残高の比率が上昇してきたことは中期的にみて長期金利に対して潜在的に一つの金利上昇圧力として作用していると考えられる(前掲 第3-10図 )。
このほか,年々の国債発行量が民間の純貯蓄に比べてどの程度の大きさになっているかという観点からの検討も必要である。すなわち,一国の資金源泉である民間の純貯蓄(可処分所得-消費支出)が大きいということは,民間の資金需要との競合を回避しつつ,財政資金の調達を行なう余地が大きいことを意味している。しかし,民間純貯蓄に対する公共部門全体でみた財政赤字の比率を国際比較すると,アメリカ66.9%(82年),西ドイツ53.2%(81年)であり,わが国は貯蓄率の高さにもかかわらず44.2%(81年)にも達していることには留意すべきであろう( 第3-11図 )。
また,家計部門での純貯蓄が年間36兆円(56年度)もあるからといって,公共部門がそれを全部使えるわけではない。民間部門でも家計,企業部門ともそれぞれ住宅投資,設備投資を行なっているため,家計純貯蓄の一定割合がそれらの資金として充当されるからである。従って,公共部門で利用可能な原資は事後的にみれば家計純貯蓄の4割程度となっている( 第3-12図 )。もとより事前的にみて,国債発行の許容水準がどのくらいかをあらかじめ決めることは困難である。ただ,現実には,国債の大量増発懸念等もあって,長期金利の高どまりが生じていることは先にみたとおりである。
以上の点は,国債の流通利回りの変動要因を定量的に分析することによって,ある程度裏付けられる( 第3-13図 )。この試算によれば,56年3月から8月の金利上昇局面では米国金利高,円安といった海外要因が金利押し上げの主因として作用したのに対し,57年4月から10月については,円安に加え,国債の大量増発懸念が大きく寄与していることがわかる。
なお,国債利回りの安定を図っていくためには,国債発行量の圧縮が基本であるが,このほか,引き続き,国債の種類,発行方式の多様化,個人消化の促進,流通市場の拡大,安定化に努めるなど,国債管理政策を十分に活用していく必要があろう。
国債金利が金融緩和期にもかかわらず相対的に高い水準で推移していることは,政保債,地方債のみならず,金融債,事業債といった民間部門が発行する債券の利回りも高くなっていることを意味する。これは,各種長期債は,国債と密接な代替関係にあるため,結果として各種長期債の利回りが国債の利回りと一定の関係を持つ形で決まってくるからである。このため,金融債の利回りに連動(現在,金融債の応募者利回りと0.9%の差)している長期プライムレートは,今回の金融緩和局面において,56年11月と57年9月の2度にわたって引上げられた。現在の長期プライムレートの水準は8.4%まで低下しているが,53年当時に比べれば高目となっている。
このように長期金利が過去に比較して相対的に高どまったことが企業の資金調達面にいかなる影響を与えたのか調べてみると,次のようなことが指摘できる。まず,企業の起債についてみると,57年度にはスイスを中心として相対的に金利の低い海外市場での外債発行が一段と増加した。
一方,設備資金需要の大宗を賄う民間金融機関の長期貸出についてみてみよう。もちろん,長期資金といっても,一時的には短期借入の借換え継続によって調達することは可能である。しかし,中期の設備投資計画を策定するためには,長期資金の安定的調達が不可欠である。従って,長期金利の高どまりが続いていることは,企業の借入意欲や設備投資にある程度の影響を与えたと考えられる。大企業の場合には,自己資金による設備投資の比重が高いため,自己資金の機会費用を考慮に入れても高金利の影響は相対的に小さいとみられるが,全く影響がなかったとはいえないし,また,とくに中小企業の設備投資の場合は,より影響を受けやすいと考えられる。
ちなみに,設備投資に伴い企業が毎期負担しなければならない金利負担と償却負担の和である資本コストの推移をみると,53年から55年にかけて上昇し,金融緩和過程でも総じて高水準を続けている(前掲 第2-8図 )。こうした資本コストの動向が民間設備投資にある程度の影響を及ぼしていることは,設備投資関数の計測によっても裏付けられる(付注6 )。第2章第2節でみたように,長期金利の引下げは,資本コストの低下を通じて設備投資に好影響を与えることが期待される。
もっとも,長期金利の上昇は直ちに市中の貸出金利全般の上昇につながるわけではない。金融機関の貸出金利は,長期と短期の貸出金利をそれぞれの貸出残高のウエイトで加重平均したものである。今回の金融緩和局面における全国銀行の貸出約定平均金利の動向をみると,短期貸出金利は企業の資金需要の落ち着きを反映して順調な低下を示してきた。このため,長短期金利を合わせた総合では総じてみれば緩やかな低下傾向にある。しかし,物価上昇率を割引いた実質的な水準からみても,企業の採算からみても今回緩和期における貸出金利の水準は物価の安定もあって,過去の緩和期に比べ高目に推移したことは否定できない( 第3-14図 )。このように,景気の実態や物価情勢からみて,もっと金利が下がってしかるべきであったものが相対的に高どまったことは,景気回復にとって一つの足枷となったと考えられる。
以上のように,財政赤字は,民間部門の貯蓄,投資両面にわたって影響を及ぼし,結果として民間部門の貯蓄超過に影響を与えている側面もあるとみられる。このように考えてくると,歳出の見直しを進め,非効率な支出を削減することによって財政の構造的不均衡を是正していくことは短期的にみればある程度のデフレ効果が生ずる惧れがあるとしても,中長期的にみて民間部門の消費や投資の増大につながる可能性がある。このため,財政均衡化を景気動向にも配慮しつつ,進めることは,民間部門の貯蓄・投資バランスを改善する一つの方策となりうるであろう。また,経済全体からみて非効率な補助金等はもともと経済の生産性や効率性に対して好影響を及ぼさないと考えられる。
さらに,財政均衡化は,より長い目でみると,資源配分を公共部門のうち非効率な部分を民間部門にシフトさせることになるため,経済全体の生産性や効率性の向上を通じて経済活力を高める効果をもつことが期待されよう。なお,上記のような効果については,今後さらに様々な角度から実証的な分析を深めていく必要がある。
後で述べるように,財政改革の過程で,国内の景気や対外均衡の観点から財政の景気調整機能をいかに考えていくべきかという問題がある。しかし,栽量政策の効果については,以下のような点に留意していく必要がある。財政政策の効果については,先に述べたような民間経済活動との長期的な代替効果を考慮する必要がある。しかし,短期的に大きな代替効果が生じない範囲内では,政策効果は通常の乗数効果分析によることができる。次にこうした乗数効果にどのような問題が考えられるかを公共投資を例にとって検討しよう。
公共投資は,それだけ有効需要(名目GNP)を変化させる(公共投資の直接的効果)。いま,有効需要の増大が生じると,在庫の減少や生産の増大につながり,やがては稼働率の上昇に伴い設備投資や在庫投資が誘発される。さらに,国民の所得が高まり,個人消費等にも好影響が及ぶ。こうした需要の波及過程が何段階にもわたって続くと,政府支出の最終的な需要創出効果(乗数効果)は,当初の歳出の変化額をかなり上回ることになる。
マクロモデルを用いた試算によれば,公共投資の恒久的追加による乗数効果は1年目は1.0台にとどまるが,2年目,3年目と時間の経過とともに徐々に拡大することが示されている。しかし,こうした公共投資の乗数効果は,高度成長期に比べると,やや弱まってきている可能性がある。ちなみに,経済企画庁経済研究所SP-18モデルによると,42年度における乗数効果は1年目1.66,2年目2.99,3年目3.37であったが,51年度においては,1年目1.34,2年目2.32,3年目2.77となっている。
こうした乗数効果低下の背景は何であろうか。まず第1に,最終需要増大の投資誘発効果が低下してきていることが挙げられる。企業は,先行きの需要見通しをもとに,望ましい資本のストックと現実の資本ストックとの差を調整するため,毎期の設備投資を行なっていく。第1次石油危機後,企業の期待成長率は下方に屈折した。このため,資本ストックの調整期間は50年代に入って長期化している。このことは,最終需要の拡大があった場合,設備投資が誘発されるまでの期間が長くなっていることを意味している。つまり,こうした設備投資行動の変化により財政政策の景気拡大効果は,高度成長期に比べて弱まっている可能性があることに留意しなければならない。いま,簡単な設備投資関数を用いて試算すると,50年代に入ってから,需要拡大が設備投資を誘発する程度がやや低下し,また投資誘発までの波及過程が,長期化していることがみてとれよう( 第3-15図 )。
第2に,需要の波及過程で,需要増大のうち,輸入によって賄われる比率(限界輸入性向)が高まれば,国内での需要波及効果はその分だけ弱められる。現に,輸入性向(実質輸入/実質GNP)は40年度の10.1%から56年度には14.3%まで高まっているところからみて,高度成長期に比べれば限界輸入性向がある程度上昇してきていることは否定できない。
以上の点は,公共投資のみならず,他の政策手段の効果についてもある程度共通していえることである。
さらに,公共投資を追加した場合,常に一定の乗数効果が得られるとは限らないことにも留意すべきであろう。乗数効果は景気の局面如何によって大きく変化しうるからである。そこで,50年代に入ってから積極的な公共事業の追加が行なわれた52~53年当時の状況を例にとって,この点を考えてみよう。
52年から53年にかけては,公共事業の前倒し執行と補正予算による事業追加といった景気挺子入れ策がとられた。しかし,こうした公共投資の増大にもかかわらず,52年中は,建設資材の生産出荷はむしろ減少を続けた。こうした背景としては,民間の建設需要が弱かったことに加え,51年後半から52年初にかけて積み上った在庫の調整局面にあったため,公共投資の追加による建設資材の需要がメーカー流通段階の過剰在庫の取り崩しによって賄われ,メーカーの生産出荷の増加に結びつかなかったという事情があった。
しかし,53年に入ってからは,在庫調整がほぼ終了したことから,公共投資の追加は漸く建設資材の生産出荷の増加に結びつきやすい状況となった。53年度における公共投資の拡大は,民間建設需要の持ち直しもあって建設資材の生産出荷の増大につながったのである( 第3-16図 )。このように,52年度における公共事業の拡大は,それまでの過剰在庫の調整を促進したという意昧で景気回復の素地をつくったことは確かであるが,不況期ほど政策効果のラグは長くなる傾向があることは忘れてはならない。また,このことは,政策効果が働いていないのではないかという懸念を生み,認知のラグを誘いやすい。そのため,更に追加的な政策に対する要求が生じることにもなる。52,53年度の景気動向を振り返ってみると,民間設備投資は52年度下期から機械工業を中心に動意がみられ,また設備稼働率,企業収益が底入れしつつあった。機械受注(船舶を除く民需)も増加に転じ,設備投資に自律的回復の動きが生じつつあった。その背景としては,公共投資の効果だけでなく,輸出の底固さ,円高の進展に伴う交易条件の好転,金利水準全般の低下といった幾つかの好条件があったのである。これに続いて53年度になると,素材型産業では依然投資活動は停滞していたが,加工型産業と非製造業の設備投資は拡大局面に入った。その基本的要因は上記のような回復の基礎条件が徐々に整いつつあったことに加え,省エネ・省力化投資が本格化してきたこと,エレクトロニクスを中心とした技術革新投資が緒につき始めたことによる。こうした時期に追加的財政支出が果たした役割については,十分な検討が必要である。
財政支出について,もう一つ留意すべきことは,その乗数効果の大きさは人々の期待如何によって左右される可能性もあるということである。
また,大幅な構造的赤字がある時とない時では,栽量的政策に対する国民の反応が異なる可能性もある。現在のように,財政部門に大幅な構造的赤字が持続している場合には,例えば公共事業の追加を建設国債の増発によって賄っても,それが長期金利の上昇や,将来負担の増大予想を招来し,栽量的政策の有効性が減殺される可能性は否定できない。さらに,裁量的支出として公共投資を増やす場合には,国債費が増加することに留意する必要がある。
財政の乗数効果について議論する揚合には,以上のようにその長期的構造変化および循環の中での変化に十分留意する必要がある。
裁量的な景気刺激策をとった場合,それは上記のような乗数効果を通じて国民所得の水準を引上げ,それによって一定の税収増がもたらされるであろう。もとより景気調整策は,景気の変動を小幅化し,経済全体のインバランス(不均衡)の是正を図ることにその本来の役割があることはいうまでもないが,政策のコストの一つとして税収に与える効果についても考慮する必要がある。ただ,それがどの程度期待できるかについては,以下のような条件を考慮しておかねばならない。先に述べたように,財政政策の乗数効果は高度成長期に比べて弱まっている可能性がある。また,さらに名目GNPに対する税収増の弾性値も高度成長期に比べてやや低下している。これらのことを前提とすれば,景気支持的な政策が経済水準を押し上げ,税収の増加につながる効果を弱めると考えられる。それだけに,各種政策手段をとった場合,それぞれ税収や財政バランスにどのような影響を及ぼすか十分な吟味が必要である。
そこで,公共投資の税収効果についてみると,わが国の租税負担率(国民所得に占める租税の割合)が2割強のためドル公共投資の乗数効果が4.0以上とよほど大きくない限り,公共投資の追加に見合う税収増は得られない可能性がある。しかしながら,公共投資が経済に与える効果の大きさは景気の局面に応じて変化するものであり,わが国の場合公共投資がそれなりの乗数効果を維持していることはいうまでもない。この点に関し,52~53年度の積極的財政政策の場合はどういう評価が可能であろうか。確かに,54~55年度には数兆円にも及ぶ多額の税の自然増収が発生したのは事実である。しかし,こうした税収増は,公共投資の効果に加え,第2次石油危機に伴う物価上昇から巨額の在庫評価益が生じたため,法人税が一時的に予想以上の伸びを示したことによる面が大きい。
そこでマクロモデルを用いて,名目公共投資(注)1兆円の恒久的追加について乗数効果,税収効果をみたのが第3-17表である。これによれば,公共投資1兆円の追加の場合,税収増は3年目で投資額をかなり下回るとの試算が示されている。
また,モデルのうえでは十分考慮していないが,実際には公債増発による金利上昇のマイナス効果は無視しえないと考えられる。以上のような点から考えると,裁量的政策の役割はむしろ,景気の変動によって経済のインバランス(不均衡)が無視できない状態になった場合,需要補填的に機能し,変動を小幅化することにあると考えられる。
現在のような財政制約下にあっては,民間の投資活動をいかに盛りたてていくかが重要な課題となっている。こうした観点から,第2章で検討した公共的事業への民間活力の導入に加え,各種政策手段の選択にあたっても,より効率的な方策がありうるか検討しなければならない。
先に述べたように,財政均衡化の過程では,短期的な要因としてはある程度のデフレ的影響が生ずる惧れもある。またその過程もかなりの期間をかけるということであれば,その間に景気変動が生じることも予想される。財政均衡化の過程でも財政の景気調整機能を無視するというわけにはいかないであろう。そこで,この過程において財政の景気調整機能を維持していく方法としては,次の2つが考えられる。
(1)財政の自動安定化機能に委ねる。
(2)裁量的支出(公共投資)か,もしくは栽量的歳入(税率変更等)を景気局面に応じて調整する。
まず,財政の自動安定化機能にはどの程度の効果を期待しうるのかを考えてみよう。
財政赤字のうち,循環的赤字は,景気の停滞に伴う税収の伸び悩みにより,民間投資等の落ち込みを和らげるという意味で一種の自動安定化機能(ビルト・イン・スタビライザー)の役割を果していると考えられる。すなわち,景気の悪化によって税収が減少したとき,歳出を一定に保っておくと,財政収支は赤字(循環的赤字)となるが,これは有効需要に対して拡張的に働く。逆に,景気の好転によって税収が増えたときは,循環的要因による収支は黒字となり,有効需要に対して抑制的に作用すると考えられる。いま,一つの試算として,財政の総需要への効果を裁量的効果と自動的効果に分けてみよう( 第3-18図 )。ここで55年度と56年度を比べてみると,56年度には,裁量的効果が公共投資の抑制等から縮小したものの,税収の落ち込みから自動的効果が実質GNPをかなりの程度相対的に引上げ,景気支持的に作用した姿がみてとれる。なぜこのような自動安定化機能が作用するかについては,よく所得税の累進構造が挙げられる。しかし,日本の場合は,この累進構造による部分は相対的に小さく,むしろ景気変動に伴い,法人所得への資本分配率が大きく変動することによる要因が大きい。実際,自動的効果の推移をみても,資本分配率が低下し,法人所得の伸びが鈍ると,自動的効果が景気支持的に働くという明瞭な関係がみられる。資本分配率の振れは,50年代に入ってからも40年代に比べればやや小幅化しているが,欧米主要国に比べればなお大きい。このことは,税収の安定性の確保という面で問題はあるものの,法人税の変動を主とした自動安定化機能の有効性が50年代も維持されていることを示すものといえよう。
このほか,財政の自動安定化機能としては,雇用保険制度の役割も見逃せない。すなわち,失業保険の給付は景気循環に伴い変動するが,それは個人可処分所得の振れを小さくする機能を有しているからである。
しかし,こうした自動安定化機能を活していくとしても,それだけで常に十分だという保証はない。従って,財政均衡化の過程においても国内均衡と外対均衡の動向いかんによっては裁量的政策を効果的に運営することが要請される場合があろう。もちろん,栽量的政策を実施するかどうかの判断は,経済のインバランスの程度にもより,まだそのインバランスが構造的なものか,循環的なものかによって異なってくる。景気調整策は本来,循環的な不均衡の是正を目的としたものだからである。同時に,これまで述べたように,政策のコストが高度成長期に比べて高いものになっている可能性があり,また裁量的政策には,先に指摘したように三つのラグ(認知のラグ,政策決定のラグ,政策効果のラグ)が伴うことに留意する必要がある。他方,裁量的政策については,本来景気の好不況に応じて弾力的に運営される保証がなければならない。裁量的政策にはかなりの非対称性があり,栽量的政策として実施したものが,構造的要因に組み入れられてしまう可能性がある。
こうした観点から,栽量的政策の硬直化をなくし,真にカウンターシクリカル(景気変動を平準化すること)な栽量的政策として機能しうるようにしなければならない。