昭和58年
年次経済報告
持続的成長への足固め
昭和58年8月19日
経済企画庁
第3章 景気調整策の有効性
第2章で述べたように,長い調整期間の後,日本経済には一定の自律回復力が備わってきている。しかし,その自律回復力は,前述の通り,十分に力強いものとは言えない。したがって,景気回復をより力強いものにするためには,財政金融政策による景気浮揚策が必要ではないかという議論が出てくるのもそれなりの根拠がある。
そこで第3章では,景気浮揚的な経済政策をとりうる可能性はどれだけあるのか,またそうした政策の効果はどの程度期待できるのか,さらにそうした政策をとることによる政策コスト(マイナス効果)はどれだけ生じるのかといった問題を検討したい。
昭和40年代までは,経済政策による景気調整機能はかなり有効なものであるとされてきた。したがって,不況期には財政金融政策による景気刺激策をとり,好況期に景気過熱(インフレ,対外収支の悪化等)の恐れがある場合には,引締め政策をとるという景気調整策が,いわば常識となっていたし,それをいかに適切に行なうかが政策当事者の能力であり,かつそれを行なわないのは政策的怠慢であるという風に考えられていた。それが近年においては,そうした景気調整策がどこまで有効であるのか,また国民経済にとってどれだけ意味があるのかといった疑問が真剣に呈示されるようになっている。
このように,現在,財政金融政策による景気調整策の有効性があらためて問い直されなければならない理由は何であろうか。
景気調整策の有効性に対する疑問は,とくにアメリカやイギリスでは早くからみられた。
アメリカでは,1960年代後半に財政支出の膨張に対する増税措置が遅れたことはインフレの高進を招き,結局,金融政策に過度の負担が課せられるようになった。しかし,そうした金利引上げ措置も物価上昇の加速化により,経済活動に対して十分な抑制効果を与えることができず,「財政政策の失敗と金融的締めつけ」との批判がみられた。こうした疑問は,1970年代に入ってスタグフレーションの様相が濃くなるにつれて,一層強まった。さらに,完全雇用目標に対する考え方の変化もこうした批判を背景としている。
その結果,景気調整策の効果について疑問を呈し,政府介入は民間経済の自律的調整能力をかえって混乱させているという考え方や,経済安定化政策の結果としての政府部門の肥大化は民間経済活動を圧迫し,経済全体の効率性を弱めているといった考え方がでてきた。
イギリスでも以前から,その景気調整策のやり方には批判があり,また行き過ぎた産業国有化や政府部門の肥大化は経済の効率性を低め,スタグフレーションを引き起しているのではないかとみられるようになった。
日本では幸いこうしたスタグフレーションといった状況はみられない。また供給力の充実を強調しなければならない情勢にもない。しかし,日本においても,経済政策とくに景気調整策の有効性の問題についてはその自由度や政策コストが以前と異なってきているという見方がある。それは主に次のような事によるものである。
第1は,財政部門における構造的不均衡の持続が,政策運営の自由度を著しく制約していることである。また,こうした状態が長期化すれば,将来負担に対する懸念が生ずる可能性がある。
第2は,公共部門の活動領域の拡大が,民間部門との競合を招き,民間部門の自由な活動を制約している側面がみられることである。
こうしたことから,短期的な景気調整策と,長期的な経済の安定成長との斉合性の確保について検討する必要が出てきたのである。
一方,財政政策と並んで有力な政策手段である金融政策も,ここ1~2年,財政赤字,米国金利高,円安といった内外の制約条件から政策運営の自由度を狭められている。
いうまでもなく以上のような問題を解く鍵は,財政政策,金融政策がおかれている現状と問題点を正しく認識することに求められる。
財政部門に不均衡が目立っているのは,高度成長期の体質が温存され,安定成長への構造的適応が遅れているためである。こうした財政体質の改善を図ることは,行政改革の理念にも通ずるものである。内外の厳しい情勢から59年度までに特例国債依存体質からの脱却は実現困難となった。しかし,景気調整機能を維持しつつ,財政バランスの改善と公共部門の効率化を推進することは引き続き日本経済が直面している最も重要な課題の一つといってよい。
現在の財政赤字が財政インフレとかクラウディング・アウト(民間資金の締め出し)といった弊害を招いているわけではない。しかし,公共部門が非効率な部分を残したまま,赤字を続けることは次のような問題を内包している。
その1は,財政に期待される種々の機能が低下することである。すなわち,公債費の累増による財政の硬直化は,時代の要請に応じた行政サービスの弾力的供給や機動的政策運営の余地を狭め,財政本来の自由度を低下させている。
例えば,来たるべき高齢化社会にいかに備えるかという問題がある。高齢化社会への移行によって生ずる財政需要に対して財政バランスの改善が進んでいなければ,財政が新しい経済環境に適切な対応をすることが難しくなる恐れもあろう。
その2は,財政が非効率な部分を残したまま赤字を続けることは,長い目でみて民間部門の利用可能な資源を制約し,経済活力の低下を招く可能性があることである。現に,「大きな政府」が様々の弊害をもたらすことは欧米主要国の経験に照らしてみれば明らかである。
こうした観点から,制約条件下の財政の景気調整機能について検討しなければならない。加えて,財政均衡化はマクロの経済活動に対して均衡回復的に作用しうるかといった点についても十分な吟味が必要である。
一方,金融政策については,当面する幾つかの制約に加え,金利自由化の進展等様々な環境変化の中で景気調整策としての政策の有効性を維持していくことが課題となっている。
最後に,公共部門の一つの役割は民間部門の持てる活力を十分活かしうる環境を整えていくことにもあるという観点から,公共部門のあり方を幅広い角度から再検討することが必要である。
以上の問題意識から,景気調整策の有効性について考えてみよう。