昭和58年

年次経済報告

持続的成長への足固め

昭和58年8月19日

経済企画庁


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第1章 57年度経済の動向と景気の現況

第2節 景気変動要因と現局面の評価

57年度を中心とした日本経済の推移は以上に述べた通りである。しかしその中で作用していた景気循環ないし変動の諸要因をみると,過去の循環局面とはかなり異っていることに気付くであろう。循環的変動要因として最も典型的なものは中期的な設備投資循環と短期的な在庫循環であるが,まずこれらの循環要因がどう絡み合って動いたかを考えてみよう。

第1-14図 設備投資の循環

1. 拡大局面にあった設備投資

54年以降,日本経済は前記の通り二度の外的ショックによって景気調整を余ぎなくされた。しかしこの長い調整局面の主体をなしたのは在庫循環であって,設備投資は53年から57年度央にかけて拡大局面を維持した。これは 第1-14図 にみる通りである。またその投資水準も実質GNP比でみると,40年代前期よりもむしろ高い。これは過去の景気循環局面と比べても大きな相違点であり,また第1次石油危機の後と比べても異った点である。過去の景気調整局面をみれば,いずれの場合も設備投資は減少し景気全体の動きとは,多少のラグはあるにしても,ほぼ一致して動いていた。こうした設備投資の動きが一面では,今回の調整局面をより以上深刻なものにしなかった大きな要因であった。

第1-15図 大企業と中小企業の規模別跛行性

設備投資の循環にも,もちろん短期的変動要因は影響を与えるであろう。しかし設備投資循環が在庫循環と異なって,より中期的な性格を示すのは一般的に言って以下のような理由によると考えられる。第1は,設備投資は懐妊期間が長くまたプロジェクトの工事完工期間も長いことである。このため企業はより長期的な目標で投資行動を決定するであろうし,また着工した工事はよほどの状況変化がない限り,多少の繰り延べはあっても中断されることは少ない。第二は,設備投資自体が大きな最終需要を形成するので中期的にみると在庫投資とは異なって,量気の動きをリードする力が強い。第三に,技術革新要因が働く時は,上記の二つの作用が更に強められる可能性がある。さらに第四として,更新投資要因を挙げることができる。日本の場合,従来の経験からいうと経済的陳腐化に伴う更新サイクルはほぼ10年前後とみられる。ただし現実の更新投資は景気動向や産業構造の変化によって影響されるので,いわゆる効果(過去の一定時点における新設投資が一定期間後更新投資となってあらわれる現象をいう)はやや弱まっていると考えられる。

こうした諸要因は大企業と中小企業ではある程度異っており,とくに今回の場合,第一と第三の要因が大企業に強く働いたと考えられる。また大企業の場合は投資資金に占める自己資金の比重が非常に高く(最近では約70%程度),金融情勢からの直接の影響は相対的に小さいとみられる。これに対して借入金依存度の高い中小企業の投資はより影響を受けやすい。

今回の設備投資循環の中でもこうした特徴は観察された。52,53年の時期には,製造業と非製造業でやや動きは異なるが,中小企業の方がより早く拡大局面に入り,かつ,55年以降の第2次石油危機のデフレ効果にもより早く反応して伸び率を低下させている。これには 第1-15図 に見るように,中小企業の需給ギャップが大企業のそれよりも早く上昇し,また早く低下したということも,製造業の場合には影響しているとみられる。

ところで同図で大企業の需給ギャップ率をみると,55年度初めから頭打ちとなりその後ややギャップ率が拡大し,56年後半にはやや持ち直したものの,57年中再び急速に拡大している。また 第1-16図 で素材型,加工型に分けたものをみると,素材型のギャップ拡大率がより大きいが,加工型でも悪化している。また利益率の動きをみても,後節にみるように,54年上半期をピークに,低下してきた。また金利も比較的高い水準で推移した。こうした投資環境の悪化は製造業中小企業には比較的敏感に影響したが,製造業大企業および非製造業大企業の投資活動は55年以降も増加基調が続いたのである。需給ギャップの拡大にかかわらず製造業大企業の設備投資が増加を続けたのは,いわゆるストック調整原理が,急には作用しなかったことを示している。

製造業の大企業についてみると,この時期の投資水準の高さを支えたのは,かなりの程度,広い意味での技術革新およびエネルギー関連の独立投資であったとみられる(独立投資とは短期的な経済変動に直接左右されず,中・長期的な要因で行なわれる投資をいう)。

52,53年以来の設備投資の動きをみると,最初は利益率や稼働率の回復から更新投資が増加したが,同時にNC機器に代表される技術革新投資も増加を始めており,今回の設備投資循環の期間を通じてそうした要因は強く働いていたと考えられる。さらに第2次石油危機を迎えた54年以降は,省石油化と技術革新的合理化を兼ねた投資活動が活発化した。そうした例としては,セメント業界のNSPキルンや石炭混焼設備の増設,鉄鋼業の連鋳比率の上昇等がある。また技術革新を体化した新製品のための投資としては,乗用車,シームレス・パイプ,LSI等の投資があり,これらは55年以降にむしろ盛んになった。さらに研究開発投資も,ウエイトはそれほど大きくないが,急速に拡大した。

こうした投資行動の背景には,エネルギー価格の高騰,既存分野の利益率の低下と新分野に対する期待利益率の上昇,国際競争に勝ち抜ける自信といった要素はがあたっと考えられる。しかし,こうして着手された設備投資は56,57年度まで継続され,投資水準を押し上げるのに大きく寄与した。このため56,57年度の設備投資に占める継続投資の比率は,70%前後に高まってきている。

第1-17表 資本ストック調整速度の産業別比較

しかし,こうした独立的な投資活動が主要産業で一段落するにつれ,従来から弱まっていた循環的投資要因と相まって,57年度後半から大企業の設備投資も低下局面に入った。もっとも,LSIや新素材に関連した設備投資は依然急速に伸び続けている。しかし現在の段階では,それらの投資額はそれほど大きなものではなく,民間設備投資全体の水準を押し上げる程の力はない。

他方非製造業の設備投資をみると, 第1-17表 に示すように,ストック調整の期間が製造業に比べてかなり長く,消費との相関が強いことから,景気変動に対し,感応性は弱いと思われる。しかし,中小企業については52年度以降の設備投資上昇局面でみられたようにかなりの先行性をもって動いているようにみられる(第1-18図)。

また,非製造業中小企業の業種別設備投資動向をみると 第1-19図 のように,関連需要の動向にかなり敏感に作用しており,企業サービス関連が55年以降停滞局面にあり,住宅・建設関連には建設需要の変動影響がかなり反映しているようにみられる。また個人消費関連も消費支出への感応度は高く,54年度および56年度前半には落ち込みを示しているが,個人消費の伸びが緩やかながら持続していることを反映して,58年1~3月期まで増加基調を維持している。個人企業については,サービス部門が57年中やや回復を示しているが,全般に55年以降は減少局面にあった。

なお,最近の中小企業の設備投資については,リース業の設備投資動向に留意する必要がある。

設備を調達する方法としては,設備の購入によるか,設備を賃借するかの2つの方法がある。もし,中小企業が設備投資をリースを利用して行ない,しかもそれを大企業のリース会社から賃借しているとすれば,中小企業の設備投資は統計上賃借設備分だけ少なく表われることになる。

最近,リース業は急速な成長を遂げている。57年の年間名目契約額は2兆3000億円に達し,民間設備投資に対する比率も6%台となっている。業種別のリース利用状況をみると,非製造業が製造業を上回っている。非製造業では,卸小売,運輸通信,金融・保険,製造業では機械工業での利用割合が高く,合理化省力化の必要性が高い業種や技術革新の速い部門で利用されている( 第1-20図 )。

リース業の設備投資のうち,中小企業向けは50%を越えている。この数字をもとに,中小企業がリースを利用して設備投資を行なう額を試算すると,57年度で約9,500億円(50年価格)となり,個人企業まで含めた中小企業設備投資(19兆円)の5.0%を占めている。

以上の試算からすると,リース業の発展が当面は中小企業の設備投資に基調的な変化をもたらしているとはみられないが,将来は大きな影響力をもつ可能性があることは,十分留意しておく必要があろう。

次に当面の設備投資動向については,58年に入ってからの動向を大蔵省「法人企業統計季報」でみると,1~3月期は全般的にマイナス傾向が目立っている。とくに従来ともかく増勢を維持していた大企業の設備投資が製造業・非製造業とも前年同期比ではマイナスになり,また一進一退であった非製造業中小企業もかなりのマイナスとなった。さらに経済企画庁「法人企業投資動向調査」(58年3月調査)では,本年度上半期の設備投資は減少が見込まれている。同調査では下半期もさらに落込みが続く見込みとなっているが,景気全般の回復に応じて,これがどの程度上方修正されるかが,内需回復の重要な間題となろう。

2. 外部ショックによる二度の在庫調整

以上のように設備投資が拡大局面にある中で,二回の在庫調整が起った。の在庫調整の例をみると,その循環の平均期間は45か月程度であり,在庫調整の期間は4四半期位であるが,今回は3年間の間に2回の在庫調整を繰り返すという従来にはない動きとなった。もっともこれにやや似た例は過去にもある。46年に景気が立ぢ直りの兆しを見せ始めた時,ニクソン・ショックによる変動相場制への移行で回復への動きがややもたついた。また52年にはやはり回復への動きが出始めた時期に円レートが急騰し,回復は53年に持ち越された。しかしいずれの場合も,在庫調整は半年程度で比較的軽微なものに終り,景気回復への動きは大きく阻害されることはなかった。それに比べると今回の外的ショックの影響はかなり大きかったと云えよう。

先に述べた通り,2度の在庫調整はいずれも外部からのショックによって触発されたものである。第一回は第2次石油ショックによるものであるが,直接の契機は国内エネルギー価格,とくに55年4月の電力価格の引き上げを契機としている。電力コストの上昇を見込んで,素材産業を中心にかなりの先取り生産がなされ,在庫が積み上ったが,その調整は石油ショックによるデフレ効果と重なって意外と長引き,56年7~9月期になってようやく一巡した。この時期には,素材産業の製品を中間原材料として使う需要側産業にも,たとえばプラスチックスや板紙などがかなり大量に買い込まれ,必ずしも統計で十分把握されていない中間原材料在庫ないし流通在庫が全体の調整をかなり遅らせたのではないかとみられる。

第一回の在庫調整は素材産業が中心であったが,それが終了すると間もなく,今度はアメリカの景気後退に起因する輸出の減少から,第二回の在庫調整が必要となった。加工型産業を中心とした57年1~3月期の在庫投資状況をみると,メーカーの製品在庫が出荷の伸び悩みから積み上ったが,国内流通在庫も同時に増加した。またこの場合も統計に十分把握されない海外現地在庫の積み上がりがあったとみられ,その調整にかなりの期間を要した。過剰な海外現地在庫は日本からの出荷(輸出)を一層減少させ,国内の製品在庫調整を遅らせた。第一回の時の中間製品在庫や第二回の時の海外現地在庫など,統計で十分把握できない中間在庫の動きには,景気の判断をする際十分な留意が必要である。

第2次石油危機以後の二度の在庫調整に当って,一つの注目すべき点は在庫変動の幅の縮小である。 第1-21図 にみる通り,各種在庫を併せたGNPベースでの在庫率は,とくに第1次石油危機以後顕著に低下した。またこれに伴って在庫投資の変動幅も縮小し,それによる生産活動の変動も小幅化している。これには企業の減量経営意識の強化,コンピュータを利用した在庫管理の徹底や,インフレ期待の解消から在庫保有のメリットがないことなどが大きく影響していると考えられる。また国民経済全体としては,商品在庫を余り保有しないサービス産業の比重の増加も影響していよう。しかしそれにもかかわらず,在庫調整の期間は以前より短縮していない。これは 第1-22図 に示すように,企業の適正在庫率の目標が以前よりかなり引き下げられていることも一因であろう。この図に示すように,企業の在庫過剰感が同一の段階での現実の在庫率水準はかなり低まっている。

こうした中で海外現地在庫および国内の流通在庫の調整は57年末にはおおむね一巡したものとみられる。その後,二度目の在庫調整も58年1~3月期には一部業種を除いてほぼ一巡し,輸出の増加と相まって生産活動は増加に転じてきた。ただ,内需回復も緩やかなため,当面企業の積極的な在庫積み増し意欲は従来に比べ弱いものとみられる。

3. 構造的変化を示す住宅投資

住宅投資は47年度まで傾向的増加を示し設備投資等に比べると大きな循環はみられない。しかし伸び率の変化でみると,住宅投資にもかなり明瞭な循環要因はあった( 第1-23図 )。新設住宅着工戸数の動きをみると,過去の景気調整期にはその伸びが停滞し,回復期に入ると伸びが高まっている。とくに民間資金住宅ことに貸家は変動幅が大きい。

しかし53年からの回復期には,従来と異った状況が生じた。53年度の新設住宅着工戸数は,経済が自律回復に転ずるなかで公的融資が拡充されたにもかかわらず,前年度よりむしろ減少したのである。その後停滞基調が続くうちに,第2次石油危機を迎え,家計所得の減少や地価,建築費の上昇,また金利上昇の影響を受けて54年は更に減少し,以後56年度まで低下を続け,拡大する設備投資とは対照的な動きを示した。

この背景には住宅需要の構造的変化があったと考えられる。

(1)世帯数の増加率が40年代の3%台から最近は,1.4%程度に低下していること。

(2)いまだ住宅の質の向上は充分でないものの,戸数の上では48年にはすべての都道府県で一世帯一住宅の状態が達成されていること。

(3)都市への人口流入率の減少。

(4)住宅取得費と取得能力との乖離が依然大きい反面,住宅の値上り期待という誘引は弱まったこと。

このようなことから,新設住宅着工戸数は,40年代までのように順調に増加する局面ではなくなり,建て替え需要を中心とした質的改善がこれまで以上に重視される時期に移行しつつあるものとみられる。

(利用関係別にみた住宅建設の動向)

以上のような構造変化が進行するなかで,ここ1,2年の住宅需要には,次のような特徴がみられる。すなわち,新設住宅着工戸数でみると貸家系住宅が比較的堅調な反面,分譲を中心とした持家系住宅が不振なことである。

これは,持家系住宅に対する潜在的需要が根強いなかで次のような要因が作用しているものとみられる。

まず,近年の地価上昇率の鈍化等により住宅取得費の上昇率が鈍化していることは基本的には住宅取得費と取得能力との乖離の縮小を通して住宅取得をより容易にさせるものと思われるが,住宅取得費と資金調達能力との乖離でみると,両者の乖離は依然として大きなものになっている( 第1-24図 )。両者の乖離は,57年に全国平均で約800万円であるとき東京圏,大阪圏ではそれぞれ約1,900万円,約1,700万円となっているように,とくに東京圏,大阪圏では一層大きい。これら大都市圏においては,住宅,土地等の資産を持たない借家層にとっては,持家取得が極めて困難となっているといえよう。

また,住宅の資産としての側面からは,近年の住宅取得費の上昇率の鈍化等により住宅を買い急ぐインセンティブ等が薄れてきていることがあげられる。 第1-25図 でみるように,既に取得された住宅の売却に伴う利回りは第一次石油危機前と比べて大幅に低下し,またその利回りは取得年が近年になるほど低下傾向を示している。この利回りは金融資産の利回りや貸出金利等と比べても相対的に低くなっている。こうしたことにより,住宅の取得・売却による期待利回りは低下し,住宅を買い急ぐインセンティブや近い将来の買い換えを前提とした住宅取得のインセンティブが第一次石油危機と比べると弱まってきているとみられる。

こうした状況の中で,利用関係別に最近の動向をみると,まず,持家は,55~56年度と低調に推移した後,57年度は公的資金による持家の増加により全体として増加した(前掲 第1-23図 )。これを資金別にみると,公的資金による持家は,57年4~6月期以降増加したのち,58年に入るとわずかながら減少している。これに対し,民間資金による持家は,57年度には,実質所得の緩やかな増加や実質ローン金利の低下等がみられたものの引続き低調に推移した。

一方,持家系住宅のうち分譲住宅についてみると,戸建て分譲は54年度から減少しており,マンション(共同住宅)も56年後半から減少している。

まず戸建て分譲の減少は,在庫の積み上りに加えて,大都市における素地取得難や宅地開発に係る公共負担の高まり等から,戸建て分譲住宅供給の収益性が減退し,住宅供給業者が供給を減少させたことによる面が大きい。他方,マンションは,こうした土地供給の制約などが戸建て住宅に比べると少なく,相対的に低い価格で住宅供給ができたことから,50年代に入りかなりの伸びを示してきた。しかし,第2次石油危機後の資材価格急騰に伴う販売価格の上昇を契機として販売は落ち込み,在庫が急増した。その後,販売価格の引き下げ等により契約率は徐々に回復に向い,在庫増加も落ちついてきたことから,マンション着工は57年後半以降やや下げ止りの動きをみせている。

最後に貸家についてみると,50年代前半には減少気味に推移したが,56年度以降回復に転じている。これには,前述した住宅取得者側からみた要因に加えて,次のような点が影響している。

まず,中長期的視点からは,年々の世帯数の増加は,40年代には100万世帯を超えることもあったが,40年代を通じて傾向的に低下し,51年度には47万世帯にまで低下した。しかし,52年度以降,地方圏の世帯増は,ほぼ26~28万世帯で横ばいとなっているものの,大都市圏では51年度の19万世帯を底に徐々に増加し,57年度には29万世帯になっている。また,51年以降続いた大都市圏からの人口流出傾向も56年には流入超に転じている。したがって,世帯数の変化及び人口移動の面からは,貸家需要に下げ止り局面に入っているとみられ,このことが貸家着工戸数の増加に好影響を与えているものと考えられる( 第1-26図 )。

一方,短期的要因をみると,供給側の要因としては,①貸家の供給価格(家賃/貸家建築費)が建築費の落ちつきから上昇したこと。②住宅ローン金利を住宅建築費デフレーターで割り引いた実質住宅ローン金利が低下していることにみられるように,金融コストが低下したことなどが,貸家建築の増加をもたらすことになったとみられる。

(今後の住宅投資)

最後に,今後の住宅投資をみるうえで重要とみられる幾つかの点に注目しておこう。

まず,新設住宅着工戸数のうちで建て替え等によるものがどれくらいを占めているかを43年から48年までの5年間と,48年から53年までの5年間とで比較してみると,それぞれ34%,40%とその割合は高まっている( 第1-27図 と同様の推計による)。さらに, 第1-27図 で示した仮定の下で48年以降の建て替え等の動向をみると,建て替え等戸数の住宅ストック総数に対する割合は53年から56年にかけて低下しているものの,新設住宅着工戸数に占める建て替え等戸数の割合は年々増加し,近年は5割程度になっていることが示される。

一方,住宅の新規需要は空家の増加やセカンドハウス等の需要などを考慮に入れなければならないが,基本的には世帯の増加数の動向によって左右される。世帯増加数は前掲 第1-26図 でみたように,40年代と比べて小さいものになっているが,全体としては下げ止りの兆しがみられ,当面50万世帯強で推移するものとみられる。

次に新設住宅着工のみではとらえられない住宅の質向上に対する投資等の動向についても若干検討を加えておこう。

まず,実質住宅投資は,1戸当り実質投資と戸数の積で求められるが,1戸当り実質投資額は,中長期的には増加傾向にある( 第1-28図 )。これを1戸当り床面積と平方米当り実質投資額とに要因分解してみると,50年代前半は1戸当り床面積の増大が,最近では平方米当り実質投資額の増大が,それぞれ寄与していることがわかる。さらに住宅関連の消費需要も住宅ストックの充実に伴って徐々にではあるが増加している。今後についても,住宅の規模,設備,構造等,質の向上に関する需要は根強いことから,①戸当り投資額の増加が見込めること,住宅ストックの充実,中古流通市場の拡大もあって,増改築修繕投資・住関連消費需要が増大すること,などから,住宅の質向上のための投資,消費需要は着実に増加していくものとみられる。

以上からみると,今後の住宅投資は戸数ベースでは40年代までのように順調に増加する局面ではないが,人口,世帯の動向のほか,建て替え需要の顕在化に負うところが大きい。一方,住宅の質の向上についての需要はそのための投資,消費の着実な増加につながっていくものとみられる。

4. 景気を下支えした個人消費

第2次石油危機後,55,56年と低迷を続けた個人消費は,57年に入り緩やかながら回復を示した。これは,物価の安定を背景とした実質所得の増加に加え,消費性向も総じて高水準を維持したためである。

(世帯別動向と消費回復の背景)

個人消費の動向を,実質民間最終消費支出(GNPベース,前年同期比増減率)でみると,56年中は低迷を続けたものの,57年に入ると緩やかながらも回復基調で推移し,年度の伸びは4.7%増と前年度(1.1%増)の伸びを上回った( 第1-29図 )。

こうした動きを世帯別にみると,勤労者世帯と一般世帯が,57年1~3月期以降回復を続けるなかで,農家世帯は,年度後半に至ってようやく回復に転じてきた。まず,勤労者世帯の実質消費支出をみると,56年中は一進一退の動きで推移したが,57年1~3月期以降は3%前後の伸びが続いた。しかし,58年1~3月期には1.3%増とその伸びはやや鈍化した。また,一般世帯も,56年に大幅減少となった後,57年1~3月期に増加に転じ,勤労者世帯に比べれば相対的に低い伸びにとどまったが,回復基調は維持した。一方,農家世帯の実質現金支出は,55年度以降一進一退で推移したあと,57年度前半も低迷を続けたが,後半に至って回復に転じた。

一方消費回復の要因を,家計調査の勤労者世帯についてみると,57年度の消費回復の要因としては,①名目実収入の伸びが56年度を上回ったこと,②消費者物価が一段と沈静化したことがあげられよう。さらに,③平均消費性向が57年7~9月期には天候不順等もあってやや低下したが,総じてみれば高水準を持続したことも寄与している。一方,非消費支出は,名目実収入を上回る伸びを示しマイナスの方向に作用している。

以上のような消費回復要因のうち,所得要因と消費性向要因について中期的観点もまじえながら次にみていくことにしよう。勤労者家計の実収入のうち大きなウェイトを占めるのは,世帯主収入であり,これに妻の収入等が加わる。いま,仮に世帯主の定期収入を恒常所得と考え,妻の収入を変動所得とみなして,両者の関係を時系列的にみると,次のような点が指摘できる( 第1-30図 )。

まず,①世帯主の定期収入(実質)は,2度の石油ショック後や景気の停滞局面では,その伸びは鈍化ないし減少している。②妻の収入(実質)は,すう勢的な増加傾向の中で世帯主の定期収入が伸び悩む時期に,しばしば増加している。③この結果,世帯主の定期収入に対する妻の収入の比率は循環変動しながらも,家計の収入を平準化するのにある程度役立っている。

最近の動きに注目してみると,この比率は54年に低下したあと,55年以降上昇傾向にある。57年度は世帯主の定期収入が増加するなかで,妻の収入も高水準を続けたことから,家計の収入は高まりをみせた。

次に消費支出と消費性向の関係についてみてみよう。消費支出は,一般的に他の需要項目に比べ変動は小さい。これは,消費支出本来の性格にもよるが,景気変動の局面によって消費性向が上下するという動きが生ずるためである。すなわち,所得が伸び悩む時期には消費性向が上昇し,所得が増加する時期には消費性向が低下し,全体として消費支出の変動を小幅化するのである。これは主として消費のもつ習慣形成効果が働くためである。このほか,消費性向を規定する要因はいくつかあるが,ここでは物価変動と金融資産効果に注目してみよう。

金融資産残高の消費性向に与える影響は,一般的には,金融資産利回りより物価上昇率が高い場合には,金融資産の減価が生じ,消費性向は低下(貯蓄率の上昇)する。逆の場合には金融資産の増価が生じ,消費性向は上昇(貯蓄率の低下)するといわれている。

そこで,中長期的に両者の関係をみると,すう勢的には,高度成長期は高い所得の伸びを背景に消費性向は低下しているが,50年代に入ってからは逆に上昇している。こうした中で,第1次石油危機後や第2次石油危機後の消費者物価上昇率が金融資産利回りを上回る時期には消費性向は低下するという関係がある程度認められる。最近の動きについてみると,消費者物価が次第に落ち着きをみせはじめた56年から消費性向は上昇に転じた。57年に入ってからは7~9月期に天候不順要因もあって一時的に消費性向は低下しているが,10~12月期以降再び上昇しており,基調的には高水準の消費性向が続いた( 第1-31図 )。

次に,収入階層別に消費性向の動きをみると,56~57年にかけての上昇の主役は,最高収入階層であるV分位層や次に位置するVI分位層であることがわかる( 第1-32図の① )。これらの階層では金融資産残高の年収倍率が,すでに1を大きく上回っており( 第1-32図の② ),消費性向の上昇にはある程度金融資産効果が働いているとみられよう。

最近の家計の消費態度は,従来に比ベ変化している面もみられる。その1つの事例が消費者信用の利用である。消費者信用はこのところ急速なテンポで伸びているが,これには①上記にみた家計の消費態度の変化に加え,②家計の信用度の高まり,③信用供与側の積極的推進,などが影響しているものとみられる。

消費者信用の内容をみると,販売信用も順調に伸びているが,消費者金融の方が相対的に伸びが高い。50年から56年までの伸びは,前者で2.1倍,後者で2.5倍となっている。なかでも消費者金融会社の伸びが高い。また,銀行等民間金融機関の非提携ローンの伸びは比較的順調であり,更に銀行系クレジットカードの伸びも高い。これには,財需要よりも文化,教育,健康,余暇等のサービス需要が根強い拡大を示しているという需要構造の変化も影響している。

(消費支出の内容にみる消費の特徴)

57年を中心とした消費支出の内容をみると,おおむね次のような特徴がみられる。すなわち,①財支出に比ベサービス支出の高い伸びが続いていること,②財支出のなかでは耐久消費財支出が,56年度に続いて57年度も着実な増加を示したこと,③光熱,水道は57年夏の天候が不順だったこともあって伸びが鈍化したこと,④その他の支出は,こづかい(使途不明),交際費など選択性の強い費目であるため,実質可処分所得の増加に伴い57年度は高い伸びとなったこと,などをあげることができる( 第1-33図 )。

まず,サービス支出(実質)についてみると,50年代に入ってから消費支出の拡大要因として作用してきたあと,56年度は若干のマイナスとなったが,57年度には再び,消費支出全体の伸びを上回る増加を示した。とくに,自動車等維持関連サービスが高い伸びを示したほか,通信,教育,外食などが比較的高い伸びを示している。これに対し,被服関連サービス,理容サービスなど引続き低水準で推移している。

このようにサービス支出が堅調であった背景には家計の支出構造が変化していることがあげられるが,サービス価格の商品価格に対する相対格差がこのところ縮小していることも影響していよう。これは,コストに占める人件費の割合が高いサービス価格が,賃上げ率の落ち着きから相対価格を安定させていることによる。

この結果,家計調査ベースでの消費支出合計に占めるサービス支出(名目〔 〕内は実質)の構成比は50年度の23.6〔25.5%〕から53年度には26.3%〔26.0%〕さらに57年度には27.8%〔27.4%〕へとその比率を高めており,ほぼ一貫してサービス経済化が進へでいる。

一方,財ヘの支出についてみると,全体としては56年度減少のあと57年度には回復している。まず,被服及び履物,飲食料などの非耐久消費財支出は,55~56年度と2年連続減少したが57年度にはやや回復した。これに対し,耐久消費財支出は,55年度は減少したものの,56年度から57年度にかけて増加を続けた。

耐久消費財は,その普及率が低い時期には一本調子で増加するが,普及率が高まると,更新需要が中心となる。主要な耐久消費財については現段階で,すでに普友傘の高い商品が多い。その中で代表的な自動車とカラーテレビについて台数ベースでみると,循環変動が検出される( 第1-34図 )。すなわち,53~54年にかなり盛り上りを示した乗用車販売は,55~56年にかけて減少したあと,56年末から,再び増加に転じている。また,カラーテレビも乗用車との間に若干のずれはあるものの,ほぼ同じ周期のサイクルをいており,57年後半以降かなりの増加を示している。

こうした更新需要を中心とした耐久消費財に加えて,現段階でも普及率の低いVTR(11.3%,58年3月)やエアコン(49.6%,58年3月)も高い伸びを示した。こうして全体としての耐久消費財支出には着実な増加がみられた。

以上,最近の個人消費動向を検討してきたが,57年度の個人消費は消費者物価の安定と実質所得の増加を背景に緩やかながら回復基調で推移した。

5. 景気変動の現局面

以上のように,ここ数年間の景気変動の推移をみると,設備投資は拡大局面にある中で二度の外的ショックによって在庫循環が起り,他方住宅投資は設備投資とは逆に53年後半から減少を続け,57年度にようやく下げ止まった。個人消費は第2次石油危機のデフレ効果を強く受けたが,57年度中はゆるやかな増勢を維持した。

第1-34図 乗用車,カラーテレビの循環変動

ところで,こうした景気変動の現局面をどうみればよいであろうか。二度目の在庫調整はほぼ一巡し,輸出の増加と相まって生産は上昇しつつある。しかし一方で57年央まで堅調で推移してきた設備投資は,当面弱含んでおり,また住宅投資も当分の間そう高い伸びは期待できないように思われる。個人消費は今後ともゆるやかな増加基調が続くとみられるが,交易条件の改善から物価が一段と安定化すれば,家計もそれだけ恩恵を受けることになる。

以上のように,輸出の回復と在庫調整の一巡を契機に,現在,景気は徐々に回復の方向に向かいつつあるが,国内投資活動はこのところ弱含みとなっている。

6. 二度の外的ショックの循環的側面

以上みてきた国内需要の変動は,日本側からみれば,3度の外的ショックが不規則な撹乱要因をもたらしたとみられるのであるが,視点を変えてみればそれぞれに世界経済全体に影響を及ぼす循環要因が存在していた,とみることもできる。

第1-35図 石油の実質価格と交易条件

まず第2次石油ショックについては,第1次石油ショックと併せてみると次のようなことが云える。第1次石油ショックにはいくつかの複合的な要因があるが,当時OPEC諸国の結束を固めさせたのは次のような要因であった。(1)1960年代後半からの先進工業国のインフレで工業製品価格が上昇し,石油の相対価格が一層低下したこと。(2)先進工業国がエネルギー多消費型経済構造であったことで,供給側に有利な需給関係があったこと。(3)第四次中東戦争を契機とした中東アラブ諸国の結束。第1次石油危機の後,石油価格は4倍に上昇したが,先進工業諸国の中には依然インフレ体質を残した国が多く,石油の工業製品に対する実質価格は再び悪化した( 第1-35図 )。また世界最大の石油消費国であるアメリカは,国内エネルギー価格を抑制する政策を採ったため石油消費量が減少せず,むしろ輸入依存度が上昇した。こうした情勢を背景にイラン革命を契機として第2次石油危機が発生したのである。

オイル・サイクルという言葉があるが,もし先進工業国のインフレが続き,石油依存が低下しなければ,何らかの契機で石油危機が繰り返される可能性がある。しかし幸いなことに,先進工業諸国のインフレ鎮静化の努力は成果を生みつつあり,石油需給も緩和しOPECへの依存度も減少した。こうした条件を持続できれば,インフレと石油価格引上げの悪しき循環は解消することができよう。

いま一つの循環要因は,アメリカ経済のポリティカルサイクルである。アメリカではほぼ4年周期の循環があり,これが大統領の任期という政治的要因と関係があるのではないかという説がある( 第1-36図 )。大統領選挙が近くなると政権党は選挙で有利になるように景気拡大策をとる。しかし次の任期についた大統領はインフレ防止のため当初は強い引締め策をとり,こうした繰り返しが景気循環の一要因になっているというのである。もちろんいずれの国の経済にも内在的な変動要因があり,こうした政治的要因のみで景気循環が生じるわけではないが,アメリカではこうした4年前後を周期とした循環が存在しやすい体質にあることは完全には否定できないようにみられる。またこうした政治的な要因は,いたずらに経済を撹乱するものとして批判の対象にもなってきた。そうしたポリティカルサイクルからみると,81年からのレーガン政権の政策は政権初期の引締め政策という意味では従来と軌を一にしているともみられる。もし83年,84年にインフレが再燃するようなことになれば,今回も単に一つのポリティカルサイクルを描いたに過ぎないことになろう。しかし,もしインフレの恒常的な抑制に成功し,かつアメリカ経済の活性をある程度取り戻すことに成功すれば,こうしたポリティカルサイクルに終止符を打ちアメリカ経済ひいては世界経済は新しい発展と安定の時代に向かい得るであろう。また第3次石油危機を招く恐れも少なくなってくる。こうした意味から,アメリカを始め先進国経済がインフレの克服と経済の効率化に成功するか否かは,今後の世界経済の経路を大きく左右するものとなろう。