昭和57年
年次経済報告
経済効率性を活かす道
昭和57年8月20日
経済企画庁
第II部 政策選択のための構造的基礎条件
第3章 新しい国際分業と産業調整
我が国は製造業を中心に生産性の向上を実現し,貿易構造の変化にも比較的うまく対応してきた。一方,農業分野においても機械化等により生産性は向上し,労働力や土地等の資源の移動を通じて我が国経済の発展に寄与してきた。しかし経営規模の零細性等から品目によっては国際価格との乖離が大きなものとなっている。また,農産物の輸入は拡大し農業の国際化が進展するなかで,日米間の貿易収支の不均衡を契機として我が国の農産物の市場開放に対するアメリカ等からの要求も最近強まっている。そこで農産物の貿易をめぐる問題,国際化に対応しうる農業の体質強化の課題について検討してみよう。
我が国の農産物の供給構造の35年以降の変化をみると,食料需要の変化に対応して畜産物,野菜,果実の国内生産は著しく増加した。一方,小麦,大豆,飼料穀物等については輸入が大幅に増加した。この結果,これらの品目の輸入依存度は55年度で90%以上となり我が国は世界最大の農産物輸入国となっている。この背景には,輸出国との価格格差という要因もあったが狭い国土の上で国内生産に困難性があったという事情も大きい。このような輸入の拡大は国民生活の向上に寄与し,また畜産等の発展の基礎的条件となった面もあったが,我が国の食料自給率は低下し,先進諸国の中でも際立って低い水準となっている( 第II-3-33表 )。これに加え,我が国の農産物輸入はアメリカ等の特定国への依存が強いこと,農産物の国際需給の変動の影響を受け易くなったことなどから,国民への食料安定供給の必要性も高まっている。
こうした状況の下で,農産物の一層の市場開放という要求がアメリカ等から強まっており,この背景としては日米間の貿易収支の不均衡やアメリカの農業所得の減少等の国内事情もあるが,我が国の残存輸入制限品目数が相対的に多いことに加え,我が国農産物の国内価格が品目によっては国際価格に比べ高いことも一つの要因であろう。
我が国の農水産物のガット上の残存輸入制限品目数は,43年には73品目であったが,46年に豚肉やグレープフルーツなど多くの品目が自由化されたこともあって品目数はかなり減少し,現在では22品目となっている。一方,欧米先進国の残存輸入制限品目数をみると,アメリカ1品目,フランス19品目,西ドイツ3品目,イギリス1品目となっており,我が国の残存輸入制限品目数はフランスと同程度であり,アメリカ,西ドイツ,イギリスと比べると多い。しかし,アメリカではガット上のウェーバー品目が13品目あり,加えて食肉輸入法にもとづき食肉については輸入制限をできることとなっている。また,ECでは共通農業政策にもとづく輸入課徴金制度などの国境保護措置がとられている。これは,各国の農業政策や貿易制度の違いを反映したものである。
また,我が国の農産物価格は国際的にみれば品目によっては割高であるとみられる。我が国の農産物価格を国際価格と比較してみると,品質,規格,用途等が国によって異なり,単純に比較を行うことは困難であるものの,小麦,米,牛肉等では我が国の価格が国際価格を上回っており,鶏肉,鶏卵等については国際価格と同水準ないしはそれを下回っている( 第II-3-34表 )。もっとも,1977年以降の動向をみれば,国際価格との乖離幅はやや縮小する方向にある。
したがって,農産物の市場開放は,価格の安い農産物の供給という面での効果が期待されよう。しかし,他方では農産物,とりわけ基本的食料については自給力の維持強化を含め国民への安定供給を図ることが重要である。こうした二つの要件を満たしていくためにも,以下に述べるように農業の体質強化を図っていく必要がある。
我が国農業の現状を農産物需給と農業構造の二つの側面からみてみよう。まず,農産物需給面をみると,米,果実,畜産物等の主要農産物においては生産過剰ないし需給緩和基調が続いている。これは,国民の栄養水準がほぼ満足すべき状態に達したこと等から農産物の需要が伸び悩んでいること,さらには単収の増加等により生産力が拡大したことが背景となっている。そこで,需要の動向に対応するための農業生産の再編成が現在進められている。米については水田利用再編対策による転作が推進され,その他の農産物でも自主的な生産調整に加え品種転換等が進められている。しかし需給緩和の下で農産物の価格の伸びは全般的に低いものとなっており,その収益性は低下していることから,生産コストの切下げ等の経営の効率化も必要とされている。
次に,農業構造面をみると,そこには脆弱性もみられる。それは,①兼業の深化,②経営耕地規模の零細性,③農業労働力の高齢化として整理されよう。農業労働力の他産業への流出は高度成長期を通して著しく進行し,最近ではやや鈍化しているものの,農業就業人口は35年の1,175万人から55年の413万人へと3分の1近くにまで減少した。しかし,同期間における農家数の減少率は農業就業人口の減少率に比ベ比較的緩やかなものとなっている( 第II-3-35表 )。これは,地域労働市場の拡大や農業の機械化による労働時間の短縮といった基本的条件に加え,地価の上昇に伴い農地の資産的保有傾向が強まったこと,さらには他産業での就業に不安定な面があったこと等の条件が農家の兼業化を促進したためである。こうした結果,第2種兼業農家は生産が容易な稲作への傾斜を強めながら増大し,最近ではその増加に歯止めがかかったとみられるとはいえ,55年で総農家数の65%を占めるに至っている。これら第2種兼業農家の農業所得への依存度は55年度で8.9%にすぎず,現在では農外所得のみで家計費を賄えるものも多いとみられる。このように兼業化の進行により,経営耕地規模の拡大はあまり進まなかった。都府県における経営耕地規模別農家数割合をみると,2.0ha以上の大規模層は35年以降徐々に増加しているものの,55年で7.4%を占めるにすぎず,経営耕地規模拡大の動きは緩慢であったといえよう。しかし土地に比較的依存しない養豚,養鶏,施設園芸等の部門は経営規模を拡大してきた。因みに,1戸当たり家畜飼養規模は35年から57年で豚は37倍ヘ,採卵鶏は40年から57年で29倍へと急速に拡大してきた。このような動向を反映して稲作等土地利用型農業部門においては生産性向上が相対的に立ち遅れたものとなったが,最近の動きとしては,農用地利用増進事業を契機として農地の利用権の設定面積は急増しており,借地による経営耕地規模拡大の動きが強まっていることは注目される。さらに農業労働力の質的な面からみると,高度成長期においては,若年層を中心に労働力の流出が進行したことに加え,最近では経済情勢の変化に伴う労働力需給の緩和もあり,高齢離職就農者も増加しており,農業労働力の高齢化が進行している。年齢別農業労働力の割合でみると,40歳未満が35年の50%から55年には20%へと低下し,一方で60歳以上が14%から28%へと高まっており,農業の活力という面に問題を投げかけている。このような農業構造の脆弱性という問題を農家経営階層の分化という観点からみると,最近の農業構造の変化は,中小規模の第2種兼業農家や大規模の専業的農家は比較的安定しており,一方では中小規模の第1種兼業農家の分解が進むとともに,高齢専業農家が過渡的なタイプとして増加している( 第II-3-36図 )。
以上のような問題をかかえる中で,農業の国際化に対応し,さらには近年における農産物需給緩和の下での農業所得の伸び悩みに対応するためには,農業構造の脆弱性を克服しつつ農業の体質強化により生産性の向上を図る必要がある。そのためには特に土地利用型農業部門において,基幹男子労働力のいる中核的農家の規模拡大と能率の高い生産組織を積極的に育成していくことにより,我が国農業を国際化に耐えうるようにする必要がある。また,それを可能とする条件を整備することである。このため,大型機械に適した土地基盤の計画的整備,農地流動化の一層の推進,資本装備の高度化良質安定多収の品種改良等の生産性向上のための技術開発,融資面の措置など構造政策等を推進していく必要がある。他方では生産性の低い経営の転換などの条件整備もあわせて考慮し,農業の構造改善を進めその体質強化を長期的整合的に進めていくことが重要であると思われる。