昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第II部 政策選択のための構造的基礎条件

第2章 公共部門の課題

第3節 公共部門に残された課題

50年代に入っての財政事情の悪化に伴い,一般会計における公共事業関係費の伸びも抑制され,57年度予算においては前年度と同額に決定された。こうしたなかで,景気刺激の観点のみから公共事業費についてもより積極的な対応を望む向きもある。しかし公的資本支出は景気刺激効果をもつとともに政府による直接的な資源配分機能としての効果も重要であり,公共事業が国民にどのような便益をもたらすか,また,各事業間の優先順位をどうするかといった点が,検討されなければならない。

その意味では現在の公共事業は2つの問題を抱えている。第1は従来の配分基準を踏襲する形で公的資本支出を拡大していくことが国民のニーズに十分対応したものになるかということであり第2は従来の制度的枠組の中で,公的資本支出の拡大を続けることが可能であるかということである。

より具体的に言えば,第1の点については,国民の間の社会資本充実,住環境の整備に対する欲求は依然として根強いが,その大きな要因として,わが国の都市人口が全体の6割を超えて,なお増加しつつあることがある。現在の公的資本支出を通じた資源配分が,こうした都市化の進展に十分対応したものになっているがについては検討の余地がある。

また第2の点については,以上のように都市地域における住宅の整備や生活関連社会資本の充実等の潜在的需要は大きく,今後の内需拡大の一項目とみられるが,開発利益の帰属をめぐる不公平を残したままで,都市整備事業等を拡大していくことが可能であるかということである。

以下では,こうした問題について検討してみることとする。

1. 社会資本ストックの地域間格差

従来,わが国の財政では,所得等の地域間格差を縮小させる観点から,大都市圏から地域圏への所得移転機能がかなり強く働いてきた。この結果,地域間所得格差は確実に縮小してきている。また後述するように,30年代後半から40年代にかけて生じた三大都市圏への急速な人口集中も50年代に入って沈静化した。この背景には,所得の地域間格差の存在,若年人口比率が高かったことなど,30~40年代の人口移動を惹き起こした諸要因が次第に変化してきたことが挙げられる。このような状況の変化に対応して,社会資本整備はどのように行われてきたのであろうか。

社会資本はそれぞれ固有の性格と効用をもっており,また,その効用の計量化が難かしいことから,部門間あるいは地域間ごとの効用の水準を総体的に比較するにはかなり困難を伴う。たとえば住宅,上下水道,都市公園等,身の回りの生活環境を構成する社会資本については住民1人あたりの比較がそれなりの意味をもつと考えられるのに対して道路,農林水産等の社会資本ストックは必ずしも1人あたりの水準のみでは比較できない性質をもっている。即ち,生活関連道路については1人あたりの比較が意味をもつと考えられるが,いわゆる幹線道路については1人あたりの水準のみで比較するのは適切でない。また,農林水産はその性質上,農村部を中心に耕地面積等に応じた一定水準の整備が求められており,1人あたりの水準で比較できるのは農村部における生活環境条件の改善に関わる部分についてである。さらに,航空,港湾等,その便益の亭受が数県以上の広がりをもち,住民1人あたりの比較がほとんど意昧をもたない社会資本も存在する。

したがって,以下ではある程度長期間にわたってストック推計が可能な社会資本について,1人あたりの水準の比較が多少とも意昧をもちうるもの及びそうでないものも含めて,地域分布に関するおおよその傾向を概括的に指摘するにとどめる。もとより,1人あたりの水準の比較が可能なものは社会資本ストックの多面的な効用のうち,地域住民に直接便益を及ぼす部分に限られており,たとえば可住地面積に応じた整備が求められている部分や,その便益が数県にまたがる社会資本ストックの地域分布については,別途適切な指標による分析が必要なことはいうまでもない。

第II-2-13図 1人あたり社会資本ストックの大都市圏,地方圏の比較

以上の前提を置いた上で,人口1人あたり社会資本ストックをみると( 第II-2-13図 ),35年以降,50年に至るまで一貫して地方圏が大都市圏を上回っている。その内訳をみると,大都市圏では住宅,水道,下水道,都市公園,学校等,身の回りの生活環境を構成する社会資本ストックが中心なのに対し,地方圏ではこれらの社会資本ストックは大都市圏よりも低い水準にあり,その他のストックが大きな割合を占めている。

こうした結果をもたらした,1人あたり行政投資の推移をみると( 第II-2-14図 ),50年ごろまでは,大都市圏への急速な人口集中に対応して,住宅,水道,下水道等を中心に大都市圏への投資が増加したが,50年以後は,人口の地方分散と地域間所得格差の縮小を図る見地から再び地方圏への投資が増加した。

このような過程からみると,行政投資はそのときどきの行政需要に応じて配分されてきているが,結果的には,1人あたりでみた社会資本ストックに関する限り大都市圏よりも地方圏に厚く配分する機能を果たしてきたとみることができる。もとより,前述したような問題があるほか地域圏か大都市圏かという単純な選択ですべての政策課題が割り切れるわけではなく,また,圏域別にもそれぞれの圏域に応じた整備の方向を十分検討する必要がある。また,後に指摘するように,地域圏の中でも,今後急速な人口集中が予想される地方中枢都市や県庁所在都市の整備は急務であり,過疎問題も再び顕在化するおそれがあり,農林水産業基盤,産業基盤の整備を通じた地域経済の活力の維持にも十分配慮しなければならないことはもちろんである。したがって,まず大都市圏については,住宅,都市公園等の生活関連投資を引き続き行い,また,大都市圏に比べ生活関連等の社会資本ストックの整備水準が低い地域圏のうち,地域中枢都市や県庁所在都市については,その人口動向に配慮した整備が必要であり,農村地域については都市に比べて立ち遅れている生活関連等の社会資本の整備水準の向上を図る必要があろう。

圏域の整備に関するこのような要請と,後述する都市の居住環境の改善の必要性に十分配慮した上で,50年代に入って生じた地域間所得格差の縮小,大都市圏への人口流入の沈静化等,社会資本整備の背景となる地域・経済・社会動向の大きな変化に十分対応できるよう,今後の社会資本整備の基本的な方向についてあらためて検討してみる必要のある時期に来ているといえよう。

2. 都市の社会資本整備の必要性

次に,先進諸国との比較を行うと,GNPに対する社会資本ストックの比率では,過去10年間の改善度は我が国が最も高くなっているものの,なお相対的に低い水準にあり( 第II-2-15図 ),都市,地方を問わず,今後も社会資本の整備に努める必要がある。

従来からの社会資本整備の結果,社会資本ストックの水準に対する国民の満足度は全体的に上昇してきているが,公園住宅や生活領域内の道路等身の回りの生活環境については,依然として充足の度合が低く( 第II-2-16図 ),都市の生活環境の改善への要請が高まっているとみられる。さらに大都市に在住する外国人の目からみると,我が国の都市の社会資本は公共輸送機関等を除いては相対的に整備水準が低くなっている( 第II-2-17図 )。

さらに,都市の社会資本整備の緊急の課題となっている背景として,人口の分散化,定着化の傾向が近年着実に強まってきており,大都市圏では都市圏の広域化がみられる一方,地方圏では地方中枢都市,県庁所在都市への集中化が進んでいることに注意する必要がある( 第II-2-18図 )。

1960年代に生じた三大都市圏への急速な人工集中は,経済成長と若年層を中心としつつ全年齢層にわたる人口移動率の高まりとによるものであった。その後70年代に入ると人口集中テンポに鈍化がみられるが,これには人口移動率の高い15~29歳層の構成比が低下したという年齢構成の高齢化の寄与するところも大きい( 第II-2-19図 )。

これに加えて,70年代以降になると,15~24歳層の集中的移動が減少しており,また25~39歳の層を中心に全年齢層を通じて集中型から分散型へと人口移動のパターンが変化している。このような人口動向の変化や地方定住志向の高まりは成長よりゆとりを求めるなど国民の価値観が多様化する中で就業機会の地方分散が行われ,所得の地域間格差の縮小が進んだことや出生率の低下に伴い長男・長女層が増加したこと等によるものとみられる。

このような人口の分散・定着化は全国レベルでも,地域別にも着実に進行している。また大都市圏,特に東京を含む南関東圏では45年以降急速に都市圏の広域化が進んでいる( 第II-2-20図 )。

このような人口動向の変化は第1に地方圏における地方中枢都市や県庁所在地への人口集中を惹き起しているが,こうした地方都市の都市化テンポは早く,一部の都市では既に大都市が経験した無秩序な都市化やスプロール現象が生じつつあり,前車の轍を踏まぬためにも早急の手だてが望まれている。

第2に大都市圏では広域的かつ大規模な人口分散が進んでおり,都市機能の適切な分散を含めた総合的一体的な都市基盤整備が必要になっている。

また,欧米の大都市では都市中心部から郊外への人口分散の後,比較的所得が高い層を中心として一部の人々が都心へと戻って来る現象が生じているが,わが国でもこれとは様相を異にするものの,ここ数年は東京都周辺区部で人口が増加に転じるなど,都市部への住宅選好の高まりの兆しもみられる。

今後の大都市の既成市街地の土地や施設の有効利用を考えていくうえでは,こうした都市部への住宅選好にも留意する必要がある。

3. 地方都市の先行的整備と大都市の再開発

地方都市では,近年,中心市だけではなく,かなり広域的に人口増加が生じており,これを放置すると高度成長期の大都市に生じた問題を再現するおそれがある。また,一たび市街地が形成されてしまうと,これを再開発して生活環境を改善することは困難になる。

例えば,土地区画整理事業に典型的にみられるように,都市基盤整備は,市街化が進むにつれて加速度的にコストが上昇しており,事業の効率は低いものになっている( 第II-2-21図 )。したがって,地方都市においては,都市化の進展に先行した形で計画的な都市環境整備を行うことが財政の効率化の観点からも必要であるといえる。

わが国の首都圏(京浜大都市圏)とフランスの首都圏(イルド・フランス地域)とはほぼ同じ面積を有しており,両者の都心,中心市,周辺地域の面積もそれぞれほぼ同じ広さとなっている。しかし,人口規模では東京圏の2,700万人に対し,パリ圏は990万人と,その間に3倍の開きがあるなど,都市の集積規模や国情が異なるが,両者についておおよその比較を行えば次のとおりである。パリ圏では都心地域に23.3%,パリ市近郊を含めれば70%以上の人口が集中しているのに対し,東京圏では都心地域には5.7%の人口しかなく,半数以上の人口は周辺地域に分布しているため,都心地域の人口密度は首都圏全体の人口密度とは逆にパリ圏の方が218人/haと東京圏の155人/haを上回っている。

また,都心地域の常住人口もパリ圏の方が,230万人と東京圏の153万人を上回っているが,それにもかかわらず,都心地域の1人あたり住宅占用面積はパリ圏の方が広く,パリ圏の55.4m2/人に対し,東京圏は22.6m2/人となっている。また,都心地域の住宅数ではパリ圏の111万戸に対し,東京圏は約半分の60万戸しかないが,一戸あたりの床面積はほぼ同じになっている。これはパリ圏の都心地域の総面積に占める住宅敷地面積の比率が,37.7%なのに対し,東京圏は20.6%に過ぎないことに加え,都心地域の平均容積率が東京圏はパリ圏の半分しかないためである( 第II-2-22表 )。

このようにパリ圏と東京圏とを比べてみると,東京圏では都心や近郊において住宅地としての開発余地を残したまま郊外の緑地,農地を市街地が蚕食していくという形でスプロール現象が生じていること,東京圏では住宅地がより少ない上に高度利用が行われていないことがわかる。また,スプロール現象は,たとえば,公共交通機関や生活環境関連施設など社会資本整備における効率性の低さや農村の生活環境の劣悪化を招来するといった問題がある。また雇用機会の面では,東京圏はパリ圏よりも都心集中度は低いが居住地が郊外に分散しているから,通勤時間は相対的に長くなり,東京の都心3区への通勤者の平均通勤時間は65分であるが,パリ圏ではパリ市への通勤時間は42分となっている。こうした結果,ほぼ同数の通勤者を有する東京都心3区とパリ市を比べてみると東京の通勤に要する時間費用は1.7倍となっており,東京では本来ならば,勤労や家庭生活の充実,余暇等に振り向けられるべき時間が通勤によって喰われてしまっているのである( 第II-2-23図 )。

もっとも,パリ市の場合には,19世紀央の第2帝制下で当時としては画期的な都市討画に基づいて都市整備が行われ,こうした歴史的遺産の上に後に述べるような施策の実施が加わって,良好な居住環境の確保が達成されているといえる。しかし,こうした伝統のある都市のみが都市整備に成功を果たしているわけではない。近年,めざましい経済的発展と人口急増が生じているNICS(中進工業国)においても都市整備に成功を納めている国がある。その一例としてシンガポールの現状をみてみよう。

シンガポールでは東京都区部とほぼ同じ面積に220万人が住んでいるが,現在総国土面積の37%が住宅敷地として利用されており,さらに住宅開発局(HDB,Housing and Dovelopment Board)による公共住宅は15~20階建の高層建築により,450~500人/haの高密度開発を行っている。この結果,住宅事情は相当改善されており,制度,賃金水準等が異なるため一概には比較できないが,たとえば公団住宅の分譲価格はわが国よりもはるかに安価になっている( 第II-2-24表 )。

したがって,東京圏では,職住近接を促進するとともに,居住水準の向上を図り,周辺地域の良好な自然居住環境を保全することを可能にするため,今後都心,近郊地域の未利用地の宅地化等により住宅敷地面積を拡大するとともに,再開発を促進して土地利用の高度化を進める必要がある。

また同時に,東京圏の人口規模がきわめて大きいことを考慮すれば,圏内にいくつかの核となるべき都市を整理して,都市機能の適切な分担を図ること基本が的に重要である。

先にみたパリやシンガポールの場合には東京とは歴史的条件や国情も異なり,一概には比較できぬものの,両者とも公共部門が都市整備において有効な機能を果した例とみられる。

その点においてはわが国も上記のような課題を果していくため都市整備における公共部門の役割の充実が望まれる。

4. 都市整備における土地問題

都市整備における公共部門の役割は今後とも増大すると考えられるが,こうした都市整備事業の実施が,地価の上昇や開発利益の配分に伴う所得分配の歪み,さらに国,地方の財政負担の膨脹を招き,事業の円滑な推進が阻害される可能性も否定できない。

①外国と比べて日本の地価は高い

土地の価格は,都市への経済活動の集積によって決まると考えられるが,その意昧では,狭い国土の上でより大規模な経済活動が営まれているわが国においては,集積度の高い大都市地域で土地価格が高いのもある程度当然である。しかし,56年度年次経済報告でも指摘したように,わが国の土地価格を先進諸国と比べてみると,彼我の地価水準の格差は生産性の格差よりも大きい。

これは主として都市地域における土地の需給のアンバランスによるものと考えられる。

しかし,後にみるように,土地の潜在的な供給量は決して少なくない。むしろ,現在の状況は,都市の中で都市的土地利用が十分に果たされていないこと,また都市的土地利用がなされている土地においても十分な高度利用がなされていないこと等による面が大きいものとみられる。

②進まない宅地供給

第II-2-25図 住宅地地価と住宅地地積当たり個人所得

住宅地は純粋な資本財ではなく様々な要素を考慮する必要があるが長期的にみれば,土地価格はその土地を利用して生み出し得る所得によってその資本還元値として決定されると考えられる。実際に,地域別に住宅地面積当りの個人所得を算出すると地価とかなりの相関関係がみられ( 第II-2-25図 ),大都市においては,過去に高い所得と豊かな雇用機会を求めて人口集中が行われたことが現在の住宅地需要を形成していることや格差が縮小したとはいえ依然相対的に高い所得水準や利便性が土地に対する評価を高めていること等を反映して高い地価水準が形成されていると考えられる。しかし,大都市における生産性比地価(住宅地地価/住宅地1ha当り個人所得)は全国平均に比べて高く地価水準は所得だけでは説明のつかない部分が多い。それは一つには,長期的には,1人当り所得や生産性比地価の地域格差は,人口移動によって解消する可能性はあるが,実際には職業や居住地の選択を一旦行ってしまえばそう簡単にこれを変更できないのが普通であるから,人口移動の自由度はそう高くないということによる。さらに第2には大都市の地価水準の高さは,土地供給が過少であることにもその原因がある。しかし,大都市圏における土地の潜在的供給量は決して少なくない。すなわち住宅事情の最も厳しい東京圏においても,市街化区域内に今後10年間程度の間に必要とされる宅地開発面積以上の土地が十分に残されている(56年度年次経済報告第II部第4章)。特にこのうち注目されるのは,市街化区域農地である。大都市圏の市街化区域内の土地利用をみるとたとえば東京都及び周辺3県では農地の比率が15.5%(55年度末)となっている。市街化区域農地の大部分は住宅系用途地域に属しており,住宅用地としての利用可能性が高いことから,都市的土地利用への転換が強く期待される。しかしながら,現実には,宅地への転換は期待されるほどにはすすんでいない( 第II-2-26表 )。

第II-2-27図 大都市近郊農家の耕地規模別所得と土地売却

ではなぜこのような傾向が生じたのであろうか。

農家の土地売却行動を経営耕地面積別にみると,0.5ha未満の小規模層と2.0ha以上の大規模層では純土地売却率が小さく,0.5haから2.0haの中規模層で相対的に大きい( 第II-2-27図 )。これは,小規模農家では,農外所得によって農家経済は安定化しており,さらに,地価の上昇が農地の資産的保有傾向を強めたためである。また,大規模農家では営農意欲が強く,土地生産性も高いことによる。他方,中規模農家は,所得は相対的に低く,兼業の強化による所得の増大を図る過程にあるものが多いため,純土地売却率は相対的に高くなっている。

特に,市街化区域内では,小規模農家が多いこともあって,期待されるほど宅地供給がすすまないという面があると考えられる。

次に農家経済を所得及び資産面からみると,農家世帯の1人当り可処分所得は順調に増加し,つれて1人当り消費支出も拡大した( 第II-2-28図 )。そして,近年においては,農家世帯の1人当り所得及び消費水準は,勤労者をはじめとしたその他の世帯とほぼ同水準となっているものとみられる。こうした背景には,農外所得が他産業での雇用機会の増加によって傾向的に高まって来たこと等があり,農家所得の農外所得依存度は傾向的に高まっている( 第II-2-29図 )。また,金融資産の面からみても,農家世帯では農業経営資金の必要性から多くなる面があるが,土地売却金の蓄積もあり,農家世帯の金融資産残高可処分所得比は約2.5倍(55年度)となっている。

本来,農地の生産性上昇率をこえた土地の値上りは,その土地を農地として利用することを不利にするから,農業以外の用途への転換が促進されるはずであるが,以上のように,農家の所得や金融資産が高まったことに加え,土地の値上りが将来の値上り期待を生じさせたこともあり,農家の土地売却動機を弱め,その結果土地供給は抑制的になっている。

第II-2-29図 をみると,48年頃までは,農家の資金需要に対して農家の余剰率は低く,農家は土地売却を行って資金調達をした。この間,47,48年頃の金融緩和を背景に家計や企業の土地需要が急増したことに対し,土地売却がすすみ,農家の金融資産も増加した。40年代末以降になると,投資資金需要をはじめ農家の資金需要が減少する一方で余剰率が高まり,また,地価上昇率の落ち着きもあって土地売却率も低下している。

こうした結果,市街化区域内の農地を保有する農家では,地価の上昇に伴って農地の資産的保有傾向が強まったが,土地を売却した場合には大きなキャピタルゲインを得ることが可能な状況となっている。もちろん,40年代後半から大都市圏における宅地供給が傾向的に減少してきたのは,こうした農家の行動だけによるものではない。民間の宅地開発事業者においても地価上昇の鈍化によるキャピタルゲインの機会の減少が宅地開発事業の採算を悪化させたことに加え,立地条件の悪化や素地価格の高さ,関連公共公益施設整備に伴う開発者負担等による採算の悪化もあって,宅地の供給が減少した。

③都市再開発における問題点

都市整備においては,周辺部の新規宅地開発と並んで,既成市街地の再開発が重要である。東京とパリとの比較でみたように,わが国の大都市の中心部では土地の健全かつ合理的な高度利用が行われているとはいいがたい状況にある。

こうしたなかで,都市規模の無秩序な外延化を抑制しつつ既成市街地の有効利用を図っていくために,既成市街地の再開発を進めることが必要である。しかしながら,都市の内部では土地所有が細分化されており,かつその上に所有権や利用権が複雑にからみ合っており,都市の再開発の実施に当っては住民合意に長期間を要すること,また事業費の点できわめてコスト高であること(前掲 第II-2-21図 )等種々の困難がある。しかも既成市街地の都市基盤整備を行う場合にはその開発利益が地価の上昇を通じて土地所有者に帰着してしまう場合が多く問題を含んでいるといえる。

④都市整備における公平性の確保

都市の整備により,土地の効用が高まり,地価が上昇することはむしろ当然のことであるが,都市整備による開発利益が専ら,一部の土地所有者に帰属することになれば,社会公平上問題があり,都市整備に伴う開発利益の一層の吸収を図っていく必要がある。

開発利益を私有化させない第1の手法は,土地利用計画の策定とそれを担保する土地利用規制である。例えば,西ドイツでは街区単位に具体的な土地利用計画(地区詳細計画)が定められ,これが策定されていない土地の開発は一切認められていない。アメリカ,イギリス,フランスにおいても同趣旨の制度がある。

第2の手法は,開発の結果生じた土地等の資産のキャピタルゲインを公共部門が吸収するやり方であり,アメリカやイギリスにおけるキャピタルゲイン税等の制度があるほか,西ドイツにおける未利用地税,土地増価税等の試み,フランスの譲渡益課税,市街化区域内未建築地の課税強化がある。

第3の手法は,開発により利益を受ける土地所有者等の応分の負担を求めることである。西ドイツでは地区詳細計画に基づき開発が行われる場合には,必要経費の70~80%を開発負担金として土地所有者が負担する。

こうした例は先進諸国にとどまらない。先にみたシンガポールにおいても,土地を次第に国有化する方向で厳しい土地利用規制が行われ,税制等を通じて開発利益の吸収が図られるとともに,公共部門の積極的な介入によって都市の居住環境の改善が進められている。

わが国の現状を,これらの国々と比較すると,1)土地利用計画の強制力が弱い。2)キャピタルゲインについては欧米先進諸国の中には土地の租税負担の重い国があり,たとえばイギリスでは,わが国の固定資産税にあたるレイト地方税は租税収入総額の12.4%を占めている。また同国では土地利用形態の変更に関する計画許可の付与,又は付与に対する期待による地価上昇から生じた特別利益に対して一律60%の税率を課する開発用地税も導入されている。3)受益者負担は西ドイツ等に比べればわずかである。都市の居住環境の改善に当たって公共部門に期待される役割は大きいが,一方で社会資本整備は地価上昇をもたらす( 第II-2-30図 )。ところがわが国の場合,開発利益の相当部分がこの地価上昇を通じて土地所有者に帰属しているのが実情であり,こうした状況の下では極端な場合次のようなケースも生じうる。

すなわち,公共部門によって都市整備が行われれば,そのコストの大部分は一般納税者によって負担されるが開発利益はその担当部分が土地所有者に帰属する。一般納税者であって新規に土地を購入しようとする者は,開発の結果高くなった価格で購入することになるから,開発コストの一部及び開発利益の双方を結果的に負担したことになってしまう。

これは結局,開発利益が土地所有者に帰着し,開発者に還元されないために生じる現象であり,土地を通じて一般納税者から土地所有者へと所得の移転が生じているのである。

今後,都市の居住環境の整備を進めるに際し,開発利益の帰属をめぐる不公平の問題は看過できないと思われるが,欧米諸国の土地制度の目的の一つは,こうした所得移転を防ぐということにありその運用の状況,社会的背景などについては,さらに検討を要するがわが国としては今後も欧米諸国の制度を参考にしつつ,都市の居住環境の整備をめぐる公平性を確保していく必要がある。