昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第II部 政策選択のための構造的基礎条件

第2章 公共部門の課題

第1節 効率的な政府をめざして

わが国財政の状況をみると,国の一般会計赤字は大幅なものとなっており,地方政府等を加えて国民経済的にみた一般政府でも赤字が続いている。こうした財政赤字については,第I部第1章第3節の試算によれば仮に経済が完全雇用を実現したとしてもかなり大幅な財政赤字が残っていたことが示されている。

歳入の主体をなす租税についてみると,年々負担が増えつづけている。ただし,その水準は国際的には低いレベルにある。( 第II-2-1表 )

歳出については,その抑制等が行われているところであるが,それにもかかわらず,財政の赤字が存在するのは,租税収入が石油危機後伸び率が下方屈折したのに対し,歳出の多くは,容易に削減できないという硬直性を有しているからであり,政府部門の収支均衡化を回復するためには歳出規模の抑制が不可避の課題となっている。

一方やや長期的にみると,人口構造が21世紀初頭に向けて急速に高齢化していく中で,社会保障制度等を中心に政府の規模は確実に拡大していくことが見込まれている。しかし現在の制度や歳出構造を前提とすれば,政府規模の拡大に伴って国民の負担もかつてない水準にまで高まるものと考えられる。

その結果,国民生活や経済活動にも無視できぬ影響が生じることが予想される。したがって,現行の諸制度や歳出構造を見直し,より合理的効率的なものにすることにより,政府規模の拡大を抑制するとともに国民の間に負担についての幅広い合意が形成される素地を作り出していく必要がある。

以下では,以上の2点について,検討していくこととする。

1. 政府の役割

自由主義経済の下での政府が果す役割は重要であり,その範囲も資源配分の調整,所得の再分配,財政金融政策等による経済の安定等多様である。

しかし,政府がこのような重要な役割を担っているからといって,政府の規模は大きければ大きい程よいというわけではない。

政府の活動が広範囲にわたる結果,政府規模が拡大し,競争的な市場経済の活動分野を狭め,経済全体の効率を低下させたり,また政府規模の拡大に伴う高負担が家計の貯蓄や企業の投資意欲を減退させ,経済活動の停滞をもたらす可能性もある。現在,欧米諸国の経済活動の停滞の背景には,こうした政府規模の拡大があるという指摘が,アメリカ政府や英国政府によって行われているところである。

わが国の政府の規模を,国民経済計算によって中央・地方を合せた一般政府総支出によってみると,昭和55年度のそれは70兆7,180億円であり,対名目GNP比29.6%となっている。( 第II-2-1表 )。これは先進諸国に比べて相当低い水準であり,まだ国民所得に占める税及び社会保障負担の比率についても同様であり,現状においては,わが国の政府規模は比較的小さいといえる。

こうした事実は,近年欧米諸国の経済活動が停滞するなかで,わが国が比較的良好な経済パフォーマンスを維持することができたことの一つの要因として掲げられることが多い。しかし,今後ともわが国はこうした簡素で効率的な政府を維持して経済の効率や成長を果していくことが可能なのであろうか。

そのためには,まず現在の政府活動の中身についてみる必要がある。一般政府総支出の内訳をみると,純粋な公共財の概念に相当するとみられる一般政府サービスと防衛の合計の比率は,13.9%にすぎず,しかもその比率は,過去10年間をみても傾向的に低下して来ており,わが国においても政府の量的規模は比較的小さいにしても,その活動範囲はかなり多様化してきている( 第II-2-2表 )。司法,警察,消防,防衛等の公共サービスは,社会の構成員によって共通に利用され,対価を支払わない者を排除できないこと,また,特定の個人の利用が他の個人の利用量を減少させることがなく,各人の公共サービスの利用が競合しないことなどの特徴をもっており,市場メカニズムを通じて私的企業によって供給されることが期待できないため,政府が供給する必要がある。このためこれらの公共サービスは純粋な公共財と呼ばれる。

一般政府サービス以外にも公衆衛生,国土保全等をはじめとする多くの社会資本整備のように,その根幹的部分は純粋の公共財とみられるものもあり,また,純粋の公共財にきわめて近く,公共部門の積極的介入によるサービスの供給が強く要請されているものもあるが,一方,その他の政府支出の中には民間部門がある程度供給しうる財・サービスであったり,その便益の享受が特定の個人やグループに帰着する性格のものがあり,民営化や配分基準の不断の見直しにより,その量的規模の不必要な拡大を抑制できる部分もある。

また,今後の政府の量的規模拡大をある程度必然化する条件がある。それは人口構造が21世紀初頭に向って急速に高齢化していくことである。

国の一般会計歳出の動きをみても,歳出規模の増加要因になっているのは,社会保障関係費,地方財政関係費及び国債費である( 第II-2-3表 )。国債費については国債残高が急速に増加してきたことに対応して増加してきたものである

これに対して社会保障関係費の増加は,40年代後半に,年金や医療保険の制度の拡充が図られたこと,対象者が増大してきたこと等によるものであるが,その増加テンポは,わが国の人口の高齢化と深い関係をもっている。医療保険財政の支出の増加は後に述べるように40年代後半に導入された老人医療無料化の影響も無視できない。

年金については,今後,制度が成熟化し,また人口構造の高齢化が進展するのに伴って年金支給額は急テンポで増加すると見込まれている。

わが国において,65歳以上人口の比率は57年現在で約9.5%であるといわれており,先進諸国の中では最も低い部類に属している。しかし,西歴2,000年には,この比率は約15.6%にまで上昇し,現在のイギリス,フランス,西ドイツの水準を抜くものと見込まれている。社会保障制度は各国により異なるため正確な比較は困難であるが,人口構造の高齢化を考えただけでも,社会保障給付額の対国民所得比率は,現在の西ドイツやスウェーデンの水準程度に高まらざるを得ないと考えられ,この面で政府の規模の拡大は必至であるといえよう( 第II-2-4図 )。

2. 政府部門の効率化と負担の公平化

こうした事態に対応するためには,民間部門の効率性を維持し強化して,高齢化社会を支えていける経済,社会構造を我々の手で作り上げていくことが必要であるが,他方で,政府機関自体の効率化を図り,政府規模の拡大を抑制していくことが重要である。

政府機能の効率化には二つの段階がある。第1は,一定の公共サービスをいかに経済的に効率よく提供していくかということである。

第2は,現在供給されている公共サービスがはたして社会的ニーズにどの程度うまく対応し得ているかということである。

第1の点に関しては,純粋な公共財においては経済的効率のみを考えることはできないが,市場メカニズムによっては供給が不可能であることから競争原理が働かない。したがって,機械化等による事務の合理化等自らの努力によって,効率化を進める必要があろう。また,純粋でない公共財についてもこうした観点が必要なことは,当然であり,さらに民間部門との競合するサービスについては競争原理の導入を図ることも重要である。すでにこの点については,一般会計においても,各行政機関の庁費等の一般的行政費の伸びがここ数年実質的に削減されている状況が続いており,こうしたことを契機に行政そのものの効率化がより進展することが期待される。

また,第2の観点については,公共財の供給が,市場メカニズムを通さずに決定されることから,制度として固定化しやすい面をもっているため,経済,社会の変化に応じて常にその必要性を見直して行く必要がある。また,市場メカニズムの導入を図り,国民の選択が合理的に行われる素地を形成し,資源配分の非効率を排除していく必要性がある。

さらに,政府規模の拡大に伴う受益と負担に対する国民的合意の形成及びその前提としての負担の公平を図ることが重要である。

国民のニーズに合った公共サービスの優先度の決定は,国民自身の受益と負担についての認識と合意を基礎としたものでなければならないからである。また受益と負担の程度について国民的合意を得るためには,負担の公平に対する信頼がなければならない。

これらの観点に立って,以下では近年拡大傾向が目立っている社会保障,福祉サービスのうち既にその大きな割合を占めている医療部門,及び近い将来拡大の予想される年金部門について述べる。さらに,負担の公平化の視点から,税制の抱える問題や財政の地域間の所得再分配機能の再検討の必要性について述べ,さらに,これを要請する背景である大都市の整備に果す公共部門の役割について述べる。

3. 医療サービスの効率化

医療サービスは,人間の健康,生命の維持等の基本的ニーズを充足するものであり,万人がその必要に応じて良質,適切な医療サービスを享受できる供給体制を作り上げていく必要があり,最近ではマンパワー,施設ともに欧米諸国水準に達してきている。

こうした医療サービスの供給体制の充実及び公衆衛生サービスの発展により,平均寿命の伸長や乳児死亡率,新生児死亡率及び周産期死亡率の着実な低下が果されてきた。

しかし,反面,そのコストである国民医療費は,最近やや伸びが鈍化したものの,30年代以降,国民所得の伸びを上回る増加テンポで推移してきている。ちなみに国民皆保険制度の実施された昭和36年度の国民医療費は5,130億円であったが,55年度には11兆9,805億円と,この間に23.4倍に増加している。こうした医療費の増加の要因としては,第1に人口の高齢化,第2に医学,医療技術の進歩,新薬の開発,第3に医療保障制度の充実,第4に診療報酬の引き上げ等が挙げられる。今後も医療費の増加は,人口の高齢化が進展すること等から,避けられないとみられているが,これに伴う国民の負担を考えると,医療サービスの水準を維持しつつも,限られた医療サービス資源を有効に利用して,医療費の伸びを抑制していく必要がある。以下では,医療保険を中心に,この問題をみてみることとする。

医療保険については,社会経済情勢の変化に対応した改正が行われてきたが,国民経済の安定成長への移行に伴い保険料収入の鈍化がみられる反面,上述のような医療費の著しい増加傾向を反映して,医療保険各制度の財政状況は厳しくなってきており,また国の財政からの支出も増加している。

57年度一般会計予算における医療関係支出は3兆9,513億円であり,社会保障関係費の43.5%となっており,国民医療費が推計されている最新時点の55年度予算でも43.7%(3兆5,871億円)となっている。したがって55年度においては国民医療費の29.9%を一般会計で負担したことになる。

さらに負担の関係を詳しくみると,55年度国民医療費のうち,公費負担12.3%,保険者負担76.7%,患者負担11.0%となっており,医療保険制度の趣旨からいって当然のことであるが,租税や保険料による負担を除いた,患者が受療時に実際に負担する部分はきわめて低率となっている。

もし公的,私的にかかわらず医療保険制度がなければ,患者は予期できぬ事態に対応するため常時よりかなりの貯蓄をしている必要があり,そうした用意がなければ,疾病によって経済的に大きなダメージを受けるか,あるいは医療サービスを受けることなく病状の悪化や生命の危機に到らざるを得ない。こうした経済リスクをプールして集団的に危険負担を行うのが保険にほかならない。

医療サービスは人間の健康,生命の維持にかかわるものであるから,他の通常の財貨・サービスとは異なり,その需要は価格に対して非弾力的であるという見方もある。もしそうであれば,所得水準の向上を別とすれば,経済社会状勢の変動に対応した診療報酬単価の改定や人口の増加等の要因によって,医療費の増加が説明できると考えられる。ところが,わが国の国民医療費の増加を 第II-2-6図 のような各要因に分解してみると,これら2つの要因以外の原因が存在することが窺える。すなわち,医療サービスを受ける人々の割合(受診率=1人当り件数),1件当り日数の増加及び,診療報酬単価の引き上げの影響を除去した1日当り医療費の増加(=医療費の自然増(広義)。以下同じ)は毎年10%程度のテンポとなっている。これが国民医療費の急増の最も大きな原因となっている( 第II-2-5図 )。

こうした医療費の自然増は,人口構造の高齢化に伴う疾病構造の変化や医療の高度化といった要因によってもたらされたところが大きいと考えられる。さらにまた,これに加えて,こうした医療費の自然増の背景には次のようなメカニズムがあるのではないかと考えられる。まず,第1に医療需要はかなり価格(自己負担相当額)に対して弾力的であり,給付の改善等により自己負担率が低下すると潜在需要が顕在化して医療費が増加する。なお,自己負担率が低下した場合,医療費が新しい自己負担率に応じた水準まで上昇することが統計的にも知られている。第2に医療サービスの供給主体である病院や診療所はマンパワーに大きく依存し,人件費率が高い。そのため,他産業なみに従事者の給与改善を行うとすれば,コストを押し上げ,また,診療報酬の改定がなくとも医療技術の進歩による高度化,薬剤投与,検査の増大などの要因で1日当り点数が増加する面もある。ここで重要な点は,医療サービスの価格とは何かということである。我が国のように医療サービスの公定価格である診療報酬点数が公定されておれば,価格は上昇しないはずである。しかし,ここでいう医療サービスの価格は,診療一日当りの医療費であって,医師が傷病の治療に当ってどのような医療サービスをどれだけ投入するかによって決定されるものである。したがって,同一の疾病であっても,投入される医療サービスの量が増加すれば,医療コストは増加する。また,医療サービスの重要な特徴の1つとして,治療に当ってどのような医療サービスをどれだけ投入するかは,医師の専門的判断に依存しており,一般の消費財やサービスのように医療サービスの消費者である患者が容易に選択できる性格のものではないことがある。しかし,患者は保険でカバーされる最善の医療を受けようとするであろうし,保険の下では医師の方もこれに応えようとするであろう。たとえば,患者に出来るだけ最善の医療を受けさせようという動機や現在の医療保険が採用している出来高払い制度の下でより多くの医療サービスを投入しようとする動機も働くと考えられる。こうした結果が,1日当りの医療費の増加に寄与するところも大きいと考えられる。

54年度の国民健康保険の都道府県別データを使用して推計してみると, 第II-2-6表 のように,医療需要は患者が実際に負担する価格に対してある程度弾力的に反応していることが窺える。その他の要因は別としても,自己負担率の低下が,医療需要の増大にある程度寄与しているとみられる。こうした仮説をもとに,医療サービスの需給を試算してみると給付の改善等により自己負担率が大きく引き下げられた30年代後半及び40年代後半に大幅に潜在需要が顕在化し,その後, 第II-2-5図 でみたような自然増や診療報酬改定によって価格が上昇することにより,次第に需要が減小していくという様子がみてとれる( 第II-2-7図 )。

先にも述べたように,医療費の自然増は,こうした自己負担率の変化のみならず,人口高齢化に伴う疾病構造の変化や医療の高度化等の種々の要因によってもたらされているものであり,以上の試算結果により,自然増の原因が完全に説明されたわけではない。しかし,自己負担率の引き下げは加入者にとって短期的には多少のメリットはあるにせよ,結果は,コスト意識が希薄になるため,それがより多くのサービスの投下による医療費の増加をまねき,長期的にみれば,自己負担額も高まるという面があることが窺えよう。このため,再度自己負担率の引き下げの要請が強まるという悪循環が生じる可能性もありうる。したがって,医療費の急増を抑制し,限られた医療資源を効率的に利用していくためには,各種医療保険等においては,高額医療費の負担等については,患者やその家族の状況に応じて,別途制度上の特例を設ける必要があるものの,通常の場合においては,適切な自己負担を残しておくことが,結果的には国民全体の福利に通じると考えられる。

もちろん,より重要なのは医療サービスの供給サイドに着目した医療費の急増対策であり,薬価基準の適正化,保険医療機関及び保険医に対する指導・監査の推進,保険のレセプト審査の充実・改善,医療費通知の充実等の医療費適正化施策の推進等を今後とも講じていく必要があろう。

4. 年金による世代間の所得移転

人口の高齢化が進む中で,老後の生活保障の柱の一つとしての公的年金制度に対する人々の期待には大きなものがある。しかしながら,我が国の公的年金財政の見通しは,きわめて深刻なものとなっている。公的年金制度に期待される機能は老後の生活保障であり,老後の生活保障を担うものとしては,この他に私的保険もしくは個人貯蓄がある。

個人は就労期における自己の貯えを老後における生活の糧とするわけである。さらに公的年金については世代間の再分配機能も期待されている。現在の我が国の制度では若年及び壮年の稼働世代から租税等の形で調達された一般会計から公的年金への繰り入れがこの役割を果している。公的年金制度のうち最大の比重を占めている厚生年金保険制度においては,給付額の20%及び事務費の全額が国庫負担となっている。また,国民年金においても給付費の3分の1及び経過的加算部分の2分の1が国庫負担となっている。人々はこうした国庫負担の部分のみが世代間の所得移転,すなわち個人の負担と受益が一致しない部分,であると考えやすい。そして年金財政の主要な財源である保険料については自己の老後保障のための積立金であり,受益に見合った負担を行っていると考えられている。はたしてそうであろうか。以下では,我が国の被用者年金制度のうち最大の規模をもつ厚生年金保険制度について,その拠出と給付の関係をみることにする。

年金制度は,一定の条件を満たす者に毎年給付を支給していく仕組みであり,その財源は今後の保険料収入,法律の規定に従って支出される国庫負担,積立金及びその運用収益による。

第II-2-8表 の給付現価は,将来の給付費の総額を現時点における価格に換算したものであり,また,給付現価から国庫負担の現在価値及び積立金を控除した額が,将来必要とされる保険料の総額の現在価値,すなわち保険料現価である。この保険料現価を確保するための保険料拠出計画には様々のかたちのものを規定できるが,現在価値に引きもどしたべースで,将来にわたり拠出水準を一定とした場合の保険料率が平準保険料率である。

55年度財政再計算によれば,被保険者全体の平準保険料率は20.5%となっている。一方現在の制度において加入者の保険料負担は労使を合わせた形で,男子10.6%,女子9.1%であり,この保険料率を加重平均した値はほぼ10%程度となっている。これは平準保険料率の約50%に相当する値となっている。

このことは経済情勢を現状のまま固定して考えたとしても,少なくとも平準保険料率と実際の保険料率との差に相当する部分を将来の被保険者の負担ヘ繰り越していることを意昧している。

この繰り越された部分は将来の保険料率を引き上げていくという方法で負担しでいくこととなる。

現在は本格的な給付が開始されていないが,今後の本格的受給者の増大をふまえ,今後制度の成熟化に伴ない段階的に保険料率の引き上げを進めていく必要がある。

つまり,第1には年金制度が発足してから十分な年月がたっていないので,受給資格を完全に満たす本格的な受給者は少数なことがある。第2には,我が国の人口構成において老齢人口比率がいまだ低いことである。以上のことから,多数の拠出者からの保険料収入及び国庫負担によって,比較的少数の受給者に対してその拠出をはるかに上回った給付が可能となっている。

なおこの場合厚生年金については55年度財政再計算試算によれば( 第II-2-9図 ),55年以降保険料率を5年毎に1.8%ずつ引き上げていったとしても,15年後の72年度には支出が収入を上回ることになり,83年度以降,賦課方式に移行せざるを得ないことになる。この場合,保険料率は,57年度では標準報酬の10.6%であるものが,85年度頃には20%を越え,賦課方式への移行後には35%にも達する。問題は現役の稼働世代がこのような負担に耐えられるかということである。西欧諸国の年金制度の保険料率をみると,西ドイツ18.5%(標準報酬換算24%程度),オーストリア19.5%(同25%程度),ベルギー14.0%(同18%程度),フランス12.9%(同17%程度),イギリス16.5%(同22%程度)となっている。制度の仕組みがわが国の厚生年金保険に類似している西ドイツの労働者年金及び職員年金では,制度がすでに完熟している中で年金財政が悪化したため,1981年に保険料率を0.5%引き上げて,18.5%(標準報酬換算24%程度)にする一方で,給付面については抑制的な改定が行われた。このことは,保険料率が西欧諸国の水準に到達した場合には,もはや費用負担の引き上げだけによって年金財政の収支均衡を維持することは困難になる可能性があることを示唆している。限界のある費用負担の下で年金財政のバランスを考えるとき,最も簡単なやり方は,給付水準を大幅に引き下げることであろう。たしかに,現在想定されている給付水準が果して妥当なものか否かについては再検討の余地が残っている。 第II-2-10表 は,将来,仮りに厚生年金の保険料率が標準報酬の35%まで引き上げられた場合の稼働世帯と老人世帯の1人当り可処分所得を比較したものであるが,勤労者世帯のそれが老人世帯を下回ることとなる。現役の稼働世帯は,住宅の取得,子供の進学,老後のための貯蓄等を行わねばならず,反面老人世帯は,過去の貯蓄の取り崩し及び年金収入により暮すと考えれば,この差はさらに拡大する。したがって,世代間のバランスからは給付水準の見直しが必要である。しかし,老人扶養が全く各家計に委ねられた場合には,家計は個々に長期にわたって貯蓄し,かつその実質価値を維持していかねばならないが,全ての家計がこの課題に対応することは実際上困難であり,公的年金保険はこうした危険を社会全体でプールする機能を果している。今後とも老後の生活を安定させるために公的年金制度が果すべき役割はきわめて大きいと考えられ,各年金制度の体系,支給要件等の見直しを行い,真に所得保障が必要とされる階層に重点的に給付が行われるよう,給付の効率化,重点化を進めていかなければならないと考える。

そのためには,適確な長期展望にもとづいて,拠出及び給付の両面について見通しを行い,これを着実に実施していくことが必要である。その際,留意すべきことは,従来の既得権や期待権を主張し高い給付と低い負担のみを求めようとすれば,年金保倹制度自体の維持が困難になることについて国民の理解を求め,負担と給付の水準について国民の合意を形成することである。

なお,その場合,公的年金制度の仕組みとしては今後とも社会保険方式を基本としていくことが適当であると考えられる。

高齢化社会は年金保険制度による経済的保障を基盤としつつも,それだけで支えられるものではなく,家族間・世代間の連帯感こそが必要であることは多言を要さない。したがって,その連帯感を維持していくためにも,負担と受益の適正化が必要とされるのである。