昭和57年

年次経済報告

経済効率性を活かす道

昭和57年8月20日

経済企画庁


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第I部 鈍い景気の動きとその背景

第2章 内需の回復は何故遅れたか

第3節 跛行性続く設備投資

民間設備投資は,53年後半から本格的な上昇局面に入り,景気が停滞に転じた55年後以降においても景気を下支える役割を果たした。しかし,55年後半以降規模別,産業別の跛行性が顕在化し,特に,大企業の堅調さに対して,中小企業の停滞が目立つようになり,民間設備投資全体の増勢は鈍化した。

1. 設備投資の推移と特徴

民間設備投資(GNPべース・実質)は前年度比で,54年度9.8%増,55年度5.7%増のあと,56年度は0.7%増と情勢は著しく鈍化した。

最近の動きを規模別,産業別にみると,次のような推移がみられる。すなわち,大企業(資本金1億円以上とする)は55年度に比べて56年度の伸びは鈍化したものの,製造業,非製造業ともに堅調さを持続しているのに対し,中小企業(資本金1億円未満とする)は55年後半から増勢が鈍化し,その後停滞傾向が続いている( 第I-2-21図 )。

これをさらに製造業,非製造業別にみると大企業では,製造業は,53年後半から堅調に推移し,非製造業も,これに先がけて52年後半から増加に転じ,電力投資による不規則変動はみられるものの,基本的には増加傾向を続けてきた。

これに対し中小企業では,製造業は大企業と同じく53年後半から増勢に転じたが,55年後半以降増勢が鈍化し,56年に入ってから停滞を示している。他方,非製造業中小企業は,52年以降一貫して増勢を続けてきたが,製造業中小企業に先がけて,55年初め頃から停滞気味に推移し始め,56年に入ると一層停滞色を強めている。さらに,個人企業部門の設備投資は金融引締め政策が強化された55年4~6月期以降かなりの減少を示している。

従来もわが国における設備投資の規模別,産業別の変動は規模別には中小企業が,産業別には非製造業が先行する傾向にあったが,今回の場合にもおおむねこうした変動パターンがみられた。

2. 堅調続ける大企業設備投資

以上のような流れの中で,製造業大企業の設備投資が活発することによって,全体としての民間設備投資が盛り上りを示したわけであるが,まず,この点から注目してみよう。

製造業大企業の設備投資が53年後半から本格化した背景は第1次石油危機以降ストック調整を続けていた素材型産業が反転増加に転じたことよる面が大きい。素材型産業は高度成長期に着工した大型投資の完工などもあって高度成長期からの需要屈折に適応するためのストック調整にそれだけ長い時間が必要であったとみることができよう。

これに対し,加工型産業では,51年頃から投資が増加に転じ,その後も引き続き増勢を続けた。特に54~55年にかけてはかなりの急増がみられる。これには,①エレクトロニクスを中心とした技術革新の進展が顕著であったこと,②輸出需要が堅調に推移したことに加え,③素材型産業に比べ労働集約的であり,それが合理化,省力化要請を強めたこと,などを指摘することができる( 第I-2-22図 )。

加工型産業の方が素材型産業に比べて,相対的に設備投資の増加テンポが高かったが,この背景としては,両者の需給ギャップ率の差を指摘できる。55年初め頃の需給ギャップが最も縮小した時期においても,両者にはかなりの差があり,それが投資テンポの差をもたらしている。まだ企業の生産設備判断においても,素材型産業では,第1次石油危機以降過剰感が常に残存しているのに対し,加工型産業では,55年初めからむしろ不足感に転じているといった違いがみられる。

最近の設備投資を業種別にみると,加工型産業ではエレクトロニクス関連の中心業種である電気機械が年度以降極めて高い伸びを示しており,次いで一般機械も同様な動きをみせている。これには産業用ロボット,NC工作機械といったメカトロニクス製品の需要の伸びが背景になっている。また,輸送機械も堅調な推移を示す中で,特に55年度に大幅な増加がみられた。これは国際競争力維持のための生産体制の強化と研究開発投資の活発化によるものである( 第I-2-23表 )。

一方,素材型産業では,繊維,紙・パルプが54年度に前年度比52.3%と大幅な増加を示したが,これは,紙・パルプにおける能力増強投資や繊維におけるポリエステルの製法転換に伴なう合理化投資の活発化などによるもので,その後は一段落し,前年度比マイナスを続けている。化学も新規分野やファィンケミカル分野への進出で,54~55年度は高い伸びを示したが,その後は次第に伸びが鈍化した。これらに対し,鉄鋼,非鉄金属の投資は,55年度からようやく増勢に転じた。鉄鋼では連続鋳造設備や圧延工程の合理化投資に加え,シームレスパイプや冷間圧延などの能力増強投資が本格化した。非鉄金属部門の投資増は,圧延伸銅関係の能力増強などによる。

さらに窯業・土石では,54年度以降石油価格上昇の影響でNSPキルンへの転換を一層促進するなどエネルギー対策投資が大幅に増加したが,その動きはほぼ56年度内に一巡した。

以上のようにけん引役を果たす業種が替りながら製造業大企業設備投資は堅調さを持続してきた。その中には能力増強投資や更新投資の要因もあるが全般に新しい技術革新に対応した独立投資の要因が強いといえよう。

他方,非製造業大企業について,不規則変動の大きい電力を除いてみると,53年度以降10%を上回る着実な増加を示してきた。

業種別にみると,需要堅調なリース業を中心にサービス業が高い伸びを続けている。これに対し,56年度には消費需要の伸び悩みから卸・小売業の伸び率に大幅な鈍化がみられる。また電力需要の減退から電力投資もほぼ横ばいとなった。

3. 投資動機とその変化

次に製造業について,最近の投資動機をみると,第1は,能力増強投資が,55年度以降増加していること,第2は,省力化合理化投資が高い比率を維持していること,第3は省エネルギー投資が比重は低いもののかなりの増加を示していること,第4に研究開発投資も増大してきていること,などがあげられる( 第I-2-24図 )。

まず,能力増強投資は需給ギャップが縮小している加工型産業を中心に活発であるが,相対的に需給ギャップ幅の大きい素材型産業においても堅調である。加工型産業ではVTR,ICなどエレクトロニクス,メカトロニクス関連の投資が当然のことながら活発化しており,素材型産業では,新分野への進出,商品の高付加価値化など生き残りのための投資が中心をなしている。

また,省力化,合理化投資も着実に増加している。近年,賃金上昇率は鈍化してきてはいるが,投資財価格との相対比は引き続き上昇している。特に最近では,産業用ロボット,NC工作機械などのメカトロニクス製品の出現が,生産工程の効率化に寄与している面も大きいとみられる。

省エネルギー投資は第二次石油価格上昇後,55,56年度に再び活発した。この結果,生産額単位当りエネルギー消費量は,第一次石油危機後に続いて着実に減少している( 第I-2-25図 )。

さらに,研究開発投資も活発化している。これは,既にわが国の技術水準が,欧米先進国と肩を並べうるようになっていることから技術導人に頼らず独自の製品開発を進めていかねばならない状況となっていることが,その背景となっている。

以上のように,大企業の設備投資が堅調に推移してきた背景には,省力化・合理化,省エネ投資など景気の動きに比較的左右されない独立投資要因が強いこと,また能力増強といっても需要の構造変化に対応したものや新製品への転換投資の性格をもつものが多く,低成長経済を生き抜くために欠くべからざる投資のウエイトが増大していることがあげられよう。

4. 停滞基調で推移した中小企業

大企業が堅調な動きを示したのに対し,中小企業の設備投資は,55年後半から増勢が鈍化し,56年に入ると停滞色を強めた。前述したように,中小企業は大企業より景気感応的であり,今回の場合も例外ではなかった。

中小企業の設備投資が停滞した背景の第1は,消費支出や,住宅投資といった中小企業と結びつきの深い需要が伸び悩んだことである。中小企業の生産指数は,55年に入ると,大企業が上昇しているのとは対照的に低調な動きとなり,設備過剰感も増している。また第三次産業活動指数も卸売業やサービス業を中心に55年以降低下気味に推移している。

第2は,54年4~6月期以降金融引締めが実施され,貸出金利が上昇したことである。中小企業は大企業に比べて借入依存度が高いので,金融にはそれだけ敏感である。55年8月以降金融引締めは解除されたが,投資採算の回復テンポは鈍い。

第3は,中小企業の業況が悪化し,それだけ投資態度も慎重化したことである。中小企業の業況判断は55年後半には悪化を示し,企業収益も悪化した( 第I-2-26図 )。

こうした要因が重なり合って,中小企業の設備投資は停滞を示したとみられるが,ここで業種別動向に目を転じよう( 第I-2-27図 )。

まず,製造業についてみると,機械工業を中心とした加工型産業は,53年から急角度の増加を示してきたが,56年に入ると,やや増勢鈍化の傾向にある。一方,素材型産業では53年から54年中に増加をみせた後,55年にかけて減少に転じたが,56年に入るとかなりの増加を示している。次に食料品,衣服・繊維製品などの個人消費関連製造業をみると,55年中頃から停滞している。

これに対し,非製造業中小企業では,まず,運輸通信,卸売業などの企業サービス関連業種では,51年から増加に転じ,その後短期的調整を交えながら55年初めまでかなりの増加をみせたが,その後は減少に転じている。また,建設,木材木製品,不動産などの住宅・建設関連業種では,55年までは増加傾向にあったが,56年に入るとやはり減少に転じている。

今回の調整局面でも,早くから調整色の強かった個人企業についてウエイトの高い業種をみると,サービス,卸・小売,農林漁業,建設ともに55年以降減少している。

中小企業の設備投資は,エレクトロニクス化等による設備の革新がかなり進んだとみられるものの,総じてみれば,以上のように停滞気昧に推移した。しかし中小企業の投資意欲は潜在的にはなお強いとみられる。その第1は新しい技術を体化した合理化,省力化投資といった独立投資誘因は根強いこと,第2は,2年近くにもわたってストック調整が続いていること,などがあげられる。このほか企業収益もこのところ回復している。したがって,中小企業の設備に対するレンタル指向には留意する必要があるが,今後将来の業況判断が改善されれば再び増加に転ずる可能性もあろう。

5. 設備投資の現局面と今後の評価

以上,最近の設備投資動向を眺めてきたが,ここで設備投資の現局面の位置づけを検討しながら今後の方向を評価してみよう。

まず,中長期的な観点から設備投資の現状を位置づけると,次のようにみることができよう。わが国の民間設備投資は30年代前半に大きな盛り上りを現出した後調整過程に入ったが,40年代前半には再び息の長い上昇局面に入った。しかし,45年をピークにその後下降局面に転ずるが,48年には一時的に増加した。これは,ニクソンショック後過剰流動性が生じた上に,列島改造ブームが現出され,需給が極度にひっ迫したためである。そうした環境の中で48年末に第1次石油危機が発生したことから,強力な総需要抑制策が実施される中で,49年度は戦後初めてのマイナス成長を記録するに至った。これらの事実は,高度成長から中成長への転換をもたらしたから,設備投資の調整局面もそれだけ長びき,52年頃まで続いた,高度成長期には,ほぼ10年周期で変動していた設備投資循環も,石油危機によってやや長期化したといえる。設備投資循環をGNPに対する民間設備投資比率の推移でみると,30年代においては,急速に上昇した後36年をピークとして下降局面に入ったが,40年代には43年から48年にかけて20%に近い高い水準が続いた。第1次石油危機以降下降局面を迎え,その調整は長びいたが,53年に入りようやく上昇局面に入り民間設備投資比率は55年まで上昇が続いた( 第I-2-28図 )。

設備投資が53年後半から上昇局面に入った背景としては企業の成長期待感の安定化や利益率の改善があるが,今回の設備投資の盛り上りの要因を分けてみると,第1は,加速度効果があげられる。52年頃までのストック調整を終えた企業は,需給ギャップが縮小し,最終需要が拡大するなかで生産能力を伸ばしていった( 第I-2-29図 )。

第2は,設備の平均年齢が高まり,潜在的な設備の更新需要が高まっていることである。全産業ベース資本ストックの平均年齢は,45年には8.1年であったが,その後若干低下して,48年には7.5年となった。しかし,49年以降上昇を続け,56年には8.4年と,ほぼ45年頃の水準に戻っている。除却比率は,50年代に入ってから4.5~5.0%で高どまっており,除去額も着実に増加している( 第I-2-30図 )。このことは,技術革新の進展に伴なう経済的陳腐化が進むなかで,潜在的更新需要が増大していることを示してはいるが,現実に更新投資に結びつかない部分が多くなりつつあることも最近の特徴ともいえよう。特に,企業収益の悪化したアルミ精錬,石油化学などエネルギー多消費型産業にこの傾向がみられる。

第3は,エレクトロニクスなどを中心とした技術革新に基づく独立投資が根強いことである。産業用ロボット,半導体集積回路,事務用機械などの生産はかなり高い伸びを示している。このほか,エネルギー相対価格の変化に伴う省エネルギー投資の活発化も独立的投資要因としてあげられよう。

このような状況の下で,53年度から設備投資は増加を続けてきたが,設備投資をとりまく環境は次第に変化している。

第1に,加速度効果的要因は既に55年度から弱まっており,その影響は中小企業の設備投資に表われているが,56年度にかけて経済成長率が低下する局面ではマイナス効果として作用したと思われる。その結果需給ギャップ率もやや拡大傾向を示している。

第I-2-31図 企業の成長期待感の変化

同時に企業の短期・中期の期待成長率もこのところ下方修正されている。中期的な見方については,経済企画庁調べの「新しい効率経営と技術開発に挑戦する企業戦略」調査によると,先行き成長期待感が低下している( 第I-2-31図 )。今後3年間における実質経済成長率見通しは,57年1月調査において,初めて年率成長率が,5%を下回って4.5%となった。このことは,企業マインドが先行き低成長経済を予想し,それに対応した企業行動を準備する可能性を抱かせる材料となり得よう。

第2に,更新投資への潜在的需要はなお広範に存在しているとみられるが,金利水準等経済環境が必ずしも積極的な更新投資にとって望ましいものでないこと,また前述のように,産業構造の急激な変化が進む中では更新意欲の弱まる部分も多くなりつつあると考えられる。

第3に,技術革新やエネルギー価格の変化に対応する独立投資要因であるが,これは57年度まで大企業部門の設備投資を堅調ならしめている最大の要因であった。ただし,53,54年度から続いてきた投資によって,こうした独立投資要因もかなり充足されてきたといえる。このため,たとえば乗用車部門の設備投資は57年度には高水準ながら横ばいとなり,LSI関連の投資もなお拡大局面にはあるが,各社の主要計画は一応出揃った状態となっている。さらに投資がなお活発な鉄鋼業を巡る需要環境にもかげりが見えている。

こうした現状からみると,今後58年度にかけての設備の動きは,経済環境のかなりの好転がなければ,力強さを欠くものになる可能性もある。