昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第II部 日本経済の活力,その特徴と課題
第4章 住宅と余暇の充実
わが国の余暇時間をNHK放送世論調査所「国民生活時間調査」でみると,20歳以上の男子では平日で6時間,日曜日では9時間となっており,40年から50年にかけては増加したものの,50年から55年にかけてはその増加は停滞している( 第II-4-19図 )。
先進諸国と比較してみると,わが国の余暇に対する満足度はかなり低い水準にあるといえる( 第II-4-20図 )。その理由をみると,費用面での制約があることは,彼我で異ならないが,欧米では余暇時間について問題が少ないのに対して,わが国では時間そのものが少ないことが大きい制約となっている( 第II-4-21図 )。
わが国の週休二日制の普及状況を労働省「賃金労働時間制度総合調査」によってみると,製造業(規模30人以上)においては,54年現在で完全週休二日制を適用されている労働者は全体の約37%であり,その他の隔週休二日制の適用者を合わせてみても80%程度であって,米国の完全週休二日制(51年現在)の普及率89%に及ばない。
また,わが国の年次有給休暇及び有給公休日は制度的にみて欧米諸国よりも少ない。しかもわが国の有給休暇の利用率は55年で63.6%(規模1,000人以上)であり,諸外国がほぼ完全に有給休暇を消化しているといわれるのに対して,かなり低いといえる。有給休暇の消化率が低いのは,計画的な有給休暇の取得が業務上支障をきたさないようにする企業側の対応が遅れていること,またこれに伴い有給休暇がとりにくい職場の雰囲気があることが多いこと及び欧米のように数週間にもわたって夏期に長期休暇をとる慣習がないこと等によるとみられる。
余暇時間を決定する基本的要素である労働時間についてみてみよう。毎月勤労統計によってみると,年間総実労働時間は35年度の2,435時間から週休2日制の普及などにより50年度には2,077時間へと減少した。しかしその後は2,100時間前後で推移している( 第II-4-22図 )。これは日本企業が終身雇用制を採用していること,49,50年当時の不況を経験したため雇用過剰惑が強かったこと,景気回復がゆるやかなものであったこと等により,雇用増より所定外労働時間の増加が図られたためである。わが国の労働者一人当たり平均年間総実労働時間はこのように高度成長期にかなり短縮したが,欧米諸国が2,000時間を下回っているのに比べてまだかなり高い水準である( 第II-4-23図 )。
労働時間の国際間の格差の背景としてはその国の経済社会構造や労働者の勤労観の相異等も考えられるが,歴史的にみれば,その国の労働者の所得水準が大きな要因になっているとみられる。すなわち一般的にいえば,ある程度十分な所得がある場合には人々は賃金率が上昇しても,さらに所得を増やすことにはそれほど魅力を感じず,むしろ余暇が増えることに魅力を覚えることになりやすい。逆に所得が低い場合には,むしろ所得を増やすことの方を選択する傾向がある。たとえば35年当時の各国の一人当たり国民所得を比較してみると,わが国は,アメリカの16.8%,西ドイツの37.4%であってかなり低い水準にあった。したがってこのような時点から出発したわが国は,労働時間の短縮の過程において,余暇よりもより所得を選択する形で進んできたと考えられる。ただし,その後わが国の所得水準は欧米諸国なみに上昇したので,当時よりも余暇選好が強まっているとみられる。
ところでわが国の労働者の総実労働時間は企業規模,産業,職種等についてさらに詳しくみると,それぞれかなりの差がある( 第II-4-24図 )。
男子年間実労働日数をみると1,000人以上規模では244.8日であり,中小企業(5~99人)との間に30日程度の差がある。これは,週休二日制の普及度が大企業になるほど高く,中小企業では相対的に低いことによる面が強い( 第II-4-25表 )。
また年間総実労働時間は55年で全規模平均では2,201時間であるが,1,000人以上規模では2,156時間であり,中小企業(5~99人)はこれよりも140~180時間程度多くなっている。
さらに,産業間では,建設業,運輸・通信業で長く,電気・ガス・水道業,金融・保険業等で短い。これは一つには産業そのものの特殊性もあるが,産業間での規模別構成がかなり異っていることによる。
このような労働時間の規模間格差の背景には,規模間の付加価値生産性格差の存在が小規模企業では,労働時間を比較的長くして,生産性格差を埋めようとする傾向があるとみられ,また,労働者も,相対的に低い賃金の下では,一定の収入を確保するために長時間働くことになりがちである。
またこのような年間実労働日数や実労働時間の規模別格差は,労働者の余暇生活に対する意識にかなり反映されており,企業規模が大きくなるほど,余暇生活への満足度が高まっている( 第II-4-26図 )。ただし,労働時間に対する評価ではほとんど企業規模別格差はない。これは,この労働時間の評価については時間量と所得の両方が考慮されており,時間当り賃金の規模別格差が大きく,中小企業では相対的に長時間働くことによって,一定の所得を稼得しようとする傾向があるためであろう。
実労働時間を所定内と所定外に分けてみると,所定内労働時間はやはり大企業の方がかなり短くなっているが,所定外労働時間では逆の傾向がみられる( 第II-4-25表 )。
これを製造業(男子)について職種別にみると,所定内労働時間が大企業ほど短い傾向をもつことは,生産労働者と管理・事務・技術労働者のいずれにおいても変わらない。しかし所定外労働時間は,生産労働者では規模別にそれほど差がないが管理・事務・技術労働者では大企業の方が長くなっている(1,000人以上規模で年間262時間,30~99人規模で152時間)。このため,全体としては大企業の所定外労働時間が長くなっている。
第II-4-27図 年齢賃金格差の国際比較(21~24歳=100)
わが国の労働時間が相対的に欧米よりも長いもう一つの理由としては,仕事をより重視する労働者の勤労観もあると考えられる。
こうした勤労観が形成された背景の一つには,終身雇用制等のわが国の雇用慣行の存在があると考えられる。わが国の労働者はほとんど生涯にわたり,同一企業で勤めるため,企業への帰属意識も強く,労使関係も安定している。このために,欧米でみられるような高い欠勤率は,日本ではほとんどみられない。また労働者の企業内の地位が,労働者個人の社会的評価につながりやすいことから,労働者間でよりよい役職に就きたいという意欲が高いとみられる。そのため企業内では昇進やポスト移動の過程で,激しい競争が行なわれているとみられる。この結果,年齢が高まるにつれて個々の労働者によりポストの配属の差が生ずるため,欧米に較べて年功賃金体系的性格が強いといわれるわが国の賃金体系においても( 第II-4-27図 ),年齢が高まるにつれて,資金分布の分散が拡大している( 第II-4-28図 )。
こうした競争が仕事をより重視するという勤労観につながり,結果的にわが国の労働者の余暇選好度を相対的に弱めているとみられる。わが国の労働者の年休消化率が相対的に低い背景には,仕事が忙しいことや休みにくい職場の雰囲気があるといったことの他に,こうした事情もあるとみられる。しかしながら,他方,今後とも生産性向上を図るとともに,引き続き労働時間を欧米並みの水準に近づけるよう努力する必要がある。そのためには高い勤労意欲を維持しつつ,企業における完全週休二日制の拡大を地域ぐるみ業種ぐるみ進めるなど各般の工夫により推進し,有給休暇の消化率の向上や過長な所定外労働時間を短縮できる業務体制等職場環境の整備を進めるとともに,特に中小企業においては,生産性の向上を通して規模別賃金格差の縮小を図りながら,同時に労働時間の短縮を果していかねばならない。