昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第II部 日本経済の活力,その特徴と課題

第4章 住宅と余暇の充実

第1節 住宅需給のアンバランスとその改善

1. 住宅の現状とニーズ

(欲求水準の上昇)

わが国の住宅事情は,先進諸国中で最も旺盛な住宅投資を背景に急速に改善して来た。

例えば戸数面ではすでに48年にすべての都道府県において住宅戸数が世帯数を上回る状態に達している。

しかし,住宅に対する国民の要望にはなお根強いものがある。

こうした状況の背景にある理由をみると,①大都市における高水準の地価のもとで持家取得が必ずしも容易でないことや②借家世帯の居住水準が相対的に低い水準にとどまっていることに加えて,③住宅の広さが着実に拡大する一方で,欲求水準も同時に高まってきたため,満足度があまり向上してこなかったことを指摘できる( 第II-4-1図 )。

ここで住宅の広さに対する需要がどんな要因で決まっているかをみるため,新規着工住宅の床面積の拡大に対し実質所得や金利がどのように働いているかを考えてみよう。1住宅当たり平均着工床面積の増加率が大幅に落ち込んだ50年前後を一つの境とみて,その前後での住宅の広さについてのこれらの影響度をみると,50年以後は実質所得弾性値は上昇している( 第II-4-2表 )。このことは,現在では住宅の広さの実質所得に対する弾性値が上昇し,依然広さに対する需要が増加する局面にあることを示唆しているものと考えられる。

一方,金利は着工する住宅の広さについてはそれほど大きな影響を与えるものではないが,50年代に入って金利弾性値が低下している。

また,住宅建設に際して,住宅の広さに影響を与える世帯人員や住形式といった諸要因は,短期的にはほとんど変化しないこと,最近建てられた住宅の広さが考慮されるという傾向(デモンストレーション効果)があることから,前期の住宅の広さが今期の住宅の広さに与える影響(弾性値)が相対的に大きくなっている。

最近,前期の広さについての弾性値が高まっていることは,住宅の広さが着実に拡大していく状況においては住宅の広さについての需要をさらに根強くしているものとみられる。とくにデモンストレーション効果は新規に住宅を取得する世帯についてのみ働くのではなく,持家・借家の別を問わず,新規着工住宅の規模が急速に拡大する場合には,現在の居住水準が相対的に低下することになり,住宅の広さに対する欲求の充足度を低下させる要因となる。

また住宅の広さは,家具・什器等の耐久消費財の消費とも密接な関係(補完関係)がある。住宅の広さ別の家具・什器の保有状況をみると,たんす,ベッド,応接セット等の大型家具になるほど広い住宅でなければ保有できないという関係がある。これは,住宅が広くなれば家具・什器等をより充実したいという欲求が促され,一方,家具等を充実して生活の質を高めれば広い住宅が需要されるというように相互に需要を喚起することを示している( 第II-4-3図 )。

これらの要因が相まって,住宅に対する欲求水準が住宅ストックの改善を減殺する形で上昇したため,住宅に対する国民のニーズが十分に満されてこなかったといえる。

(地域格差)

住宅事情には地域間で格差が存在している。一戸当たり延べ床面積については,都道府県別格差は解消されていないが,一人当たり畳敷の都道府県間変動係数をみると,0.16(43年),0.15(48年),0.13(53年)と格差は縮小傾向にある。しかし,格差そのものは依然大きく,とくに大都市圏での居住水準はかなり低い水準にある( 第II-4-4図 )。これを持借世帯別にみると,持家世帯では最低居住水準を下回る世帯の比率は大都市圏が地方圏を上っている。また借家世帯については,借家ストックに比べ狭小であるため全国的に最低居住水準以下の世帯の比率が高いが,大都市圏ではこうした借家ストックのウエイトが大きいため,全体としての居住水準が低くなっている。

2. 地価と住宅問題

(持家取得をとりまく環境)

持家取得は一般的には土地取得を伴う。わが国において持家取得が必ずしも容易でないという問題は,地価水準,地価上昇率の動向に負うところが大きい。実際に取得された持家の建設費(敷地取得費含む)と取得者の年収について,欧米諸国との比較をするとデータの制約や対象範囲の違いなど種々の困難を伴うが,51年現在では,持家の建設費の年収倍率は,日本では4.5倍程度であるのに対して,アメリカ,イギリスでは2~3倍程度となっている。また取得した住宅についてみると,住宅床面積ではわが国は欧米諸国にそれほど遜色がないものの,敷地面積ではわが国は200m^2程度であるのに対して,アメリカイギリスではその2~3倍に達しており,アメリカ,イギリス並みの敷地を確保しようとすれば年収倍率の格差は更に拡大する。50年に土地を購入して一戸建住宅を建築した場合の平均的な敷地面積と床面積を標準として持家建設費をみると,55年において全国平均で2,175万円,大都市平均で2,703万円が必要であり,勤労者の平均可処分所得に対する倍率はそれぞれ5.9倍,7.4倍となっており,とくに大都市における持家建設費の年収倍率はかなり高いものとなっている。

もっともこの年収倍率は長期的には低下傾向にあるが,近年では狂乱物価の時期に異常に高まった。その後,名目所得の上昇や,地価や建材価格の落ち着きを背景に低下してきたが,53年以降再び上昇してきている。また,住宅面積の拡大傾向を考慮すると,その比率はさらに上昇している( 第II-4-5図 )。一戸建の持家取得が必ずしも容易でないといわれる原因としては,第1に,土地購入費が大きく増加したため,40年代に比べて,持家建設費における土地購入費の割合が高まったことである。とくに地価が上昇する局面では持家建設費そのものが急上昇する。このような場合持家取得を計画して資金準備を行ってきた世帯は,計画の変更を余儀なくされることになる。第2に,持家取得を計画する世帯が相対的に所得の低い階層へと移ってきたことがあげられる。第3には,50年以降日本経済が安定成長期に入り,将来の名目所得が以前ほど急速に上昇するとは期待できなくなったため,これを見越した住宅ローンの借り入れが出来なくなったことが指摘できる。

このような持家取得費の高額化に対して,持家需要者側で次の3つの対応がなされている。第1は,取得する物件の規模を小さくして費用を抑えることである。第2には,都市より遠隔地にあって比較的地価の安い土地を選択して住宅を建てるということである。第3の途としては,高層化等により宅地を集約的に利用した住宅(マンション等)を購入することである。

(敷地面積の狭小化)

今日の住宅需要は第一義的には広さの改善を目ざしたものであり,住宅建設費を抑えるために,敷地面積をできるだけ小さくして,その上で敷地利用率を高めて建物の床面積を大きくするという動きが生じている。すなわち総理府「住宅統計調査」によれば,三大都市圏における持家の一戸当たり敷地面積は,ストックベースでみても,また,持家建設前の約5年間において土地を取得したものについてみても,43年から48年にかけて敷地面積の狭小化が進行している。この中で,敷地面積100m^2未満の一戸建住宅の着工戸数は46年から52年にかけて上昇した。53年現在で,このような狭小な敷地をもつ住宅ストックの比率は全国平均で18.9%であるのに対し,京浜大都市圏で28.0%,京阪大都市圏43.3%となっており,なかでも京阪大都市圏ではストック,着工件数両面でその傾向が強い( 第II-4-6図 )。

このような狭小な敷地の持家は,土地供給が減少し,地価が上昇するなかで,敷地が狭小化しても持家を取得したいという需要者の行動と,民間宅地開発事業者が小規模の場合には用地取得が容易であること,各種の規制等がゆるやかになることなどから経営的にメリットの大きい小規模開発(いわゆる「ミニ開発」)による宅地の細分化に向かうという行動の両者が相まって生じたものである。ところがこのような開発によって供給される宅地は都市環境,居住水準等に様々な問題があり,住み替えに際して中古市場に出しても商品価値のないものもある。このため近年では需要者としても取得に際して慎重になってきたこと。また地方自治体における宅地開発指導要綱等小規模開発に対する行政指導の普及等により,53年以降敷地面積100m^2未満の一戸住宅の着工比率は低下傾向になっており,大都市圏における。一戸当たり敷地面積の狭小化はストックベースでみても下げ止まりがみられるようになった。

(居住地の遠隔化と住宅の高層化)

持家需要者の第2の対応は相対的に地価の安い都心からの遠隔地に居住地を選ぶことである。都心からの距離別の人口増加率をみると,51~55年では東京圏では40~50km圏,大阪圏では30~40km圏,名古屋20~30km圏がピークとなっており,住宅地の遠距離化が依然進行しいてる。またこれに対応して住宅の増加地区も郊外へシフトしている。しかしこのことは反面,大都市の外縁部での地価の上昇率を高め,スプロール化をもたらしやすく,居住地がますます遠距離化することを伴いやすい。また通勤・通学時間の長時間化,買い物や余暇施設の利用等日常生活上のデメリットが生ずる場合も多い。

そこで近年では若年層を中心に職住近接のマンションが好まれるようになってきており,利便さや余暇時間についての選好が強まっている。これは土地を集約的に利用した相対的に安い住宅を購入したいという持家需要者の対応とも合致している。大都市圏の住宅をみると中心地に近い所ほど高層化が進んでおり,しかも最近建築された住宅になるほどその傾向が強まっている。

3. 民営借家の居住水準はなぜ改善しないか

ライフサイクルに応じた住み替えが円滑に行われるよう住宅ストックを効率的に利用するという観点からは,持家及び借家という所有形態にかかわらず家計のニーズに合致した良質の住宅サービスが適切な価格で享受しうる状態が好ましい。しかし現状では多くの民営借家はこの要請に応えていない。世帯人員別に最低居住水準以下の世帯の比率をみると,世帯人員3人以上の世帯でその割合が高く,世帯人員4~5人の中規模世帯向けのストックが著しく不足している。たとえば4人世帯で最低居住水準に満たない世帯は約半数に達している。わが国の借家ストックが低水準にとどまっているのはなぜだろうが。この点につき次にみてみよう。

(仮りの住いとしての民営借家)

まず借家入居者の現状についてみると,借家居住世帯の平均居住期間は設備専用で約5.5年であり,設備共用で約4.5年となっており,全体として短く,さらに広さ別にみると狭い住宅ほど居住期間の短いものの比率が高い( 第II-4-7図 )。この理由としては,水準の低さが居住期間の短かさにつながっていると考えられる反面,借家に入居する契機として就職,進学,転勤等が多く本来移動性の高い人々が入居しているという面があるため設備共用借家や狭い借家などストック水準が低いと思われる借家は,仮りの住まいとしての性格を強く有しているものと考えられる。

こうした需要者にとっては借家に住むことによって居住水準の向上を図るという期待が稀薄であり,相対的に低い水準の借家に対して一定の需要を形成していると考えられる。

(良質の借家供給のインセンティブはなぜないか)

一方,供給側についてみると,48年から53年までの5年間のストック増加率は,設備専用民営借家では,広い借家の伸び率が高まっており,設備共用民営借家では,広さ別にみてもどのグループでも減少している( 第II-4-7図 )。こうしたなかで全般的な居住水準向上の欲求を反映して民営借家全体としてみればストック水準は改善方向に向いつつあるが,持家と代替関係にあるような広い借家の増加は相対的には依然小さい。

このように良質な借家の供給が少ないのは長期的にみると借家法のもとで借家人の権利がかなり強いこと,また継続家賃の上昇が物価上昇に比べてはるかに非弾力的であったこと等により借家経営のインセンティブ自体が弱まることになったためと考られる。こうしたなかで借家経営を行う場合にも,借家人の回転率の高い狭い借家を経営するという傾向になった。借家人が入れ替るごとに権利金・敷金による収入が得られ,家賃の変更が行い易いというメリットがあるためである。

4. 実物資産選択と資産分配のアンバランス

(土地資産分配の不平等感)

前述のように,住宅に対するニーズの充足が必ずしも十分でないことは,地価の上昇等により持家取得が困難であること,また良質な借家に住みたくとも,そのような借家が少ないこと等によるが,同時に住宅資産の分配についての不平等感が強いこともその一因となっている( 第II-4-8図 )。こうした傾向は,とくに大都市において著しい。その原因としては,大都市ほど持ち家率が低く,また地価の水準が高く,かつ,その上昇率も高いため持家取得が困難なこと。また,大都市においては市街地の中に農地を残しつつ都市の拡大が進行し,新規の住宅立地がますます遠距離化していること,さらに,これらの農地を売却した近郊農家の中には,莫大な土地譲渡所得を得るものが多いことに対する感情的要因,などがあげられよう。

(勤労者世帯の実物資産選択行動)

まず,このような実物資産分配をもたらす資産投資行動を,勤労者についてみてみよう( 第II-4-9図 )。

実物資産(土地及び住宅)投資(「貯蓄動向調査」による)は①純資産投資(実物投資+収益性金融資産投資-負債増)の構成をどのように配分するかという側面(グラフb)と②所得の中からどの程度の割合を純資産投資に充当するかという側面(グラフa)との2つに分けることができる。47,48年には所得の増加や住宅ローンの金利の引き下げという経済環境にあり,地価が先行しつつ建築費も上昇面をむかえるなかで,実物投資は大きく増加し,また収益性金融資産の利回りも上昇局面にあったため,それに対する投資も増加している。こうしたなかで,純資産投資は,かなりの増加となっており,純資産投資性向(純資産投資/年間収入)も上昇した。なかでも,特に実物資産へのシフトが明瞭にみられ,実質ベースでも実物投資が大きく増加している。ところが49年には地価の上げ止まり感が生ずるとともに,地価の上昇率も鈍化したため,土地投資を中心に実物資産投資は急減し,利回りの好調であった金融資産へのシフトが生じた。

その後地価は50年に前年比で下落したあと,じり高傾向を続けたが,53年半ば頃から再び上昇率が高まった。この間51年から55年にかけては,所得上昇率が低下したこと及び40年代末のような投資環境の大きな変化がなかったため純資産投資性向は安定していた。したがって,実物投資は主に純資産投資間の配分変化により行われてきたとみることができる。こうしたなかにあっても53年から54年にかけての地価上昇局面では,金利低下という条件もあり土地投資が活発化した。また54年には建築費が上昇局面をむかえたことを主因に,金利先高感もあり住宅投資が増加した。しかし,55年には地価及び建築費がピークを打つ一方,金融資産利回りが上昇したため,土地投資を中心に実物投資が急減し,反面収益性金融資産投資が増加した。したがって,このような投資行動は勤労者にあっても,実物投資行動に直面した際,流動性や安全性に配慮しつつ各種資産の収益率に応じて,資産全体の収益をできるだけ大きくするような合理的投資行動をとっていたことを意味していると考えられる。もっともこのような行動はすべての勤労者が行えたわけではない,所得別階層別の実質実物投資額をみると,所得が高いほど多くなっている( 第II-4-10図 )。土地や住宅は金融資産のように分割することができないから投資の最低ロットが大きく,たとえ高い収益率が期待できても,所得の低い層では頭金や年々の返済を考えれば,なかなか投資を実行できない。したがって実物投資額の階層間の格差は所得の格差以上のものがあり,こうしたなかで土地が年々高い上昇をするとすれば,階層間の実物資産分配の格差は,ますます拡大することになる。

(相続・贈与による資産取得)

実物資産分配の不均衡は,本人の稼得能力以外の面でも生じる。その第1は相続や贈与による場合であり,第2は地域間の地価の格差によるものである。持家比率をみると,29歳末満の層では22.0%であるのに対してその比率は年齢が高まるにつれて上昇し,50歳以上では4分の3を上回る(後掲 第II-4-12図 )。これはライフステージに対応した平均的な居住形態の変動パターンを示しているが,年齢が高まるにつれて所得が上昇し,土地・住宅の購買能力が高まるためである。また,若年層でも所得の高いものは若い時期に頭金が用意でき,その後の返済の目安もたつため,土地・住宅が取得できる。しかし,他面,相続や贈与によって土地の手当が出来れば,所得,の制約はかなり軽減される。建設省「民間住宅建設資金実態調査」(53年)により個人持家建築主について,土地取得方法別構成比をみると,相続・贈与・親兄第の所有地に依存して持家を取得した者の比率は,全国平均で年収300万円以上の世帯では26.4%であるのに対して,300万円未満の世帯では38.8%を占めており,低所得者層ほど相続.贈与・親兄第の所有地に依存している。この現象は大都市においてより著しい。相続・贈与等による土地取得は個人の稼得能力によらないものであるから短期的にみれば資産分配の不平等感を高める要因となる。

(大都市と地方との地価格差)

56年1月現在で単位面積当たり宅地価格の地域間格差をみると最も高い東京と最も低い宮崎県とでは7.8倍の差がある。したがって大都市の土地所有者の土地評価額は,地方圏の同一面積の土地の保有者のそれをはるかに上回っている。また,地価格差の推移をみると,47年までは地価水準の高いところほど地価上昇率も高まった( 第II-4-11図 )ため地価格差は広がった。しかし48年以降人口密度や一人当り県民所得の地域間格差が縮小しつつあること等を背景に宅地価格の地域間格差は縮小傾向にある。もっとも,54年から55年にかけて地価格差はやや広かったが40年代のような大きな格差の広がりはない。

しかしながら,地域間の地価格差が縮小傾向にあるとはいえ,格差そのものは依然大きく,大都市での住宅取得は必ずしも容易でないといえる。

5. 住宅充実への道

住宅需要は人々のライフステージによって異っている。。一般的に言えば,若い時期には借家に住む者の比率が高く,また住み替えによる居住形態の変化も多い。年齢が高まるにつれて,持家率が高まるとともに他方では住み替えを行う人々の割合も低下する( 第II-4-12図 )。若い時期に住み替えがより多く行われるのは,就職や転勤といった要因もあるが,結婚や家族の形成による世帯規模の変化によるところが大きい。また子供達の独立により世帯規模が縮小する場合にも従来居住していた住宅は多くの場合必要以上の大きさとなることも考えられる。したがってライフサイクルの各々の局面において,これらの世帯規模及び世帯構成に応じた住宅が借家あるいは持家の形で供給されることが必要である。さらに,この点については,人口の地域間移動の鈍化を反映して比較的若い層での住み替えによる居住形態の変化も減少して来ており,各々の地域での住宅需要が,人口の移動といった外的要因よりも,地域の住民のライフサイクルによって決定される面が強まってきている。

(狭小住宅の多い空家)

住み替えによって居住水準の向上又は適正化が円滑に行なわれるためには,適正な規模の空家がある程度存在していることが必要である。わが国の空家率は,53年で7.6%と量的には米国の水準(8.5%)に近づきつつある。

しかし実は,市場における住宅在庫の質については大きな問題がある。すなわち,建設省「空家実態調査」によってわが国の空家を床面積規模別にみると15畳未満のものが78%を占めている( 第II-4-13図 )。

つまり,空家ストックのほとんどはその狭さから,広さへの欲求拡大に対応できず,経済的に陳腐化した住宅が中心となっているわけであり,住み替えに際しての自由度は低いと言える。このように空家ストックの水準が低いことは住み替えを阻害している。また居住水準に対する人々の欲求水準向上を反映して一戸当たり平均住宅着工面積が年々拡大してきており,既存の狭小な住宅の市場性も相対的に低下していくものとみられる。

こうした状況下で住み替えによる居住水準の向上を実現するためには,中古住宅の流通市場を整備,近代化し,流通促進を図るとともに,既存の狭小借家等の建て替えにより住宅ストックの水準を改善することが必要である。この場合,現在の居住者の一部の受け皿は当該建替地域の外部に求めざるを得ない。また,伸び率が鈍化したとはいえ,世帯増加が住み替えを媒介にしつつも,新規注宅需要を生みだす。

従ってこれらの住宅建設需要に対応していくため,良好な市街地環境を備えた宅地が円滑に供給されていくことが重要な課題となるが,特に大都市圏においては宅地の供給が少なく,地価が高いという問題がある。

(高い地価水準)

わが国の地価は欧米諸国に絞べて高いといわれているが,これは,基本的には可住地面積が小さく土地の稀少性が高い中で,その土地を利用してきわめて高水準の経済活動が行われているためであるといえる。また,わが国では名目国民所得の伸びが高かったわけであるから,地価の上昇率も各国に比べて高かったわけである( 第II-4-14図 )。

従って,地価の水準自体を単純に外国と比較することは適当でないが,地価と宅地面積当たり雇用者所得でみた土地の生産性とを比較してみると,わが国は欧米諸国に比べてかなり高い水準になっており,この点を考慮し都市計画にもとづく円滑な宅地の供給を推進し,住宅地価格と所得の間に生じたギャップを解消させる必要がある。この場合には次の点が重要である。すなわち都市的な土地利用を図るべき地域については,それに見合った土地利用の実現を図ること,また個々の土地利用が都市計画に合致し,全体として良好な市街地形成につながるように配慮すること,である。

こうした条件の下で,市場を通じた宅地サービスと宅地資産の取引が円滑に行われることが望ましい。

(住宅地供給と近郊農家の土地保有)

市街化区域の中には,宅地化を図るべき土地はまだ相当量に存在している。すなわち,住宅事情の最も厳しい東京圏においても都市計画上おおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図るべき地域であるいわゆる新市街地面積のすべてを今後の住宅地開発可能面積とした場合,これが,今後10年間に必要となると予想される宅地開発必要面積を大幅に上回っているからである。しかし,宅地供給量は54年度に前年度比で横ばいとなったものの40年代末より一貫して減少してきている。今後はこのような傾向に歯止めをかけ,新市街地をいかに計画的に宅地化していくかが重要な課題であろう( 第II-4-15表 )。

このうちとくに注目されるのは市街化区域農地である。東京近郊の農地所有者の土地の売却意向についてみると,所有地の半分ないし大部分の土地を売却する意向をもっている者は全体の3分の1にすぎない( 第II-4-16図a )。これらの農家のなかには営農を継続する農家もあり,実際に農地を売却するとしても貸家・アパートの建設,自宅の新築,相続税の支払等の場合が多いとみられる。このように通常は所得の面からみると農家はあまり土地を売却して現金を手にする必要にせまられていないとみられる( 第II-4-16図b )。農家の農業粗収入は100万円未満のものが大多数であるが,総所得額は平均でみて500~600万円と勤労者世帯のそれをはるかに上回っているからである( 第II-4-17図 )。

また47,48年を中心に農地の売却がすすんだために農家の資金需要がほとんど一巡したこともその後の農家の土地供給量の減少をまねいた要因ともいわれている。農家が必要とする資金を得てしまえば,換金目的のための農地の売却は弱まることになる。

さらに税制面においても周辺の宅地等との間の税負担の均衡及び宅地促進という観点から市街化区域農地のうち,三大都市圏内の特定市(特別区のほか184市)に所在するA,B農地については固定資産税及び都市計画税の課税の適正化措置(いわゆる宅地並み課税)行われているが,このうち一定の農地については条例により減額措置が講じられている。

(良好な宅地供給の推進)

こうした中で民間の宅地開発事業者による宅地供給量は48年をピークとして低下傾向にあり,最近ではピーク時の40%程度となっている。これは素地の取得難を背景に,不動産業の売上高経常利益率の低下にみられるように,宅地開発事業の採算が悪化したことが主たる原因と考えられる。地価が恒常的かつ高率で上昇していた時期には宅地開発コストが宅地開発事業者のキャピタルゲインの中で十分吸収できたが,経済が安定成長期に移行するに伴い地価も相対的な安定期に入ったことからコスト吸収の余地が相対的に小さくなった。また立地条件の悪化,地方自治体の宅地開発指導要綱の普及等強化による有効宅地率(開発面積に対する住宅地販売面積の比率)の低下等が影響した。

このため,49年以降販売価格にしめるコスト比率が高水準で推移しており,時を同じくして民間の宅地開発事業者による宅地供給量は減少化傾向に転じている。

しかし,こうしたなかで,民間の宅地開発事業者は小規模な宅地開発に活路を見い出そうとする傾向を続けている。これは,素地取得が難しいという状況のもとで,開発規模が小さくなれば,宅地開発に対する種々の公的規制が緩やかになり,道路,公園,緑地などの公共用地の負担が小さくなるので,開発した宅地のほとんどが建物の敷地として利用できる。また事業規模が小さいから所要資金も少なく資金の回転も早いというメリットがあるためである( 第II-4-18図 )。

そして,ひとたびこのような宅地開発により公共用地の少ない市街地が形成されると,これを改善することはかなり困難である。したがって,市街地が最小限度備えるべき公共施設用地等の負担を小規模開発についても求めるなどにより,小規模開発により供給される宅地が望ましい市街地形成に向けて誘導される必要がある。

このような状況下で今後の宅地供給の円滑化を図るためには,一つには宅地供給の相当部分を担う民間の計画的な宅地開発事業の採算を改善し,民間の活力を十分に活かせるようにすることが必要である。このためには,地価安定をより確実なものとしつつ,関連公共施設の整備を促進するなど円滑な宅地供給のための条件が整備されることが必要である。一方,企業側としても,地価上昇に依存することなく宅地供給が行える経営基盤をつくり出していくことが重要である。また,宅地供治は市街地整備の一貫として計画的に実行されるべきものであり,この意味で,実効性の高い都市整備のプログラムを明確にした上で,宅地供給を計画的に実施していく必要がある。

(都市再関発の必要性)

さらに都市の再開発が主要である。現在の大都市の住宅は中央部においても高層化が諸外国に比べて進展せず,まだ既に述べたように住宅ストックの老朽化・陳腐化も進んでいる。したがって土地の健全かつ合理的な高度利用を図りつつ,これらのストックを良好な住環境を備えた質の高いものへと建て替えていくことが必要である。東京圏では,新市街地が全行政区域面積の7%を占めるにすぎないのに対して,既成市街地は17%(うち4%が23区内)となっている。このため,既成市街地の再開発,土地の高度利用に対する期待が高まっているが,再開発の実施にあたっては細分化された土地所有とその上に展開する錯綜する権利関係のもとで住民合意に長期間を要すること,事業費の点できわめてコスト高であること等により,種々の困難を生じている。しかし既存宅地の有効利用を行わず,都市圏をいたずらに外延化していくことは,これに伴う社会資本投資の効率性を低下させるばかりであり,また都心への時間距離が増大することにより,勤労者の生活にも悪影響を及ぼすことから,都市の再開発によって都市内の土地の有効利用を図り,既成市街地の居住環境を高め,他方で都市の平面的規模の無秩序な拡大を抑制していくことは,今後一層必要である。