昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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第II部 日本経済の活力,その特徴と課題

第2章 公共部門の役割と見直し

第1節 財政赤字の現状

1. 財政赤字の拡大

まず最も現実的な問題である財政赤字の現状からみてみよう。

わが国の財政収支は第1次石油危機以降大きく悪化した。一般会計の公債依存度は,国債発行が始まった40年度以降48年度頃まで,景気停滞期には上昇し,景気回復期には低下するという状況を繰り返すにとどまった。しかし,この状況は48年度頃から一変する。すなわち,48年度には景気上昇期にもかかわらず公債依存度の低下はわずかで,49年度以降の景気停滞期になると,かつてない高水準に達した。さらに,50年度以降になると,景気回復過程にもかかわらず公債依存度はむしろ逆に上昇の一途をたどり,54年度には39.6%と第2次大戦時を除いて異例の高さになった。その後,55,56年度予算になるに至って財政赤字の拡大にはようやく歯止めがかかったが,それでも56年度の公債依存度は26.2%となお主要国中最大となっている(第I部第3章第2節参照)。

2. 増大した構造的赤字

このような財政収支の悪化はいかなる要因によって生じたか。

第1は,第1次石油危機後の不況のなかで法人税を中心に大幅な歳入不足が生じたことである。不況に伴う財政収支の悪化は財政の自動調整機能(ビルトインスタビライザー)の結果である。つまり,この歳入不足は,その分だけ民間経済に対し景気支持的に働く。そして,景気が回復すれば歳入不足も解消し,財政収支自体もバランスすると考えてよいはずであった。

しかし,以上のような財政収支の推移は,このような自動調整機能の働きでは説明できない。

では,第2としてより基本的な原因は何であったか。それは歳出面において,景気の回復のために公共投資の拡充を図るとともに,国民生活の安定のために,従来に引き続き社会保障,文教の面で公共サービス水準の維持・充実に努めるなど,各般の施策が講じられてきたためである。

第II-2-1図 完全雇用赤字の推計

こうした歳入と歳出の構造的なギャップがおおよそどのくらいの大きさかをみるために,1つの試算として,経済が完全雇用の状況にあるとした場合の歳入と歳出の差額(これは「完全雇用赤字」と呼ばれる)を一定の前提の下に計算してみたものが 第II-2-1図 である。これは,現実の財政赤字の大きさは好況・不況等の景気の状況により変化を受けるので,経済が完全雇用の状況にあり,最大の税収(歳入)が確保されたときに,どの程度の赤字が発生するかをみようとするものである。これによると,49年度を唯一の例外として完全雇用時にも赤字が発生しているとみられる。しかもその赤字幅は年々拡大し,最近では現実の赤字幅の相当部分を占めるにいたっている。

3. 財政赤字の問題点

このように歳入と歳出の間には,大幅な構造的ギャップが存在するようになった。このような大きな赤字の中で国民生活の安定と経済の活力維持のためにこれまで財政が果たしてきた役割については相応の評価を与えてよいと思われる。第1次石油危機後の日本経済は,物価の安定,景気の回復,失業の低下など重要な政策目標を達成し,良好なパフォーマンスを取りもどしてきた。これは,欧米諸国において財政赤字が経済のパフォーマンスを悪化させたといわれているのとは対照的な状況になっている。

このような状況はいかにして生じたか。結論を先取りしていえば歳入に比し,歳出は明らかに構造的に高かったとはいえ,財政赤字は民間の貯蓄超過の部分にとどまっており,民間の資金需要に圧迫を加えることが少なかったからである。財政赤字が大きい日本,アメリカ,イギリスの3つの国について,財政の公債依存度,財政赤字の経済全体に占める割合について比較してみると( 第II-2-2図 ),わが国の財政赤字の特徴として,

の3点が指摘できる。①の公債依存度の高さは,「財政硬直化」要因をもたらすという点で重大であることを意味する。高い公債依存度が続けば,やがてその償還や利払いのために歳出の多くが食われてしまい,公共部門の本来の目的のため裁量的に使える余裕が乏しくなる。つまり国債費増加による財政政策の自由度低下である。これに対して②の財政赤字の経済全体に対する割合の高さが①ほど際立っていないのは,歳出の規模全体が相対的に小さいことを反映するものである。わが国の財政は「大きな赤字」とはいえ,国際比較の上では相対的には「小さな政府」といえる。

ところで第1次石油危機以降,それまでバランスのとれていたわが国の民間部門の貯蓄,投資バランスは,一時的に投資超過になったものの,その後昭和53年にかけてまでは大幅な貯蓄超過の状態を続けた。一方,景気の安定的な回復を目途とした積極的財政運営から,政府部門の投資超過部分が拡大したため事後的にこの民間部門の貯蓄超過はかなり相殺された。国債の大量発行はその意床で,経済が縮小均衡に陥ることを防ぐ役割を果たしてきたと言えよう。この期間中国際収支が大幅黒字であったことは,国債発行が民間部門の貯蓄超過の範囲内にとどまったことを示しており,こうした事情から大量の国債発行にもかかわらず,金利の大幅な上昇はさけられていたのである。

しかしながら,以上のことは財政赤字を解消していく過程で民間部門に再び貯蓄超過が生じ,経済が縮小均衡に陥ることを意味しているわけではない。逆に54年以降,民間部門で企業の投資活動が活発化する一方,家計の貯蓄がそれほど増えず,民間部門の貯蓄超過が縮小している。

したがって,今後とも国債の大量発行が続く場合には,金融機関の預金の大部分が国債保有に充てられ,民間の資金需要に十分応ずるゆとりがなくなる可能性も将来の問題としては否定できず,そのような場合には,マネーサプライを過度に増加させればインフレを引き起こすおそれがある。現にわが国においてはこれまで回避されてきたが,アメリカ,イギリスなどでは恒常的な財政赤字がマネーサプライのコントロールを困難にしてきたとされている。これに加えて,財政赤字が増税に比べて負担感が薄く「大きな政府」につながりやすいという点も見逃してはならない。こうした意味からも財政バランスの改善は日本経済全体にとって最重要の課題であるといわなければならない。


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