昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第I部 第2次石油危機を乗り越える日本経済
第3章 財政金融政策の展開と課題
第2次石油危機とその後の調整過程のなかで,金融政策は経済情勢の変化に対応して機動的に運営されてきた( 第I-3-1表 )。すなわち,54年4月の第1回目の引上げをはじめとして公定歩合は通算5回計5.5%にわたって引き上げられ,55年3月には9.0%と第1次石油危機直後に並ぶ史上最高水準となった。また日本銀行はこれに並行して預金準備率の引上げ,窓口指導の抑制的運営などの厳しい引締めの措置を実施した。そして,こうした過程で金利水準は長期,短期ともに大幅に上昇した( 第I-3-2図 )。これらの金融引締め政策は,石油価格上昇による輸入インフレーションがインフレ期待の高まりを通じてホームメイド・インフレーションに転化することを防止するのが最大の目的であった。そしてその成果は,55年央以降,卸売物価の鎮静化,消費者物価の騰勢鈍化という形ではっきり現れた。また,これに並行して生じてきた円相場の反転上昇は日本経済に対する内外の信認回復を反映するものであった。
さらに,石油価格上昇のデフレ的影響が「景気のかげり」として顕在化するに伴い,引締め措置は,徐々に緩和に向かった。すなわち,55年8月以降公定歩合の引下げ(通算3回,2.75%の引下げ)を始め,各種の緩和措置がとられた。この間,既に年央から低下に転じていた市場金利は金融緩和に歩調を合わせて次第に低下を続けた。( 第I-3-2図 )。
以上のような金融政策の引締め緩和といった対応は効果的であった。この間における金利動向を国際比較してみると( 第I-3-3図 ),まず,現在のわが国の金利水準は西ドイツをも下回り長期金利,短期金利ともに主要国中最も低い。もっとも,引締め期間中の金利の上昇速度は(特に短期金利)わが国で最も早かった。しかし強い引締めによってインフレ期待を抑え,それゆえにこそ今度は緩和期における政策運営の余地を大きくしたのである。「引締めがあったから緩和ができた」といえる。
こうした金融政策の動向は実体経済面にいかなる影響を及ぼしただろうか。
まず,企業金融の引き締まり具合を,日本銀行の「企業の短期経済観測」によってみると次のような3つの特徴がある( 第I-3-4図 )。まず,第1に,最近の緩和局面においては,金融機関の貸出態度が比較的慎重であり,そうしたなかで企業の資金繰り判断の改善テンポも緩やかである。第2に,業種別に前回緩和期と比べてみても,50年にはほぼ全業種にわたって顕著な改善を示したのに対し,今回は各業種とも改善のテンポが鈍く,業種によってはむしろ窮屈感が強まっているものも見られる( 第I-3-5図 )。
これを企業側からみると,「景気のかげり」が跛行性を伴って進行するなかで,鉄鋼,パルプ・紙等素材型産業の多くでは在庫調整の遅れから「後ろ向き資金需要」が増加した。また,業績好調な加工型業種でも自動車,電気機械などで,旺盛な設備投資意欲などを映じて「前向き資金」が増加し,資金繰りが窮屈になった業種さえあった。このように,緩和惑がみられないといってもその性格が対照的に異なっているのが今回緩和期に注目される点である。しかし,第3に,やや長い目でみると,引締め期間中の資金繰りの窮屈化が前回に比べはるかに軽微であり,引締め解除後9か月目でも絶対レベルでは前回より窮屈感が少ないという特徴がある。
以上の三つ,すなわち,「引締り感なき引締め」のあと「緩和感に乏しい緩和」が生じ,かつ「実は引き締め期も緩和期も目立った変化がない」という状況になっているのはなぜだろうか。
第1の理由は,企業財務面で,①負債面では金融機関借入れ依存度が低下し,②資産面では有価証券(現先を含む),CD等金融資産への投資が増大しているため,貸出が抑制された時でも,余裕ある対応ができるということである。このことは窓口規制→貸出の抑制的管理という従来型の手段による企業金融への影響が以前に比べかなり小さくなっていることを意味する。
第2に,輸出代金や財政資金など金融機関貸出を通じない経路で企業部門に資金が流入していることがあげられる。
とはいえ以上は,引締め政策そのものの効果の減殺を意味するものではない。第3に,以上に代替するかたちで金利の自由化の進展が金融政策の効果を強めることになった。すなわち現先レート・CDレートなど市場金利の上昇に伴い,企業は実物投資(とりわけ投機的な在庫投資)を抑制し,金融資産への投資を活発化した(あるいは少なくとも金融資産の取崩しを控えた)。つまり,金利の自由化は金融引締め効果をかつてのように企業の資金繰りを窮屈化するというかたちだけではなく,実物資産・金融資産間,資産選択の変化というかたちで及ぼすようになり,そのことはまた企業の資金不足感を緩和することになったのである。( 第I-3-6図 )。(本節,金利の自由化と長短金利の動向参照)。
次に,今回の緩和期間中の金融機関の貸出動向をみてみよう( 第I-3-7表 )。
今回と前回と比べて注目される特徴は,貸出残高の前年比の伸びが各業態ともに低く,かつその中でも貸出増加額の前年比でみると相互銀行,信用金庫といった中小企業関係の貸出が振るわないことである。今回の緩和期において貸出態度が全体として慎重なのは,資金需要自体の盛り上がりがあまり大きくない状況下で無理な貸し進みによる収益の悪化回避に配慮している面もあるとみられる。利ザヤが縮小し,国債の保有残高も増加したための金融機関としてもいぜん強いとはいえ量的拡大指向をいささか転換せざるを得ない情勢にある。
一方,金融機関のポジション(調達と運用の差額)の動きをみると都銀のポジションがこのところ著しく好転しているのに対し,その他金融機関ではあまり改善がみられておらず,いわゆる「資金偏在」の構造にかなりの変化が生じている( 第I-3-8図 )。とくに54年以降の都銀ポジションの改善は,CD(金利自由の譲渡性預金)の創設,現先市場での調達増加(売現先ワクの拡大),非居住者自由円勘定金利の一部自由化といった一連の金利自由化措置により都銀の資金調達ルートが拡大したことによる面が大きい。このように金利自由化に伴う都銀の資金調達面での相対的優位化は,金融構造に影響をもたらしつつある。最近における中小金融機関の貸出不振の背景には,中小企業自身の資金需要減退に加えてそうした金融構造の変化も無視できないと考えられる。
第2次石油危機後の金融政策の展開をみると,金融引締め局面で金利が急騰し,緩和局面で低下した。しかし,マネーサプライはこの間一貫して伸び率の低下を続け,56年に入ってようやく底を打った。
金融引締め政策は,マネーサプライの抑制,金利の上昇によって経済活動に影響を及ぼし,また,緩和政策は,マネーサプライの増加,金利低下によって影響を及ぼしていくものである。
ところが,すぐ前に述べたように55年半ば以降ではマネーサプライの増勢鈍化と金利低下が相伴っており緩和期にもかかわらず,従来考えられていたのとは違った現象が生じている。また,国際比較してもマネーサプライの伸びが高い国ほど金利水準も高いという関係がむしろ支配的であることもみられる( 第I-3-9図 )。このように,現実に観察されるマネーサプライと金利の関係は,上に述べたような考え方とは逆になっている場合が多い。この点は,マネーサプライと金利の関係は従来考えられてきた程単純なものではないことを示唆している。
通貨供給の変動が通貨需要に影響を与えるという考えに立てば,次のようなメカニズムが考えられよう。通貨の供給が増加すると短期的には資金の需給バランスが供給超過となり,短期金融市場を中心に金利が低下する。しかし,実は,マネーサプライの増加は一定の時間的遅れを伴って名目的な経済活動を活発化し,名目所得の増加をもたらす。名目所得の増加は通貨需要を増加させることとなり,これは金利上昇圧力を生じる。また,インフレ傾向の強い状況では,「インフレ期待が金利を高める」という影響を指摘する考えもある。これはインフレ期待があると,実質金利にインフレ期待が上乗せされ,名目金利が上昇し,実質金利と名目金利が乖離するということである。物価が全く上昇していない時に貸手と借手の間に合意されている金利が実質金利である。もちろん実質金利という考え方は,理論的な概念であり,実際には明確に区別できるものでないが,仮にこれを5%(年率)としよう。このとき,物価上昇率が5%に高まり今後も5%と予想されるならば,インフレ期待が100%上乗せされれば実際の金利(名目金利)は実質金利(5%)に期待インフレ率(5%)を加えた10%となる。このような場合貸手にとっては金利の物価上昇による減価が補てんされ,借手にとっても,実質金利の水準は変わらないから,不利になるわけではない。
また,金融政策の観点からは,インフレ期待が存在しているときに,金利水準を高目に誘導し,引締め政策がとられるわけであり,こうした面からも,物価上昇期に名目金利が上昇するのは当然である。
欧米諸国のように物価上昇率が高く,石油危機などによりインフレ期待が大きく高まっている場合,名目金利の動きにインフレ期待が与える影響は極めて大きいと考えられる。わが国についても,一定の仮定をおいて金利と物価の関係を測定してみると,たとえば現先レートの変動に期待インフレ率(ここでは,過去の卸売物価の加重平均値によって代用している)が,かなり影響していることが示唆される。( 第I-3-10図 )。
以上の点を考慮すればマネーサプライと金利の間にはマネーサプライ→物価→金利という経路を通じた影響が生じ,物価上昇率が高いときにはこれが名目金利の動向にも影響を与えるルートが考えられる。この場合には長い眼でみるとマネーサプライの増加(減少)が金利の上昇(低下)と共存することになろう。こうした点をマネーサプライと金利に関する2変数の時系列モデルによって検証しても,同じ効果が確認される( 第I-3-11図 )。すなわち,マネーサプライの伸びを趨勢に比べて1%高めたあと横ばいにしたとすると当初金利が低下するがやがて上昇に転じ,結局はもとの水準を上回ってしまうことになる。
54年から55年にかけてのわが国のマネーサプライと金利の動きを以上のような見方でみてみると,54年4月の金融引締め開始後におけるマネーサプライの低下と金利の上昇の同時進行は,マネーサプライ低下の初期の影響と輸入インフレに伴うインフレ期待の影響が重なって起こったものと考えられ,その後の55年8月以降の金利低下はマネーサプライの低下によるホームメイド・インフレの防止(インフレ期待の低下)と通貨需要の減退を反映した現象であったといえる。「引締めたからこそ緩和ができた」のは,引締めによってインフレ期待が抑制されたからであったのである。
マネーサプライの動き(M2+CD,以下,特にことわらない限りこれを示す)を前年同期比(平均残高)でみると54年1~3月期に12.3%と最近におけるピークを記録したあと,55年,56年にかけて一貫して伸びを低めていった。56年1~3月期には7.6%とマネーサプライ統計作成開始以来の低い伸びとなった。もっとも月別の推移でみると56年1月に底を打っている。
こうしたマネーサプライの安定は,供給サイドと需要サイドの両面からもたらされたものである。
まず,通貨供給面からみると,日本銀行は53年7~9月期から各四半期のマネーサプライ見通しの公表を開始し,マネーサプライ重視の姿勢をより明確にした。そして,第2次石油危機に伴う輸入インフレによって生ずる名目取引量の増加に伴い通貨需要が増大したが,日本銀行はこうした状況に対し,むしろマネーサプライを抑制する政策をとった。つまりマネーサプライの伸びを高めて,名目取引量の増加を追認する政策(「アコモデーション」と呼ばれる)をとらなかったのである。これは既に述べたように輸入インフレによるインフレ期待の場を防止し,それを通じて一般物価水準の上昇(ホームメイド・インフレ)を回避するためであった。こうした金融政策の運営方針はマネーサプライがどのようにして供給されたかをみると明瞭に理解されよう( 第I-3-12図 )。
まず,政府向け信用の寄与度が54年から55年にかけて大きく低下したことである。これは金融機関による国債の市中(非銀行民間部門)売却増を反映している。そしてその背後には,国債引受けに伴う金融機関のハイパワードマネー(手元資金)減少に対し日銀信用によるアコモデーションを行わなかった日本銀行の強い姿勢がある(第II部第2章第4節「金融と公共部門」参照)。次に,民間向け信用の寄与度は54年以降高まったとはいえ,極めて低い水準にとどまった。これも引締め政策による貸出し抑制を反映している。対外資産の寄与度は国際収支(総合収支)の赤字を背景に大幅マイナスを続けた。総合収支の赤字をもたらしたのは,石油代金の支払い増加であった。これは,石油価格上昇による実質所得の移転という現象が金融面からみると,マネーサプライの鈍化につながることを反映したものである。対外資産の項目がごく最近では均衡化してきているのは経常収支の改善に加えて対日証券投資を中心にオイルマネーの還流が進んでいるからである。
次に,通貨需要面をみると,名目総需要に対するマネーサプライの比率(いわゆる「マーシャルのk」)が54年以降低下している。これは,金利水準の上昇に伴って現金通貨や預金通貨から高利回りの資産へのシフトが生じ,通貨需要が減少したことを反映している。実際,マネーサプライの推移をみると,今回に限らず金利上昇期には流動性預金の割合の高い指標の伸び率が相対的に低下しており,金利下降期には逆の現象がみられている( 第I-3-13図 )。
54年から56年にかけてのマネーサプライの伸び率低下はこれまで述べた点を考慮すれば決して異常な現象ではない。今回の場合,マネーサプライの低下は比較的速やかに物価水準の鈍化につながり,実体経済に与えた影響は軽微にとどまった。これは低下幅が小幅だったことに加え,そのテンポも緩やかであり,予期されない変動が少なかったためと考えられる。
過去数年間における金利の自由化,弾力化の進展は,第2次石油危機後の金融政策の機動的展開とその効果の背景として重要な意味をもっている。金利自由化の歩みを振り返ると,まず金融政策の効果が直接及ぶコール・手形市場については54年10月までに金利の決定方式が完全に自由化(「建値制」の廃止)されたほか,一部都市銀行によるコールローンの放出,一部証券会社によるコールマネーの取入れなど従来行われていなかった取引が認められるようになった。一方,金融機関による現先取引規制の緩和,CDの創設などにより,金融機関がコール・手形市場と現先・CD市場などの金利を比較して裁定取引を行う余地が広がってきた。つまりコール・手形市場とその他短期金融市場の金利がより密接に連動するようになったのである。
以上の結果,政策当局の市場運営はコール・手形市場から一般の企業等も参加する現先・CD市場等へと迅速に波及するようになった。現先市場やCD市場は金融機関しか参加できないコール・手形市場と異なり,金融機関以外の民間部門にも「開放」されている。市場が不特定多数の参加者に開放され,取引も相対でなく自由に行われる市場は「オープン・マーケット」と呼ばれる。ただし,現先市場には個人投資家の参加が認められていないし,CDについても額面単位5億円となっているため,個人等の購入はわずかにとどまっている。とはいえ,こうした短期金融市場の結びつきの強まりは,金融政策の実体経済への波及経路が金融機関の貸出による企業の資金調達面にとどまらず,オープンマーケットを通じて資金運用面にも広がってきたことを意味する。また,逆にオープン・マーケットでの自律的な金利の動きがただちにコール・手形市場にはね返り,政策のより機動的な発動を促進することにもなってきた。
一方,債券市場においても52年に金融機関保有国債のうち引受け後1年以上経過分の市中売却が可能となったのを始めとして,その後,日銀の国債オペレーション,中期国債の発行への公募入札方式の導入などの措置が相次いで実施された。金融機関の国債売却制限についても漸次期間が短縮され,56年4月には発行後100日程度にまで緩和されてきた。
従来,わが国の金融部門は「日本経済の特殊性」の代表例として考えられることが多かった。「硬直的な金利体系」,「未発達な公社債市場」,「機関投資家の不在」といった見方がそうである。このような見方は市場機能が働かない以上,金利の自由化も有効ではないという考え方にもつながった。
しかし現実に金利の自由化が進んでみると,そうではないことがはっきりしてきた。これを長短金利の栽定という面からみてみよう(前掲 第I-3-2図 参照)。
長期国債の流通利回りは52年初め頃まで変動がほとんどなかったが,52年に金融機関保有国債の売却が開始されてから,変動が大きくなった。この利回りは第2次石油危機直前まで短期金利を上回るレベルで安定した推移を示したが,53年末頃から上昇傾向をたどり始めた。しかも,この金利上昇局面において,当初動きの少なかったコール,現先などの短期金利が54年の引締め開始頃から長期金利を上回るテンポで上昇し,55年の引締めピーク時には長短金利が完全に逆転した。その後の金利下降局面においても短期金利の下降テンポが早かったため,最近時では再び長期金利が短期金利を上回っている。
このように,金利が大きく変動するとき長期金利の動きが先行し,またその振れが短期金利に比して小さいのには二つの理由がある。その一つは,インフレ期待が金利を高めるということである。もう一つは長期金利が,基本的には将来の予想短期金利の加重平均として表わされるためである。従って,長期金利には,先行きの平均的なインフレ期待が,短期金利には,短期のインフレ期待が折込まれることになる。すなわち,金利は現在と将来のインフレ期待について差がない場合には,資金が長期間固定される長期金利が短期金利より高しいといういわゆる「正常な金利体系」が現われる。しかし,石油情勢の変化などがら先行き物価上昇率が高まるという期待が生じた時には将来の短期金利上昇が子想され,これは長期金利にも織り込まれることになる。通常金利先高感によって長期金利が上昇するというのはこうした現象を示すものである。一方,物価上昇が現実化してくると短期金利も上昇し始める。この場合,短期金利の上昇が短期のインフレ率の変動をそのまま反映するのに対し,長期金利の変動は長い期間の平均的インフレ期待に影響されるので短期金利ほど大きくない。そして,物価上昇が峠に近づいたとの予想が支配的になると,「金利天井感」が生じて短期金利が長期金利を上回ることになる。
53年末から55年にかけてのわが国の金利動向は以上のような動きの結果として生じたものと考えるとよく理解できる。利付電々債について残存期間ごとの利回り(イールドカーブといわれる。)の動きをみても,この関係ははっきりうかがわれる。すなわち,イールドカーブは金融緩和期には右上がりになっているが,引締め開始と共に,徐々にフラットになっていき,引締めのピーク時には右下がりとなっている( 第I-3-14図 )。
このようにみてくると,経済情勢いかんによって「正常な金利体系」が乱されたり,金融緩和期に長期金利の下り方が鈍いといった現象は決して異常なものではなく,むしろ投資家行動の合理性を反映するものであったといえよう。
もっとも,最近の公社債市場においては表面金利(「クーポンレート」といわれる)の低い債券(いわゆる「ロクイチ国債」など)の利回り上昇が著しく,償還期がほぼ同様な他の高クーポン債との利回り格差が大きく拡大するという現象が生じている。このことは上述した状況と矛盾するように見えるが,むしろそれは表面上のことにしかすぎない。というのは,わが国の最終利回り計算が単利の計算方法によってなされているためであり,実際,最終利回りを複利方式で計算すると,低クーポン債と高クーポン債の格差はかなり小さくなる( 第I-3-15図 ),複利べースでも若干の格差がみられるのは投資家の「再投資レート」の違い,期間損益を重視する「直利指向」の存在等によるものと考えられる。いずれにせよ複利でみた格差は必ずしも大幅なものとはいえない。
以上のように,わが国の金融市場にも基本的には「合理性」の力が働いている。しかしより市場機能を高め,そうした合理的行動が金融市場に反映するよう今後も金利の自由化を一層進めていく必要がある。それが効率的な資金配分,金融政策の有効性確保にもつながることになる。短期金融市場でいえばこれまで自由化が進んだといっても,たとえばアメリカの政府短期証券市場に比べれば,「オープン・マーケット」の形成は遅れている。