昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第I部 第2次石油危機を乗り越える日本経済
第2章 景気のかげりとその実態
53年以降改善を続けてきた雇用情勢は,景気にかげり現象が生ずるなかで,改善の歩みに足ぶみがみられるようになり,特に56年に入ってからその傾向が目立っている。すなわち,就業者全体(非農林業)としては増加を続けたものの,労働需給の緩和や失業率の上昇がみられるようになった。これには需要動向の跛行性が,業種間,規模間のアンバランスを生ぜしめたことによる面が大きい。
一方,この間,主婦労働力の進出が目立ったのも特徴的であった。
改善を続けてきた雇用情勢にも,55年4~6月期以降若干の変化が生ずるようになった。
まず,労働需給の状況を示す有効求人倍率は,55年4~6月期以降低下傾向を示し,56年1~3月期には0.70倍となり,完全失業率も56年1~3月期には2.15%まで上昇した。さらに企業における必要労働投入量の変化を敏感に反映する所定外労働時間も55年7~9月期以降減少気味に推移した。こうした傾向は56年度初めまで続いた。
しかし,この間,非農林就業者数は,年率2%前後で堅調な増加を続けた( 第I-2-56図 )。
こうした背景には,国内需要が伸び悩むなかで,在庫調整が実施され,生産,売上活動にも跛行性が生じたこと等が影響している。
雇用調整の一般的パターンは,まず中途採用求人の削減から始まり,次に所定外労働時間を減らし,最後に直接雇用削減を行うというかたちで進行する。
そこで,まず,求人削減の状況を新規求人についてみると,産業全体では55年1~3月期から減少に転じている。産業別には相対的に製造業の落ち込みが目立つ一方,サービス業では比較的底固い動きを示した。規模別にはどの規模でも減少した( 第I-2-57図 )。
次に,雇用削減の状況を事業主都合による解雇者数の動きでみると,全体として増加を示すなかで,産業別にはとくに建設業での増加が高く,次いで製造業で増加している( 第I-2-58図 )。製造業のなかでは消費・素材関連業種や中小企業での増加が大きい。
また,完全失業率の動きをみると55年末頃までは男女とも「その他の家族」及び単身世帯での上昇が目立ったが,55年度末から56年度初めにかけては景気のかげりを強く受けた産業からの離職者の増加を反映して男子世帯主や女子配偶者で上昇している( 第I-2-59図 )。
こうした状況は全体の就業者(非農林業)が堅調に増加しているなかで生じている。つまり,景気のかげりにより求人や所定外労働時間の減少がほぼ全部門でみられるのに対し,かげりを強く受ける部門では雇用を削減したものの,そうでない部門では雇用の吸収を続けたためと考えられる。
以上のような状況を,製造業における業種別労働投入量の動きによってみると,次のような点が指摘できる。
まず,製造業全体では労働投入量は55年7~9月期以降伸びが鈍化し,56年1~3月期には減少しているが,それはもっぱら労働時間の調整によるもので,雇用量は減少していない。しかし,業種別にはかなり違った推移を示している( 第I-2-60図 )。
すなわち,第1に,食料品,繊維など軽工業関連の消費財産業では55年に入ると労働時間,雇用ともに減少しているため,労働投入量も減少した。これには消費,住宅といった需要の伸び悩みが影響していよう。
第2に,鉄鋼,化学などの素材産業では雇用はほぼ横ばいに推移するなかで,労働時間が減少する型で,労働投入量が55年7~9月期以降減少している。これには加工型にくらべて相対的に輸出が低調に推移したことに加え,在庫調整が長期化し,生産活動が低調に推移したことが影響していると考えられる。
第3に,電気機械,輸送用機械などの加工型産業では,雇用が高い伸びを続けるなかで,労働時間が55年7~9月期以降調整がみられたが,労働投入量は高水準を維持した。これには輸出の好調,設備投資の堅調さが需要増の主役となって,生産活動の活発さを支えたことが背景となっている。
以上のように労働需給の緩和が続いてきたが,基本的には景気のかげりに伴なう生産・売上活動の伸び悩みから派生してきたものである。ただ,今回の労働需給の緩和は,次のように理由から,それほど深刻化するとは考えにくい。
それは,企業が第1次石油危機以降の過程で,かなり大幅な雇用調整や新卒採用の手控えを実施し,それゆえ企業内での余剰雇用圧力はそれほど存在しないとみられること,および企業内に若年労働力の不足が生じてきたがゆえに,新規学卒者の採用を積極化する動きさえみられることなどである。こうしたなかで,56年度初めになっても就業者(非農林業)は堅調な増加を続けている。また景気は総じてみれば緩かな改善を示している。一般的に雇用情勢は景気に対して遅行性を持っているから,これらの事実は今後の失業の解消に良い影響を及ぼすと考えられ,労働需給も今後改善傾向をとりもどしていくことが期待される。
最後に,最近における労働市場の動きのなかでとくに注目されている主婦の職場進出の動向についてみよう。
家庭の主婦の労働力率は,50年を底に54年まで上昇を続けてきた。55年に入ってからも7~9月期まで上昇を続けその後若下低下しているが,いぜん高い水準にある。こうしたなかで,とくに54年以降の主婦の非農林就業者の増加が顕著であり,またその就業形態別も週35時間未満の短時間労働が選好されている( 第I-2-61図 )。さらにこれを年齢別にみると40年代後半には,主として40~64歳の中高年女子の労働力率の上昇が大きかったが,50年以降は25~39歳の比較的若い層の上昇に中心が移ってきている。これは女子の就業希望者の増加とともに,育児負担の軽減などの反映と考えられる。
こうした主婦の就業の増加についてここ2~3年の動向をみてみると( 第I-2-62図 )。非労働力人口での就業希望が増え,徐々に労働力化している状況がうかがえる。とくにこうした就業希望者の増大からみて主婦の労働力化は今後しばらく上昇していく可能性が高い。