昭和56年
年次経済報告
日本経済の創造的活力を求めて
昭和56年8月14日
経済企画庁
第I部 第2次石油危機を乗り越える日本経済
第1章 第2次石油危機の影響とその収斂過程
原油価格(通関ベース)は,53年の1バーレル13.8ドルから55年には33.0ドルに上昇した。これにより,55年の原油輸入代金(通関ベース)は,53年に比べて約290億ドル(GNPの約2.9%)増加した。
このような原油輸入代金の支払い増加や53年末までの円高傾向を背景に,経常収支は54~55年度には大幅に悪化し,54年度は139億ドル,55年度は70億ドルの大幅赤字を記録したが,56年度に入ってから最近時点までの動きをみると,改善傾向にある。
経常収支の赤字幅が縮小傾向にあるのは,輸出が堅調な伸びを続ける一方,輸入の伸びが鈍化し,貿易収支が大幅に改善しているのが主因である。名目輸出(ドルベース,通関額)は,前年同期比で55年1~3月期の17.1%増から56年1~3月期の30.3%増へ伸びを高めている。他方,名目輸入は,同じ期間に41.8%増から10.4%増へ伸びを低下させている。この結果,貿易収支(季節調整値)は,55年1~3月期の約18億ドルの赤字から,56年1~3月期の約34億ドルの黒字へと大幅に改善した。もっともこの間,貿易外収支と移転収支は赤字幅が拡大した。
ドルベースの名目輸出が伸びを高めたのは以下の理由によるものである。
第1は,55年4~6月期以降56年年初まで円高局面にあったにもかかわらず,輸出数量が高い伸びを続けたことである。輸出数量は前年同期比でみると,55年1~3月期の16.2%増から56年1~3月期の12.8%増へと若干鈍化したものの,なお高水準の伸びを続けている。
これは,①55年1~3月期までの円安による輸出の価格競争力の強化が,時間的遅れをもってプラスに働いたこと,②輸出市場の多角化の動きが生じていること,③日本商品の非価格競争力が強まっていること,等によるものである(第I部第2章第5節参照)。
第2に,高い競争力を背景として,円高によりドル建ての輸出価格が上昇したことである。ドル建ての輸出価格の上昇率は,前年同期比で55年1~3月期の0.8%から56年1~3月期の15.5%へ大幅に上昇した。この間,円建ての輸出価格の上昇率は大きく低下しているから,円レートの上昇によって説明される。
このように55年度においては,円高が直ちには輸出数量には大きなマイナス効果を及ぼさなかったうえに,他方でドル建ての輸出価格を引き上げたので,ドルベースの名目輸出を増加させるよう大きく働いた。その意味で,円高の「Jカーブ効果」(円レートの上昇(下落)が輸出入数量の変動にまで影響を及ぼすには時間的遅れがあるため,短期的には貿易収支が逆に改善(悪化)してしまう効果のこと)が名目輸出を増加させる方向に作用したといえよう。
もっとも56年2月以降になると円安となっており,このようなJカーブ効果は解消してきているとみられる。それにもかかわらず,名目輸出が高水準の伸びを続けているのは,アメリカの景気回復等によるものとみられる。
ドルベースの名目輸入は,55年度に入ってから伸びが低下した( 第I-1-23図 )。
名目輸入の伸びが低下した要因としては,まず第1に,原油価格の落ち着きを中心にドル建ての輸入物価の上昇率が大きく低下したことがあげられる。その前年同期比上昇率は55年1~3月期の51%から56年1~3月期の11%まで低下した。
第2は,輸入数量が横ばいないし若干の減少傾向を続けたことである。輸入数量は,原油輸入の減少もあっで,54年1~3月期から55年1~3月期までの1年間では約6%減っているし,55年1~3月期から56年1~3月期までの1年間でも約1%減少した。
このように最近2年間において輸入数量が停滞していたのは,①円レートの動向,②国内の経済活動,および③省エネルギーの動きの三つの要因によるものである。
まず,円レートの影響をみてみよう。
54~55年初の期間においては国内経済活動は活発であったにもかかわらず,輸入数量は減少した。その内訳をみると,とくに食料品や加工製品等の減少が目立っている( 第I-1-24図 )。しかし,最近の動きをみると,これらの製品類は,全体としての輸入が横ばいを続ける中で,55年末から56年1~3月期にかけて増加に転じる動きを示している。このような製品類の輸入数量の動きには円レートの変動が大きく影響した。54年4~6月期~55年初めの製品類の輸入の減少は,53年末から55年初めにかけて円安局面となり,輸入品の相対価格が上昇したことが影響している。また,逆に最近の製品類の輸入の増加の動きは,55年春から56年年初にかけての円レートの上昇によって輸入品の相対価格が低下したことが大きく影響している( 第I-1-25図 )。
他方,原材料輸入については,円レートの影響よりも国内経済活動の影響が大きい。
輸入素原材料を多く使用する8業種の鉱工業生産の変動と原燃料の輸入数量の動向の間には密接な関係がみられる( 第I-1-26図 )。55年以降原燃料の輸入が減少を続けているのには,素原材料を大量に消費する素材型の業種の生産が減少傾向を示したことが大きな影響を与えている。すなわち,これら部門の生産の低下を反映して,輸入素原材料の在庫率は,55年4~6月期以降大幅に上昇し,これが輸入を抑制する動きをもたらした。
輸入数量の停滞をもたらいている第3の要因として,省エネルギーの動きがある。エネルギーの輸入は55年でみると輸入総額の約5割を占めているため,その変動は輸入全体の動向に大きな影響を及ぼす。
エネルギー輸入は,総カロリーでみると55年は4.8%減少した( 第I-1-27図 )。なかでも,原粗油は大きく減少し,56年1~3月期の前年同期比でみると約10%の減少となっている。
このように55年のエネルギー輸入が減少したのは,国内経済活動の停滞もあるが,省エネルギーの進展の影響も大きい。50年以降生産1単位当たりの鉱物性燃料の輸入は減少してきている( 第I-1-28図 )。これはいうまでもなく省エネルギーの進行を反映するものであるが,とくに55年の低下が大きい。
もっとも,このところ,石油から他のエネルギーへの代替の動きも進んでおり,石油ガスおよび天然ガス,石炭の輸入は増加している。
長期資本収支は,53年度163億ドル,54年度は84億ドルの赤字であったが,55年度は一転して約44億ドルの黒字となった。
これは対日証券投資の黒字幅が大幅に拡大したことが主因である。53年度の9億ドルの赤字,54年度の46億ドルの黒字のあと,55年度は一挙に168億ドルの黒字に拡大した。
対日証券投資の内訳けをみると最近では株式と債券がそれぞれ半分近くのウエイトを占めている( 第I-1-29表 )。
株式・債券ともそのうち相当部分がオイル・マネーといわれている。このほか,55年度下期には欧米の年金基金,信託会社の資金も流入しているといわれている。
ここで,資本流入のうち大きなシェアを占めているといわれるオイル・マネーについてその石油消費国への還流状況を見てみよう。
産油国の資金運用をみると,経常収支の黒字が急増する年(たとえば,1974年や79年)には,銀行預金など短期資産での運用のウエイトが高まるが,その次の年からは政府長期証券など中・長期資産での運用の割合が高まる傾向がある。
対日証券投資の大幅増加は,基本的には日本経済の成長,物価,国際収支動向などの面での相対的なパフォーマンスの良さに基づく面が強いとみられる。
53~56年間では,円レートは主要通貨の中で最も大幅な変動を繰り返した。すなわち,53年10月に1ドル=185円となり円高のピークを打った後,55年4月の252円までほぼ一貫して低下した。この時期の為替レートの低下は,既に述べたようにとくに円に目立った動きであり,他の主要通貨はほとんど低下しなかった。さらに,円レートは55年4月以降上昇に転じ,56年1月の202円まで上昇したが,この動きも多くのヨーロッパ通貨とは逆の動きであった。
このような円レートの大幅変動はいかなる理由にもとづくものであろうか。とくに,55年には経常収支が縮小しつつあったとはいえ,一貫して赤字を続ける中で円レートの上昇が生じたのは何故であろうか。
このような円レートの動きを解くカギは資本の動きにある。変動相場制下においては,資本は先行きの為替レートの「予想」に支配されて動いているため,予想の変化によってかなりの為替レートの変動が生じるからである。したがって,資本といっても為替レートの変動を考えるに当たっては,こうした予想にもとづいて敏感に移動するものを対象として考えていく必要がある。第1に,長期資本のうち,直接投資,円借款,延べ払い,円建外債等純粋に長期的な要因によってその動きが支配されているものや政府の規制を受けているもの(以下では「純粋に長期的な資本」と呼ぶ)以外のもの(それは「証券投資」から「円建外債のネット発行額」を引いたものにほぼ等しい)は,長期資本に分類されているが実際は為替レートの予想に基づいて敏感に移動している。第2に,短期資本から主に輸出入動向に支配されている貿易信用を除いた部分もそのような資本と考えられる。第3に,金融勘定の非居住者自由円預金と短期インパクトローン等もそのような資本に加えるべきものと考えられる。この3つの合計をここでは「短期性の資本」と呼ぶ。
このような「短期性の資本」は先行きの円レートの動きを予想しながら動くので,日本の成長率,物価上昇率,経常収支などファンダメンタルズが改善すれば,先行き円高を予想して流入するので,円レートの上昇をもたらす要因となる。逆に日本のファンダメンタルズの悪化や,それにつながるような政策変更や石油価格引き上げのようなニュースがはいると,流出して円レートの下落をもたらす要因の一つとして働く。
そこで,この「短期性の資本」の動きをみると,実効為替レートの動きにかなり影響を及ぼしていることがわかる( I-1-30図 )。
すなわち,54年~55年年初では,経常収支の赤字幅拡大に加え,「短期性の資本」が赤字化したため,実効レートの低下が生じたといえる。この時期にマルクの実効レートは上昇し続けたが,これは実は西ドイツの「短期性の資本」が日本のように赤字を示していなかったからである。
さらに,55年度に入ってからの経常収支の赤字下での円の実効レートの上昇も,「短期性の資本」の動きによって説明される。すなわち,経常収支は赤字を続けていたものの,日本のファンダメンタルズの良好さを改めて認識した「短期性の資本」が大幅に流入したので,それが円レートの上昇をもたらしたものとみられる。