昭和56年

年次経済報告

日本経済の創造的活力を求めて

昭和56年8月14日

経済企画庁


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第I部 第2次石油危機を乗り越える日本経済

第1章 第2次石油危機の影響とその収斂過程

第1節 交易条件と実質所得の動向

1. 石油価格と交易条件

石油価格は54年から55年前半にかけ大幅に上昇した。すなわち,53年末のイランの政変により石油輸出が停止されたのを契機として,石油の先行きの供給不安が高まり,世界的に石油市場に対する圧力が高まった。このため,スポット価格は53年末から54年末にかけて大幅に上昇し,また石油輸出国機構(OPEC)の公式販売価格も数度にわたって大幅に引き上げられた。その後この公式販売価格の上昇は,小幅化しながらも56年初まで続いた。もっとも石油需給が次第に緩和するに伴い,スポット価格は,55年に入ってから下落に転じ,公式販売価格との差は縮小するようになった。そうした中で,9月のイラン・イラク戦争により再び上昇したが,56年に入って再び軟化基調を取り戻している。他方,最近では産油国の中には,公式販売価格等を引下げる動きが出てきている。こうした中で,日本の原油輸入価格(円ベース)は55年後半の円高を反映して56年年初まではほぼ横ばいで推移してきた。しかし,2月以降は高値原油の入着,円安などからやや上昇してきている。

以上のような原油価格と為替レートの動向を反映して,輸入物価は,53年10~12月期から55年4~6月期までの6四半期間に99%の上昇を示した。国民経済計算ベースの輸入等デフレーターも,同じ期間に79%上昇した。こうした推移の中で,注目されるのは,第2次石油危機における石油価格上昇の輸入物価への寄与度が第1次危機のそれを上回っていることである。今回は,原油価格の輸入物価上昇への寄与度は60%に達した。前回は,石油危機の始まった48年10~12月期以降の6四半期間に,輸入物価は56%上昇し,原油の寄与度は38%であった。

他方,同じ局面における輸出物価の動きを輸出等デフレーターでみると,前回が22%今回が21%とほぼ同じ上昇率であった。

このように今回は,輸入物価上昇率は高く,輸出物価のそれは前回並みだったから,交易条件(=輸出等デフレーター/輸入等デフレーター)は,前回の石油ショック時を上回る悪化を示し( 第I-1-1図 ),前回は約20%の低下にとどまったが,今回は約33%低下した。

もっとも,その後輸入物価上昇が落ち着いてきた55年央から56年にかけては,交易条件はほぼ横ばいに推移するようになった。

2. 前回を上回る実質所得の低下

この交易条件の低下は石油輸出国への実質購買力の移転をもたらしたため,日本経済全体としての実質所得(=名目国民総所得/国内需要デフレーター)を低下させた。こうしたなかで,54~55年度の実質賃金の伸びは非常に低いものとなった。このような交易条件の低下に伴う実質所得減の影響の経路は一般的には次のようなものとなる。

石油価格上昇の影響は,まず原油を原燃料として使う企業に現れる。企業は原燃料コストが上昇するから,生産性の上昇など他の条件の変化がなければ,企業収益が圧迫されるようになる。このように収益の圧迫が生じると,企業はそのコスト・アップ分をできる限り製品価格に転嫁しようとするであろう。そういう動きが広がっていくと,卸売物価や消費者物価の上昇につながり,家計の実質所得の低下が生じる。家計の実質所得の低下がそのまま続けば,原油価格上昇の波及経路はそこで終わりとなり,それ以上の物価上昇は生じない。

しかし,家計がその実質所得の低下を名目所得の引き上げにより補てんしようとすれば,この補てんの行動は,原油のコスト・アップの負担を企業に再転嫁することを意味する。そして,その結果,企業と家計の間で互いに負担をおしつけ合うという形のキャッチ・ボールが繰り返されるようになれば,その過程で物価上昇は一層加速化する。このような再転嫁→再々転嫁が連続して進行すると,雪ダルマ式にインフレが進むことになる。

しかしながら,交易条件の低下という事実を解消しえない以上(いいかえれば,輸出価格の引き上げにより交易条件を引き上げない限り),日本経済全体としては実質所得の低下から逃れることはできない。

交易条件が悪化した場合,なぜ実質所得の低下が避けられないのであろうか。それは次のような理由によるものである。(ここでは簡略化のため,輸出入数量や実質国内需要の変化,生産性の変化もないと仮定する。また,国内物価が上昇しても輸出物価は変わらないと仮定しておく。)

交易条件の低下は,今回のように原油価格の上昇等により輸入物価が上昇した場合だけでなく,たとえば,わが国の工業品の輸出価格が低下した場合にも生じる。これらは,名目輸入の増加や名目輸出の減少を生じるから,いずれも名目の経常海外余剰(=名目輸出-名目輸入)の減少につながる。

さて,原油価格が上昇した場合,国内物価(国内需要デフレーター)が変化しなければ名目国内需要は不変で,名目輸入が増えた分だけ名目経常海外余剰が減少し,名目国内需要と名目経常海外余剰を加えた名目国民総所得(=名目GNP)は減少する。日本の実質所得は,この名目国民総所得を国内物価(国内需要デフレーター)で割ったものになるが,名目総所得が減っているのだから,実質所得は低下することになる。

より現実的には輸入物価の上昇に伴って国内物価(国内需要デフレーター)も上昇し名目国内需要は増加するが,さきにも述べたように輸入物価の上昇による名目輸入の増加から名目経常海外余剰が減少しているので,名目国民総所得はほとんど増えないと考えてよい。たとえば,原油価格上昇により経常海外余剰が10兆円減少したとする。企業がこの原油のコスト・アップ分をすべて国内物価に転嫁したとすると,名目国内需要は10兆円増加する。したがって,名目国民総所得は不変となるが,この時も国内物価(国内需要デフレーター)はまさにその10兆円分が上昇しているので実質所得が低下するわけである。以上のプロセスは平たくいえば,輸入インフレが輸入インフレ分だけ国内物価に転嫁される場合,国民の名目所得は変らないが,国内物価の上昇(それは輸入インフレ分にしかすぎないにしても)によって実質所得が低下するということである。

以上のような交易条件の悪化による実質所得の低下幅を試算してみると,第1次石油危機後の調整過程と比較して,今回のほうが大きい。第1次石油危機の始期を48年10~12月期とすると,その後の6四半期間で実質所得を約2.7%引き下げたが,第2次危機では53年10~12月期以降の6四半期間で実質所得を約5%も引き下げる影響を及ぼした( 第I-1-1図 )。現実に即していうと,この6四半期間で実質国民総生産は7.3%拡大したが,このようにそのうち5%分が海外への実質購買力の移転として吸収されたから,わが国の実質所得は2%強しか上昇しなかったのである。

ところで以上の試算では,原油価格以外の要因(たとえば,円レートの低下,石油以外の輸入原材料価格の上昇,輸出物価の変化など)による交易条件の低下の影響も含めて考えてきた。そこで,原油価格(ドルベース)の上昇のみの影響を試算すると,同じ期間に実質所得を約2.4%引き下げたものと推計される。なお,前回の石油危機の場合はこの値は約2.7%であった。さきの交易条件の変化とこの原油価格上昇の影響の差は,今回の場合は石油価格以外の要因も実質所得の低下に大きくびびいたことを反映している。


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