昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第II部 経済発展への新しい課題

第5章 経済社会変化への対応

第1節 高齢化,高学歴化,女子の進出のなかの雇用問題

1970年代に入って,わが国の労働力供給構造は大きく変わってきた。労働力人口の中高年齢化,高学歴化の進行,女子の労働市場への参加が目立ってきたこと,等がそれである。このような労働力供給の変化は,昭和48年の石油危機以降,労働需給が人手不足から供給過剰へと転じたことによって,特に強く感じられるようになった。

今後こうした社会的変化に対応して,従来の制度・慣行を見直し,日本的特殊性を生かしつつ,新たな発展のための条件整備が必要である。

1. 労働力供給構造の変化

(1) 中高年齢化の実態

(人口の中高年齢化)

労働力人口の中高年齢化は,当然のことながら人口の年齢構成の変化を反映している。

人口構成の中高年齢化についてみると,70年代の10年間のうちに40~54歳の年齢層は約550万人,55歳以上の年齢層は約490万人,それぞれ増加した。また,人口問題研究所の推計によれば,55歳以上層は,80年代に約770万人,90年代に約680万人さらに増加し,2000年には約3,500万人(人口4人に1人以上)に達すると見込まれている。よく知られているように,人口の老齢化現象は欧米諸国では早くから生じているが,わが国の場合は,欧米諸国の3~4倍の速度で急速に進行するのが特徴である。

第II-5-1図 急速に進む労働力の中高年化

(労働力人口の中高年齢化)

労働力人口の年齢構成の面では中高年齢化が人口全体の中高年齢化以上に急速に進む。すなわち,昭和60年に人口面の中高年齢化は,中高年層比率がほぼ欧米諸国並みとなる程度だが,労働力人口の中高年齢化は,スウェーデン,イギリスを上回り,先進諸国の中で最も高い水準になると見込まれる( 第II-5-1図 )。わが国ではもともと55歳以上の高年齢層の労働力率が高い上に,以上のように昭和60年までに45~54歳層の人口比率が上がるからである。

(産業別の変化)

就業者の年齢構成の推移を産業別,男女別にみると,第1次産業では,男女とも高年層が多く若年層が少ないという逆ピラミッド型へと急速に変化している( 第II-5-2図 )。これに対し,第2,3次産業では,ピラミッド型の年齢構成自体が年齢の高い方,いわば上方にシフトしてきている。このうち昭和40年代にはとくに男子の40~50歳層が急増しており,このことは,今後定年を迎える人々の急増が避けられないことを示している。

第II-5-3図 製造業男子雇用者の平均年齢と年齢構成

(企業規模別の変化)

さらに,製造業の雇用者の平均年齢を企業規模別にみると,高度成長の過程で中小企業の平均年齢は急速に上昇していったが,大企業ではほとんど上昇しなかった。この結果,昭和47,48年頃には,大企業(従業員1,000人以上)と中小企業(同100人未満)とでは平均年齢に約4歳の差がでるようになった( 第II-5-3図 )。このような規模別平均年齢の動きは,高度成長の過程で,大企業が新規学卒者を優位に採用しながら規模を拡大してきた一方,中小企業では新卒者が採用しにくくて中高年齢層を活用せざるをえなかった事情を反映して生じたものである。しかし,第1次石油危機後は,大企業でも減量経営のため新規採用を手控えたから,平均年齢の規模間格差は縮小に転じた。

以上の通り,労働力の中高年齢化は,人口のそれ以上に急速に進んでおり,特に,これまでピラミッド型の雇用者構成をとってきた第2,3次産業の大企業においていろいろな問題が生じてきている。

(2) 高学歴化の実態

高度成長の過程で,高等教育への進学率は上昇の一途をたどった。大学卒業者数は35年度の12万人から54年度には37万人と約3倍になった。このような大学卒業者の増加により,労働力の高学歴化も急テンポで進行した。

労働力の高学歴化の状況を,年齢別にそれぞれの年齢でどのくらい大卒がいるかという大卒者比率でみると( 第II-5-4図 ),女子では,いままでのところ顕著ではないが,男子では,若年層ほど大卒者比率が高まるピラミッド型の構成となり,特に25~29歳層では30%近くを占める。したがって,今後大学進学率が鈍っても,この若者達が年をとれば中高年齢層での労働力の高学歴化が必然的に進む。

企業規模別にみても,高学歴化現象が大企業だけでなく,次第に中小企業にも及んできていることが特徴的である。42年には,大企業の大卒者比率がいずれの年齢層でも中小企業のそれを上回っていたが,54年には,25~29歳層では中企業も大企業並みの比率となり,小企業でも大卒者比率は42年の2倍以上となっている。

このような高学歴化の進行も,欧米諸国に比べて急速なものである。欧州諸国では,伝統的に大学を増やす政策をとっていないし,大卒者比率も大きく変化していない。また,アメリカではかなり以前から進学率が高まり,若年高学歴者の失業問題が深刻化したが,進学率の上昇テンポは日本よりは緩やかであった。

第II-5-5図 年齢別女子労働力率の国際比較

(3) 女子労働力の増大

(女子労働力率の傾向変化)

女子の労働力率は40年代頃まで低下し続けてきた。これは,女子労働力率の高い農林業部門の急速な縮小と,女子進学率向上による若年層での労働力率低下によるものであり,それとは反対に雇用者世帯の主婦層での労働力率は,景気循環によって変動しながらも,傾向としては上昇してきた。

ところが,51年以降女子の労働力率はかなりの上昇傾向に転じた。これには,49,50年の不況期に家庭にひっこんだ女子が再び労働力市場に戻ってくるという一時的な要因もあるが,同時に,基調の変化,すなわち,農林業部門の縮小傾向の鈍化と,家庭の主婦の労働力市場への参入増加という構造的要因も働いている。特に51年以降の女子労働力率の上昇を配偶関係別にみると,有配偶者での上昇が著しく,家庭の主婦の職場進出希望の高まりがうかがわれる。

(家庭の主婦の労働力化)

家庭の主婦の労働力化の促進要因として,労働供給面では,①子供の数の減少による育児期間の短縮,②電化製品等の普及,家庭内労働の外部化による家事負担の軽減,③高学歴化などに伴う就業意識の高まりなどがあげられる。また,労働需要面では,①第3次産業部門での需要増大,②生産工程の簡易化などがある。

家庭の主婦の労働力率は,今後も上昇基調を続ける可能性が強いと考えられる。家庭の主婦の就労意欲が高まりつつあり,また企業のこの層への労働需要が強いことに加えて,家庭の主婦の労働力率は国際的にもまだ低いからである。女子労働力率を欧米諸国と比較すると,日本は,農家,自営業主世帯の比率が高いために全体としては高いが,雇用者世帯に限ってみると25~39歳層でなお低く,この層では,これからもまだ高まっていくものと見込まれる( 第II-5-5図 )。

2. 問題点と企業の対応

(1) 中高年層の雇用問題と定年延長の動き

わが国では,高年齢層ほど求人倍率が低く,失業率も高く,雇用に問題が生じやすい。特に,第1次石油危機以降のように労働力需給が全体的に緩和すると,その影響が中高年齢層に特に強く現われる傾向がある。こうした労働力需給構造の下では,中高年齢化が進むと中高年層の雇用問題が大きくなってくる恐れがある。

第II-5-6図 男子高年齢層の労働力率

(高い労働力率)

わが国の高年齢者の労働力率は高い。男子の労働力率は,55歳で96.2%,60歳でも90.2%と,ほとんどの人が就労しているか又は就労の意欲を持っており,労働力率が50%を切るのはようやく72歳になってからである( 第II-5-6図 )。もちろんこの背景には,農林業で高齢就業者が多いという理由も働いているが,雇用者比率でみても,50%を切るのは60歳前後で,この年齢でも半数の人々は雇用者として働いているという事情がある。

第II-5-7図 定年到達後の就業状況

(定年延長の動き)

後にみるように,定年延長の動きが高まっているものの,55年1月時点でなお40%の企業は55歳を定年としている。しかし,平均寿命が延び,高年齢者の就業希望が強い現状では,55歳定年は定年後の雇用に不安感をもたらす。

もっとも,定年を迎えた人々がただちに会社をやめる訳ではない。約95%の企業では,定年退職予定者に再雇用や勤務延長の道を用意している。また,大企業では約5割の企業が関係会社への転出,再就業のあっせんをしている(労働省「雇用管理調査(55年)」)。しかし,これら措置によってカバーされるのは雇用者の5割程度であり,最近では,定年直後に雇用されなかった者の比率が53年にかけて上昇した( 第II-5-7図 )。

定年延長の動きは,労働力需給の逼迫を背景に40年代後半から徐々に進行していたが,第1次石油危機以降労働需給が緩和した中で定年年齢に近い雇用者層の増大を背景に,53年頃から定年延長を求める動きが強まってきた。特に54年には,鉄鋼,私鉄などのリーディングセクターで60歳定年延長への基本的な合意が労使間で成立し,55年春闘においても労働組合側から,定年延長を求める声が強まった。経済企画庁の企業アンケート調査(55年1月,上場企業1547社を対象)によれば,定年延長を実施した企業および実施の予定又は検討中の企業は全体の6割を超えている。

第II-5-8図 定年年齢改定の動機

定年を延長した企業の定年延長の理由は( 第II-5-8図 ),定年延長を社会的な要請と認識する企業が最も多く,特に大企業ではこの傾向が強い。しかし,一方,大企業では,労働組合の要求にこたえたと回答した企業も多数で,定年延長については,社会的重要性は当然のこととしつつも,まだ受身の対応戦略をとっていると思われる。一方,中小企業では,既にみたように早くから中高年齢化が進んでいたから,高齢者の活用が進み定年延長を受け入れやすくしている。

(2) 人件費コストの増大

(賃金コストの増加)

年功賃金制度の下では,労働力の中高年齢化は,高学歴化と相まって,企業の人件費コストを高める。これが大幅なものであれば,物価の上昇率を底上げし,国際競争力を弱めることになりかねない。しかし経済全体としてみると,そのコストはこれまでに比べてそう大きなものではないように思われる。

中高年齢化,高学歴化という労働力構成の変化に伴う企業の人件費負担の増大が,経済全体としてどのくらいかをみてみよう。べースアップ以外の賃金支払額増加の要因を,①労働力人口の増加に伴うものと,②労働力の年齢や学歴の構成変化に伴うもの,とに分けて試算してみると( 第II-5-9図 ),労働力構成変化に伴う増加は42~48年の6年間に4.4%,48~54年に4.3%であったのに対し,54~60年には3.7%と増加の程度はむしろ低下の見込みとなる。

高齢化,高学歴化に伴う賃金支払額の今後の増加が一般に考えられているほど大きなものとは見込まれないのはなぜだろうか。労働力構成変化に伴う賃金支払額増加の要因をさらに,①高学歴化によるものと,②高齢化によるものとに分けてみると,高学歴化による影響は,48~54年が1.1%であったのに対し,54~60年には2.3%に高まると見込まれる。これは,主として大量に採用された「団塊の世代」の中年化等によって,中高年齢層で大学卒比率が上昇し,しかも学歴別賃金格差は中高年化するほど拡大し,大学卒が高くなるからである。

一方,高齢化による影響は,42~48年が2.6%,48~54年が3.2%であったのに対し,54~60年には1.4%と影響の強さはかなり弱まってくるとみられる。これは,①54~60年には55歳以上層への労働力の大幅なシフトが見込まれるものの,②賃金カーブは50~54歳層をピークに下降に転じているため,高齢化が賃金支払額を増加させる程度はそれほど大きくなく,③また賃金カーブの急上昇する40~54歳層労働力人口での増加も48~54年に比べてかなり鈍化すると見込まれるからである。

このような試算によれば,今後5年間に労働力の中高年齢化はいっそう進むが,賃金面へのインパクトは,マクロ的にはそれほど大きなものではない。もちろん,実際の中高年齢化に伴う個々の企業の負担増加の程度は労働力構成の違い,賃金体系の違いによって異なることはいうまでもない。

(賃金以外の労働費用の増加)

また,中高年齢化に伴う企業の労働費用の増加は賃金の増加だけではない。法定福利費,退職金などの賃金以外の労働費用は50年以降増加傾向が目立っている。

退職金の支払いについては,今後5年以内に55~59歳層が,また10年以内に60~64歳層が大幅に増加するから定年退職者が大幅に増え,退職金支払負担は大きなものになると予想される。このため,多くの企業は退職金制度の見直しを行っている。経済企画庁の前記アンケート調査によれば,50年以降約3分の1の企業が退職金制度を変更しており,近く実施または検討中の企業を加えれば約85%に達する。変更の方向としては,退職金の年金化,定期昇給のはね返りの抑制,切離しなどで,退職金コストの軽減を図ろうとしている。

(賃金体系修正の動き)

また,大企業では中高年化の進行が急速であり,年齢別の賃金格差が大きいため,負担の増加は全体の動きよりも急激なものとなる。このため大企業を中心に,年功賃金体系を修正しようとする動きが目立っている。経済企画庁の企業アンケート調査によれば,50年以降賃金体系を変更した企業は全体の4分の1に及んでおり,近く変更の予定ないしは変更の方向で検討中の企業を含めると,過半数の企業で賃金体系を変更しようとしている( 第II-5-10図 )。変更の方向としては,能力給,職務給の創設,拡充をめざす企業が最も多い。

なお,定年延長後の対応としては,定期昇給,ベースアップ,賞与について従来の定年年齢以前よりも少なくする企業が2割程度あるが,約8割の企業では取扱いは変わらないとしている(労働省「雇用管理調査(55年)」)。

(3) 処遇の問題

(役職ポストの不足)

すでにみたように,今後企業の内部で中高年層が急激にふくらんでくるが,この層は同時に高学歴化率の高い層でもある。つまり,学歴の高い中高年が増大する。しかし一方,近年のように経済成長率が低めになると,高度成長期のように毎年組織が拡大し,それが役職ポストの増加につながるという事態は望めない。こうして中高年高学歴者の処遇という難しい問題が生じてくる。雇用者が従来のような昇進を期待し,それが実現されないためモラールが低下するということになると,企業の活力の減退を生じる恐れなしとしない。

第II-5-11図 年齢別部・課長比率

第II-5-12表 各界指導者の年齢構成比の推移

昭和53年には,40歳以上の大卒者はその50%強が部課長のポストについていた。しかしこの比率は,ポストの増加がないとすると,10年後には20%程度に低下すると推計できる( 第II-5-11図 )。しかもこの傾向は,高学歴者比率が既にかなり高い大企業ほど著しいはずである。また,定年延長の仕方にもよるが,定年によって役職ポストの異動が遅れれば,企業内での処遇問題はいっそう難しいものになる。

また,上・中堅管理職だけでなく,最高意思決定層の老齢化も進んでいる。各界幹部の高齢化の動向をみると相対的に高齢者層の比重が高まり,50歳未満の年齢層の割合は,近年低下してきている。中でも,50歳以下がもともと少なかった企業役員でのいっそうの低下,相対的には50歳以下が多かった労働組合幹部での急減が目立っている( 第II-5-12表 )。

このような事態に備えて,企業は,日本的昇進制度と能力主義との調和を図りうる人事,労務管理政策を模索している。専門職制度の拡充と活用を図る企業が増えているのもその1つである。最近では,企業は管理職とは異なる立場から企業活動に貢献するポストとしての専門職制度の活用を重視し,職務全体の再設計や専門職育成のための工夫,中途段階での適性テストや研修などに力を入れはじめている。また,社内での職能資格制を採用する企業もみられる。

一方,定年延長後の職務配置については,一般職員については現職の継続がほとんどであるが,管理的職員の場合は役職を解任する企業が少なからずみられ,昇進の遅れを生じないようにする配慮もみられる。

他方,高学歴化の進行とともに,これまで高学歴者の少なかった職種への高学歴者の進出もみられるようになった。例えば,43年と54年とを比較してみると,管理的職業での高等教育卒業者の比率は38%前後で変わっていないのに対し,事務従事者では18%から26%ヘ,販売従事者では10%から20%へとこの比率が高まってきている(総理府「就業構造基本調査」)。このような高学歴者のマス化に伴ういわゆるグレーカラー化によって高学歴者の意識も変化しつつあるとみられる。

(女子雇用者の処遇)

女子の就業意識の高まりなどから最近では結婚,育児期に退職しない女子が増えてきている。しかし,女子の大半は,結婚,育児のライフ・ステージでいったん離職し,その後再び労働市場に戻ってくるというライフ・サイクルを描く。

このことは,女子労働力について3つの特徴をもたらす。

1つは,就業上の中断によって,女子は職業上のキャリア形成がしにくいということ。

2つは,それゆえ不熟練労働者として賃金が低くなりがちだということ。

3つは,しかしそのため単純労働,短時間労働での雇用機会が多いということ等である。

このうち,後2者は中高年齢労働者とは相反する特徴であるが,50年以降の女子労働力の増加には,むしろこれらの要因が働いたとみられる。企業がパートを採用する理由として雇用,賃金面での有利さをしばしばあげるのも,それを反映している。

しかし,今後も女子の労働力市場への進出傾向が続くことを考えれば,女子の雇用管理をいつまでも男子のそれと違う特殊なものにしておくことは,女子の潜在能力の活用の面,女子労働者のモラールの面,両方からみて望ましくないといえる。また,就業を中断して再び労働市場に戻るという女子がかなり多い現状を考えれば,それを配慮した雇用管理も必要となろう。

すでに現在,一度退職した女子について,以前の職歴を考慮した再雇用を行うなどの対応をする企業が出始めているが,今後の動向が注目される。

3. 今後の課題

(1) 日本的雇用慣行の変化の方向

わが国の高度経済成長の背景には,日本的雇用慣行が大きな役割を果たしてきた。これまでの日本的雇用慣行は,基本的には,終身雇用,年功序列・年功賃金,企業別組合の3本柱によって構成されてきた。これらが組み合わさって,職場での訓練や企業内での配転をやりやすくし,また昇進に伴う摩擦を少なくしたため,それらを通じて技術革新などへの対応もスムーズにいき,労働者の勤労意欲を高め,一方では賃金の弾力性が保たれて,わが国経済社会の活力の1つの源泉となった。

しかし,既にみてきたように,安定成長,高齢化社会への移行につれて,こうした日本的雇用慣行を支える条件が変わり,徐々に修正していかざるをえない状況にある。

今後の変化方向を探るために,上の3つの日本的雇用慣行について,経営側,労働側の評価とこれから先の考え方をみると,まず,終身雇用,企業内労働組合については労使とも現状維持の意見が強い。しかし,年功序列については,否定的な評価,将来の変化を予想する見方が多いことは注目される( 第II-5-13図 )。また,年功序列がどのような形で修正されていくかについては,能力主義一本やりという意見は少なく,年功と能力主義との折衷型をめざすという意見が圧倒的に多い。これは,従来の日本的昇進制度の長所を生かしながら,能力主義的方向への修正を模索していることを示すものといえよう。

(2) 企業の対応をこえた課題

これまで,労働力供給構造の変化とそれによって生じる問題及び企業の対応についてみてきた。

しかし,個々の企業の立場からのみの対応だけではなく社会全体としての労働力の効率的活用を図る必要があろう。

(中高年齢層の労働能力の開発)

その第1は中高年齢層の労働能力の開発である。

中高年齢層の労働能力が若年層に比べて低いかどうかは職種によっても異なり,いちがいにいいにくい。高齢化に伴って身体の衰えが生じることは避けられないが,現在では文字通りの肉体労働者のウエイトは小さくなっており,身体の衰えが直ちに職務遂行能力の減退につながるとはいえない。知的,精神的側面については,定年延長,再雇用,勤務延長者についての企業の評価をみても,「新しい知識,技能に適応しにくい」という短所が指摘されている反面,「豊富な経験,技術,技能を生かせる」という長所が指摘されている( 第II-5-14図 )。また,責任感,協調性,勤勉さ等の面でもどちらかといえば積極的な評価の方が多くなっている。

ただし,高齢化に伴って個人の能力のバラツキが大きくなることは各種調査によって指摘されている。こうした点から,中高年層が職場において十分にその能力を発揮していくためには,①若い時からの能力開発,②年代別職務の再設計,などが必要であろう。

特に年をとっても能力を維持していくためには,企業内での研修等に加え,社会的にも生涯を通じた能力開発の機会が拡大されることが望まれる。

(労働市場に関する情報の充実)

第2に労働市場に関する情報の充実である。

中高年層の増大に対して,企業は,基本的には定年の延長など終身雇用体制を維持する方向で対応しようとしている。しかし,一方では能力主義的傾向の強まり,選択定年制の採用など労働市場の流動化が進む側面もある。家庭の主婦の労働市場への参入の高まりもこうした傾向を強めるであろう。

今後労働市場が流動化していく状況の下では次の諸点が重要である。その1つは労働市場に関する情報を充実することである。自発的あるいは非自発的に企業を離れて転職しようとする者や,職を求める主婦等の職業選択に資する情報を充実し,適切かつ迅速に労働力の再配分をすることが重要である。

その2つは労働市場における労働能力の評価が重要であり,それには個別企業の枠を越えても通用しうる職業上の資格,技能評価の基準を今後拡充することが重要である。その3つとして,終身雇用慣行が今後とも維持されるとみられることから,生涯にわたる職業生活を有意義に過ごすためにも,学卒時における職業選択をより適切にする必要がある。それには職種別職業生活の内容を明確にした情報を提供することが重要である。

(女子就業に伴う関連諸制度の整備)

第3は,女子雇用に伴う関連諸制度の整備である。

女子の多くは現状では生涯において結婚,育児のため,職場と家庭の間を往復する。したがってこのような状況を前提とした雇用の慣行が望まれるだろう。また,主婦の場合にはパート等の就業形態も増えてきている。一方,家事負担との調和を図りつつ就業を維持する者又はそれを望む者が増えてきているなど女性の働き方が多様化してきている。今後は女子労働者の多様化を前提に個々の女性のライフ・サイクルや一日の生活サイクルとうまく合い,かつ女性が,その仕事に対する意欲と能力においてプロフェッショナルたりうるための条件を整備していくことが必要である。