昭和55年
年次経済報告
先進国日本の試練と課題
昭和55年8月15日
経済企画庁
第II部 経済発展への新しい課題
第4章 民間活力の活用
60年代に年率約3%の伸びを示した世帯員1人1年当たり食料の実質消費額は,70年代中ごろ以降ほぼ横ばいとなった。また,この間食料消費の内容も,澱粉質食品の消費の減少に対して畜産物,果実,砂糖,油脂類の消費の増加という構造的変化が著しかったが,近年ではこうした変化のテンポも鈍ってきた。
このように食料消費が成熟化する過程で,農業においては,労働力の他産業への流出を補って新しい技術の導入,資本の投入が急テンポで進められ,労働生産性も他産業のそれに比べてそん色のない高いテンポで向上してきた。しかし,最近ではこうした労働生産性の向上も急速に鈍ってきた( 第II-4-11表 )。
すなわち,わが国の農業は高度経済成長の過程で堅調な食料需要の伸びと安価かつ豊富な石油,穀物等海外資源の供給にも恵まれ,農業の交易条件が有利に推移するなかで,優良品種の育成,農業機械の開発と栽培方法の改善などが行われ,農機具の普及,施設の拡充などにより資本装備を高めてきた。このことが農業就業人口が減少する過程で実質生産性を高める要因として作用し,農業所得も増加した。しかし,最近では食料需要の伸びの鈍化を反映して農産物需給が全般的に軟化するなかで,技術の導入や資本の投入も経営耕地規模の限界につきあたり,実質生産性を引き上げるための効果も鈍っている。
このように,最近農業では,経営耕地規模がネックとなって,機械化が十分に効果を発揮しえないという現象が生じている。わが国において農業の経営耕地規模の拡大が進まなかったのは,在宅による他産業での就業の機会の増加や地価の上昇等を背景に農地の農業用としての流動化が進まず農業就業人口は減少したものの,これが農家戸数の減少につながっていかなかったからである。資本集約的な方法で経営を発展させた一部の畜産,施設園芸農家を除いて,多くの農家は機械化によって農作業が軽減された稲作を選択し,稲作プラス兼業化への指向を強めた。こうしたわが国の農業構造の変化を,わが国と同様に戦後急速な経済発展をとげ,その過程で農業部門の縮小がみられた西ドイツと比較すると,対照的である。西ドイツの1960年以降の農業就業人口の減少傾向は,日本のそれとほぼ同じであるが,農家戸数では西ドイツは日本の2倍近くの速度で減少している( 第II-4-12図 )。こうした農家戸数の動向や農用地の賃貸借の進展等を反映して,農家一戸当たり農用地面積は1960~78年間に1.6倍に増加しており,この間,兼業農家が後退し専業農家の地位を高めている。
53年度現在,総農家戸数474万戸のうち専業農家は12.5%にすぎず,この専業農家が経営耕地面積の24%,農業粗生産額の28%を占めている。一方,第2種兼業農家は農家戸数で70%に達しており,経営耕地面積では44%,農業粗生産額では32%(米では49%)を占めている。しかし,これは農地の有効利用などの側面からみると,第2種兼業農家の土地生産性は専業農家の6割程度にしかならないこと,農業経営面では稲作に特化していることの反映である。したがって農地の流動化と有効活用が,農業の生産性及び総合的生産力を高める上で不可欠なものになってきている。
こうしたなかで,最近,ようやく農地利用の流動化の条件も整ってきた。
そのひとつは,機械化が進展し,経営規模間の生産性にかなりの格差が生じていることである。稲作について経営規模別の生産性をみると,50年度で3.0ha以上層は0.3ha未満層に対して付加価値生産性で2.3倍,地代支払能力を示すとみられる10アール当たり純収益では3.0倍の開きがある。また,50~53年度間に付加価値生産性は3.0ha以上層が年率9.3%の伸びを示しているのに対して,0.3ha未満層では4.3%の伸びにとどまっており,生産性の格差は拡大している。3.0ha以上層では実質生産性を高めることによって付加価値生産性を高めているのに対して,0.3ha未満層では実質生産性を引き上げることが容易でなく,付加価値生産性の上昇のほとんどを米価の上昇に依存している( 第II-4-13図 )。
その2は,兼業農家の兼業の形態が深化してきていることである。第2種兼業農家(北海道を除く)の7割近くは職員勤務等の安定した兼業に従事しており,これらの農家は兼業収入だけで家計費を十分まかなえるようになっている。そして,こうした農家にとっては,農地は,農業生産によって所得を得るための必要性よりも,資産としての価値の方が大きくなっているといえる。
以上のように,現在の高い技術,機械化の水準を生かして農業の生産性と総合的な生産力の向上を進めるには,経営耕地規模の拡大が不可欠である。そのためには,借地などの方法によって農地を十分に活用していない農家から高い生産性を発揮できる農家への農地利用の集積が必要である。
わが国の農業は,米,みかん等過剰なものの生産を抑え,国内の需要に対して生産が不足している麦,大豆,飼料作物等の生産を振興し,農産物の総合的自給力の向上に努める必要があるが,こうした農業生産構造の再編には経営耕地規模の拡大による生産性の向上が前提となる。既に,農地利用の流動化の動きは始まっているが,こうした動きを本格的なものにしていくことが望まれる。そのためには生産基盤などの整備と併せて諸制度の見直しも不可欠である。こうした状況に即応するため,第91回国会において新たに,地域の実態に即して農地の流動化と有効利用を促進することをねらいとする農用地利用増進法が制定され,農地法が改正された。
農業の生産性を高めるためのもう1つの課題は,農業経営者の確保である。現在の高水準の農業技術は,耕地規模の拡大や農業経営の発展に意欲的に取り組もうとする者の確保と結びついてこそ生産性の向上にはじめてつながりうる。
農業就業人口の高齢化はずいぶん前から進行していた。現在では,基幹的農業従事者は50歳代が最も多く,40歳以上が全体の8割を占めるに至っている。農業の就業人口が中高年齢層に片寄っているという現象は西ドイツでも同様であるが,わが国の場合は,特に55歳以上の高齢層が多い( 第II-4-14図 )。
農業就業人口の高齢化は将来の農業経営に不安を投げかけるものであるが,一方で,農業生産の中心的役割を担っている専業的農家に限ってみると,明るい動きも出ている。その1つは,後継者確保に見通しをつけている農家が多いことである。後継者を決めている農家は全体の2分の1であるが,この割合は経営者の年齢が高まるにつれて高くなり,60歳以上ではほとんどの農家が後継者を決めている。
第2には,農業後継者の農業に対する意識が高いことである。特に現在就農している後継者では,農業は自分の能力意志で自由に経営ができ,やり方によっては他産業並みの収入をあげることができるやりがいのある職業であると考えている者が多い( 第II-4-15図 )。
第3には,土地利用型経営の農家で規模拡大の意欲が強いことである。全体の25%の農家が経営を拡大したいと考えているが,特に土地利用型の稲作プラス畜産の複合経営農家や酪農,稲作等の単一経営農家で拡大志向が強い。
また,新規学卒者で農業に就業する者の数は急減してはいるが,その内訳をみると,昭和40年代には中学校卒が半数を占め,大学等の卒業者は5%程度にすぎなかった。しかし,54年には,中学校卒の比率が5%程度に低下し,大学等の卒業者の比率は16%に高まっており,近代的な農業経営技術を身につけた就農者の比率が高まってきている。
このように専業的農家では後継者問題に見通しをつけており,経営規模拡大の意欲も強く,後継者の農業に対する認識も高い。
ところで,専業的農家は地域農業のなかで数少ないリーダーであり,一方農
地の貸手となることが期待されている第2種兼業農家は経済的にも恵まれていて,農村社会の重要な構成員である。しかし,第2種兼業農家は,経営が著しく稲作に特化していて,8割近くの農家が農業専従者のいない農家である。しかも,これらの農家では,農業生産の再編成や高生産性農業への脱皮を進める過程で労働力,農業技術などの面でこれに対応していくことが容易ではない農家も多い。こうした第2種兼業農家と専業的農家がお互いに「もてるもの」を出し合って,それぞれの地域の条件のなかで自主的な組織化活動を進めていくなど,農業・農村の実態のなかから新しい担い手を数多く掘り起こしていくことが望まれる。この場合,担い手側にとっては,特に農地の貸し手との信頼関係を深めることや,地域集団活動への参加など農村地域社会の発展とあいまって自らの経営を発展させるなどの努力が不可欠となっている。