昭和55年
年次経済報告
先進国日本の試練と課題
昭和55年8月15日
経済企画庁
第II部 経済発展への新しい課題
第3章 国際経済摩擦への対応
昭和43年からの日米繊維交渉以来,先進国との間の経済摩擦が断続的に表面化してきた。国際摩擦を生じた分野は,おおよそ以下の3つに大別できる。
第1は,輸出面である。繊維,カラーテレビ,鉄鋼,自動車などの輸出の急増が,相手国の産業に打撃を与え,失業を発生させたという理由で,相手国が輸入制限などの保護主義的な動きを強めたケースである。
第2は,輸入面である。電々公社などの政府調達,牛肉果物など一部の農産物等に関して,わが国の市場の開放を求められるケースである。
第3は,国際社会での責任分担の面である。経済協力の拡大などを要請されるケースがこれにあたる。
これらは相互に関連をもった問題として生じるが,以下ではまずこうした問題を引き起こす直接の契機とその背景について考えてみよう。
国際摩擦の直接のきっかけは,特定商品の特定市場への輸出の急増とこれによる相手国市場でのシェアの高まりである。対米輸出についてみると,繊維製品では,43年に対米輸出数量が前年比2割強の増加となったが,この年には輸出全体の伸びも高く,繊維製品の増加だけが特に顕著だったとはいえない。しかし,カラーテレビ,鉄鋼,自動車については,問題となった時期にいずれも対米輸出が増加し,アメリカ市場でのシェアが高まった( 第II-3-1図 )。カラーテレビは51年に前年比2.4倍の急増となり,米国市場でのシェアも30.9%へと急速に高まった。鉄鋼も,51年には30%の数量増となり,米国市場でのシェアも7.9%に高まった。自動車の場合には,55年初にアメリカでのシェアが20%を上回るようになった。
しかし,このような輸出の急増は,基本的にはアメリカでの需要増加によってもたらされたものである。最近の輸出増加は,わが国の商品が品質,納期等でまさっていることによる面が大きい。
次に,特定商品の輸出急増を政治問題化させる要因として,相手国の対日貿易収支の赤字幅拡大がある。対米貿易摩擦が大きく政治問題となった時期は,43~44年,47年,52年であるが,これらの時期には,いずれもアメリカの対日貿易収支の赤字が拡大した。
こうした直接的なきっかけのほか,昭和40年代に入って国際摩擦が表面化してきた背景には,第1に,日本経済の急成長と国際的地位の向上がある。わが国経済の高度成長は,一面ではいろいろな産業の国際競争力が強まり,他国の産業を追い抜いていく過程でもあった。そしてその過程で追い抜かれる国の産業との間で摩擦を生じやすくなった。産業全体としての国際競争力格差は変動相場制下では長期的には為替レートの動きによって調整されるはずであるが,産業ごとの比較優位関係の変化は調整されない。そこで産業ごとの国際競争力の変化をみるために,日本とアメリカの主要商品の純輸出額の推移をみると( 第II-3-2図 ),繊維製品では,昭和30年代初めから既に日本の輸出超過,アメリカの輸入超過というパターンだったが,鉄鋼については,アメリカは37,38年頃から輸入超過に転じ,一方,日本は同じ頃から輸出超過幅が急速に拡大し始めた。自動車でも43年頃に鉄鋼と同様の現象がみられた。また,事務用機器については第1次石油危機後に日本の輸出が急増し,半導体集積回路については54年から日本は出超に転じている。しかし,これらの製品についてはアメリカの国際競争力も強い。
国際摩擦の背景として,第2に,わが国の貿易構造の特殊性があげられる。わが国経済は,貿易に深く依存しており,しかも先進国との間での工業製品の水平分業が小さいという特徴がある。
わが国の貿易依存度は10~11%程度でヨーロッパ諸国が平均して20%を超えているのに比べれば一見低いようにみえる。しかし実態的には,この数字にみられるように低くはない。ヨーロッパ諸国の場合は,地理的,歴史的に関係が深く,共同体を形成しているEC域内での取引が多く,これを除くと11%程度と日本とほぼ同じ水準である( 第II-3-3表 )。一方,アメリカの貿易依存度,特に輸入依存度は,石油輸入の急増によって近年かなり上昇しているものの,なお7~8%と日本,ヨーロッパよりも低い。
しかも,わが国の貿易構造は,原燃料の輸入,工業製品の輸出といういわゆる加工貿易型になっている。商品別の輸出入構成比を日本,アメリカ,ECで比較すると,輸入に占める原燃料のウエイトは,アメリカが約30%,ECが域外取引の40%弱であるのに対し,日本は約60%と最も高い。一方,輸出面では,アメリカは農産物など一次産品もかなりのウエイトを占めているのに対し,わが国では輸出のほとんどすべてが工業製品となっており,最近になればなるほど加工貿易の傾向が強まっている。
これは,日本経済にとっては,輸出入が貿易依存度の数字でみる以上に不可欠のものであることを物語っている。特に国内に代替資源の乏しいわが国では,原燃料の価格が上がっても経済活動を維持するために一定の輸入を続けざるをえないし,輸入代金をまかなうために工業製品の輸出が欠かせない。
また,わが国が先進国との間での工業製品の水平分業度が低いことも,貿易摩擦を発生させやすくしている。工業製品について,化学製品,機械などの類別に輸出入の比率をとってこれを総合化したものを水平分業度と呼ぶことにしよう。この水平分業度は製品群ごとの輸出入が完全にバランスしていれば1になり,逆に,完全に輸出のみの製品群と輸入のみの製品群とで貿易が構成されていれば0になる。この水平分業度を国際比較してみると,わが国はきわだって低く,アメリカとの間の水平分業度はとくに低い。ヨーロッパ諸国の対米水平分業度をみるといずれの国でも0.5を上回っているのに対し,わが国では0.2を下回っている( 第II-3-4図 )。これは,ヨーロッパ諸国では製品類別にみた貿易バランスがある程度保たれているのに対し,わが国では,化学製品が入超となっているほかは大幅な出超だからである。わが国が加工貿易型経済であり従って,工業製品の輸出が不可欠であるにもかかわらず,水平分業度が低いことや地域的偏りがあることが,問題を難しくしているといえる。
ただし,このことは,輸出入両面で日本が弱い立場にあるということを直ちに意味するものではない。経済活動にとって不可欠である原材料の海外依存の高さは,日本経済の弱さであると同時に強さの原因でもある。主要な原材料に関し,輸出国の輸出に占めるその原材料の割合(輸出特化度)や日本向け輸出比率をみると,日本への輸出に大幅に頼っている国も多い( 第II-3-5図 )。例えば,オーストラリアは,石炭,鉄鉱石,羊毛で輸出の約4割を占めるが,これらの輸出品目は半分ないしそれ以上が日本向けである。また,ブルネイの輸出はほとんどが石油と天然ガスであるが,これらはほぼ全量が日本に向けられている。一方,わが国からみれば,石炭,鉄鉱石,羊毛の輸入についてはオーストラリアのウエイトが大きいが,石油輸入に占めるブルネイの比重は小さい( 第II-3-6図 )。
また,日本からの輸出についても,日本品が相手国経済に強く組み込まれている国も多い。日本の場合,経済的発展は,輸出入両面での対外依存度を深めることなしには成り立たない。また,わが国側だけからでなく,相手国もわが国への輸出,わが国からの輸入に依存しているのである。従って,貿易相手国とはもちろん,広く国際的視野に立って国際摩擦を防止,解消していくことは,わが国の発展だけでなく,世界経済のスムーズな発展に寄与・貢献していくこととなる。
次にこうした視点から,国際摩擦への対応の状況についてみてみよう。