昭和55年

年次経済報告

先進国日本の試練と課題

昭和55年8月15日

経済企画庁


[前節] [目次] [年次リスト]

第I部 景気上昇と物価安定への試練

第3章 第2次石油危機と物価,国際収支

第2節 国際収支の赤字

国際収支は石油価格上昇などによる海外環境の急変によって,53年までの黒字から赤字へ一転した。また,為替レートや対外ポジションといった国際経済面の指標も軒並み大幅に変化した。

加工貿易型の産業構造をもつ日本経済が海外環境の変化に影響されるのはある程度仕方がない。また,石油価格上昇による経常収支の赤字化は,石油輸入国に共通のものであり,一国の次元で解決することは難しい。前回石油ショック後の大幅赤字に対しては,強力な総需要抑制もあって国内需要が抑制されたため輸入が急減し,意外に短期間で赤字が解消した。今回は,これまでの円安もあって数量面では顕著な改善傾向が現われてきている。しかし,前回のように急速に赤字が解消するとは期待すべきでないだろう。加えて国際緊張を反映して,国際政治の動向が経済面にも大きく影響するようになったことが,最近の国際収支問題を複雑化させている。本節では大きく変化した国際収支についてみてみよう。

1. 増加に転じた輸出数量

53年度に前年度比5.6%の減少となった輸出数量は,54年度に入って増加に転じた。そして期を追って増加速度を速め,55年1~3月期では前期比3.7%増,前年同期比16.4%増とかなり高い水準にまで回復した。54年度全体でみても6.1%の増加と様変りの増加となった。この結果,輸出額(円ベース)も53年度には前年度比8.3%減少したが54年度は大幅増加となった。もっともこの間の円相場の大幅な変動(前年度比,53年度27.8%の円高,54年度は11.3%の円安)を反映してドルベースでは53年度16.9%増,54年度8.1%増と数量ベース,円ベースとは逆の変動となっている( 第I-3-16表 )。

こうした輸出数量の変動の原因をみるため,所得要因(日本を除く世界輸入),価格要因(日本とその他世界の輸出品の相対比価),企業の輸出余力を示す国内需給要因(在庫率指数で近似)に分解して,計測してみよう( 第I-3-17図 )。まず,53年度の輸出数量の減少という異例の現象は,大幅円高という価格要因と国内民間需要の盛上りによる企業の輸出インセンティブの低下という需給要因が影響したものであった。一方,54年度に入ると,53年度末からの円安の影響が円高の波及効果を打ち消すようになったため,価格要因は4~6月期に輸出増加の方向に働き,しかもその影響は期を追って拡大した。また,世界輸入も欧米主要国が押しなべて底固い景気上昇を続けたために一貫して輸出の増加に寄与した。この間,国内需給要因も7~9月期頃からは輸出を促進する方向に働くようになってきたが,その影響はごくわずかで,全体としては輸出の増加は円安と世界景気の底固さによってもたらされたといってよい。なかでも円安による輸出相対価格の好転は大きかった。

第I-3-18図 商品別輸出数量の推移

(品目別輪出の動向)

輸出の内容を品目別にみてみよう。

数量ベースでみると,54年度中繊維,化学,鉄鋼など素材型の産業では横ばいないし減少にとどまった。これに対し,加工組立型の産業では,船舶が大幅減少したのを除けば,自動車,電気機械,一般機械などいずれもかなりの増加となった。もっとも,年度後半には,繊維,化学なども増加に転じ,船舶,鉄鋼以外は55年1~3月期にはほぼ全業種で大幅増加となった( 第I-3-18図 )。

(輪出価格の変動と為替レート)

前述の通り円安による輸出拡大効果は大きかったが,外貨建て輸出価格はほぼ横ばいで推移した。ドル建て輸出価格の動きを業種別にみると,この前の円高時には各業種とも上昇,今回の円安時には,業種別に跛行性がみられるものの下落ないしほぼ横ばいで推移したという特徴がある。

すなわち,まず52~53年にかけての急激な円高時には,各業種ともほぼ円レートの上昇に見合った外貨建て価格の上昇がみられたのに対し,今回の円安局面では,業種間の跛行性が大きいものの,全体としては,円高による外貨建て輸出価格の上昇に比べて,円安による外貨建て価格の下落は著しく小さい( 第I-3-19図 )。経済企画庁のアンケート調査(「内外経済環境の変化に対応する企業行動」)によると,54年の円安下で「外貨建て価格を引き下げた」とする企業はわずか19.3%であり,約3割の企業が外貨建て価格を引上げるという輸出採算重視型の行動をとったという特徴がある(同図)。

こうした円安下での外貨建て価格の引上げの理由として次の点を指摘できよう。

第1は,世界的なインフレ傾向のため,輸出企業は外貨建て価格を引き下げなくても,競争国のインフレ率以下に上昇率を抑えさえすれば,価格競争力を高めることができたためである。わが国の外貨建て輸出価格と世界価格と比べると,53年度中は急激な円高を反映して世界価格をかなり上回る速度で上昇した。しかし,54年中はドルベースではほぼ横ばいだったが世界価格に比べれば実質的にかなりの下落となったのである( 第I-3-20図 )。それでも,円安で円建て手取りは高まったのである。

第2に,輸入インフレによるコスト・アップ要因が大きい素材型産業では製品価格への転嫁意欲が強かったし,加工組立型産業では円高時に悪化した輸出採算を円安によって回復しようとしたからである。減量経営による企業の損益分岐点の低下も,企業が数量よりも採算を重視する行動をとりやすい背景となっている。

第3に,国内需要の回復が53年度以降顕著となり,企業の輸出供給余力がこのところかなり小さくなったため,輸出価格が比較的高い水準となったことがあげられる。

(少なかった輪出ドライブ要因)

第1次石油危機後には,日本の輸出が急増し,貿易摩擦の大きな原因となった。確かにこの時期の輸出増加には国内需要の急激な落込みをカバーするという「輸出ドライブ」が強かったとみられる。

しかし,最近の輸出の増加は,以上述べてきたことからもわかるように,輸出ドライブのような性格はあまりない。むしろ輸出の採算が内需の採算に比してよくなってきたからである。輸出向け採算は53年度下期から急速に上向き,レートが円安に動く中で各業種とも輸出が内需に比しても急速に有利になった( 第I-3-21図 )。

2. 石油価格に左右された輸入

通関べースの輸入(ドル建て)は,53年度に前年度比18.1%増とかなりの増加を示したあと,54年度には42.3%増となり,48年度(77.2%増)に次ぐ大幅な増加となった。もっとも,輸入数量の伸びからいえば53年度には9.8%増だったものが,54年度には5.8%増と鈍化し,55年1~3月期には前年同期の水準を割り込むに至っている。しかし,輸入価格(ドル建て)は,原油価格の大幅上昇などにより35.1%もの上昇(53年度は7.4%の上昇)となり,これが54年度の輸入金額を増やした最大の理由となった。

(原油輪入の動向)

輸入急増の主因は原油輸入である。原油輸入の動向をみると,輸入数量自体は石油危機直前の48年7~9月期をピークにその後停滞傾向を続け,54年には前年比では増加したものの依然ピークを下回る水準となっている。しかし,価格は54年中数次にわたり値上げされ,一貫して上昇傾向を続けた。通関ベースの原油輸入単価(ドル建て)は,13.8ドル/バーレル(53年11月)から32.5ドル/バーレル(55年4月)に上昇しており,率では2.4倍,幅では18.7ドルの上昇である。前回は3.1ドル/バーレルから,11.7ドル/バーレルへと,率で3.8倍,上昇幅では8.6ドルの上昇であった。すなわち,原油価格の上昇幅は今回が前回の2倍強であり,国際収支に与える影響は,その分今回の方が大きかった。

(製品輪入の動向)

製品輸入(ここでは国際標準貿易分類の5~8に属する製品)は52年から53年にかけて,円高による価格効果から数量,金額ともに大きな伸びを示した。54年に入ると円安になったため,価格は大きく不利化したため,製品輸入の金額もさすがに鈍化したものの前年度比でみると54年度もかなりの伸びを示した(ドルベース,前年度比,53年度43.1%増,54年度28.3%増,また数量ベースでは,54年度は12.4%増と53年度の25.9%増には及ばなかったものの原燃料(5.0%増)や食料品(5.9%増)を上回る伸びを示し,この結果,輸入に占める加工製品の実質ウエイト(50年基準)も,52年度の20.7%から54年度には25.4%へと高まった。

こうした製品輸入の変動要因を,消費財,資本財,製品原材料に分けて計測してみると,53年中には総じて円高による価格効果が大きく寄与して急増したが,54年に入ると価格効果は円安によってマイナスに転じたものの,代わって内需の盛り上がりによる需要効果が下支え要因となって年前半は堅調な伸びを続けた。なかでも,設備投資の急増を反映して資本財の輸入が高い伸びを続けた。もっとも54年後半から55年に入ると,需要要因が鈍化するとともに価格要因のマイナス効果が大きくなったため,いずれの輸入品でも減少傾向に転じている( 第I-3-22図 )。

(伸悩んだ素原材料輸入)

素原材料の輸入は,数量ベースで53年に著増したものの,54年度後半には伸びが鈍化した。ここ数年でみると,素原材料の伸びは総じて鈍いものにとどまっている。その反面,製品原材料は比較的順調に増加してきた。

第I-3-23図 製品原材料輸入・消費・在庫

製品原材料の輸入が順調に増加してきたのは,それを使う業種の生産活動が活発化したところへ,円高で輸入製品原材料が安くなったからである。特に,53年から54年前半にかけては,製品原材料輸入の増加が,原材料消費の伸びを大きく上回った( 第I-3-23図 )。この間中間製品の相対価格が円高によって,輸入品に有利化したため,中間品の輸入品による代替が活発化し輸入品への需要が増えたからである。事実,銅,アルミ,などの業種では割安な海外地金の輸入が増大し,国内地金については不況カルテル(アルミ)の実施等もあり,高水準であった在庫の取崩しにより需要に対応し,生産は低い水準で推移した( 第I-3-24図 )。ただし54年度後半では国内生産の活発化(銅),海外地金の高騰(アルミ)などからこうした中間財輸入も減少に転じた。

素原材料輸入の伸びが鈍かったのは,上記のような中間品そのものの輸入代替から,素原材料需要が抑制されたことと,素原材料使用業種の生産の伸びが相対的に低かったこと,またこれら業種の原単位がすう勢的に低下していることなどによるものであった( 第I-3-25図 )。

3. 大幅赤字となった国際収支

経常収支は,53年度末を転換期として,貿易収支の赤字転落,貿易外収支の赤字幅拡大を主因に54年度中大幅な赤字傾向を続けた。この結果,54年度の経常収支は139億ドルの大幅赤字となった。長期資本収支も53年度の大幅赤字に比べれば半減したものの,いぜんかなり大きい赤字を続けた。この結果,総合収支の赤字幅は54年度中190億ドルの大幅赤字となった。

(石油価格と貿易,経常収支)

経常収支の史上最大の赤字は2つの大きな要因が重なって生じた。

その第1は,わが国の経済動向からくる自律的な赤字要因である。51年から52年にかけて国際収支は大幅黒字の状態にあった。しかし,53年頃から国内経済は,公共投資の拡大,国内民間需要の回復により徐々に拡大基調となり,その反面,円高がわが国の輸出を抑制し,輸入を増やす方向に向かった。こうして53年度の経常収支は景気局面(所得要因)と為替レート(価格要因)の両面から黒字が急速に縮小する過程にあったとみられる。

第2に,こうした自律的な動きに,加えて53年末から石油価格の大幅上昇という外生的要因が生じたため経常収支は一挙に均衡を通り越して大幅赤字に転じた。原油輸入は価格弾性値が極めて小さいため,原油価格の上昇分は,ほとんどそのまま貿易収支,経常収支の赤字要因となる。

第I-3-26表 石油価格上昇分などの特殊要因を除く国際収支

もっとも,輸出入は,54年度に入って,数量ベースでは改善に向かっている。これは①相対価格要因が円安によってプラスに転じたこと。②生産活動は拡大したが,原単位が向上したこと,消費の増加を在庫の取り崩しで賄った部分があること,などにより原材料輸入が意外に伸び悩んだこと等によるものである。実際,石油価格上昇の影響を除いた国際収支の動きを試算してみると,経常収支は54年7~9月期を底に黒字が拡大しており,総合収支も55年1~3月期には黒字に転じている( 第I-3-26表 )。

第I-3-27表 日本の地域別貿易バランス

地域別に貿易収支の動向をみても,石油輸入の動きが貿易収支を大きく左右したといえる( 第I-3-27表 )。まず,53年から54年にかけて,貿易収支(通関ベース)は182億ドルの黒字から,76億ドルの赤字へと変化し,この間の悪化幅は258億ドルと,かつてない大幅なものとなった。そして,このうち,ほぽ3分の2の159億ドルが実は対産油国収支の悪化によるものである。もちろん産油国向け収支の悪化は,石油を中心とする輸入の急増である。しかし,それとともに,イラン革命の影響などから輸出の伸びが小幅にとどまったことも影響している。一方,先進国向けの黒字は53年後半から顕著な縮小傾向を示し,54年全体としてみると前年比半減となっている。これは対米黒字が輸入の急増を主因に大幅に縮小したことによるものであり,対ECでは若干ながら黒字が拡大している。

(貿易外収支の赤字幅拡大)

貿易外収支は,54年度中大きく赤字幅を拡大し,初めて100億ドル台の赤字を記録した( 第I-3-28表 )。54年度中の貿易外収支の動きをみると,まず第1に49年度以降おおむね横ばい傾向にあった「運輸」の赤字が大きく拡大したのが特徴である。これは,①原油値上がりによる燃料油支払い増(「港湾経費」の赤字拡大),②海運市況の上昇による用船料の支払の増加(「用船料」の赤字拡大)によるものであり,「貨物運賃」は年度後半における数量ベースの貿易バランス改善などから黒字が拡大した。

第2に,旅行収支の赤字は54年度中41億ドルとなり,53年度(38億ドル)をさらに上回るものとなった。しかし,四半期別にみると,54年7~9月期をピークに赤字幅縮小に転じている。これは,54年度後半に大幅円安,海外でのインフレ高進などにより海外旅行の伸びが鈍化したことによるものである。

第3に,投資収益の黒字が53年後半から急増したことも注目される。これは,53年度から54年度にかけて対外証券投資,借款等のかたちで本邦資本の流出が増加したことに加え,外貨準備が大幅に増加したため,これらの運用益が巨額に上ったことによるとみられる。しかし,54年中の外貨準備は急減し,本邦資本の流出も同年央以降減少傾向となっており,投資収益も年度後半には減少に転じた。

(長期資本収支の赤字幅は不規則ながらも期を追って縮小)

長期資本収支は,53年度に163億ドルと空前の赤字(流出超過)幅を記録したあと,54年度は84億ドルと,大幅に縮小したとはいえ,なおかなり高水準の赤字を続けた。一方,四半期別の動きをみると,53年10~12月期の51億ドルの赤字をピークに54年7~9月期には19億ドルにまで縮小したが,同10~12月期には38億ドルと再び拡大し,55年1~3月期に入ると一転して6億ドルの黒字に転じている( 第I-3-29図 )。長期資本収支のこうした不規則な動きに大きく影響したのは,証券投資の動きであった。

証券投資のうち,非居住者の現先取引は54年5月に解禁されたあと,不規則な動きを繰り返し,証券投資全体の動きを大きく左右した。これは,現先取引が短期の資本取引の性格を有し,内外金利差等の動きに強く影響されるからである( 第I-3-30図 )。一方,円建て外債の発行は54年に入り債券市況の悪化を反映して減少している。

次に借款ほ為替銀行の対外貸付の増加傾向等を背景として54年度も大幅な流出超となったが,1~3月にはかなりの減少がみられた。

長期資本収支の動きは不規則で見通し難く,先行きの動向についても楽観はできないが,①内外金利差が逆転傾向にあり,②円相場も4月に底を打って円高に転じていること,また,③為替管理面でも外資導入を促進する措置がとられていることもあり,ひところの大幅赤字基調から脱したものとみられる。

4. 大きく変動した円相場

(円高→円安→円高とふれた対ドルレート)

第1章でもみたように,わが国の円相場(対ドル相場)は,53年11月にそれまでの大幅円高から円安基調に転じたが,その後55年4月に至るまで何回かの小康状態をはさみながらもほぼ一貫して下落してきた。そして,55年4月中旬から一転して今度は円高傾向となっている。

この間の円レートの変動は極めて大きく,53年10月の円高ピーク時の170円台から55年4月には260円台にまで下落し,それからわずか2か月で215円台にまでもどしている。

こうした円レートのめまぐるしい変動は,以下のような要因によるものとみられる。

第1は,経常収支の赤字化と,物価情勢の悪化という日本経済の基礎的諸条件の変化,いわゆるファンダメンタルズの動きである。為替レートは外国為替市場における外貨の需給によって決定されるが,外貨の需給自体は,①貿易に付随する経常取引と,②資本移動に大別される。このうち前者は経常収支の動きに,後者は,これに加えて物価情勢や成長率など当該国経済の総合的な見通しに左右される。78年から79年にかけての経常収支,物価パフォーマンスの悪化は円高から円安への動きと並行的である。

しかし,こうした条件の悪化はアメリカを始めとして石油輸入国に共通した現象であり,それだけでは日本円がとくに大きな変動を示したとはいえない。つまり,日本としてはその前に比べて悪くなったかも知れないが,より重要なのは他の石油輸入国以上に悪くなったかどうかである。

第I-3-31図 ユーロカレンシー市場規模の推移

この点からより重要なものとして第2に指摘できるのは,石油に対する日本経済の特殊な性格である。日本経済は輸入石油依存度が高いため,短期的には石油価格の変動に最も大きく反応する。しかし,後に述べるように(第II部第2章)わが国のこうした外的ショックへの適応力は高く,それからの回復は極めて早い。こうした石油に対する弱さと強さの両面を持った日本経済の性格が,為替市場の心理的かく乱要因として,石油価格の上昇に伴う円レートの動きに影響を与えている点は否定できない。つまり,ショックによる悪化は大きいかも知れないが,悪影響を吸収する力,ショックから立直る力は他の国に比しはるかに大きいと思われる。

第3に,オイル・マネーを中心とする巨額の短資の存在が為替レートの短期的な変動を大きなものにしている。ユーロ・ダラー市場の規模はこのところ急拡大しており,世界の貿易規模との比較でみても年々増加の一途をたどっている( 第I-3-31図 )。このようにストックとしての外貨の保有が増加し,為替レートに与えるストックの動きも無視しえないものとなっている。こうした外貨は,ある国の国際収支,物価,実質GNPなど経済の基礎的諸条件の見通しに応じて移動する。そして,基礎的諸条件の見通しを変動させるような政治的現象に対しても極めて敏感だといえる。

第I-3-32図 円の対ドルレートの実績値と推計値

ここで,日本とアメリカの実質所得とマネーサプライと先行きの相場期待(石油価格と直先スプレッド)によって円レートの動きを説明してみたのが 第I-3-32図 である。

これでみると,石油価格以外の要因はいずれもおおむね円高要因として働いたが,53年末からの石油価格の連続的な上昇による「円先安観」がこれを打ち消して全体として円安傾向が続いてきていたとみられる。

第I-3-33図 円高・円安のJカーブ効果

(為替レート変動と日本経済)

以上のような大幅な円レートの変動は,日本経済にとってどのような意味をもっているだろうか。

まず,円相場の変動は国際収支の均衡に寄与してきている。経済企画庁のモデルを使ったシミュレーションによれば,52年からの円高の効果は53年4~6月期から,黒字幅を縮小させる方向に,一方,53年末来の円安は54年10~12月期から赤字幅を縮小させる方向に働いている( 第I-3-33図 )。ただ,こうした効果には,タイム・ラグがあり,当初はむしろ国際収支の不均衡を拡大する効果を持つことに注意する必要があろう(いわゆる「Jカーブ効果」)。だから54年の経常収支赤字は円高Jカーブの本格的局面である下降(黒字縮小)局面と円安Jカーブの初期的局面である下降(赤字拡大)局面が重なって生じている。つまり一般的には円高→円安の過渡期には黒字減→赤字拡大の傾向が強く働き,円安→円高の時は赤字縮小→黒字拡大の可能性が強まるのである。

一方,円レートの変動などが輸出入の数量を変動させることにより,海外経常余剰という面から景気に影響を与える点も重要である( 第I-3-34図 )。既に述べたように,円レートは短期的には石油価格上昇により大きく影響されやすい傾向にあった。輸出数量の増大は,石油価格上昇に伴うデフレ効果をある程度相殺してきたものと考えられる。

最後に,前にも述べたように(本章第1節),円レートの変動は輸入物価を通じて物価の動向にも影響を与える。円高は物価安定を通じて景気にはプラスに働き,逆に円安はインフレのデフレ効果によりマイナス要因になるともいえる。この面では上に述べたことの反対の効果がおこる。つまり為替相場の変動は,経済のファンダメンタルズを反映したものであってそれによって各国のファンダメンタルズを望ましい方向に調整しうるわけでないことに留意しなければならない。たとえば円安は,通常国際収支の赤字と物価上昇率の相対的な高さを反映するが,円安の経済に与える影響は国際収支に対しては,赤字縮小要因(均衡回復的)である反面,物価については上昇要因(均衡破壊的)となってしまう。このため,円安の場合には生産性の向上,物価対策や需要抑制的な政策運営が必要に応じ併用されなければ物価安定の目標は達成しにくくなる。

(石油赤字への対応)

わが国は,原油の大幅値上がりによる国際収支の赤字化を既に前回石油危機において経験した。しかし,前回の場合は石油危機発生後1年足らずで経常収支の赤字はほぼ解消した。これに対し,今回は55年に入っても大幅な赤字が続いている。国際収支の改善が前回に比べて遅れている理由を,貿易収支についてみると,次の諸点を指摘できる( 第I-3-35図 )。

    ①石油価格の上昇が一回限りでなく,小刻みに何回も行われたため,輸入の増加が期を追って拡大した。

    ②前回の場合,輸入数量が割合早くから減少したが,今回は一年後になっても横ばい気味である。これは,前回はその後戦後最大の不況となったのに対し,今回は景気が上昇をつづけているという景気局面の差によるところが大きい。

    ③前回は,輸出価格の上昇が輸出額を押し上げたが,今回は急速な円安局面にあったため,外貨建ての輸出価格がほとんど上昇しなかったこと,等がそれである。

加えて,最近ではアメリカの景気が急速に下降しているから輸出数量の増加テンポが今後もさらに高まるとは期待しにくくなっている。

わが国の経常収支をめぐる環境は前回石油危機当時よりも今回の方が厳しいといえよう。石油赤字の短期間での解消はこうした点からみて難しいといえる。わが国の経常収支は,石油赤字の増大から先進国の中でも最も赤字幅が拡大しているが,石油を除くと逆にかなり黒字となっている( 第I-3-36図 )。方向として赤字の縮小を図っていくことはもちろん必要であるとしても,赤字そのものの持続は当面避けがたい面があり,資本流入によってファイナンスしていく必要がある。