昭和55年
年次経済報告
先進国日本の試練と課題
昭和55年8月15日
経済企画庁
第I部 景気上昇と物価安定への試練
第3章 第2次石油危機と物価,国際収支
物価情勢の急変は,第1次石油危機後の調整過程を脱して内外均衡の回復をほぼ達成していた日本経済に新たな困難をもたらすこととなった。
卸売物価は,48年の第1次石油危機に伴い,49年には前年比31.4%の上昇となるなどかつてない急騰を示したが,その後景気が停滞するに伴って急速に上昇率を低めた。とくに52年から53年にかけては,円高の影響もあって,横ばいや低下の動きすらみせるに至った。
しかし,こうした卸売物価の安定した状況は,53年11月に6か月ぶりに上昇に転じた後,様変わりとなった。すなわち,卸売物価は前月比でこれを境に一貫して上昇を続け,その上昇幅も54年度に入ってからは毎月1%を超える大幅なものとなった。前年同月比上昇率も月を追って高くなり,55年4月には24%と前回石油危機後の49年11月(25.1%)以来の高率に達した。
こうした卸売物価の大幅上昇の主役は,国内要因ではなく,海外要因であった。海外要因は,大別して3つに分けられる。
第1は,いうまでもなく石油価格の高騰である。原油の代表油種のアラビアン・ライトの公式販売価格は,49年以降ほぼ横ばい傾向を続けたが,先進国の景気回復の中で,イラン政変による生産の減少,輸出減及び需要期を迎えたこと等も相まって石油需給はひっ迫し,53年12月に値上げが決定された。そして54年に入るとイランの政情不安による輸出減を主因に,相次いで引き上げられ,55年5月では28ドル/バーレルと53年11月(12.7ドル/バーレル)に比べて2.2倍もの大幅上昇となり,わが国の原油輸入平均単価(通関ベース)も,55年5月には今回の一連の引上げ直前の53年11月に比べるとドル建てで2.4倍,円建てで2.8倍にもなった。
第2に,石油以外の輸入原材料価格も急騰した。輸入原材料価格は53年中頃から,①石油価格上昇だけでなく,②先進国の景気上昇,③世界的なインフレ懸念等の悪材料が重なり,上昇基調となっていたが,とくに54年になって国際緊張,換物需要の高まりなどから大幅な上昇を示したのである。SDR建てでみたロイター商品相場指数は78年4~6月期から80年1~3月期までに38.2%も上昇した。
第3に,輸入原材料価格の高騰に加えて,53年末から円相場が大幅に下落したため,円建てでみた輸入物価の上昇率がさらに加速したことも大きかった。
55年3月の輸入物価は前年同月比82.1%の上昇となっているが,これを上記3要因に分けてみると,第1の石油・石炭・同製品価格の上昇で39.0%,第2の他の輸入原材料価格の上昇で11.8%,そして第3の円レートの下落により31.3%の影響(上昇率に対する寄与度)となる( 第I-3-1図 )。
輸入物価の上昇は,次のようないろいろな経路を通じて卸売物価の押上げ要因となった。まず卸売物価には輸入品も含まれているから,輸入価格の上昇はその分だけ卸売物価を直接上昇させる。次に,輸入品価格の上昇は,輸入品を原燃料として使用する産業にとってコスト上昇要因となり,これら産業の製品価格を上昇させ,さらにそれらを中間財として使用する産業のコスト・アップを招くという形で段階的かつ間接的に国内品の価格上昇をもたらす。もちろん国内品が輸入品と競合している場合は,輸入品が上がれば,国内品も上がりやすくなる( 第I-3-2図 )。
ここで,卸売物価の変動の要因を,①輸出入品と国内品に分け,②さらに国内品の上昇を輸入品価格の上昇の影響と,その他(本来的な国内要因)に分けてみると( 第I-3-3表 ),まず54年中では輸入品の直接の影響が約3分の1を占める。また,国内品の上昇も大半が輸入価格上昇により生じたと推計され,結局卸売物価全体としては輸入要因の影響が非常に大きかった。
一方,国内要因を賃金コスト要因と需給要因に分けてみると,賃金コスト要因はほぼ一貫して物価引下げ要因として働いたが,需給要因は国内需要の盛り上がりを反映して常に物価を引き上げる方向に働いた。ただし,政府,日本銀行の物価対策は需給のひっ迫の度合を緩やかにすることに寄与した。
石油等海外原材料価格の上昇による国内物価の上昇は,わが国のように原材料の輸入依存度の高い加工貿易型の国にとってある程度は避けられない。しかし国内物価の上昇の経済にもたらす悪影響を考えれば,これを最小限にとどめることは重要な課題である。今回の場合は,輸入品を含む卸売物価は高騰したとはいえ,国内物価への波及はかなり食い止められたと考えられる。この点を今回と前回の石油危機当時とを比較しながら検討してみよう。
卸売物価に対する輸入価格の上昇の影響は素原材料→中間品→完成品というような川上から川下への加工段階を経て波及する。この加工段階別の上昇率をみると,前回の石油ショック時と今回は違う。48,49年当時にはどの段階でも大幅な上昇だったのに対して,今回の場合は,素原材料の上昇率が著しく高いものの,中間品,完成品といわゆる川下に行くにつれて上昇率が低くなる。とくに完成品段階での上昇率は前回石油危機当時に比べると極めて低い( 第I-3-4図(1) )。具体的に石油関連品についてみると,原油価格上昇に伴い,ナフサなど「川上段階」の価格は前回も今回も速やかに上昇した。しかし,樹脂や二次製品といった「川下」への波及は今回の場合極めて鈍くなっている( 同図(2) )。
このように卸売物価が完成品段階では比較的小幅な上昇にとどまったことは54年中の消費者物価の相対的な落ち着きにつながった。
卸売物価が主として海外要因によって大幅な上昇を続けたのに対して,消費者物価は53年度に3.4%と,34年度以来の低い上昇率を記録した後,54年度も年度全体としては4.8%と53年度に比べると上昇率は高まったものの,低い上昇率にとどまった。しかし,54年末頃から徐々に上昇率を高め,55年2月からは前年同月比8%台のかなり高い上昇率を示すようになった。
このように,目下のところ,かなり高い上昇率になっているとはいえ,今回の消費者物価の動きは,前回の急騰傾向に比して対照的である。なにゆえそうであったか。消費者物価の変動を通じてみてみよう。
消費者物価は,大別して一般商品,季節商品,公共料金,サービス料金の4つに分けられる。またこのうち,一般商品の変動は,卸売物価のうちの消費財の変動と,小売マージンの変動の影響を受ける。消費者物価の変動内容をこうした面からみると( 第I-3-5表 ),次の諸点が指摘できる。
まずその1は,原材料コストがかなり上昇したものの賃金コストが極めて安定していたため,卸売段階の消費財の上昇が小幅にとどまったことである。
その2は,前回大きく拡大した流通マージンが今回は落ち着いていたことである。
そしてその3として,一般商品以外のもので,公共料金,サービス料金が落ち着いていたことがあげられる。
また,このようなコスト面の影響が小さかった背景として需給が比較的安定的に推移していたことも挙げられる。
消費者物価に含まれる品目は,一部の輸入品を除けば,海外要因に影響される割合が小さいものが多い。一方,サービス等の価格はコストに占める人件費のウエイトが高いうえ,生産性の上昇による吸収の余地が少なく,賃金の上昇が直接コスト圧力となる。高度成長期のように,輸入物価が安定している反面,賃金の方が恒常的に上昇している時には,消費者物価の上昇が卸売物価の上昇を上回る。しかし今回はその逆であった。すなわち,輸入物価の大幅な上昇が卸売物価を急騰させたものの国内の賃金の伸びが安定的だったこともあり,消費者物価の上昇は比較的小幅だったのである。
このように落ち着いた動きを続けた消費者物価も,54年秋以降は卸売物価上昇の波及を反映した石油製品やその他商品の値上がりに加え,それまで落ち着いていた季節商品の急騰などにより徐々に上昇率が高まっていった( 第I-3-6図 )。季節商品の急騰の主因は,54年秋以降の長雨,台風等の異常気象により野菜生産が甚大な被害を受け,出荷量の減少からその価格がかつてない大幅な上昇を示したことである。もっとも,55年度に入ってからは春物野菜の出回りによって大幅に下落している( 第I-3-7図 )。野菜の出荷量や作付面積は水田利用再編対策による米から野菜への転作の活発化等もあり,すう勢的には増大してきており,やはり天候の影響を強く受けたといえる。
この間,果物価格は54年4~6月以降上昇率が鈍化し10~12月以降は前年同期を下回っており,また生鮮魚介はおおむね安定した推移を示している(同図)。
こうした季節商品の動きとは別に,54年末頃からは卸売物価上昇の波及が徐々に消費者物価の押上げ要因として働いてきた。それまで安定していた卸売物価の完成品はここへきて上昇率を高めている。また,特に消費財の卸売物価は55年に入って上昇が目立っており,5月には前年同月比9.0%と50年1月以来の高い数字となった。
こうした状況を消費者物価と卸売物価の共通品目の動きでみると,消費者物価の上昇のうち共通品目の寄与度は,卸売物価が53年末から急速な上昇を示していたにもかかわらず,54年中頃までは極めて小さなものにとどまっていた。しかし,年後半からは期を追ってレベルを高め,55年に入ってからは野菜を除く消費者物価の上昇(前年同月比)の半分近くがこれら共通品目によるものとなっており,特に電力・ガスが値上げされた4月以降,寄与度が著しく高まっている( 第I-3-8図 )。
その後,卸売物価の上昇自体は前月比でみれば峠を越したものとみられるが,完成品への波及,また,これを通ずる消費者物価への波及はなお続いている。
今回の物価上昇は,卸売物価こそ48年当時に迫るものであったが,すでに述べたように,①完成品卸売物価や消費者物価など国民生活に直結するようなものの上昇率が比較的低かったこと,②インフレ期待による仮需や投機的な行動が企業,家計いずれの段階でも少なかったこと,③急激な物価上昇に伴う景気の落ち込み(いわゆる「インフレのデフレ効果」)がみられず,悪性のスタブフレーションに至らなかったこと等が特徴的である。もちろん,完成品卸売物価,消費者物価の動向には今後なお警戒を要するが,これまでのところ,わが国の最近の物価パフォーマンスはかなり良好なものであったと考えられる。
わが国の最近の物価パフォーマンスについて諸外国と比較してみよう。
まず,卸売物価については,各国間で統計作成方法にかなり相違があるため比較が難しい。しかし,相違点をできるだけ調整して比較してみると,①工業製品ベースでは西ドイツを除く主要国に比して決して高くはなく,②完成品ベースでは西ドイツと並んで極めて低い上昇にとどまっていることがわかる。次に,消費者物価でみると,西ドイツを除く欧州諸国や米国が軒並み2桁の消費者物価上昇に見舞われているのに,わが国と西ドイツはこれまでのところ比較的落ち着いた姿を保ってきた( 第I-3-9図 )。
さらにこれを総括的に,各国の物価パフォーマンスの状況を「輸入インフレ」にとどまっているか,あるいは「ホームメード・インフレ」にまで至っているかという視点から検討してみよう( 第I-3-10図 )。
物価の上昇は原材料等投入コストの上昇分と,企業利潤や賃金の和である付加価値の上昇に分けられる。わが国のように原材料の輸入依存度の高い加工貿易型の経済の場合,原材料などの投入コスト上昇による物価上昇は,「輸入インフレ」であり,国内経済の範囲で抑制することは難しい。他方,単位当たり付加価値の上昇が起こったとすると,それは,①生産性の上昇を上回る賃上げ,ないしは,②コスト増を上回る製品価格引上げを必ず伴っている。このような国内要因から生じる物価上昇を「ホームメード・インフレ」ということにしよう。
このホームメード・インフレは,総合的な物価の指標でいえば,GNPデフレーターで表わしうる。GNPデフレーターは,国内生産物1単位当たりの付加価値増加率を示しているからである。またホームメード・インフレと輸入インフレを合わせた総合インフレは,総需要(GNP+輸入)デフレーターの動きに反映される。総需要デフレーターは,国内生産物及び輸入品に対する内外からの総需要1単位当たりの物価上昇率を示しているからである。従って輸入インフレは総需要デフレーターとGNPデフレーターの差として定義できる。
最近のように,輸入価格が上昇し,それにつれて全般的に物価が上昇している状況を例にとって考えると,輸入物価が大幅に上がり,それがコストアップとなって波及すると総需要デフレーターは上昇するが,その上昇幅が輸入コストの上昇分の範囲にとどまっていれば,国内で形成される付加価値は増えないからGNPデフレーターは上昇しないのである。そこで,総合インフレ率として最終需要デフレーター(各国の統計の制約により総需要デフレーターが利用不可能のため,最終需要デフレーターを用いる),ホームメード・インフレ率としてGNPデフレーター,輸入インフレ率として両者の差を用い,それぞれの推移を比べてみると,48~49年には最終需要,GNP両デフレーターとも大幅に上昇しているが,最終需要デフレーターがより高い上昇率となっている。一方,54年以降はGNPデフレーターはほとんど上昇していないのに最終需要デフレーターはしだいに上昇率を高めてきている。これは,48~49年にはホームメード・インフレと輸入インフレが重なり合って大幅な物価上昇となったのに対し,54年以降はほとんど輸入物価の上昇によって物価が上昇していることを意味している。
また,これらの動向を主要国と比較してみると,アメリカ,イギリスでは特にホームメード・インフレ率自体が高く,わが国の最近の物価パフォーマンスが際立って良好なことがわかる。
次に,前回石油危機と最近の物価上昇の違いについてくわしくみてみよう。
輸入品の値上がりが理論上国内品にどのくらいの物価上昇をもたらすかを産業連関表により試算した上で,その試算値と実績値を比べると,物価上昇の実態をいっそう明らかにできる。ここで産業連関表による試算値は,①45年,50年以降の投入構造及び付加価値率が不変であり,②コスト上昇がタイム・ラグを伴わずに製品価格に転嫁されるという前提に基づいており,また,試算値と実績値を比較するに当たり基準時点のとり方によって,若干,評価に差異が生ずる可能性がある。こうした前提の下で分析してみると,今回は国内波及が軽微であったとみられる。すなわち,輸入価格上昇によるコスト上昇が100%価格に転嫁されたとして推計される物価上昇率と現実の物価上昇率を比較すると,前回は,各加工段階とも現実の物価上昇率が試算値を大きく上回っているのに対し,今回は中間品段階では,いくらか試算値を上回っているものの,完成品では逆にかなり下回っている。また卸売物価全体でみると,ほぼ輸入コストの上昇に見合った程度の上昇となっている( 第I-3-11図 )。つまり,今回は,輸入価格上昇→卸売物価上昇という影響はこれまでのところ前回よりはるかに小さく,物価のパフォーマンスが良かったのである。
それでは何故このような物価パフォーマンスの差が生じたのか。既に述べたように,物価上昇の原因はコスト上昇と,単位当たり付加価値の増加に分解できる。企業は,原油価格の上昇圧力に直面したとき,①製品価格を引き上げるか,②製品1単位当たりの付加価値-賃金,もしくは企業利益-を下げるかの両方もしくはいずれかによって吸収しようとする。後者の製品1単位当たり付加価値は,さらに①製品1単位当たり労働投入量(これは労働生産性の逆数)を減らすか(つまり労働生産性を上げる),②賃金水準を下げるか,③製品1単位当たり企業収益(実質利益率)を削るか,などに分けることができる。もちろんこの場合製品1単位当たり企業利益が減っても,売上数量が増えれば利益額の減少を埋めることはできる。このように,コスト上昇に対して企業としては,単なる製品価格上昇以外にいろいろな対応が可能であり,その対応のしかたによって,その後の価格の推移,従って全体の物価動向が変わる。既に示したように産業連関分析による卸売物価の推計値は,この点からいえば,利益額を基準時と変わらない状態に保つことを前提にして行う試算である。しかし,現実の企業収益は,着実な増加を続けてきた。つまり,コスト上昇分しか値上げしなかったのだから利益が増えないはずにもかかわらず利益は増えたのである。実は,こうした状況は原材料等のコスト上昇を売上げ数量の増加ないしはその他のコストの切詰めないしその両方によって吸収しない限り生じない。今回の最大の特徴は,そうした吸収がかなり行われたとみられることである。企業収益の要因分析の手法を使って,企業の製品価格(産出価格)の上昇要因を前回の石油危機時と比較してみよう( 第I-3-12図 )。まず,前回と今回とでは,今回の方がコスト上昇(投入価格)の影響がかなり低いという特徴がある。これは前回は,石油価格が一挙に4倍にはね上ったのに対し,今回は段階的に引き上げられたため,影響が徐々に現われてきたことも影響している。けれどもそれだけでなく,今回は①原単位の低下,②売上数量の増加,③生産性の向上,などによる価格安定効果が大きかったことがより大きく影響した。こうした結果,今回は投入価格上昇率より産出価格上昇率が低くても,利益が増えることとなった。一方,前回は,売上数量は伸びず,生産性は上がらず,いずれの要因も産出価格を押し上げた。このため,投入価格上昇率より,産出価格上昇率が高くなっても,コスト増加を吸収しきれず,企業収益は減少したのである。
こうした相違によって,賃金と物価の悪循環はこれまでのところ起こらないでいる。そしてそれが今回の物価上昇をマイルドなものにした。製造業の賃金コストの変動は,名目賃金の上昇率と生産性の上昇率によって左右される。49年には,大幅賃上げと生産性の低下が重なって賃金コストの上昇が生じた。これに対して,今回は名目賃金上昇率の安定と生産性の向上によって賃金コストの低下がもたらされた( 第I-3-13図 )。55年の春季賃上げにおける賃金上昇率も比較的安定的な伸びとなり生産性上昇の範囲内にとどまったものと考えられる。
今回の場合,製品価格の上昇が前回に比しモデレートなものであったもう1つの背景として,景気上昇が比較的若い局面にあったことがあげられる。景気の局面と物価の動向とは必ずしも一義的でない。景気の上昇局面では需給がひっ迫するため,普通ディマンドプル要因による物価上昇がもたされやすいとみられている。しかし,生産量の増加が企業の固定費負担を軽減し,生産性を上昇させるならコスト圧力が軽減され物価安定要因となる。今回の景気上昇過程でこれらの事情はどうであったろうか。
まず,企業収益面では,既にみたように生産性の面では今回は物価安定要因,前回は押上げ要因,固定費コストの面では前回,今回ともに物価上昇要因であるが,その程度は今回がかなり小さく,ともに落ち着いている(前提 第I-3-12図 )。
これは,54年中の景気上昇がまだ若く,稼働率がかなり低くて生産能力にも余裕のある状態から出発したことが大きいといえる。企業の値上げ意欲を示す製品価格上昇見通しDIと,稼働率の上昇率(前年同月比)を比べると,55年はじめ頃の段階では,過去1年間稼働率が大幅に上昇した業種ほど製品値上げ機運はむしろ弱くなっており,稼働率上昇が需給のひっ迫にストレートに結びついてはいない( 第I-3-14図 )。
もちろん,景気上昇のいま1つの側面,需給ひっ迫に伴う物価押し上げ要因も働いた。紙・パルプ,鋼材,といった市況性の強い商品では,チップ,鉄くずなどの原材料価格が高騰したうえに,旺盛な出荷によって在庫が減少したため物価上昇がみられた( 第I-3-15図 )。しかし総じてみれば,企業の在庫投資行動は前回石油危機当時に比べれば慎重であり,これが企業の値上げ行動を比較的モデレートにした要因であった。こうした在庫投資の落ち着きをもたらした背景としては,第2章で指摘した諸要因に加えて,マネーサプライの安定,金利の急上昇といった金融面からの影響も大きかったと思われる。