昭和54年

年次経済報告

すぐれた適応力と新たな出発

昭和54年8月10日

経済企画庁


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第2部 活力ある安定した発展をめざして

第2章 日本経済の体質強化

第2節 エネルギー問題の克服

1. 石油問題の再登場

イラン革命に端を発する石油情勢の流動化に対して,54年3月初に開かれたIEA理事会において54年の自由世界の石油需給は次のように考えられた。すなわち,需要は1日当たり52.6百万バーレルと見込まれるが,供給はIEA諸国14.2百万バーレル,他の非OPEC諸国7.2百万バーレル,OPEC諸国29.7百万バーレルで合計51.1百万バーレルになり,差引1.5百万バーレル不足するとともに若干の備蓄積増しをすると2百万バーレル強の不足になる。従って,IEA諸国はその需要量1日当たり約40百万バーレルの約5%の削減を行うことが決定された(7月の同理事会においては,約5%節約を前提として0.1百万バーレルの不足見通しとなっている)。

現実には54年1~3月平均のOPECの産油量は29.2百万バーレル/日,4月は30.7百万バーレル/日,5月は31.2百万バーレル/日が生産されているが,原油需給は逼迫しており,本年に入りOPECにより原油価格は段階的に大幅に引上げられた。

このような状況に対しては,我が国としても短期的には節約措置の強化とインフレの未然防止への努力によって対処しようとしているが,今後とも石油供給の不足,価格の上昇が予想される折から,より長期的な取り組みも重要になってきている。いわば,石油危機は1回限りのものというよりは,石油供給の不安定性ということは常に起こりうるものとして備えておかなければならないという認識をもつことが迫られたといえよう。

そこで,省エネルギーと石油に代替するエネルギー開発が必要ということになるが,日本の場合,石油危機後そのような方向が結果的にはかなり実現されているといえる。すなわち,48年度から53年度までに実質GNPは22%増加しているのに原粗油輸入量は6%弱減少している(2.90億klから2.74億kl,通関統計,なお53年度はこのほかタンカー備蓄用として500万klの輸入がある)。備蓄の問題等があるので,原油消費のベースでみてもその間に4%強減っている(2.87億klから2.75億klへ,通産動態統計)。いわば,石油が減っても経済は拡大できたのである。その要因を探ることによって,今後の我が国の石油問題の一端を考えることにしよう。

2. 省エネルギーと代替エネルギー化の進展

(1) 省エネルギーの進展状況

(省エネルギーの必要性)

まず,我が国のエネルギー供給構造をみると先進諸国と比較して第1に輸入依存度が高いこと(52年,日本88.0%,西ドイツ55.0%,アメリカ19.9%,OECD統計),第2に石油への依存度が高いこと(同,日本73.9%,西ドイツ51.1%,アメリカ46.4%,同統計)である。そして,日本の石油はほとんどすべて輸入である(同,石油の輸入依存度,日本99.8%,西ドイツ95.9%,アメリカ43.7%,同統計)。一国の経済や国民生活に重要な意味をもつエネルギーが我が国においてそのような状況にあるとすれば,我が国経済の安定的な発展のためには省エネルギーや石油代替エネルギー開発に一層努力する必要があることは明らかである。

第II-2-10図 エネルギー,労働生産性及び実質エネルギー価格

ことにエネルギーの相対的価格が低下し続けていた40年代央までは,エネルギーを相対的に多く使っていたが(エネルギー生産性の低下),そのような条件が激変した石油危機以降は省エネルギーに努めざるをえなくなったのは経済的必然である。事実,40年代後半以降エネルギー生産性は上昇に転じた。このようなエネルギー事情の激変は,例えば賃金と労働生産性の間の変わらざる関係を対比すると際立った姿になっている( 第II-2-10図 )。

(マクロ的にみたエネルギー原単位の向上)

高度成長期において一貫して増加していたエネルギー需要は,48年度を境に屈折して減少し,50年度から再び緩やかに増加している( 第II-2-11図 )。このような動きは鉱工業部門のエネルギー需要が屈折したことに起因している。その結果,エネルギー生産性の動きとちょうど逆になるが,実質GNP1単位を生産するに必要なエネルギーは40年代後半以降低下に転じた。マクロ的にみたエネルギー原単位が向上し始めたのである。

(産業毎の原単位向上と産業構造の変化)

これを産業ごとのエネルギー原単位向上と産業構造の変化,すなわちエネルギー多消費産業の相対的縮小にわけ,48年度の前後の時期での変化をみたのが 第II-2-12図 である。これによれば,石油危機前3年間においてもマクロ的にみた原単位は向上していたが,それは年率1.5%程度であり,かつ産業構造はエネルギー多消費型の方向に動いていた。しかし,石油危機後は年率4.6%の原単位向上であり,産業ごとの省エネルギーも一層進むとともに,産業構造も省エネルギー型に変化した。

その動きをやや詳しくみると,石油危機前からエネルギー原単位向上努力を進めていた化学が引続き同様な傾向にあるほか,第三次産業がエネルギー原単位をさらに向上させ,またエネルギー原単位が悪化していたエネルギー産業,その他製造業,鉄鋼などの諸産業で原単位向上の方向に転じた結果,産業ごとのエネルギー原単位の向上に対する寄与度を合計すると石油危機前の年率1.5%から2.3%に高まった。産業構造の変化の方がもっとドラスチックである。石油危機前では産業構造は年率0.4%マクロの原単位を悪化させる方向に変化してしたが,石油危機後は2.1%向上させる方向に転じた。なかでも,鉄鋼,非鉄,窯業・土石,エネルギーなどエネルギー多消費産業の相対的縮小の寄与が大きい。第三次産業や金属製品・機械産業はウエイトが高まっているために横軸より上に位置している(エネルギーを多く使用する方向に働らく)が,それらはそもそもエネルギーの原単位が低いので,エネルギー多消費型構造をもたらしたとはいえない。

(主要産業における原単位の向上)

主要産業における原単位向上の状況をやや詳しくみると( 第II-2-13図 ),アルミ,銑鉄,セメント,板ガラス工業では,長期的にみても,生産技術の変化,熱管理の向上は著しく進行し,加えて生産量の拡大に伴う稼働率の上昇もあってエネルギー原単位は向上を続けてきた。40年代後半には原単位向上のテンポはやや鈍っているが,生産の鈍化による稼慟率の低下にもかかわらず減量経営の要請もあって消費原単位向上は着実に進み,51年以降においては景気回復による稼慟率の上昇のなかで一段と向上している。最近のこうしたエネルギー消費効率の向上は,例えばアルミ精練では,旧式設備(自己焼成電極)から新鋭設備(事前焼成電極)への代替が進み,鉄鋼では大型高炉へのシフト,排熱回収の向上などによって促進された。セメントではNSPキルンへの転換(生産量中NSPキルンのウエイト,48年度9.6%,53年度55.4%)と操業度の向上が大きく寄与している。また板ガラスでは普通板ガラス製法から新法式(フロート)への転換が進んだことが大きい。これらの産業ではいずれも保温機の改良,コンピューター管理の徹底なども行われた。

(省エネルギー投資の動向)

このようなエネルギー原単位の向上には,企業の省エネルギーのための数々の努力が展開された結果であるが,それは最近の設備投資動向にもはっきりと現われている。53~54年度における設備投資の内容をみると,エネルギー消費原単位の高い産業ほど,設備投資に占める省エネルギー,省資源投資比率が高いという傾向がみられる。これまで進めてきた省エネルギー行動の持続に加えて,さらにその投資の拡大によってエネルギー原単位の向上に努めようとする最近の企業の姿勢がうかがえる( 第II-2-14図 )。

第II-2-15図 エネルギー多消費産業における省エネルギー投資効率

その具体的な例として,エネルギー多消費産業の鉄鋼,化学,窯業などにおける省エネルギー投資とその効果についてみてみよう。石油価格が高くなればなるほど,コストのかかる省エネルギー技術を導入しても,採算上メリットが生じる。 第II-2-15図 の斜線は,こうした省エネルギー投資の採算ライン,すなわちある一定の石油価格を前提にした場合にどの程度コストのかかる投資が見合うか,を示している。すなわち,企業にとって採算に合う投資のメドとしては,この線の左上側にある投資ということになる。現実には,その時々の石油価格だけではなく,将来の上昇予想を織込んで省エネルギー投資は実施されていくが,同図において,石油価格上昇とともに,より右下側,すなわちコストのかかる投資に踏み切っているのがみてとれよう。

(民生・輸送部門での省エネルギー)

第II-2-16図 主要家電製品における省エネルギー効果

第II-2-17図 乗用車の普及とエネルギーの関係

我が国のエネルギー需要構造の特徴としては鉱工業用のウエイトが50%(51年)と他の主要国に比べて高く,逆に民生部門,輸送部門の比重がそれだけ相対的に低いことである。例えば鉱工業用の比重は,西ドイツ,フランスは30%程度,アメリカは26%にとどまり,我が国よりはるかにその比重は低い。また民生部門の比重は我が国の場合18%と30%を超える西ドイツなどよりはるかに低い(OECD統計)。

これまでは,産業部門の省エネルギーの状況をみてきたが,家庭用や輸送用の機械類でも省エネルギーは進んでいる。

まず,家庭用について,電力需要をみてみると石油危機後もかなりの増加を示している( 第II-2-16図 )。これは,家電製品の普及率の上昇と世帯数の増加による部分が少なくないが,家電製品に省エネルギーの工夫がなされなかったとすれば,電気冷蔵庫,カラーテレビ,エアコンなどの消費電力量は,大型化等の効用の増大に伴ってさらに増加していたはずである(主要家電製品の省エネルギー事例状況は 付表3 参照)。

第II-2-18図 石油・石炭価格の推移

次に,輸送部門の自家用乗用車のガソリン消費についてみよう( 第II-2-17図 )。ガソリン消費は,自家用車の普及率の上昇,保有車種のより大型のものへのシフト,道路の混雑度の上昇などによって石油危機後も増加している。しかし,乗用車の燃費効率は,例えば1600ccクラスのものをとれば,50年度車(51年1月から3月末まで)は9.6km/lであったものが53年度車は12.8km/lと3割方向上しており,このような改良がなければ,ガソリン消費はさらに増えていたことになる。

(石油代替エネルギー化の進展)

以上は,エネルギー一般の効率化をみてきたものである。日本のエネルギー海外依存度が高いことから,そのような努力は当然に必要なことであるが,供給の不安定さが特に石油に現われている以上,エネルギーのなかでも石油をより節約し,他のエネルギー源に代替していく努力がことに重要である。それは,例えば石炭に対する石油の相対価格が石油危機後急上昇していることをみても,経済的にも合理的な方向である( 第II-2-18図 )。

48年度に対して52年度のエネルギー総需要(カロリーベース)は5%増加しているが,このうち,石油需要量(同)が3%の増加にとどまっているということは我が国において石油代替エネルギー化が着実に進んでいることを示している。その内容を一次エネルギー供給構成比でみると( 第II-2-19表 ),石油の構成比は48年度をピークに下がっており,石炭も52年度が鉄鋼業が不振であったことなどにより若干低下しているが,原子力,LNGなどが相対的に増えていることがわかる。

3. 省エネルギー,代替エネルギー化の評価と課題

(国際的にみた特徴)

以上のように,我が国の省エネルギーは石油危機後かなり進んだが,国際的にみてどのような特徴がみられるであろうか。

主要国のエネルギー消費量をみると( 第II-2-20図① ),①アメリカがずばぬけて多く,日本の5倍に達している。②1965年時点では日本はイギリス,西ドイツより少なかったが,1970年代に入ってこれら諸国より多くなり,アメリカに次ぐようになった。③日本のみならず,他の諸国も石油危機後エネルギー消費の増勢が鈍化した,といった特徴がある。

次に,いくらエネルギー消費量が多くても経済の規模が大きければ当然という面があるので,実質国内総生産単位当たりの消費量をみると( 同図② ),①アメリカと他の国との差は縮まるが(アメリカは日本の1.7倍),やはりアメリカの水準は高い。このようなエネルギー原単位は,②石油危機前後から多くの国でそれまでの悪化から改善に転じたが,日本,西ドイツ,フランス,イギリスでは1976年の水準は,1965年の水準を下回っている(より改善している)のに対し,アメリカではようやく1965年の水準に達しつつある。

さらに,人口1人当たりのエネルギー消費水準をみると( 同図③ ),①再びアメリカとその他諸国との差が開く(アメリカは日本の2.6倍)。②そして,日本は1960年以降終始これら5か国中最低位にあるが,他国との差は1960年代より70年代の方が縮まってきている。

以上のように,日本の1人当たりエネルギー消費量が先進国のなかでも低いということは,気温条件の差があとはいえ,所得水準の上昇に伴ってエネルギー消費量が相対的に増加してもおかしくないにもかかわらず,石油危機後はエネルギー原単位が向上し,人口当たり消費量も横ばいに転じており,慨ね国際的にみても日本の省エネルギーのパーフォーマンスは良好であったといえよう。

次に,エネルギーのなかで問題の石油に眼を転じよう。日本以外の国でも省エネルギー以上のテンポで石油代替エネルギー化が進んでいる。実質GNPのエネルギー原単位は,日本は1973年から77年の間に10.8%の低下(改善)に対し,石油原単位はそれを上回る14.2%の低下をみせており,また,西ドイツはそれぞれ8.7%と14.3%,フランスは8.1%と18.9%の低下となっている。いずれも脱石油が進んでいる。ところが,アメリカはエネルギー原単位が6.2%の低下に対し,石油原単位は1.9%の低下と,石油の方はあまり改善をみていない。他方,経済は拡大するからアメリカにおいては石油に対する需要は増えることになり,国産原油が増加しないとすると輸入量が増えることになる。事実,石油危機前においてはこれら諸国の中で日本が最大の石油輸入国であったが,日本を含め他の主要国の石油輸入は石油危機後停滞する間に,アメリカの輸入量はひとり急増し,1978年には日本の1.5倍に達している( 第II-2-21図 )。いずれにせよ,日本は欧州主要国とともに,省石油といった面でも良好なパーフオーマンスを示している。

(民生,運輸部門のウエイトの高まリ)

我が国のエネルギー需要構造の特徴は産業用が多く,民生用と輸送用が少ないということであった。従って,経済の発展につれて相対的に産業用が減り,民生,運輸部門が増えるのは自然な傾向ともいえる。事実,48年度に国内エネルギー最終需要中47.6%を鉱工業部門で占めていたが,52年度には43.6%に低下する一方,運輸部門は12.9%から14.4%へ,民生その他部門は19.5%から21.5%へ高まっている(通商産業省「総合エネルギー統計」),これは相対的な変化というよりは,前掲 第II-2-11図 でみたように鉱工業部門の絶対的な需要停滞とその他部門の需要増大によってもたらされた。

この家庭用や輸送用のエネルギー需要の増大をどのように考えるべきだろうか。欧米諸国の多くの家庭ではセントラル・ヒーティングで各部屋が暖房されており,栓をひねれば水とともにお湯も出るようになっており,大型家電製品があり,乗用車の普及率も高い(人口1,000人当たり保有台数,アメリカ,1976年510台,西ドイツ312台,フランス307台,イギリス257台,日本,1977年174台,各国自動車工業会調べ)。このような状況は日本の家庭の現状とはかなり相違しており,それは気温の差以上に生活パターンの差を示しているとみられ,所得水準の上昇に伴って欧米型の生活の快適さを求めるようになり,ひいてはエネルギー需要が増大するのは潜在的に必然的な傾向であったといえよう。例えば,日本の一世帯当たり電力消費量は1977年がアメリカの4分の1であるのはともかく,西ドイツに比べてもその56%にすぎない(海外電力調査会調べ)。

しかし,我が国のエネルギーの海外依存度の高さを考えると,省エネルギーが日本一国のみならず世界経済の円滑な運営に重大な課題となった現在,今後とも従来どおり家庭用のエネルギー消費が増えて当然と考えてよいかどうかは新しい問題となってきている。消費財の省エネルギー化を進めたり,住宅の断熱効果を高めるといった努力が必要であろう。また輸送部門においても大量公共輸送機関の利用促進,省エネルギー型輸送システムの導入,省エネルギー型輸送機器の開発等による省エネルギー対策をさらに進めていく必要がある。

(産業部門のウエイトの低下)

石油危機後,日本の省エネルギーのパーフォーマンスが良好だったのは主として産業部門での省エネルギーが進んだからであった。なかでも,前掲 第II-2-13図 で示したように,産業ごとの省エネルギー努力の成果もさることながら,産業構造の変化の影響が大きかった。

これは,エネルギー価格が相対的に高くなったために省エネルギー型の生産構造に変わっていくのは必然の方向でもあるが,石油危機後の調整過程のなかで,エネルギーを多く使用する素材産業が不振であったという一時的要因が混在していることを忘れてはならない。事実,素材産業が回復し始めた53年央ごろから原油消費は顕著に上向き始め(前掲 第I-2-10図 ),石炭の輸入数量も54年に入って増加し始めた。従って,産業用エネルギー需要が盛り上がり始めたところへ再び石油問題に直面するという不幸なめぐり合わせが生じた。

このような短期的な不幸なめぐり合わせは政府の決定した5%節約措置などによって克服していくとしても,要するに石油危機後にみられた経済は拡大するけれど石油消費は減るといった状況が今後も続くことは期待し難い点に留意する必要がある。そうであるからこそ,今後,省エネルギーの成果をあげるには厳しさが加わっているわけであるが,日本経済は各方面において欧米より状況の変化に対し敏感に反応するという特徴をもっており,その特徴を生かしつつ,今後とも省エネルギーへの努力と資源・エネルギーを効率的に使用する産業構造への移行を進めていかなければならない。

(エネルギー対策の考え方)

民生,輸送部門においても,産業部門においても,基本的には市場メカニズムに従って省エネルギーが進むものと考えられる。一次エネルギー価格が高くなるにつれて,電力,ガス,ガソリン,灯油などの価格も相対的に高くなる。また,エネルギーを多く消費して生産された消費財価格も高くなる。そうしたことが自然に省エネルギー型消費行動をもたらすにちがいない。産業部門においても同様である。ことに,我が国は国産エネルギーがほとんどなく,海外のエネルギー価格の上昇が直接に影響するので,そのようなメカニズムがより強く作用すると考えられる。

しかし,一方で石油価格は需給関係できまるというよりは,もちろんそれが背景にあることは否定できないにしても,間けつ的に突然に上昇する。それに対して市場メカニズムで適応しようとしても遅れを伴うし,適応期間中は世界的に経済が攪乱される。

従って,事後的な市場メカニズムによる適応だけでは不十分であり,事前的な省エネルギーと石油代替エネルギーへの努力が不可欠になる。そして,そのような努力は急激かつ大幅な石油価格引上げの環境を弱めることにもなる。またもちろん省エネルギー等の努力は一国のみが行っても効果はあまりなく,国際的な協調行動が必須となる。要するに,世界的に,あまりにも石油に依存するようになった生活や経済のパターンを変えていく必要がある。それは大変にコストのかかることであるが,これからの経済の安定的発展のためには避けられない道といえよう。

事前的な省エネルギー等の手段の第1は,民間の自主的な活動によって結果的に省エネルギーが実現されるような環境を形成していくことであり,そのためにも価格メカニズムの活用は有力な手段となろう。

第2は,国民の理解と協力により不要不急のエネルギー消費を自粛することである。これは国内において冷暖房温度の適切な管理やマイカーの使用の自粛といったものから,国際的な石油輸入量の抑制協力といったものまでを含むものである。

第3はエネルギー問題は市場メカニズムだけでは処理しきれない問題である以上,政府のイニシアティブの下で代替エネルギーの開発,省エネルギー技術の開発やエネルギー供給地域の多様化,省エネルギー政策の推進などを進めることである。

(総合エネルギー対策の推進)

今回の石油問題の登場により,国際的にも日本としても,いくつかの対応策が決定され,実施に移されている。

まず,国際的な動きとして,IEAの54年3月の理事会では約5%の石油需要の削減を行うことが決定され,5月の閣僚理事会では55年も引続き5%節約を行うほか,長期的にも石油需給が厳しいという判断の下に,石油専焼火力発電所の新設を原則的に禁止することなども決定した。

その後,6月末の東京における主要国首脳会議では,会議参加国の石油輸入目標の設定や,石油節約代替エネルギーの開発などの方針を打出した。

我が国においては,3月のIEAの決定を受け,3月15日に省エネルギー・省資源対策推進会議を開催し,冬季暖房を室内温度19度以上にせず,夏季冷房は概ね28度とすることなど年間1500万klの石油消費節減対策を決定した( 付表4 )。さらに,日曜,休日のガソリンスタンドの休業措置を徹底するなどした後,6月15日には総合エネルギー対策推進閣僚会議が開催され,映画館の始業時刻を正年以降にするよう関係業界を指導すること,施設園芸の寒冷地における新設抑制,民間企業の週休二日制や夏季一斉休暇の普及指導,さらには原子力発電所の安全確保を一層強化するとともに,開発推進の努力を続けていくことなどが決定された。

しかし,これらの多くはいわば応急的な措置であり,より基本的には,国民生活水準の着実な向上を実現するため,経済構造をエネルギーを効率的に使用するものへ転換すること及び省エネルギー,石油代替エネルギー開発等の技術研究開発が必要である。それには,政府の積極的な取り組みが要請されている。

その具体的な技術研究開発の動きとしては,第1には石油代替エネルギーの開発の努力である。原子力については,安全確保を前提としつつ,実用発電炉として用いられている軽水炉の改良・標準化,核燃料サイクルの確立のほか,核燃料を有効に利用できる高速増殖炉,新型転換炉の開発,核熱エネルギーの産業利用を目的とする多目的高温ガス炉の研究開発や核融合の早期実現をめざした研究等も進められている。石炭などのその他の代替エネルギーについては日米科学技術協力の一環として進められている石炭・液化プロジェクトや石炭・石油混合燃料の開発などがあり,また太陽,地熱,石炭,水素等の新エネルギーの実用化を進めるサンシャイン計画があげられる。

第2は省エネルギー対策面での技術開発である。

54年6月に制定された「エネルギーの使用の合理化に関する法律」の運用による省エネルギー機器開発等の推進や高効率ガスタービン,電磁流体発電,廃熱利用システム等の大型省エネルギー技術開発の実施及び民間における省エネルギー技術開発に対する助成等をめざすムーンライト計画などがあげられる。

第3はIEAにおける国際的なエネルギー関係技術開発への参加である。我が国は53年にエネルギーの多段階利用による省エネルギー研究開発計画に参加した。