昭和54年
年次経済報告
すぐれた適応力と新たな出発
昭和54年8月10日
経済企画庁
第1部 内外均衡に向かった昭和53年度経済
第3章 流動化する物価情勢
53年度の消費者物価は,52年度の6.7%上昇のあと3.4%の上昇にとどまり,一層の落着きをみせた。これは,35年度(3.8%)なみの18年ぶりの低い上昇率だった。53年初来の動きをみても,年初から8月までは,3.5~4.5%(前年同月比)で推移した後,9月~54年1月までは3%台となり,2月~4月は2%台にまで落ち着いてきていたといった状況で53年末以降上昇に転じた卸売物価の影響はまだ目立った現われ方をしていない。
以下では,こうした消費者物価の安定化要因を探り,その中にみられたいくつかの特徴的な動きを概観する。
消費者物価のうち,商品の価格は52年度の4.4%から53年度には2.4%へ,サービスの価格は11.3%から5.1%へとそれぞれ顕著に上昇率が下がっている。そこで,ここではまず商品価格の落着きの要因をみてみよう。
商品価格の動きは,卸売段階での消費財価格と流通コストの動きによって説明できる。53年度には消費財卸売物価は,0.5%の上昇にとどまり,商品価格の安定化要因として寄与した。この消費財卸売物価の変動を,原材料コスト,賃金コスト,需給要因にわけてみると,賃金コスト,需給要因はほぼ安定的に推移し,原材料コストが低下要因となっている( 第I-3-8表 )。原材料コスト低下の主因は円高とみられ,これは既往円高の波及が残っているので54年1~3月期もマイナスに作用している。賃金コストと需給要因の姿は国内品卸売物価の場合(前掲 第I-3-1表 )と若干異なっているが,これは消費財部門は相対的に生産性の向上が低かったこと,また消費財の需給は比較的安定的なことなどのためであろう。
一方,小売段階における流通コストは上昇を示した。流通コストは49年の急上昇のあと増勢は鈍化しているが,年々ある程度の上昇を続けており,53年は営業利益要因の増加が目立つ( 第I-3-9図 )。これは,円高により卸売消費財価格の上昇がほぼ横ばいとなって,仕入れ原価が安定したことに,消費の回復という要因が加わり,それまで伸び悩んでいた小売業の収益の回復がはかられたためであう。
以上を総合して考えると,53年度中における商品の価格の安定は,円高等に伴うコスト面からの落着きによるところが大きかったと言えよう。
第I-3-10図 輸入品価格動向調査にみる輸入価格小売物価の対応関係
それでは,円高による輸入価格の下落がどのようにして消費者物価に現われたのだろうか。
第1は,小売段階に直接現われる輸入品の価格が低下するという効果である。当庁「輸入品価格動向調査」によると,52年後半以降の円高の進行につれて,「輸入価格,小売価格とも下落したもの」の品目が次第に増加していったが,レートが円安気味に転ずるとともに品目数の拡大傾向も止まっている( 第I-3-10図 )。
第2は,輸入原材料コストの低下が卸売段階に波及し,それが最終消費財価格を安定化させるというルートである。日本の場合,輸入品に占める原材料の比率が高いので,このルートが中心になる。その場合,輸入価格の低下が消費者物価に及ぼす影響はいくつかの段階を経るため,タイムラグを伴いかつ間接的なものにならざるをえない。
53年度のサービス価格上昇の内訳をみると,個人サービスが5.0%の上昇(52年度は10.1%),公共料金が5.5%の上昇(52年度は16.2%)といずれも前年の上昇率をかなり下回ったことがサービス価格安定に大きく寄与している。
理・美容料金,工事修理代などを中心とする個人サービスの価格は,コストという点から言えば賃金の占めるウエイトが大きい。従って最近の個人サービス価格の上昇率の低下は,賃金上昇率の低下によるところが大きいとみられる(毎月勤労統計,サービス業賃金,規模5~29人,前年度比上昇率,52年度12.3%,53年度7.6%)。
公共料金は,51年後半から52年にかけて,それまで政策的に改定が延期されてきた分が集中したこともあって,高い上昇率となったが,53年度には一般的な物価の鎮静化傾向等を反映してかなり安定した。さらに,53年10月から54年3月まで,電気,ガス代について円高に伴う為替差益を直接需要家に還元するための割引措置が実施されたことも安定化に大きく寄与した。
消費者物価と卸売物価の関係をみると,石油危機前の平均的な姿は,消費者物価が年平均5%台,卸売物価が1%台の上昇を示し,両者の間に4%ポイントほどの差があったが,50~53年にかけて卸売物価がむしろ下落するなかで,消費者物価上昇率も低下したとはいえ,両者の乖離幅は6%ポイント程度と拡大した( 第I-3-11表 )。これはいかなる要因によるものだろうか。
両物価の乖離を分解すると,①消費者物価における商品価格とサービス価格の乖離による分(サービス価格上昇分),②消費者物価における商品価格と卸売物価における消費財価格の乖離による分,③卸売物価における消費財価格と他の財(生産財,資本財)の価格の乖離による分の三つの要因に分けることができる。
上記の三つの乖離の動きをみると,石油危機以前の両物価の乖離のほとんどは,②の要因によって説明することができる。両物価でほぼ対応する財について,卸売段階よりも消費段階での価格上昇率が高かったため,すなわち,流通コストが上昇したことなどのために,全体としての両物価の乖離が生じたのである。
石油危機前後の時期は,①の要因についてはサービスより財貨の価格上昇率の方が高く,③の要因については消費財より非消費財の価格上昇率の方が高くなって,逆乖離となったが,これはむしろ石油価格の上昇によって一時的にもたらされた面が大きかったといえよう。
その後においては,②の要因については小売段階における流通コストの上昇が引続くとともに,①の要因については当初抑制されていた公共料金の引上げが遅れて実施されたり,消費財価格の落着きに比べれば賃金上昇率の鈍化が遅れたこと,③の要因については最近では,卸売物価の中で生産財価格が円高に伴う輸入価格の下落から相対的に低い上昇率(又は相対的に大きな低下率)を示したことの2つが加わり,乖離幅が広がることになったとみられる。従って,最近における両物価の大きな乖離は一時的な特殊現象であったものと思われる。
54年度初め頃までの状況では消費者物価はきわめて落着いた推移を示しており,上昇し始めた卸売物価の波及はまだ目立っていない。この両者の関係はどのように考えられのだろうか。
第1に,ここ2~3年の両者の共変関係は石油危機前後に比べてやや鈍くなっている。 第I-3-12図 によって,卸売物価から消費物価への波及のタイムラグをみると,47~50年頃より最近の方が長いという試算結果が得られている。すなわち,卸売物価にラグをもたせて消費者物価との対応関係をみると47~50年頃は2か月目の相関係数が最大であるが,ここ2~3年は5か月前後である。当時は需給が逼迫しており,インフレマインドも高かったので波及が早かったが,最近はそのような条件が変化しているからであろう。また,共通品目についてみると,食料費と住居費において相関係数がかなり下がっている。
第2は,47~49年にかけて物価上昇の引き金となった海外物価上昇の中身が違うことである。47年以降と最近の海外物価の上昇を,非鉄金属と食料品に分けて比べてみると,47~49年にかけては,小麦,大豆などの食料品も非鉄金属も上昇したが,今回は上昇しているのは工業原材料のみであり,食料品は54年前半までは落ち着いていた(前掲 第I-3-5図 )。食料品は消費により近いし,その品不足や値上がりは消費者の不安感を高めた。しかし,最近上昇が目立つ工業原材料の値上がりは加工段階を経て消費者に達するので,波及の時間もかかるし,程度も直接的な場合より弱いものとなろう。
以上のような要因が重なって53年度中の消費者物価は極めて安定的に推移した。消費者物価の安定は,金融資産の物価上昇による減価をなくすことなどをもたらすとともに,消費者の生活の安定感の基礎となり,消費マインドを明るくした。こうした中で53年度経済全体の心理的環境は比較的落ち着いたものとなった。
しかし,すでに卸売物価は上昇テンポを高めている。最近はその消費者物価への波及関係が薄れているとはいえ,程度の差こそあれしだいに波及してくるものと思われる。これを均衡破壊的な道につなげないための真剣な努力が必要とされている。