昭和53年
年次経済報告
構造転換を進めつつある日本経済
昭和53年8月11日
経済企画庁
第4章 日本経済の構造変化
石油危機後,わが国の経済成長の趨勢が下方に屈折したことは,簡単にいえば労働需要の伸びが落ちたことであり,他方,労働供給は人口が与件である以上,急速に変わるわけにはいかず,雇用問題の環境は厳しさを増した。これは,完全雇用の維持が一国の経済政策の重要目標である以上,看過し得ない事態といえよう。果して雇用の実態は悪化しているのかどうか,やや長期にわたって雇用の変化の特徴をみるとともに,問題解決の方向を考えてみることにしよう。なお,雇用関係の統計では雇用全体のことを就業者といい,雇用者とは企業に雇われている人のことを指しており,ここでは問題意識は雇用全体である。以後誤解を避けるために雇用のことを就業と称することにする。
石油危機以降,労働需給を示す指標は大きく緩和の方向に転じた。失業率は,48年度の1.4%から52年度には2.1%に上昇し,本年5月には季節調整値で2.3%に達している。有効求人倍率(有効求人数/有効求職者数)は,48年は1.78倍,すなわち求職者1人に対して求人が1.8人あるということで,大変な人手不足であったのが,52年度には,0.54倍と,求職者1人に対し求人が約半分しかないという人手過剰状況になった。
このような労働需給の緩和の下における最近の就業状況を,就業形能別にみると,雇用者ではない自営業主,家族従業者といった形での増加が目立っている。48年度の場合は前年度に比して就業者総数は59万人増えたが,そのうち雇用者は114万人増で,自営業主,家族従業者はむしろ減っていた。これに対し,52年度は就業者の76万人増のうち雇用者は47万人増にとどまり,28万人の自営業主,家族従業者の増加がみられた(総理府「労働力調査」)。
また非農林雇用者について規模別にみると,48年度は47年度に比して,30人未満で30万人,500人以上で16万人増えていたが,52年度は30人未満は,50万人も増えているが,500人以上は17万人減っている(資料,同上)。
他方,労働需給の緩和は賃金面にも現われている。まず,春季賃上げ率の低下である。48年度は20.1%引き上げられたが,53年の春は5.9%に落ちた。初任給は団体交渉による賃上げより労働需給状況をより反映すると考えられるが,今春採用の初任給上昇率は,春季賃上げ率を下回っている。
また,労働需給が緩んでいると賃金格差が拡大しやすい。採算上,高賃金が払えなくても人手確保のために相場並みは払わなければならないという事情が弱まるためである。今春の賃上げの分散係数((第3四分位-台四分位)/(2×中位数))は0.20であったが,48年の場合は0.05にすぎなかった。それだけちらばりが広がったのである。
ところで,以上のような就業,賃金面の変化がどの程度問題になるかということは多面的な検討を要する。その一部は第2章第1節でもふれたところであり,雇用の安定性という視点からは後で検討するので,ここではとりあえずこのような現象を紹介しておくにとどめる。
このような労働需給の緩和が生じた端緒は第二次産業,ことに製造業の就業が減少したことにある。労働力調査ベースで,製造業の就業者数のピークは48年度の1,447万人であって,52年度は1,331万人に減っている。それまで我が国の経済成長の先導役となった重化学工業化を軸とする製造業の拡大が就業面でもリーディング・セクターになり,就業構造変化のエンジンになっていたが,石油危機を転機に一挙に機関車役をおりてしまったのである。
第1章第3節,あるいは第2章第1節で述べたように石油危機後雇用調整が進み,鉱工業生産が回復に転じてもむしろ雇用減は未だに続いている。これは,回復しつつあるとはいえ,鉱工業生産の水準がようやく前回のピークを越えた程度というレベルの低さが基本的な原因であるが,さらに,企業(製造業)の雇用に対する態度が慎重であり,生産増に対しては生産性の向上,労働時間の延長で対応し,常用雇用の増加にはなかなか踏みきらないからである。もっとも大局的にみれば,所定外労働時間の増加傾向がそろそろ求人の増加に移り,今後の鉱工業生産の動向如何によるが,やがては常用雇用の増加につながる上昇局面にあるとみられるが,そのテンポは緩く,かなりの時間を要しそうである。
それでは,いままで製造業を中心とする第二次産業に雇用されていた労働力はどうなったのであろうか。この点を労働移動の視点からみると( 第4-4-1表 ),まず第二次産業の雇用者については,新規学卒の流入が減少し,第三次産業への流出が増大している。第三次産業については学卒と第二次産業からの流入が増大し,無業者への流出が減少している。なお,第一次産業については,本章第1節で述べた如く,他産業への流出が減り,青年層の減少が増加に転じているとともに,高年層の増加,出稼ぎ者数の減少も起こっている。
このようにして,第三次産業の就業者は絶対的にも相対的にも増えている。
まず,景気が回復し始めた50年以降について男女別にみると( 第4-4-2表 ),男子については52年度において就業者の増加幅の減少がみられるが,それはもっぱら雇用者によるのであって,他方では自営業主の増加がみられる。雇用者については,常用雇用が減り,臨時,日雇が増えており,男子の就業状況が不安定になりつつあることを示すように思われる。規模別には,29人以下での増加と30人以上での減少という対比が特徴的である。
女子については,52年度の就業者の急増が目立っており,それは自営業主,家族従業者での増加もあるが,圧倒的に雇用者の増加が大きい。雇用者の中身も,常用雇用の増加が最大であり,規模別にみると,500人以上でも増えている。このような点からのみ考えると,女子の就業状態には大きな問題がないように思われる。
女子の就業動向については,第1章第3節でも触れたところであるが,その労働供給面の状況をやや詳細にみると,まず,世帯別の労働力率は農家世帯が最も高く,自営業世帯がこれに近接しており,雇用者世帯はかなり低い( 第4-4-3図 )。しかし,時系列的にみると,25歳~54歳という働き盛りの年代について,農家世帯の労働力率は傾向的に下がっているが,雇用者世帯は上がっており,かつそのなかで48年から50年にかけての下降とその後の上昇という小さな波がある。この小さな波の上昇局面に52年が相当し,女子就業者の急増となって現われたものとみられる。その背景には,雇用情勢が悪くなると非労働力化し,良くなりかけると労働力化するという家庭婦人の労働供給パターンがある。総理府「就業構造基本調査」によれば,女子無業者の就業希望率は40年の21%から,52年には36%と傾向的に上昇しているが,その傾向は家事従事者に特に強く,24%から44%に上昇している。家事に従事しているのであるから,職業はいわば第二次的に考えられており,就業希望者のうち実に83%は「仕事を従に希望」している。そのようなことがあるために,状況によって非労働力化したり,労働力化したりできるわけである。他方,企業側にとっては,雇用の弾力性を保持するために,このような女子を求めることになる。このような女子の就業動向が上記の男子の就業の不安定性を補うという面が加わっているとすると,事態を楽観視するわけにはいかない。
先に男子を中心に,自営業主,家族従業者が増え,雇用者は低迷という特徴をみたが,これを業種別に示すと, 第4-4-4表 のとおりである。すなわち,製造業では雇用者が引続き前年水準を下回っており,自営業主・家族従業者も横這いである。他の業種では,いずれの形態でも増えている。特に,卸・小売業やサービス業での雇用者の増加が大きい。ただ,若干目立つのは52年度に入ってから,自営業主,家族従業者の増加が生じていることである。この増加の中には,ある程度不安定な就業が含まれている可能性があろう。
しかし,この表からわかることは,製造業の低迷と非製造業の着実な増大である。建設業は公共事業の拡大などに支えられ,第三次産業はすでに述べてきたような実需に基本的には支えられている。規模別にみても最近,大企業で減り,中小企業で雇用者が増えているが,それは製造業についていえることであって,他の産業では大企業でも雇用は増えている( 第4-4-5表 )。しかし,もちろん,第三次産業は元来小規模の性格をもっているので,中小企業の方が雇用増が多いが,そのことのみを問題視する必要はなかろう。
最後に,最も深刻なのは中高年齢層の失業問題である。そのことは第1章第3節で指摘したが,労働需給が一般的に緩和しているなかで,いったん解雇された中高年齢層は容易に再雇用され難い。その解決を図るためには,持続的成長の確保と次項で述べるような雇用機会増大策,さらには定年の延長とか職業訓練の充実とか,地道な努力が必要とされよう。
以上のように,最近の就業構造変化の特徴である第三次産業での就業者の増加が,中小企業での増加や女子就業者の増加をもたらしている。このことが直ちに就業の不安定さの増大を意味するものではないが,男子常用雇用者の減少や中高年齢層の失業問題は,就業の不安定さを示すものといえよう。成長趨勢が下方屈折するなかで,一つは生産部門の物的生産性の向上と,一方では労働者の時間短縮要請とを調和させながら賃金コストが上昇しない形で労働時間を短縮し,同じ仕事量をより多くの人で分けあうこと,もう一つは,国民のニーズが増大する第三次産業の重要分野を伸ばすことにより,就業の安定を図ることが必要となっている。
最近,労働時間が増えていることについては,第1章第3節,第2章第1節で指摘した。その内容をやや詳細にみてみると,第1は制度的な問題として所定内労働時間の短縮が50年頃までには急速に進んだが,その後はほとんどとまっている( 第4-4-6図 )。
第2は,多くの産業で雇用を減らしながら所定外労働時間は大幅に増やしていることである( 第4-4-7表 )。例外は食料品,衣服,出版印刷,石油・石炭製品程度にすぎず,雇用を減らしている産業においても,所定外労働時間をかなりのスピードで回復させている。
第3は,国際的にみても過去の傾向においても,長期的にみて労働生産性が上がれば労働時間が減るという関係がみられるが,このところ生産性が上がっても時間は変っていない( 第4-4-8図 )。
第4は,これも制度的な問題であるが,労働者が労働時間等の変更方法の希望として週休日の増加(第1位,31%)や長期休暇(第2位,25%)を望んでいる(労働省「勤労者の職業生活に関する意識調査」52年7月)。いわば,このような形での時間短縮は国民のニーズである。また国際比較をしてみても,日本における完全週休2日制の普及率は23%と,他の先進国(アメリカ,イギリスでは85%)に比し,極めて低い( 第4-4-9表 )。
今後の雇用吸収分野として第三次産業への期待は大きいが,その大部分は国民のニーズの変化による需要増や企業の努力によって自律的に発展する基礎をもっているように思われる。また,第三次産業の中には,むしろ効率化が迫られており,雇用吸収を期待するのは難しい分野もある。
いま,第三次産業をやや詳細に分割して国際比較してみると( 第4-4-1表 ),先進国の中では,「運輸・通信・倉庫」「金融・保険・不動産」はほぼ同じウエイトをもっているが,「卸売・小売,レストラン・ホテル」などは日本がかなり多く,多様な流通部門等の効率化の余地が残されているとみられる。また一方,対地域社会・社会及び個人サービスについては,先進国の中ではウエイトが低いが,前節などで述べたように,最近の日本の状況を見ると,公共的サービスの従業者の伸びが高い。まさにそれが最近の国民のニーズだからであろう。しかし,これは性格上市場メカニズムのみでは解決しえないものを含んでいるので,費用負担等に関して国民の合意を得つつ,政策的,計画的な取り組みが必要とされよう。
サービスは生産と消費が同時に行われるという性質があり,このため需要の変動に対して,在庫の調節によって対処できないものである。従って,これからも需要が高まるとみられるサービスの供給については,そのための人の養成,施設の整備が重要となってくると考えられる。