昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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第2章 新しい回復パターンの模索

第3節 家計の対応

1. 持続する高貯蓄率の背景

(依然高い貯蓄率)

景気の動向をみるに際して,国民総支出の中で最もウエイトの大きい家計部門の需要(個人消費と民間住宅投資)の動向が重要な鍵になる。石油危機後の回復過程において,個人消費や民間住宅投資も増加してきたが,それは決して力強いものではなかった。

第2-3-1図 世帯主収入の増加要因(実質)

その主因のひとつは,実質所得の伸びが鈍化したことである。例えば,勤労者世帯における世帯主収入の実質増加率は,石油危機前の3年間は,平均年率4.6%の増加であったが,石油危機後の3年間には1.9%の増加にとどまった( 第2-3-1図 )。その内訳をみると,ベア率によって規定される所定内給与の寄与度も3.2%から2.3%ヘ低下しているが,企業収益や生産動向により直接的に左右される臨時給与,賞与や所定外給与の減少による面が大きい。52年度については,所定外給与は増加に転じたが,ボーナス支給率の低下が足を引っぱっている。

しかし,個人消費が力強さを欠いたもうひとつの要因は,消費性向が依然として低いこと,逆にいえば貯蓄率が高いことである。消費性向(都市勤労者世帯)は,高度成長の過程で例えば40年度の82.9%から47年度の78.7%までかなりの低下を示していた。これは物価が比較的落ち着いているなかで高い所得上昇が続いた結果とみられる。そこに狂乱物価,石油危機が訪れ,消費者物価上昇率は48年度16.1%,49年度21.8%と驚異的な高さになった。この間,消費性向は48年度に78.3%とさらに低下したあと,49年度は76.0%と急落した。すずなわち,消費者物価の急騰により,一時的には買い急ぎの動きもみられたものの,結局は消費マインドが萎縮し,貯蓄を増やすことになってしまったのである。さすがに消費性向は50年度には77.3%にまで戻ったが,51,52年度はほぼ横這いで,52年度は77.5%にとどまっている。名目所得の伸び率が落ちているので消費性向は上昇に転じてもよいはずであるが,未だ48年度のレベルにまでも戻っていない( 第2-3-2図 )。このような視点からいえば,消費者のビヘイビアも石油危機後の後遺症から脱却しきれていないことになる。そこで,ここでは貯蓄率,あるいは消費性向の決定要因を分析することにより,現在の消費の状況を明らかにしたい。

(高貯蓄率の背景)

日本の消費者の貯蓄率は国民所得統計ベースでみて25%程度であり,アメリカの7%,イギリスの11%,西ドイツの15%程度に比してはるかに高い。どうして日本の貯蓄率はそもそもこのように高いのであろうか。

日本の家計の貯蓄目的を「貯蓄に関する世論調査」(貯蓄増強中央委員会,52年10月)でみると,「最も重点を置いている貯蓄目的」としては,①病気や不時の備え(32.9%),②子供の教育,結婚(20.4%),③土地,家屋の購入(16.9%),④老後の生活(14.8%)といったものの割合が高く,かつ②と④の割合が増えており,③も引続き高いといった特徴がある。①は国の社会保障との関連はあるが,一次的な生活防衛のための貯蓄としては当然であろうし,そのウエイトも下がり気味なので,以下では②~④をとりあげて検討してみよう。

まず,②の教育費であるが,確かに日本は世界の中でも高い大学進学率をもつ国である。しかし,貯蓄率との関係からいえば,進学率の高さよりも高まり方の速さに注目する必要がある。進学率が変らなければ,進学のために貯蓄している人と進学して教育費を使っている人とが相殺するはずだからである。日本の場合,高まり方の速さが大きいので貯蓄率上昇の一因になったと考えられる。たとえば,アメリカの進学率は1970年の46.5%から74年には44.5%と低下しており,また他の先進国のなかでは相対的に急速な進学率の高まりをみた西ドイツでも,この間に10.9%→19.3%の上昇であったのに対し,我が国では24.0%→35.3%と急上昇している。もっとも,最近,進学率は上げ止まりの気配がみられるようなので,この面からの高貯蓄の要因は弱まる可能性がある。

第2-3-3図 家計黒字率の推移(全国,勤労者世帯)

次に③の住宅問題である。住宅投資と家計,貯蓄の関係については,次の2つの側面がある。第1には,将来,住宅を建設,購入する場合の建設資金,頭金支払に備えるため,現在貯蓄を行うという側面である。例えば,52年末における動労世帯の貯蓄残高を年間収入に対する比率でみると,3年以内に住宅購入の計画を持っている世帯では1.15と計画のない世帯の0.93を大きく上回っている。第2の側面は,既に住宅を取得した世帯の住宅ローンの返済(これも一種の貯蓄である)である。すなわち,勤労者世帯の貯蓄率は45年から52年までの7年間に2.5%ポイント高まっているが,これを貯蓄内容別にみると,土地・家屋借入金返済率が1.5%ポイント上昇している( 第2-3-3図 )。のちにみるような,我が国家計の持家志向の強さや,これを反映した民間住宅投資比率の高さが,これらの側面を通して高貯蓄率の一つの背景となっているのである。

第2-3-4図 人口構成の変化

④の老後の生活資金についても教育費の場合と同様なことが指摘できよう。家計のライフサイクルを考えてみれば,壮年期において貯蓄率が高く,老年期,特に引退後に低くなると考えられ,本来両者は相殺し合うため,家計部門全体としてみた場合,貯蓄率を高める要因とはならないはずである。ところが我が国の場合は, 第2-3-4図 にみるように現在のところ人口構成が比較的若く,戦後における平均余命の上昇が著しいほか,老後生活に対する関心も高まったため,家計部門全体としてみても,老後生活の安定を目的とした貯蓄の必要性が高かったといえよう。

ところで,老後生活のための収入源としては,他に国の行う年金制度がある。我が国の年金制度は,厚生年金のように戦前から発足していたものもあったが,国民年金制度が創設され,国民皆年金になったのは36年である。当初はその給付水準はさして高いものではなかったが,その後数次の制度改正により,最近は平均賃金の4~5割とかなりの水準に達している( 第2-3-5表 ),さらに,現在は物価スライド制がとり入れられているので,インフレに対し年金額が自動的に調整されるようになっているが,このようなことは長期的にみて,国民の老後に備えた貯蓄増大の必要性を軽減する一因となろう。

(消費者の意識と期待)

以上のようにみてくると,我が国の貯蓄率の高さにはそれなりの理由があり,容易に下がらない背景があることがわかるが,一方では所得の伸びが鈍化していることを勘案すれば,貯蓄率が下がってもおかしくないといえるのに,現実の貯蓄率にあまり変化がないのは何故か。

所得は消費者にとって与件ともみられるが,そのうちどれだけ消費するかということは,消費者が自ら決定できることである。そして,前掲 第2-3-3図 に示したように,貯蓄の大部分が金融資産であるというようなことからみて,自由裁量の範囲は広いとみられる。従って,消費性向のあり方は,消費者が現状及び将来をどうみているかという意識なり期待なりに左右される面があることを無視できない。こういう側面を考えに入れないと,49年初の実質消費の落ち込みは,当時の実質所得の動きからのみでは説明できないのである。

この問題を解明するため,消費者物価や失業率のような消費者の意識に影響を及ぼしそうな要素を考慮に入れるのがひとつの方法であるが,ここでは消費者の意識そのものをとりあげてみよう。

消費者意識の変化を当庁の「消費動向調査」でみてみると,消費者の将来の暮し向きに対する判断は,石油ショック時のインフレ等の混乱とその後の回復局面の中で何度か現実によって裏切られながらも,次第に上向いてきている。ことにそのことは「暮し向きが悪くなると思う」人の割合が減ってきていることに現われている( 第2-3-6図① )。そこで,これをもとに消費者の期待生活水準上昇率とでもいうべきもの(消費者が今後1年間に期待している生活水準の上昇度合。暮し向きが良くなると思う人が増え,悪くなると思う人が減るほどこの度合は高まる。詳しくは 付注5 を参照)を計測してみると.最近では石油危機以前のレベルに戻りつつあり( 同図② ),少なくとも意識面での消費者の不安はかなり薄れつつあるといえよう。

この期待生活水準の動きは,現実の消費の動きと密接な関係がある。 第2-3-6図③ の消費関数は,過去,現在(いずれも実績)の所得と1年後についての期待生活水準によって消費の動きを推定した結果を示したものである。この計測結果は消費者が実現された所得と同時に,将来の見通しに応じて現在の消費を決定しているということを示している。この関係を利用して,消費者の将来に対する期待の変化が,これまでの消費の動きにどの程度の影響を与えたかを推定してみると( 同図③ ),石油危機後の大幅な消費の落ち込みには,インフレによって現実の実質所得が大幅に低下したことに加えて,消費者の期待が急激に悪化したことが大きく影響していることがわかる。48年頃から徐々に広がってきた消費者の先行き不安感が,石油危機後インフレ等によって一段と悪化し,それが消費マインドを慎重なものにして現実の消費を低下させたものと考えられる。

こうした経験に照らして考えれば,最近みられる期待生活水準の上昇は,現実の所得の動向以上に消費を上向かせる可能性を示しているといえよう。またそのような意識をもたらした消費者物価の安定や景気の明るさを今後とも持続させることの重要性を示唆している。

2. 「モノ戻り」とサービス需要の増大

(「モノばなれ」と「モノ戻り」)

49年以降,個人消費が全体として盛り上がりを欠いたなかでみられた一つの特徴は,いわゆる消費の「モノばなれ」であった。すなわち,家計消費支出の内容を性格別に振り返ってみると( 第2-3-7図 ),非常に高いテンポで増加してきた耐久消費財購入は,49年には大きく落ち込み,50年,51年にもあまり目立った回復を示さなかった。また,衣料品や食料品など,耐久消費財以外の商品も緩やかな増加にとどまっている。一方,サービスに対する需要は,全体の消費支出が伸び悩むなかで堅調な増加を示したのが目立った。

しかし,52年には,この関係が逆転し,サービスに対する需要は伸び悩んだが,耐久財購入は猛暑による冷房機器の増加という特殊要因もあったにせよ,総じてかなりの増加に転じている。

(耐久財購入サイクルと家計)

このような「モノばなれ」,「モノ戻り」という動きの背景には,耐久消費財という財が持つ性格によって生じる購入サイクルの存在もある。

主要耐久財の国内向け出荷を過去20年間ほどについてみてみよう( 第2-3-8図 )。すでに普及率の高い電気洗濯機,電気冷蔵庫,電気掃除機などの,いわゆる「白もの家電」の推移をみると,38年前後,44年前後,48年前後とほぼ5年前後の間隔で山があり,山と山との間では出荷が落込むか,伸び悩みを示している。このように,普及率が非常に高く,需要の大半が買い換え需要であるような耐久消費財については,需要のサイクルがかなり明確に読みとれる。また,テレビについては40年代の前半に白黒からカラーへのシフトがあり,ラジオについては買い増し需要のウエイトが高いため,「白もの家電」ほどは明確ではないが,やはり循環的な動きを示している。このほか,乗用車やエアコンディショナー等,普及率が上昇過程にある耐久消費財では,40年代の前半まではこうしたサイクルはみられなかったが,やはり47,48年ごろからは国内向け出荷が頭打ちとなった。このうち,乗用車については,「白もの家電」に比べれば必需性が低いことや,我が国の住宅,交通事情などを勘案すれば,普及率の水準はすでにかなり高く(53年3月現在51.8%),需要の中心が46~7年以降買い換え需要( 第2-3-9図 )となっており,「白もの家電」同様,需要のサイクルが定着化しつつあるとみられる。なお,エアコンディショナーについては,その性質上需要が気候に大きく左右される面があるが,そもそも未だ普及率が低いので,新規需要が中心であって,需要のサイクルが現われる段階には至っていないと考えられる。

それでは,こうした耐久消費財需要のサイクルは何故生じるのだろうか。第1は,普及率がある水準に達してしまえば新規需要は減り,買い換え需要はすぐには出てこないということであろう。第2は,前掲 第2-3-8図 でみられた38~39年,43~44年,47~48年はいずれも景気の山(39年10月,45年7月,48年11月)の直前ということが注目される。こうした時期には好況感が広がり,消費者の所得も増えて耐久消費財の購入に好環境が生じていたという傾向があるが,48年については,さらにインフレが加速化していたので買い急ぐといった要素も加わった。第3は,耐用年数である。物理的な耐久消費財の耐用年数は前述の4~5年というサイクルよりは長い(例えば,国富調査で用いられる財別耐用年数は大部分8年である)が,実際には新モデルの登場や補修費用や手間を考えると,家計はこれより早く買い換える傾向がある。このようにして,一旦山が生じるとあとはその時々の経済情勢に左右される面もあるが,ある周期をもって耐久消費財購入の山が生じることになるのであろう。そうであるとすれば,52,53年ごろは再び山がきてもおかしくない時期に当たっている。

(耐久消費財購入とサービス消費の関係)

すなわち,耐久消費財の購入は,食料品やサービスのように購入とほぼ同時に消費されてしまうのとは異なった性格をもっている。例えば,テレビを購入し,それを5年間使用するとすれば,最初の1年間はテレビの5分の1を消費し,残りの5分の4を貯蓄したと考えることもできる。換言すれば,あとの4年間はテレビを購入しなくても,テレビ保有による効用を受けられるのである。48年における耐久財ブームとその後の落ち込み,サービス支出の堅調はこうした観点からも解釈できよう。48年前後に耐久財の購入という形での貯蓄が大きく積み増されていた結果,49年以降は耐久財の購入を抑えても,すでに保有している耐久財から得られる効用の水準は高かったため,所得のうちより多くの部分がサービス購入に,また同時に,もう一つの貯蓄の形態であり,物価上昇の持続により実質価値が減少し,積増しの必要性が拡大していた金融資産貯蓄に振り向けられることになった。このような耐久消費財のサイクル的な動きを勘案すれば,石油危機後の「モノばなれ」,さらには最近の「モノ戻り」は家計の消費態度の変化もあるものの,過去の支出行動の結果として生じた循環的な面も無視できないのである。

第2-3-10図 サービス的支出の推移(実質,全国勤労者世帯)

(進むサービス需要の増大)

従って,当面1~2年間についてみれば,景気が安定的に拡大に向かい,家計のコンフィデンスが回復していく限り,耐久財に対する需要が増大する可能性は少なくない。しかし,やや長期的にみれば,主要な耐久消費財の普及率はすでにかなり高い水準に達しているので,過去にみられたような急激な需要拡大効果はあまり期待できないのではないかと思われる。

そして,長期的には,国民のニーズの変化に伴なって消費支出に占める「モノ」の割合が低下する一方,サービス需要は増大していこう。48年以降のサービス的支出の推移(実質)をみると( 第2-3-10図 ),自動車等関係費,教養娯楽.外食,保健医療が急速に増えており,交際費の増加も根強い(自動車等関係費には維持補修費やガソリン代が含まれるので自動車そのものだけの購入増を示すものではない)。これらは第4章で触れる新しい生活パターンを示すものとして興味がもたれる。

3. 住宅投資の現状と評価

(住宅ストックの現状)

住宅投資の拡大は,一方では我が国が安定的な成長軌道を歩んでいくための需要として必要であると同時に,他方では,国民生活において衣食に比べまだ改善の余地が大きい住生活の向上のためにも,期待される分野である。しかしながら,52年度における民間住宅建設は,第1章で述べたようにさしたる盛り上がりをみせなかった。以下ではその背景と今後の住宅投資動向を左右する要因について検討を加えてみよう。

量的な面からみると,住宅の戸数は43年には世帯数を上回っていた( 第2-3-11図 )が,その後も住宅戸数は順調に増加を続けており,48年には,住宅問題を考えるうえで最も重要である大都市周辺においても,量的な不足は一応解消されたものとみられる。一方,新規住宅需要の重要な一因である婚姻件数と人口移動についてみると,前者は47年をピークに減少傾向にあり,先行きについても,人口構成などからみて,ここ当分増加する可能性はない。また後者も生産活動の低迷を背景にこのところ落ち着いた動きとなっている。今後生産活動が上向くにつれて,人口移動は再び増加すると考えられるとしても,近い将来に量的な不足が深刻化する可能性は少ない。

では,質的な面での住宅事情の改善は進んでいたのだろうか。住宅の「質」は通勤時間の長さ,住宅環境,住宅設備の充実度など多くの要素により決定されるが,数量的に比較的把握しやすい「広さ」についてみると,新設住宅の1戸当たり面積は,全国平均で昭和43年の66m2から,52年には84m2と3割近くも拡大している( 第2-3-12図 )。また,既存住宅における増,改築も活発に進められており,この間にいわゆる「核家族化」が進展し,一世帯当たりの人員が減少をみている(45年3.98人→51年3.84人,家計調査く全世帯>平均による)ことを勘案すれば,少なくとも広さについては質的な向上も着実に進んでいるといえよう。

ただし,都心からの遠隔地の公団住宅の空家率が高いとか,最近大都市内部でのマンション等の分譲住宅需要が増えているといったこと(第1章)は,住宅の質の1要因として通勤の便が重視されていることを示すものといえよう。また住宅の面積が拡大したといっても,国際的にみると,例えば1戸当たり平均室数はアメリカの5.1(1970年)イギリスの4.9(1971年)に対し日本は4.2(1973年)であり,1室当たり平均人員数はアメリカ,イギリスが0.6であるのに対し日本は0.9と低然開きがある(「世界統計年鑑」などによる)。もとより生活様式の相異等もあり,単純な比較はできないが,1室当たりの広さなども考えあわせると,我が国における住宅の規模についてもなお改善の余地はあるといえよう。

(根強い持家志向)

ところで,住宅に対する需要が量的にはほぼ充足されているにもかかわらず,住宅,ことに持家取得に対する欲求が依然強いのは何故であろうか。

第1は,住宅の質が全体として向上しているとしても,持家とその他の住宅との間における格差が依然大きいことである。52年に着工された住宅について,1戸当たりの床面積をみると,持家が平均110m2と平均(84m2)を3割以上も上回っているのに対し,貸家ではこれが53m2と逆に4割近くも下回っており,持家と貸家とでは実に2倍以上の開きがある(分譲は74m2。以上建設省「建築動態統計」)。このような状況の下では,住生活向上のために,持家の取得に対する欲求が強いのも首肯されよう。さらに第2には,我が国においては貸家サービスに対する評価が低く,このため 第2-3-11図 にみるように「家賃を支払うのはばからしい」と考える風潮が強い。このような「家屋敷」尊重傾向を反映して我が国の持家比率は欧州各国よりもはるかに高く,国土の広大なアメリカに匹敵する水準にある。

第2-3-13図 我が国における持家志向とその背景としての資産選好性

(持家取得を左右する要因)

それでは,持家取得に対する欲求を「有効需要」として顕在化させる要因とはどのようなものであろうか。

持家取得という家計行動に影響を与える要因を大別すれば,①家を持ちたいという欲求そのものに影響するもの(潜在需要の強さ)と,②住宅取得の難易を左右する要因(取得能力要因)の2つにわけることができよう。また,第3の要因として,住宅ローン金利や住宅取得価格の先安感,先高感のように,すでに取得を決定した世帯の取得時期に一時的に影響するもの(行動加速要因)もあるが,この点は第1章で触れたのでここでは割愛する。

まず,①の「潜在需要や強さ」について考えてみよう。ひとつの要因は,持家取得コストと家賃との関係である。平均的な持家取得のためのコストと家賃との推移を比較してみると,前者が48年前後に急騰したあと,比較的落ち着いた推移を示しているのに対し,家賃の方はかなりのテンポで上昇を続けており,家計の持家取得へのインセンティブを強めている( 第2-3-14図 )。

第2に,今後持家取得の必要性の高い世帯層についてみてみよう。 第2-3-15図 は,所得階層別の持家率の推移を示したものであるが,高所得層ほど持家比率が高くなっている。しかし,ここでより注目すべきことは,持家取得が40年代の前半に高所得層において,その後40年代後半以降には中高位層においてもかなり進んでいる一方,所得の比較的低い層では進捗が遅れている点である。すなわち,潜在的な住宅需要層は徐々に中低所得層に移ってきているとみられる点が住宅問題に新しい局面をもたらしているといえよう。

(取得環境は徐々に好転)

では,②の取得能力ないし取得環境についてはどうか。これは,需要層が中低所得層に移ってきているとすれば,その所得と住宅価格との関係が特に問題になる。しかし,取得環境としては好転をみている面も少なくない。

第2-3-16図 持家建築費と所得の動向

第1には金融環境の好転である。すなわち企業の資金需要の落ち着きもあって,金融機関の住宅ローンへの取組み姿勢が弾力的であるうえ,住宅ローンの金利も52年度中数度に亘り改定され,例えば都市銀行を例にとると,52年度初には年9.0%であったが,53年4月には7.62%と既往最低の水準にまで低下している。この結果,20年償還元利均等払いという標準的なケースを例にとると,借入金100万円についての返済額が月9,000円から8,100円強と1割近く軽減されており,今後の住宅投資環境をかなり好転させたといえよう。

第2には,住宅取得価格の落ち着きである。 第2-3-16図 にみるとおり,一戸当たりの建築費は,このところやや伸びが高まっているものの,これには先にみた一戸当たり面積の拡大も寄与しており,建築単価は48~49年に高騰をみたあと,極めて安定した推移を辿っている。

ただ,宅地の価格については,大都市においてその水準自体が高いこと,及び今後の宅地の価格の動向には注意を要するところであろう。宅地価格の上昇は,いうまでもなく住宅のなかでも「一戸建住宅」の取得を困難にする。 第2-3-17図 をみてみよう。地域別に持家建設(ここでは,自ら居住するための住宅建設-ほとんどが一戸建住宅である-をいう。以下,本段落については同じ)の動向をみると,東京圏では持家建設の伸びは全国平均に比べて低かった。この背景には種々の要因があろうが,適地難やこれを反映した地価水準の高さなども影響しているものとみられる。例えば,地価などの状況が大きく変った48年には,持家建設戸数に全国で11.2%の増加をみたのに対し,東京圏では23%増にとどまっている。一方,分譲住宅は,こうした持家建設の伸び悩みを補うように高い伸びを示したため,両者を合わせてみると,全体としての建設戸数の動きは全国平均と変らない。しかし,一戸建住宅に居住する世帯では7割近くが現在の住居に満足ないしはほぼ満足しているのに対し,一戸建以外の住宅(分譲住宅に多い)に住む世帯では,その半数近くがなんらかの不満を訴えており,同じ持家であってもその満足度は低い(内閣総理大臣官房広報室「大都市地域における住宅・地価に関する世論調査」52年10月実施)。一戸建持家から共同住宅型持家(いわゆるマンション)へのシフトは,人口密度の高い都市地域においては,土地の効率的利用という観点からみて望ましい面もある。従って,この調査結果から直ちに一戸建住宅の建設の促進が特に望まれるとはいえないが,土地の利用効率自体がさほど問題とならない地域も多く,さらに持家,とくに一戸建住宅に対する国民の強い選好がある以上,宅地価格を含む住宅取得価格の安定が重要な課題であるといえよう。

(住宅取得価格と家計の取得能力)

ここで,住宅取得価格の安定が持家取得にとって持つ重要性をひとつのモデルケースによってみてみよう。 第2-3-18図 は,いくつかの前提をもとに,潜在的な取得意欲が最も強いと思われる中所得層(家計調査の第3分位)の平均的な家計が,今後何年間で住宅を取得できるかを示したグラフである。この図において,縦軸に取得が可能になるまでの年数,横軸に年率でみた持家取得コスト(宅地価格を含む)の上昇率を表わしている。例えば,東京郊外の標準的な一戸建住宅についてみると,現在4%前後である持家取得コストの上昇率が3%になると,取得できるまでの期間は約10か月短縮される。同様な計算を他の所得階層についてみると,第4分位(中高所得層)の取得時期は約5か月早まるにすぎないが,第2分位(中低所得層)では13か月程度短縮されることになり,低所得層ほど価格変動によって大きな影響を受けることがみてとれる。

(依然高い公的住宅供給の重要性)

国民の強い持家取得意欲に応えるため,宅地等持家関連の価格の安定や,良質の住宅資金を確保していくことが何よりも大切であるとしても,住宅の公的供給の重要性が後退したわけではない。これまで検討してきたように,低中所得層の持家取得はあまり進んでいないうえ,価格の変動によって大きく左右されてしまうわけであり,これらの層に対しては引き続き公的住宅供給の推進に努める必要があろう。