昭和53年
年次経済報告
構造転換を進めつつある日本経済
昭和53年8月11日
経済企画庁
第2章 新しい回復パターンの模索
第1章でみたように,設備投資は51年度に増加に転じたものの,52年度には再び停滞し,これが景気全体の回復を力強さに欠けたものとするひとつの大きな原因となった。もちろん,減速経済への転換と現在の大幅な需給ギャップを勘案すれば,民間設備投資に従来の高度成長期のような経済成長をリードする役割を期待することはできない。しかしながら,民間設備投資が着実に回復に向かわない限り,現在進みつつある景気回復を持続させると同時に中期的な供給力,国際競争力を維持し,日本経済の活力を保っていくことは困難である。このような意味で民間設備投資は依然,持続的成長の鍵を握っているといえよう。
ところで,民間設備投資の動向を左右する要因を大きく2つに分けると,①投資の必要性と,②投資を行うに当たっての企業の能力をめぐる要因,ということになる。後者に属するのは,企業の収益力,財務内容や金融情勢,さらには建設コストの動向などである。これらの要因のうち,企業収益や財務内容については前節で検討したように,なお厳しい状況にはあるものの,徐々に好転しつつある。また,金融情勢,建設コストなどの面については,現在設備投資を行いやすい環境が形成されている。そこで,本節では,設備投資の必要性をめぐる問題についてやや詳しく検討してみよう。
まず,製造業における需給ギャップの動きをみると( 第2-2-1図 ),49年から50年初へと大幅に拡大したあと,51年末まではかなり急ピッチで縮小に向かった。ところがその傾向はそこでストップしてしまい,53年の1~3月期には,再び縮小に向かっているものの,46年不況のボトム時をなお上回っている。
このように現在の需給ギャップが大きいのは,前回のピークから4年半経過した現在でも,生産がそのピークを0.3%上回るにとどまっている(53年6月)という生産活動の回復の遅れによるところが大きい。一方では,生産能力も過去のトレンドから比べれば,その伸びは鈍化してはいるものの,この間に12%近く上昇している点も見逃しえない。そこで,今回の景気回復過程における生産能力の推移を振り返りつつ,製造業の設備ストック調整の進捗度合について検討してみよう。
製造業の生産能力は,49年までかなり高い伸びを続けたあと,50年には設備投資の大幅な落ち込みから急速に伸びが鈍化した。しかし,51年の後半以降再び増勢を高め,こうした生産能力の拡大が,52年における生産活動の停滞と相まって,需給ギャップを拡大させる要因として働いた。それでは,51年後半以降,生産能力が一時的にせよ拡大したのは何故であろうか。
これを業種別にみると,次の2つの理由が指摘できる。1つは,組立型産業の一部で需要に具合った能力の増加がみられたことである。 第2-2-2図 にみるように,組立型産業の多くは,今回の景気後退期において,非常に早い時期から生産能力の増加に慎重な態度をとっており,たとえば乗用車,カラーテレビなどについては,49,50年と生産能力はほぼ横這いにとどまっている。一方,この間の需要は一時的に大幅に後退したものの,輸出の大幅な増加や,緩やかながらも増加を続けた個人消費に支えられて,比較的順調な回復をみたため,51年の後半には需給ギャップがかなり縮小した。このような組立型産業では,この時期にストック調整がほぼ一巡していたのである。
しかし,より注目すべきことは,鉄鋼,アルミなど基礎資材産業の一部における生産能力が,景気がピークを越した49年以降も拡大し続け,とくに51年から52年にかけて増大を示した点であろう。これらの基礎資材に対する需要の落ち込みは,組立型の産業よりもはるかに大きかった。それにもかかわらず,生産能力が拡大を続けたのには,これらの産業では設備投資の懐妊期間(計画,着工からその設備が稼働するまでの期間)が非常に長いということが大きく影響している。
すなわち,設備投資の懐妊期間が短かければ,企業はその時々の需給地合を眺めながら設備投資の規模を決定することが可能である。しかし,懐妊期間が長い場合には,現実の需給ギャップが縮小した段階で投資をはじめたのでは,安定した供給は確保できず,競争企業にシエアを浸蝕されてしまう。こうしたことから,懐妊期間の長い産業の投資は長期的な需給見通しに基づいて実行される傾向が強い。つまり需要に変化がみられても,既に着工した設備投資が中止されるケースは少なく,計画規模を多少縮小したり,延期することはあっても,投資は継続される場合が多い。51年から52年にかけていくつかの基礎資材産業においてみられた生産能力の拡大は,専らこうした大型の継続投資が能力化したものであった。
こうした大型継続投資がほぼ完全に一巡したのは52年に入ってからであり,基礎資材産業の生産設備のストック調整はようやく緒についた段階である。従って,これらの産業のストック調整は今後当分続くとみられ,事実53年度設備投資計画でも軒並みかなりの減少となっている( 第2-2-3図 )。
このように,ウエイトの大きい基礎資材産業を中心に大幅な需給ギャップが存在し,なお設備ストックの調整が必要とされている状況のもとでは,製造業の設備投資が,全体として再び本格的に増加に転ずるまでには,なおかなりの時日を要することは否定できない。しかしながら,次の点については留意する必要がある。
それは,有効需要としての設備投資は,いわゆる粗投資(設備の純増プラス既存設備の補填)であり,個々の企業にとって,在庫投資と異なりマイナスの投資設備が発生することはほとんどなく,従って,産業全体としてみた場合設備投資額が縮小するにしてもそれには限度があるということである。特に,業種間に需給ギャップの跛行性がある場合,ギャップの大きい産業の設備投資が一旦落ちてしまうと,さらに落ちる余地はあまりないことになる。
そこで,現在稼働率の低い基礎資材関連業種において,設備投資がどの程度圧縮されているかをみると,53年度計画( 第2-2-4図 )の投資規模は,最近のピークである49年度と比べると実に47%の水準にまで縮小している。さらに,投資の内容をみても,直接的な能力増強投資はピーク時に比べると4分の1にすぎず,また最近の投資総額におけるウエイトも2割強にまで低下している。まだ,これに合理化,省力化投資を加えてみても,ピーク時の3割,投資規模の4割強にすぎず,最近の投資の大半は補修や省エネルギー投資,安全投資など,稼働率の水準如何にかかわらず進められる性格の強いもので占められている。従って,基礎資材部門のストック調整はなおかなりの期間続けられるとしても,フローの設備投資額はすでに底に近づいているとみられる。
直接生産能力の増大につながらない投資が,いわば下支え要因としての役割を果しているのは,需給ギャップのなお大きい産業ばかりでなく,製造業全体についてもみられる現象である。
その1つが既存設備の更新,補修需要の増加である。アンケート調査(日本長期信用銀行,53年3月実施)をもとにした試算によると,企業が今後1~2年の間に更新を必要としているプラントは,全産業平均で設備ストックの12%に達している。これは,52年における新設投資額が資本ストックの9.5%に当たる(当庁「民間企業粗資本ストック統計」)ことからみてかなりの水準といえる。また,設備除却の推移をみても( 第2-2-5図 ),51年度以降かなり増加しており,設備投資に対する比率も,石油危機以前にはわずか20%程度であったのが,最近では40~50%の水準にまで達している。もちろん,除却には一部の不況業種における過剰設備の廃棄などが含まれており,その全てが更新投資につながるわけではない。しかし,高度成長期における活発な設備投資の結果,資本ストックの規模が飛躍的に拡大したため,設備の補修,代替の必要性が増大しており,企業が現在の生産能力を維持するだけでもかなりの規模の投資が必要である点も見逃すわけにはいかない。さらに,4年間に亘る設備投資低迷の結果,設備の平均的な年齢構成が高まっていることも,更新に対する潜在的な需要を強めている。除却が単に不況業種だけでなく,かなり広汎に亘って増加している事実は,こうした見方を裏付けるものといえよう。
補修,更新投資と並んで設備投資のレベルを下支えしているのは,省力化,合理化投資の堅調である。50年度から51年度にかけて設備投資が急減をみたときにも,合理化,省力化投資は高い水準を維持していた(前掲 第2-2-4図 )。これは石油危機によるコスト構造の激変に対し,競争力を保持するための企業努力が行われたことの現われといえよう。
しかしながら52年度には,機械産業などは引き続き活発な合理化,省力化投資を行っているものの,基礎資材産業では減少をみており,またこうした特徴は53年度計画にもうけつがれている。その背景について考えてみよう。
石油危機後の収益後退に対処するため,企業が懸命な合理化努力を続けた結果,潜在的な物的生産性,つまり現在の従業員数を前提に,設備を適正稼働させた場合に得られる生産性は,各業種とも軒並みかなり向上している( 第2-2-6図 )。しかし,現実に実現された物的な生産性は,需要回復の跛行性を反映して鉄鋼や化学等ではむしろ後退しており,その他の素材関連業種や一般機械などでも,潜在的な物的生産性に比べると,はるかに小幅の改善にとどまっている。一方,自動車,精密機械や電気機械など,需要が比較的順調に増加した業種では,1日当たり稼働時間の引上げなどにより,潜在的な生産性の上昇を上回るか,ほぼそれに近い生産性の向上を実現している。
このような,合理化努力の実の結び方の違いが,最近の合理化,省力化に対する意欲に影響を与えている( 第2-2-7図 )。つまり,合理化,省力化投資も,現実の稼働率の水準によって規定される傾向が強まっているのである。
以上の検討をまとめてみると,製造業では,ウエイトの大きい素材部門で設備ストック調整がようやく進み始めた段階であり,しばらくの間弱い基調で推移するであろう。しかし,全般的に更新投資需要が投資水準の下支え要因として働くとみられるうえ,機械産業の一部などを中心に能力増強投資,省力化,合理化投資の増加も期待されることを勘案すると,製造業全体の設備投資は,総需要の押し上げ要因としては期待できないが,今後なお大きく落ち込む状況にもないと考えられる。
他方,第1章で述べたように,非製造業の設備投資の動向は設備投資全体にとっても,重要なものになりつつある。しかし,非製造業の投資内容は,かなり多岐に亘っており,投資の誘因も業種によって大きく異なっている。以下では非製造業を,大きく,①エネルギー供給サービス(電力,ガス),②製造業を中心とする企業に対するサービス,③対家計サービスの3つに分けて分析しよう( 第2-2-8図 )。
まず,非製造業の設備投資の3割強(52年度)を占めるエネルギー供給サービス,なかでもウエイトの大きい電力についてみると,8月における電力需要ピーク時の供給予備率は,冷房用電力需要を中心とした民生用需要が着実に増加しているものの,産業用需要が停滞していることもあり,49年以降適正予備率(8~10%)を上回っている( 第2-2-9図 )。しかし,電力需要は着実に増え続ける上,趨勢的にみても,エアコン等の普及によりピーク時電力は総電力需要よりも高い伸びを示しており,今後もその傾向は続くものとみられる。因みに,「昭和53年度電源開発基本計画」によれば,GNPが今後年6%程度で成長を続けた場合,ピーク時電力需要は年6.7%増加し,60年度においても適正供給予備率を維持するためには,53~60年度の間に供給力を71.1百万kw拡大する必要がある。これは,52年度末における供給力(110百万kwの6割強に匹敵する規模である。
さらに,電力設備投資の懐妊期間は長く,たとえば53年度における同基本計画の着手目標規模は総計17.5百万kwであるが,このうちの約7割を占める12.0百万kw分の運転開始予定は58年度以降である。従って,現在は供給力に余裕があるが,年々の需要増に対応するために,長期的視点から供給増を図る必要がある。このため,53年度については9電力会社合計で約3兆円,前年度比36%増(名目ベース)の設備投資が計画されているが,54年度以降も引き続き活発な投資が実施され,設備投資のリード役を果たしていこう。
次に,主に製造業を中心とする対企業サービスグループ(卸売,建設,運輸通信など)についてみると,その投資動向は,これらグループに対する需要がほぼ製造業と同じ変化を示す一方,投資の懐妊期間も比較的短いため,組立型製造業の投資動向と極めて似た動きを示している。また,その投資水準は48年をなお3割以上下回っており,設備の稼働率に相当する資本ストックの回転率をみても, 第2-2-10図 のとおり総じてなお低い。ただ,こうしたなかで建設業の回転率は,公共投資の増加もあって,かなりのピッチで回復している。また運輸通信も原油を中心とした世界的な輸送需要の落ち込みによる海運の低迷が響き,全体としての水準は低いが,最近の荷動きの持直し傾向などからみて,陸運等の回転率は徐々に上昇しているものとみられる。
このように,対企業サービス部門ではなお稼働率水準が低いため,直ちに設備投資が盛り上がることはないとしても,ストック調整は着実に進展しているものとみられ,製造業における生産活動が回復するにつれて,緩やかに増加していくことは期待できよう。
最後に,サービスや小売等の対家計サービスについてみると,これらの業種の投資は,石油危機以降の景気後退期においても根強く,設備投資需要全体を下支えしてきており,最近も比較的活発な投資が行われている。その主因は,個人消費が他の需要に比べ相対的に堅調に推移し,なかでも外食やレジャー等のサービスへの需要傾斜が進んだことである。
以上のような非製造業の設備投資動向は53年度の投資計画にも如実に現われている(前掲第 2-2-3図 )。すなわち,製造業が前年度とほぼ横這いであるのに対し,非製造業は3割の増加となっており,中でも電力の圧倒的寄与が目立っているとともに,小売,私鉄,「その他」(この中心はほぼ上記の対家計サービスに相当する性格のもの)なども増加する計画となっている。
今後の設備投資について,やや中長期的にみた場合,見逃すことができないのは,省資源・エネルギー投資の動向である。53年度についてみると,省エネルギー投資の設備投資総額に対するシェアは,製造業で2.2%,全産業では1.1%(いずれも開銀調査)にすぎない。しかし,当庁「企業行動調査」によると,製造企業の42.0%が「省エネルギー,省資源投資を今後2~3年間で増加させる予定」であり,当然のことながら,資源・エネルギー投入比率の高い基礎資材型産業においてその意欲が強い(例えば石油・石炭75.0%,非鉄金属74.9%,鉄鋼54.8%,紙パ55.6%)。また非製造業でも,電力・ガスは93.7%とほぼ全社が計画を持っている。
さらに,企業が現在進めている省資源・エネルギー化の具体的な内容をみると,最近の傾向としては,既存設備による生産工程の見直し,改良による資源エネルギー原単位の引下げ等のほか,本格的な廃熱回収装置等の付加など,より規模の大きいものに対する投資も進められつつある。また,これと同時に生産技術・生産システム自体をより省資源的なものに変えていくための研究開発も着実に進められている( 別表5 )。こうした技術開発には,成功についてのリスクが大きいものや,実用化にはなお年月を要するとみられるものも少なくないが,実現すれば経済的効果が大きいものが多く,また省エネルギー投資などを対象とした設備投資に対する減税措置がとられたこともあり,今後の設備投資需要のリード役のひとつとして期待することができよう。
経済の発展は結局のところ技術進歩に規定される。しかし,戦後経済の高度成長を支えた新技術,新製品の登場の波は一巡したという見方があるし,事実,石油危機後の企業収益の悪化を反映した産業部門の研究費支出の相対的低下を主因に,GNPに占める研究費の比率もこのところ頭打ちとなっており( 第2-2-11図① ),マクロ的にみた研究開発の現状は必ずしも活発とはいえない。また,企業による研究の内容は,基礎研究が少なく,開発研究が多いという特徴をもっているが,石油危機後その傾向はさらに強まっている。すなわち,研究費に占める開発研究の割合は,40年度には57.5%であったものが51年度には76.3%に増加している一方,応用研究は31.3%から18.6%に,基礎研究は11.2%から5.0%に低下している(総理府「科学技術研究調査」)。いわば「てっとり早く」成果があがる研究にシフトしているということであるが,これは長期的な技術進歩という視点からみると検討を要する点であろう。
しかし,技術進歩に対するニーズ,フロンティアは無限にある。エネルギーや資源開発の重要性はいうまでもないが,その他宇宙や海洋に関する大型技術開発,新しい産業発展にかかわる技術(例えば第4章でとりあげるような低生産性部門の効率化に関するものなど),国民の生活環境や福祉改善のための交通,通信,廃棄物処理,上下水道,医療,環境保全,防災,教育などにかかわる技術開発などである。
ただ,大型で長期間を要し,またリスクが大きく直接企業の利益に結びつく保証のない研究開発の一部については,企業による推進に限界があることも配慮する必要がある。日本は国防研究のウエイトが低く,また租税負担の差異もあり,単純な比較は困難であるが,研究費に占める政府負担の割合が外国に比べて低い( 第2-2-11図② )。こうしたなかで,国によるプロジェクトとして,従来からの原子力開発,新エネルギー技術研究開発(サンシャイン計画)などに加え,53年度には省エネルギー技術研究開発(ムーンライト計画)が発足したことが注目される。