昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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第1章 昭和52年度の日本経済―その推移と特微―

第5節 景気の現局面

(最近の経済動向)

昨年の経済情勢は総じてみれば芳しいものではなかったが,今年に入ってからの景気は明るさを増している。本年1~3月期の実質GNPは2.5%前期に比べて増えたが,これはほぼ年率10%に達する。鉱工業の出荷は昨年7~9月期の横這いから10~12月期は1.7%,1~3月期は3.3%と伸びを高めている。未だこのような経済の拡大も雇用の本格的改善には及んでいないし,石油危機を契機とした構造的不況問題も根が深い。しかし,長らく水面下の景気回復という欲求不満的状態が続いていたのであるが,最近は水面近辺には達しており,この傾向が持続するかどうかは現下の最大の関心事である。

こうした現状の背景には以下のような動きがみられる。第1は,昨年に比してより大きな規模で公共事業予算が組まれ,切れ目なく執行が図られていることである。また,政府の協力要請もあって,ウエイトの大きい電力の設備投資(日銀「短観」ベースで53年度の電力の設備投資は,2兆9千億円で製造業の2兆8千億円を上回る)が53年度は大幅な増加が計画されている(52年度は1割増,53年度は4割増,いずれも「短観」)。第2は昨年の経済に対し常に頭を押える要因になった在庫調整が一巡したとみられることである。これは,石油危機後に積み上がった在庫の調整という大きな循環の意味においても,51年以降積み上がった在庫の調整というミニ循環の意味においても言えることと思われる。さらに具体例をあげるとすれば,昨年4月に861万トンあった普通鋼鋼材のメーカー,問屋在庫は,本年4月には680万トンに減っており,綿糸の在庫は,1.5万トンから0.7万トンヘ,塩ビ樹脂は7.4万トンから5.0万トンなどと減っている。第3は,上記の電力の設備投資の増加もあって,昨年度弱含んだ設備投資は今年度はある程度の増加になりそうである(「短観」ベースで,52年度5.1%減,53年度17.1%増)。第4は,昨年度伸びが低かった個人消費がこのところ伸びを高めていることである。

(懸念材料)

以上は,昨年初に比して今年に入ってからの景気拡大の底固さを窺わせる材料である。しかし,他方では重要な懸念材料がないわけではない。その第1は輸出であって,船舶の大幅減は既定の事実と目されている上に昨年初来の円の急騰の影響が本年度になって具現することになり,かなりの輸出数量の伸びの鈍化の可能性がある。第2は個人消費であって,本年の春季賃上げ率が昨年をある程度下回ったことが消費に及ぼす影響である。

(最近における新しい条件)

石油危機によって背負った重荷を各経済主体がどのように解決しつつあるかという問題は第2章でとりあげるところであり,そのことを抜きにして現在の景気回復の底固さを判断するわけにはいかない。

しかし,ここですでに明らかな条件は,①石油危機前に比しても目覚ましい物価の安定,②戦後最低の金利水準,③最近にない低い賃上げ率,④円高及び石油価格安定等による交易条件の改善などである。

①のインフレの鎮静は着実な景気回復感と相まてば,石油危機後将来不安のために萎縮していた消費マインドを改善することになろう。春季賃上げ率のみをもって消費を占うのも一面的にすぎる。その他の諸条件の多くは企業行動にかかわるものであり,企業の石油危機後の対応,すなわち,減量経営の進展又は終了を支え,新しい需要増等の状況に対して企業が積極的に行動できる条件を形成するものである。事実,「短観」によっても最近における企業マインドの好転は明らかであり,例えば53年度の設備投資が本年2月調査では10.7%の増であったのが5月調査では17.1%へと上方修正されたことは,それまで減額修正が続けられていたことと対比して様変りといってよかろう。また,在庫調整の一巡,経済主体のマインドの変化は,公共投資の波及を起こり易くしている。

以上,要するに最近の諸情勢は方向として着実な景気回復に向かわせる条件が整ってきたようにみえる。しかし,その底固さについてはさらに検討を要するし,程度についても内外均衡をもたらすに足るほどのものかどうかは別の問題である。


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