昭和53年

年次経済報告

構造転換を進めつつある日本経済

昭和53年8月11日

経済企画庁


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第1章 昭和52年度の日本経済―その推移と特微―

第4節 財政金融政策の展開

52年度は経済政策に関しては,景気の拡大をめざして,積極的な財政金融両面からの措置が相次いでとられた年であった。特に,民需が依然として盛り上がりを欠く中で,輸出をリード役とする景気拡大は国際経済的な側面から限界に直面しつつあることが明瞭となったため,財政に寄せる期待が大きかった。こうした中で,積極的な財政による景気刺激策が実施され,その効果は徐々に浸透してきたものの,52年中にはそれが呼び水となって民間の需要が全般的に盛り上がり,生産の拡大基調が定着するまでには至らなかった。こうした観点から,まず,52年度中の財政政策とその効果についてみよう。

1. 財政政策の展開とその劾果

(積極的な財政策の推進)

52年度における財政政策は,一貫して,景気回復をめざした積極的なものであった。52年度の一般会計予算規模は前年度当初比で17.4%増とかなり大型なものとなり,中でも景気浮揚をめざした公共事業の規模は21.4%増と予算全体の伸びを大きく上回るものだった。その執行についても,3月及び4月に,公共事業の早期執行等を内容とする景気対策が決定された。

その後,年央に至っても景気回復の足どりがはかばかしくないことなどもあって,公共事業の上期執行促進に引き続き財政面からの景気刺激が求められることとなり,9月に公共事業の追加等を内容とする総合経済対策が決定され,これを受けて第一次補正予算が10月に成立することとなった。さらに,その後の経済情勢に対処するため,公共事業等の追加を主な内容とする第2次補正予算が編成され(53年1月31日成立),いわゆる15か月予算の考え方の下に,53年度予算と合せて,その切れ目のない執行が図られることとなった(主要な財政政策の推移については 別表2 参照)。

(好調だった公共投資の伸び)

こうした財政政策を反映して,52年度中の公共投資は非常に高い伸びとなったが,その執行も年度中かなり順調に進んだ。

国の公共事業等の上期末契約率は,当初目標とされていた73%を上回る75.1%となり,従来促進措置をとった年度の平均(41,46,47,50年度の平均73.5%)を上回る契約率が達成され,いわゆる公共投資の前倒し執行が当初のねらい通り実現されたことを示している。

また,公共工事着工額の推移でみても,52年度中ほかなりの増加率で公共事業が進められてきたことがわかる( 第1-4-1図 )。特に,52年度については,中央,地方がほぼ同じペースで公共事業の増加に寄与してきたことが特徴的である。このうち,中央分については,公共事業予算規模の拡大やその早期執行に加え,国鉄,電電公社等の政府企業の工事費が51年度に比してかなり増加したことも年初来の増勢をもたらした一つの要因である。また,地方分については,地方公共団体の52年度予算が国の積極予算に対応してかなり積極的なものとなり,その執行についても前向きに取り組んだこと,補正予算において地方債による財源の確保がなされたことなどの結果,補助事業,単独事業とも順調な増加を示したことが反映している。

こうした高水準の公共投資の伸びを反映して,GNPベースの実質政府固定資本形成も,52年4~6月期4.9%(前年同期比増加率),7~9月期13.1%,10~12月期21.6%,53年1~3月期14.9%と高い伸びとなり,52年度は14.5%(51年度は0.4%)増となった。この政府固定資本形成の増加は,波及効果を計算に入れなくても,それ自体で52年度の実質GNP増加率を1.2%押し上げる効果を持っていた(51年度はほぼ0%)。

(52年度財政政策の効果)

このように,52年度は当初から財政支出を通ずる積極的な景気浮揚が図られ,その執行も円滑に行われたにもかかわらず,特に52暦年中はそれが民間需要の増大,生産の拡大にスムーズに結びつかなかった。これがなぜかを次にみてみよう。

一般に,財政等の外生的需要が内需に結びつき,実体経済を拡大させる力は,①所得の増加に応じて支出がどれだけ増えるか(限界消費性向の大きさ),②需要の増加に応じて設備投資がどれだけ誘発されるか(需要の限界設備投資誘発率),③需要の増加に伴って生産活動がどれだけ活発になるか(需要の生産刺激効果)等によって異なる。こうした諸要因は,さらに,その時点での消費マインド,需給ギャップのレベル,過剰在庫の存在等によって影響を受ける。こうした条件が過去の同局面とどう異なるかをみたのが 第1-4-2図 である。これによれば,明らかに,今回は波及し難い条件が大きかったことがわかる。しかし,最近の推移をみると,消費マインドの好転,在庫調整の一巡といった点がプラスに作用して,次第に内生的需要が誘発される可能性が高まってきていることが窺われる。

次に,こうした点のうち,公共工事の生産面への波及効果について検討してみよう。

(公共投資の生産誘発度)

52年度の公共事業の伸び率は高く,その契約,着工も順調に進んだにもかかわらず,その影響は全体としてみた建設資材出荷にはなかなか現われず,年度前半はむしろ落ち込んだ。こうしたことから,最近公共投資の実体経済への波及効果が弱まっているのではないかという声が聞かれるようになった。この点をみるために,1単位の公共投資が産業間の波及過程を経てどの程度の生産を誘発する力を持っていたか(公共投資の生産誘発係数)を各年度ごとに試算したものが 第1-4-3図② である。生産を誘発する度合の高い事業の割合が高いほど,平均的にみた各年の生産誘発係数は高くなる。この推移をみると,大きく分けた公共投資の種類ごとに若干の変動はあるが,全体としての誘発係数は近年ほとんど変化をみせていない(これは,最終需要の1単位の増加がどれだけの生産額を誘発するかをみたものであり,所得面への波及等を考慮して最終需要そのものの誘発分を示す乗数とは異なるものであることに注意)。この誘発係数を使って公共投資の生産誘発額を計算してみると( 同図① ),52年度についても,投資額の増大に応じて生産誘発額はかなり増大していることがわかる。

それでは,なぜ公共事業の効果が速やかに波及しなかったのかを,在庫調整との関連で検討するため,公共投資と建設財出荷特に銅材出荷との関連をやや細かくみてみよう。

(在庫調整で弱まった公共事業の波及効果)

建設財出荷の動きと公共工事の推移を比べる場合には,公共工事を実質化し,進捗ベース(出来高)に直し,民間建設分を加えた建設工事出来高の合計と比較しなければならない。こうした統計的要因を除いても,52年度において建設工事量はほぼ順調に増加し続けており,年度前半落ち込んだ建設財出荷との間にはなお乖離が見られる( 第1-4-4図 )。そこで,建設工事の種類別,着工月別の資材原単位を用いて,現場搬入ベースでの鋼材需要量を推計してみると, 第1-4-5図 のようになる。52年度においては,停滞していた出荷の動きとは対照的に公共部門での鋼材需要はかなり増加しており,民間部門を合せた建設工事全体でも鋼材需要は順調に増大してきていたことがわかる。

このように,現場での鉄鋼需要量は順調に増加していたにもかかわらず,それが鋼材の出荷増に結びつかなかったのは,52年度が在庫調整局面だったため,流通段階での在庫圧縮があったからである。ユーザーの需要が増えても,それが流通在庫の減少によって賄われれば,生産者の出荷は増えない。52年における普通鋼鋼材め在庫変動をみると,特に51年10~12月期以降生産者,流通段階での在庫の積増し幅が次第に小さくなり,52年度に入ってからは在庫の取崩しが次第に大きくなっていったこと(フローの在庫投資が前期より減少していったこと)が,生産者の出荷を低める方向に作用していることがわかる( 第1-4-6図 )。逆に,52年の後半以降は,在庫投資のレベル自体はマイナスであるものの,そのマイナスの幅が小さくなってきている(在庫投資が前期より増加している)ことが出荷の動きを持ち上げる方向に作用しているのである。この鋼材の動きに代表されるように,52年度は在庫調整局面にあり,特にその前半において流通在庫調整が強化されたことが,公共投資の実体経済面への波及を妨げるひとつの大きな原因だったといえよう。

2. 金融政策の展開と金融情勢の推移

50年度以降進められてきた金融緩和政策は52年に入って一層の進展をみた。これに伴い金利の低下が急速に進行するなど,金融の緩和感が全般的に広がった。しかし,マネー・サプライの伸びは低いままで推移し,近年の金融緩和期にはみられない特徴を示した。金融政策及び金融情勢についての中期的な観点からの検討は第2章で述べることとし,ここでは52年度中の推移を中心に簡単にその特徴を整理してみよう。

第1-4-7図 通貨供給の増加(前年同期比)とその経済部門別寄与度

(今回の金融緩和局面の特徴)

日本銀行は52年3月以降4次にわたり,合計3%の公定歩合の引下げを行い,その結果3.5%と戦後混乱期を除けば既往最低の水準となった。こうした累次の公定歩合引下げを反映して,手形売買レートやコール・レートなどの市場金利や貸出金利は大幅に低下した。

これに対して,経済全体の流動性の水準をあらわすマネー・サプライの伸びは低調だった。52年度の広義のマネー・サプライ(M2)の増加率は,10.9%にとどまり,51年度(14.4%)を下回っている。これは,基本的には,金利面からの金融緩和にもかかわらず,企業の借入需要が鎮静の度合を強めているため,金融機関からの貸出しが鈍化の一途をたどったことが主因である。また,財政面から前年に引き続き大量の国債が発行され,年度後半には外為資金の散布が行われたが,マネー・サプライの増加には結びつかなかった( 第1-4-7図 )。

このように,金利の低下に代表される金融緩和がマネー・サプライの増加につながらなかったのは前回の景気回復局面(47年以降)に比べて今回の目立った特徴といえよう。

金融機関の企業への貸出しが大幅に鈍化した基本的な原因は,大幅な需給ギャップの存在下での設備投資等実物投資の不振が資金不足幅の縮小をもたらし,そのため企業の資金需要が低迷していることである。しかし,これに加えて,企業が金融面からの減量経営を進めていることが,資金需要の低迷を一段と強めている。

すなわち,企業の資金の運用,調達面をみると( 第1-4-8図 ),51年末から在庫投資を中心とした実物投資の圧縮に加え,金融投資も手元現預金を中心に極力抑制されたため,資金運用規模は急ピッチで縮小している。他方資金調達面では,企業は極力内部資金によって賄おうという意欲が強いため外部負債も顕著に減少している。

このような金融緩和の中で,企業の手元流動性(現預金/売上高)は,51年以降高まりをみせていない( 第1-4-9図 )。しかし,企業の資金繰り及び手元現預金水準判断はむしろ改善傾向にある。その間興味を呼ぶのは,現預金より収益性の高い短期所有有価証券を増やしていることであり,現預金と短期有価証券を合計したものの売上高に対する比率は最近徐々に高まりをみせている。また,今後についても企業は現預金比率をさらに下げることを予想している。

(資金需要鎮静下の金融機関の動向)

このような,金利の低下と資金需要の鎮静化は,金融機関の側にも大きな変化をもたらしている。

貸出金利の急速な低下等を反映して,金融機関の利鞘はかなり低下してきている。これは過去の金融緩和局面においても生じていたことだが,今回は特にその低下が著しいのが特徴である。また,コール,手形レートが大幅に下落しでいるので,限界的な貸出採算はむしろ改善傾向を示している。従って,金融機関の貸出態度は総じて弾力的に推移している(後出 第2-4-7図 参照)。

しかし,さきにみたような,企業の側での金融面の減量経営が進行しているので,貸出量の確保は困難な状況となってきている。このため,従来大企業中心の資金運用を行ってきた都市銀行でも,中小企業や個人などの新たな貸出先の開拓に力を入れるようになり,貸出しに占めるシェアも次第に高まりをみせている( 第1-4-10図 )。

また,貸出金利が低下していることから,金融機関にとって相対的には有価証券運用の有利性が高まっている。