昭和53年
年次経済報告
構造転換を進めつつある日本経済
昭和53年8月11日
経済企画庁
第1章 昭和52年度の日本経済―その推移と特微―
52年初からの1年余の経済の動きは,奇妙に51年に似たものになった。実質GNP(国民総支出,以下同じ)の成長率は,年の前半が高く,後半になると鈍化するというパターンが2回くり返され,その後再び53年1~3月期には2.5%(季節調整値,前期比増加率)となり,前2回と同様かなり高い伸びを記録した( 第1-1-1図① )。
このような動きが繰り返された要因にはさまざまなものがあり,必ずしもそのすべてが共通だったわけではない。しかし,基本的にはいずれの場合も,外生的需要(輸出と政府支出の合計)が,年の前半に高い伸びを示し経済全体をリードしたが,それが民間部門の内生的需要(個人消費支出,民間設備,住宅投資など)の拡大に直ちには結びつかず,外生的需要の振幅に歩調を合せて経済全体が変動することになったのである( 同図② )。
この2回にわたる年後半のスローダウンは,日本経済が景気の回復という階段を上っていく過程での踊り場のようなものだった。今回の回復過程は,従来のように一気に階段を上りきることができず,ひとしきり階段を上ってはまたゆるい道を歩くという繰り返しだった。この踊り場の状態は,内生需要が盛り上がらず,需要の拡大が鈍化した段階だったと同時に,52年の場合は,その間に在庫の調整が進んで次のステップにかかる力を蓄える期間でもあった。
52年初から最近に至るまでの経済は,以下のように三つの時期に分けてみることができる(主要指標については 第1-1-2表 参照)。
第1は,52年に入ってから6,7月頃までの時期であり,年初から経済の拡大が続き,景気の回復期待が強まった時期である。実質GNPは1~3月期に1.8%増(季節調整値,前期比増加率,以下同じ)とかなりの伸びとなった後,4~6月も1.8%増となった。しかし,この間の経済の拡大は,基本的には,輸出,政府投資といった外生需要の増加と,意図せざる在庫の積み上がりによって実現されたものだった。すなわち,輸出がアメリカ向けを中心に増加し,政府投資も,51年度補正予算の執行(52年2月成立),52年度公共事業の積極的な前倒し執行などによって大幅に増加したが,消費,設備投資はそれほど盛り上がらなかった。この間,鉱工業生産の伸びも低かったが,51年中に積み上がった過剰在庫を減らすほどの生産の抑制は行われなかったため,さらに在庫が増加してしまった。このように,実質GNP自体はかなり増加したものの,それは自律的な需要の盛り上がりを欠いたものだったため,景気の回復感はそれほど広がらなかった。
第2は,7月頃から年末までの円高ショックを含む時期である。実質GNPは7~9月期0.1%増,10~12月期1.5%増と年前半に比して伸び率が鈍化した。増加を続けていた輸出は,欧州の景気停滞などもあちて,数量ベースの伸びが大幅に鈍化した。政策的には,公共事業の前倒し執行の後,9月には総合経済対策が決定され,補正予算による公共事業の追加が図られるなど,財政支出は高水準を続けたが,企業は厳しい在庫調整を行ったため,52年中は生産面に全般的に効果が波及するまでには至らなかった。そして,消費や設備投資などの民需は引き続き盛り上がりを欠いた。
この間,生産活動の停滞から輸入は伸び悩み,輸出については数量の伸びは鈍化したが,ドルベースの輸出価格が上昇したため,経常収支の黒字幅が拡大し,年初来上昇していた円レートが特にこの時期に急騰した。こうした経済環境の変化は輸出成約の見通し難を始めとして,将来に対する不確実性を高め,それが企業,消費者に心理的動揺をもたらした。このような実体的側面と心理的側面が相まって,全般的な景気停滞感が広がることとなった。しかし,この間在庫調整は比較的順調に進み,その後の上昇過程のための基礎固めの役割を果したことも見逃せない。
第3は,53年初から最近に至るまでであり,当初,公共事業関係等部分的に見られた明るい側面が,次第に光度を増して経済全体に広がりつつある時期である。53年1~3月期の実質GNPは2.5%増と伸びを高めた。輸出は1~2月の一時的急増後,増勢鈍化の気配を見せているが,一部の品目を除き,在庫調整は概ね順調に進んでいる。切れ目のない執行が図られてきた公共投資の効果も経済の各面に徐々に浸透してきた。生産も52年11月以降上昇基調にあり,53年3月の生産,出荷水準は石油危機前の水準を上回った。デフレ的影響が懸念された円高に対しても,企業は冷静に対処し,むしろ,そのメリットが認識されるようになった。物価が次第に安定化傾向を強めてきたこともあって消費もやや水準を高めている。企業の景況感も前年を上回る回復感を示すようになった。しかし,業種間の業況の跛行性は残っており,生産拡大の効果は雇用面にまでは未だ及んでいない。
以上を総合すると,52年度経済の特徴は以下の4点に要約できる。
① 全体として民需に盛り上がりが欠けた外生的需要依存型の景気回復の中で,在庫循環を主因とする変動に景気の動きが大きく左右されたこと。
② 経常収支の黒字幅が拡大するなかで,円レートの急騰が将来への不確実性を生んだこと。
③ 円高の効果もあって,52年度中物価は安定化傾向を強めたこと。また,財政,金融面からの景気刺激策の効果は52年中は経済全般に波及するには至らず,企業収益,雇用の改善がはかどらない中で,業種別の跛行性も依然として残ったこと。
④ 53年に入って景気に明るさが増しているが,その底固さについての判断が注目されてきていること。
以下では,こうした点について,さらに検討を深めることとするが,まず最初に,52年度経済が,50年以降の景気回復局面の中でどのように位置づけられるかを整理しておこう。
今回の景気回復局面は,従来と比べて以下のような特徴をもつものだった。
第1は,回復のスピードが極めて遅いことである。景気の谷(今回は50年1~3月期)からの回復状況を実質GNPの動きで過去の回復局面と比べてみると, 第1-1-3図① にみるように,今回が最も回復が遅い。従来は,いずれの場合も約1年以内に谷のレベルから10%高い水準まで回復しているが,今回はそれに約2年を要している。つまり,今回の回復は従来の2分の1のテンポの遅々とした歩みになっているである。今回の回復に先立つ景気後退は,単なる成長率の鈍化ではなく,戦後はじめてのマイナス成長になるという激しいものだったことを併せ考えると,絶対的に大きな落ち込みからの,相対的に遅い回復が,今回の景気回復局面全体にどんよりとした重圧感を抱かせているといえる。
第2は,内生的な需要が盛り上がりを見せず,全般的に外生需要に依存した回復になっていることである。回復局面における実質GNPに対する外生的需要の寄与率を見ると,前2回の場合は,当初は外生的需要に依存していたものの,次第にその寄与率は小さくなっており,内生的需要中心の拡大へと移行していった。しかし,今回の場合は,当初はインフレの鎮静化をめざして総需要の抑制が行われていたため,外生的需要の寄与率は小さい状態だったが,その後は長期にわたって,外生的需要依存型の回復を続けていることがわかる( 同図② )。
第3は,全体としてのなだらかな回復局面が続く中で,在庫投資を中心として何回かのミニ景気循環とも言うべきものが発生していることである。従来は景気回復の先導役となった在庫の積増しが,今回は内需の盛り上がりを欠く中で意図せざる在庫の積み上がりとなり,その後再び在庫調整が姶まるというプロセスが繰り返された。従来の景気循環では,設備投資を中心としたダイナミックな変動が主役だったが,今回は緩慢な総需要の伸びの中でこのような在庫循環がかなり明瞭に浮び上ってきたのである。
52年度経済も上記のような特色をもつ景気回復局面の一段階として位置づけることができるが,現時点においては,今回のような,①意図せざる在庫の積み上がり,②緩慢な内生的需要の伸び,③輸出,財政といった外生的需要依存型の拡大,といったパターンが今後も継続するかを特に注目すべき時に来ている。
まず,52年度の経済の推移に大きな影響を与えた在庫の動きをみてみよう。
近年の在庫の動きを概観すると,石油危機時に大幅に積み増された在庫ストックの調整が現在に至るまで続いている。その意味では,今回の景気回復局面全体が大きな在庫調整の流れの中にあったといえる。しかし,さらにその大きな流れの中をみると,これまで何回か在庫の積増しと整理というミニ循環が繰り返されてきた。
石油危機以後の在庫投資の推移を見ると,48年後半から49年にかけて大幅な在庫の積み上がりがあり,それが次第に整理され,趨勢としては正常な在庫ストック水準に戻りつつある(後出 第1-1-6図 )。すなわち,石油危機後現在までの期間が一つの大きな在庫調整局面にあるということができる。しかし,この間における在庫投資の動きを詳しくみると,大きな波の中でいくつかの小さな波が生じていることがわかる。すなわち,最終需要(本節でいう最終需要は在庫投資を除いたもの,以下同じ)が鈍化する中で,何回か意図せざる在庫の積み上がりがみられ,その後の調整局面を発生させてきた。
このような大小の在庫循環が生じた理由として以下のようなものが考えられる。
第1は,石油危機後の財貨に対する需要の落ち込みがかつてなく大きく,極めて多額の過剰在庫が積み上がってしまったことである。鉱工業製品在庫率指数(季節調整値,45年基準)は,50年1~3月期には,152.2に達しているが,これは46年不況時のピークの116.2(46年10~12月期),40年不況時の108.2(40年7~9月期)に比して桁はずれに高い。これを調整するには従来以上に長期間を要するのはやむをえないことであった。
第2は最終需要の盛り上がりが乏しかったことである。50年1~3月期を底に景気は一応回復過程に入ったものの,その後の最終需要の動きは腰の定まらない不安定なものだった。従って,過去の上昇局面とは異なり,意図せざる在庫の積み上がりが発生しやすかったのである。
第3は,企業の側でも従来の高度成長型の行動様式からなかなか脱け出せなかったことである。この点を製造業の製品在庫投資動向からみると( 第1-1-4図 ),まず,49年から50年初にかけて巨額の意図せざる在庫の積み上がりがみられる( 同図① )。その背景をみると,従来も景気後退期には実現した売上高が予想売上高を下回っていたが,今回はことに両者のギャップが大きい( 同図② )。これは,経済環境の変化が企業の予想を超えた大きなものであったため,企業がそれに十分適応できなかったことを示している。その後生産が拡大する局面に入ると,ギャップはかなり縮小するが,依然として予想の方が高く,意図せざる在庫が再び積み上がることになった。
このような大小二つの在庫調整の波との関連でみると,52年度は大きな調整局面の中で,さらに生じた小さな在庫調整の渦中にあったといえる。
すなわち,51年後半の在庫の積み上がりの後,52年1~3月期には輸出を中心に最終需要が急増したことから在庫投資も一時的に減少したが,4~6月期には再び大幅な在庫の増大があった。その後は,最終需要は伸び悩んだが,減産を中心とした企業の在庫減らし努力と,今年に入ってからは公共投資などの効果が浸透してきたこともあって,在庫調整は比較的順調に進んだ(後出 第1-1-6図 )。
このように52年後半以降在庫調整が進展したのは,52年前半までのジグザグ型在庫調整の経験から,企業は多少の需要増があっても安易に生産の拡大に走らず,在庫調整を目的とした厳しい減産体制をとったためである。これは高度成長型から安定成長型へと企業行動様式が変化していることの現われである。
こうした企業行動を支えた背景としては,企業の減量経営の効果がかなり浸透してきていることをあげることができる,すなわち徹底した合理化努力が実を結んで,最近では企業の固定費負担はかなり軽減してきている。こうした点が企業の減産抵抗力を強め,在庫調整の進展を促したのである(企業の適応の進展については,第2章第1節参照)。
52年度中,最終需要の伸び(前年度比5.2%)に比して生産が低い伸びにとどまった(同3.2%)のは,51年後半以降積み上がった過剰在庫に対して減産中心の在庫調整によって対処しようとしたことによる面が大きい。
以上のようにして52年度中進展してきた在庫調整は,各段階で一様に進んできたわけではない。財別(最終需要財,生産財),形態別(流通,製品,原材料)にみるとかなりの差がみられる。
まず,流通在庫,製品在庫については,最終需要財が先行的に調整を終え,その後若干の遅れをもって生産財の調整が進んでいる。すなわち,最終需要財の流通在庫,製品在庫は,総じてみれば51年後半から52年1~3月期に調整局面を迎え,その後は緩やかな増加に転じている( 第1-1-5図② , ③ )。一方,生産財については,まず流通在庫は,最終需要財メーカーの原材料在庫調整の影響を受けて,52年4~9月期に減少し,その後も最終需要メーカーの原材料手当の慎重な姿勢を受け,在庫は減少した。これに対し,メーカー製品在庫は,流通在庫調整や最終需要財産業の在庫圧縮の影響により,51年10~12月期以降,意図せざる在庫増が続いたため,52年央以降は厳しい生産抑制が継続されることになり,在庫調整は次第に進展した( 同図⑤ , ⑥ )。
原材料在庫も,最終需要財と生産財では様相がかなり異なっている。最終需要財においては,52年7~9月期までは調整気味に推移し,その後も生産拡大が続く中で,減量経営の一環として,極力原材料在庫を圧縮しようとする姿勢を反映して,引き続き在庫積増しには慎重な動きがみられる。ところが,生産財においては,長期契約による輸入素原材料の入着などもあって,52年中増加を続けた( 同図④ , ⑦ )。
以上のように,若干の跛行性を残しながらもかなり急速に進んできた52年度中の在庫調整の結果を業種別,品目別にみると,一部にはまだ調整が未完了の分野もあるが,総体としてはほぼ調整は終了したものとみられる。
この点をみるために,景気循環の観点とは別に考えるべき在庫変動要因を持つ業種を除外して,製造業製品在庫率指数を再構成してみたものが 第1-1-6図 である。すなわち,製造業のうち,①非鉄金属,木材・木製品のような構造的不況業種,②政策的に備蓄が要請されている石油・石炭製品,③統計技術的な理由で在庫が変動している輸送機械(自動車産業では,48~49年にかけて流通在庫がメーカー在庫に振りかえられるといった指数の変更があった)を除くと,53年1~3月期の在庫率は,ほぼ46年不況からの回復初期段階である47年1~3月期の水準にまで低下している。日本銀行の「主要企業短期経済観測調査」(以下「短観」という)によってみても,製造業の製品在庫残高は本年1~3月期は前期比4.5%減と大幅に減った後,4~6月期は0.7%減,7~9月期は0.9%増とほとんど横這いで推移すると予測されており,在庫調整が一段落したことが示されている。
ところで,企業の在庫判断をみると,その過剰感は本年に入りかなり薄れたが,なお相当程度残っている(前掲 第1-1-4図③ )。企業の在庫判断を支配するのは,在庫の絶対水準だけでなく,需要の見通し,製品価格の動向,金利水準などが関係してくる。特に,減量経営に努める企業にとっては,適正とみる在庫水準を過去より低くする傾向がある。当庁「新局面における企業行動に関する調査」(以下「企業行動調査」という)によると,過去1年間に適正在庫率水準を引き下げた企業の割合が全産業で2割近くに達している。52年度後半は在庫率が下がったのに企業の過剰感が比較的高く推移したのは,こうしたこととともに,卸売物価の下落,円高による先行き見通し難などが加わったためとみられる。しかし,53年度に入ってからは,円高に対する冷静な対応,商品市況の立直り,金利の低下,景気の明るさの拡大などの動きが見られ,今後は在庫過剰感も次第に薄れていくものと思われる。
これまで,過剰在庫の存在は景気回復の足取りを重くしてきた。需要の一部が各段階において在庫の取崩しで賄われると,関連分野への生産波及効果はそれだけ小さくなるからである。言いかえれば,マイナスの在庫投資の発生によって最終需要の増加が相殺されることが,生産誘発効果を小さくしていたのである。従って,在庫調整の進展によって,在庫の取崩しが少なくなっていくことは景気回復を速める役割を果すことになる。
しかし,在庫調整が終了したとしても,高度成長期にみられたように,積極的な在庫積増し→生産の拡大といったパターンに発展しにくい面がある。それは,生産増→意図せざる在庫増→在庫調整といったにがい経験を50年,51年と2回くり返した結果,企業行動は今回,極めて慎重な需給バランス重視型へと変化しつつあるとみられるからである。従って,今回の在庫調整の終了は,景気回復にとっての足かせがなくなるという意味で一つのターニング・ポイントとなるものだが,それ自身が積極的な景気浮揚の主役となることは期待できない。上記のような企業行動の変化があるとすれば,これらの在庫変動及びそれに伴う生産活動は最終需要の変動に連動したものとなると考えるのが自然の姿であろう。その意味で今後の最終需要の動向そのものがこれからの景気動向の主役となっていくものと思われる。
さきにみたように,内生的需要が一貫して盛り上がりを欠いていることが,今回の景気回復局面の一つの特徴である。国民総支出の中の内生的需要(個人消費支出,民間住宅,設備投資など)を取り出してみると,50年度1.0%,51年度4.5%の後,52年度も3.1%と低い伸びにとどまっている。こうした動きについての中期的な観点からの検討は第2章で行うこととし,以下では52年度における内生的需要の動きを各項目ごとに概観してみよう。
実質GNPの過半(52年度では53.4%)を占める実質個人消費支出は,52年度3.7%増と前年度(4.4%増)を下回り,実質経済成長率よりかなり低い伸びであった。このような消費動向の内容はどのようなものであったのか。
世帯別にみると,52年度は,①51年度は不調だった勤労者世帯がやや伸びを高め,逆に51年度は好調だった一般世帯(商店主,法人経営者,自由業などの世帯)が低い伸びにとどまったこと,②農家世帯が比較的堅調な伸びを示したことが特徴である( 第1-1-7図 )。
まず,総世帯の6割を占める勤労者世帯についてみると,世帯主の収入は①春季賃上げ率が前年並みであったこと,②生産の伸び悩みや企業収益の低迷を映じて臨時的収入が前年度の伸びを下回ったこと,などにより伸びが低まったが,妻や他の世帯員の収入の伸びが大きかったため( 第1-1-8表 ),名目可処分所得の伸びは前年度を若干上回った。さらに消費性向は前年度とほぼ同じであったが,消費者物価の上昇率がかなり下がったため,実質消費支出は前年度の0.9%減から2.2%増となった( 第1-1-9表 )。妻や他の世帯員の収入増は,家計においては所得防衛的な意味があり,企業においては後述するように景気の現局面において労働需要の増加を臨時的雇用で満たそうとする行動に対応するものである。また,消費性向がほとんど上昇しなかったことは,年度全体としてみれば未だ消費マインドは積極化しなかったことを示している。
一般世帯については,その構成世帯別にみると,全般的に伸びが低くなっているなかで(名目消費支出は51年度に前年度比15.5%増のあと,52年度5.8%増),特に個人経営者(0.2%減)や法人経営者(6.3%増)の消費支出の伸びが低まっているのが目立つ。これは,52年度における企業経営環境の悪化を反映したものであろう。
農家については,豊作で稲作収入が増加した一方,野菜,果実,畜産等の価格が低迷したため,農業所得は前年度に続いて低い伸びにとどまったが,農外所得については給料,俸給が他産業並みの伸びとなったことから農家消費の伸びは前年度を上回った。
以上のように,52年度の個人費消支出の伸びがあまり高くなかったのは,一般世帯の消費動向によるところが大きいが,それが企業経営環境に由来するとすれば,最近は収益面にやや明るい動きもみられるので,その点からのマイナス要因はなくなってきている。また,昨年末以来の消費者物価の一層の落ち着きもあって,本年に入ってからは個人消費は水準を高めている。
民間住宅投資は,当初は政府投資と並んで景気回復の牽引車の役割を期待されていたが,民間資金住宅の落ち込みが大きく,52年度は3.9%増にとどまり,前年度(3.4%増)とほぼ同様,力強さを欠くままに終った。
住宅建設の動向を新設住宅着工戸数でみると,52年度は153万戸と前年度に比べてほぼ横這いにとどまった。こうした中で,公的資金による住宅建設が前年度の40万戸から48万戸へと増加して下支えの役割を果した。これはいうまでもなく,51年度後半以降,景気対策として住宅金融公庫融資の融資枠の追加,繰り上げ募集が相次いで行われるという政策的後押しがあったからである( 第1-1-10図 )。このような政策努力は,本年も規模を拡大して引き続き行われている。
一方,民間資金による住宅着工は51年度の113万戸から105万戸に減少している。しかし,この中身にはやや差がある。すなわち,分譲住宅については,大都市地域のマンションを中心に比較的順調だった反面,持家及び貸家は前年度を下回った( 第1-1-11図 )。このような持家と分譲住宅の動向の背景をみると,本来は庭付き一戸建住宅が欲されているものの,取得可能なものは遠隔地になったり,近いものは取得能力からいって高すぎたりといった事情から,都心に近く手ごろな価格の中高層分譲住宅等に需要がシフトする動きが注目される。
このように,全体としての民間住宅投資の基調はまだ弱い。最近の住宅事情をみると,住宅の量的不足の解消,世帯形成数の減少などがみられる反面,住宅の広さ,設備等,居住水準の向上に対する国民の意欲は大きく,住宅投資の潜在的需要はかなり強いものと考えられるが,52年度についてはそれが顕在化しなかったのはなぜだったのだろうか。
52年度についての住宅建設をめぐる諸条件をみると,第2章に詳述するように,建設コストは最近落ち着いた動きとなっており,金融面でも住宅ローンの金利が大幅に引き下げられるなど,むしろ住宅投資を促す方向に作用したものも少なくないとみられる。
このようななかで52年度の住宅投資が盛り上がらなかったのは,前述したように可処分所得,なかでも恒常性の高い世帯主の定期収入が伸び悩み,長期的にみても将来に対する不確実性が大きく,目立った収入の増加が期待できないという見方が支配的だったためであろう。また,住宅ローン金利の引下げは,それ自体は住宅投資を促す方向に作用することは間違いないが,52年のように金融の緩和感が広がりつつある時には,金利の先安期待が生じ,それがかえって住宅着工を遅らせる方向に作用した面もあったものと思われる。
しかし,民間資金分は低調であるにしても,昨年後半以降の政策的努力は相当のものであり(前掲 第1-1-10図 ),これが最近における全体としての住宅着工を大きく伸ばしている。新設住宅着工戸数の年度間の推移をみると(季節調整値),昨年の4~6月期,7~9月期はいずれも前期を下回ったが,10~12月期は4.7%増,本年1~3月期は8.1%増となっている。
50年10~12月期を底に増加に転じた民間設備投資は,52年度に入って4~6月期は減少し,その後は微増したが,年度全体としては1.3%増となり,51年度(1.2%増)とほぼ同じ伸びにとどまった。実質GNPに占める割合も,48年度の20.4%をピークに一貫して低下を続けており,52年度は15.7%となった( 第1-1-12図 )。こうした動きは,我が国の設備投資が依然としてストック調整局面にあることを示している。
かつての景気循環をリードしてきた民間設備投資が,今回の回復局面でこのように停滞していることが,内需全体の盛り上がりを欠く一つの主因であり,現在の景気回復の困難な点を象徴している。以下においては,52年度における設備投資の動きを中心にその特微を述べる。
まず,設備投資を製造業と非製造業に分けてみると,52年度中非製造業は比較的順調に伸びてきたが,製造業が減少傾向にあり,両者が逆の動きを示した( 第1-1-13図① )。従って,全体としての設備投資の停滞をもたらしたのは製造業ということになる。
非製造業の設備投資は,すでに46年以降絶対額で製造業を上回り,52年には製造業の1.8倍の規模(当庁「民間企業粗資本ストック」統計)に達しており,設備投資全体の動きを考える上で次第に重要な役割を持つようになってきている。
52年度の非製造業の設備投資は,①電力,ガス,水道が高水準で推移したことに加え,②小売,サービス,③建設,不動産などが堅調に推移したためかなりの伸びとなり( 同図② ),設備投資全体を下支えする役割を果たした。
製造業の設備投資が停滞したのは基本的には需給ギャップが大きかったためである( 同図① )。その中身をみると,機械,食品など輸出や消費に支えられた業種では底固い動きを示しているが,過剰能力に悩む鉄鋼,紙パルプ,繊維など素材産業の落ち込みが目立っている。
52年度の企業の設備投資マインドを日銀「短観」の52年度設備投資計画(全産業)の伸びでみると,52年5月調査では3.8%増であったのが8月には3.1%増,11月には2.7%増と増加率が下がり,53年2月には1.5%減とマイナスに転じ,5月調査の実績値は5.1%減となった。このように,企業の設備投資計画の減額修正が続いたのは,夏以降の円レートの急騰などで先行きに対する不透明感が高まったこと,52年度が全体として在庫調整局面にあったため生産の増加にブレーキがかかり続け,稼働率が上昇せず,需給ギャップの縮小がみられなかったなどが,企業の投資マインドを消極的なものとしたためであろう。
以上のように,52年度に低迷した設備投資にも,最近やや持直しの兆しがみえる。投資の先行きを示す機械受注(船舶を除く民需)は,年度前半は減少していたが,52年10~12月期は1.6%増(季節調整値,前期比),53年1~3月期は21.8%増と増加してきている。
また,工事ベースの設備投資の一致指標である内需向け資本財出荷の動きをみると( 第1-1-14図 ),全般的に輸出が内需を上回る伸びを示している中で,公共投資の拡大を反映して土木建設用資本財は着実に増加を続けており,電力設備投資が伸びを高めていることから,電力・通信用資本財も52年末以降上向き始めている。さらに,合理化,省力化(事務合理化用)関連資本財も順調に増加している。しかし,製造業向け能力設備投資関連(製造設備用)資本財は依然低調である。
なお,本年5月調査の日銀「短観」によると,53年度の主要企業の設備投資計画は2月調査の際の10.7%増から17.1%増に上方修正されている。内訳をみると製造業は52年度の13.9%減から53年度は0.2%増と底を打った形になり,非製造業は電力を中心に32.3%もの増加計画になっている。
このように,最近の設備投資はかつてのように製造業を中心として累積的に投資が盛り上がる局面に入っているわけではないが,総体としては非製造業を中心とする緩やかな回復局面にあるものとみられる。