昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第II部 均衡回復への道

第5章 均衡回復への道

第2節 経済安定政策の展開

高度成長期の景気回復局面においては,金融が緩和されると景気は速やかに回復に向かった。しかし,今日の状況は,景気は金融の緩和が続くなかで従来のような力強い回復を示していない。

これは,国内民間需要の自律回復力がきわめて鈍いことによるものであった。この結果,輸出や公共投資という外生的な需要の増減がそのまま景気の動きに反映され,ジグザグで不安定な回復過程となっている。

拡張と足踏みを操り返すという景気のジグザグ過程は,企業家期待の楽観と悲観の振幅を大きいものとし,回復過程の不安定性を増幅する危険があり,経済安定政策の必要性をあらためて痛感させている。

1. 経済の先行きに対する信頼感の回復

最近における民間設備投資意欲の停滞は,基本的には需給の構造的な不適合の存在,技術革新の一巡による独立投資機会の減少,建設コスト高騰による新旧設備の競争力格差の発生などによるものであるが,これに加えて最近の不安定な景気回復,経済の先行きに対する不確実性意識の高まりなど企業経営者の将来に対する信頼感の動揺に起因するところも少なくない。

他方家計部門における高貯蓄率の要因としては,食生活や衣料,耐久消費財といった私的消費の分野で現在財の充足水準が比較的高いのに対して老後,住宅,教育等多くの家計にとっては将来財に属する分野での現在の充足水準が低いことがあげられるがここでも雇用不安など経済の先行きに対する信頼感が乏しくなっている。

企業,家計に共通してみられる将来に対する信頼感の動揺が民間経済主体の行動を慎重なものとしており,それが景気回復を遅らせ,信頼感の一層の動揺を結果するという危険をはらんでいる。

(1) 過剰在庫の整理―短期的課題

このため政策に期待される第1の役割は景気の回復を一層確実なものとすることによって経済主体の将来に対する信頼感の回復を図ることである。

すでにみたように現在国内民間需要の回復テンポが緩慢なのにとどまっている理由の一つは,過剰在庫の存在による生産誘発率の低下にある。このため景気浮場のための措置は在庫ストックの調整過程を促進し過剰在庫の整理を行い産業連関的な生産誘発効果を高めるようなものでなければならない。

こうした観点から公共企業支出とそれと同額の消費支出との各業種に対する需要効果を比較してみれば, 第II-5-2図 のとおりであって公共事業の方が現在在庫過剰の著しい基礎資材産業や資本財産業に対する需要効果(直接,間接とも)が大きい。

政府は去る4月19日,52年度の公共事業の上期契約済額の割合を73%というこれまでにない高い水準にするという方針を閣議決定したが,この措置によって,在庫率の高い産業に対する需要の増加効果が期待される。

(2) 中・長期の課題

(構造改編の推進)

このようにこれからの経済政策の課題は,まず,短期的には景気の回復を一層着実なものとすることであるが,中・長期的には依然として高度成長型の色彩を残す現在の供給力構造(産業構造)を安定成長にふさわしい構造へと改編していくことである。この構造改編は,徐々にではあるが現在すでに進みつつある。そして構造改編の推進力となっているのは,第1に石油価格高騰後のコスト・価格構造の変化(第II部第4章)に対応した資源多消費型から省資源型へ等の需要の変化であり,第2に変動相場制の下での国際競争力の変化(機械類の競争力強化など),(第II部第3章及び昭和51年度年次経済報告84~89頁参照)である。また消費におけるサービスの比重増大など消費者選択の変化に基づく需要の変化(第II部第4章)である。これらはいずれも民間部門における市場メカニズムの作用による変化であり,政策の役割はこの転換過程をスムースならしめるための措置,すなわち将来の産業構造についての指針を与えることや調整援助策などを実施することである。

構造改編は一夜にして実現されるものではなく,長期間にわたる努力が必要であって,その間に政策がいま一つ配慮すべき点は,

この2点はいずれも将来に対する企業経営者等経済主体の信頼感を高めるのにも役立つ。

(貯蓄投資バランスの回復)

この第2の点に関連して問題となるのは,中期的にみても当分の間は事前的な貯蓄超過の状態が続く可能性もあるという点である。これに対する方策としては次の2つが考えられる。その1つは,民間部門の投資意欲をかき立てる道であり,このため景気の着実な拡大を図るとともに,投資の伸びるような環境条件を整備することが必要であろう。もう1つは,家計の高貯蓄率を引き下げて行く道であり,現在家計部門の高貯蓄率をもたらしている要因自体を漸次解消していくという道であろう。すでに指摘したように家計部門における現在の高貯蓄率は,老後,住宅,教育等,将来財の分野で現在の充足水準が低いことによるところが多いが,これらの財は,必ずしも百パーセント私的に解決が可能とはいえない性格の財であって,社会的手段による解決を必要とする面が多い。しかしながら社会的手段による解決ということに関連して検討する必要があるのは,財政赤字の問題であり,現在の財政赤字がどのような性格の赤字かという点である。

財政部門の赤字が景気循環要因によって増減する点は既述のとおりであるが,現在の財政赤字の中には完全雇用状態が実現されたとしてもなお解消しない部分が相当額あるということが推測される。

このような観点からも,今後歳出の効率化に努めるとともに歳入面では高福祉,高負担の原則に立っての税制の再検討や公共料金決定における受益者負担原則の徹底などが必要とされよう。

最近の厳しい経済環境の下で企業は体質改善に努め,着実にその実を上げつつありまた家計の消費行動も堅実なものとなっている。

財政についても中・長期的な観点から体質の健全化が求められている。

2. 国債発行の増大と金融面の新たな課題

(国債発行の増大が意味するもの)

国債発行が当面避けられないとみられる状況下それに伴い発行残高も増加していくとみられる,こうしたことは,金融面にどのような影響をもたらすであろうか。国債は,49年度以前にも毎年発行されているが,それが金融面においてさして大きな問題を引き起こすという事態は,結果的には生じなかった。これは,従来は発行額がほぼ成長通貨(経済規模の拡大に伴って生じる現金通貨の需要)の必要量の範囲内にとどまっていたことによるところが大きい。というのは,国債が主として金融機関引受けのかたちで発行されたあと,そうした金融機関保有の国債は発行1年経過後には,そのかなりの部分が日本銀行のオペレーション(ならしてみれば,ほぼ成長通貨にみあっている)によって買い上げられたから,結果的には引受け側の金融機関の負担としてさきほど残らなかったからである。

しかし,50年度以降においては,成長通貨の必要量の鈍化という事態さもることながら,国債発行額が成長通貨の規模を傾向的にははるかに上回って発行されてきているため,従来にはみられない問題が提起されている。すなわち,国債発行が主として金融機関の引受けという形をとっている現状では,こうした状況が続けば,金融機関の運用資産構成のうえで長期固定化傾向が生じることを意味している。こうした状況を打開するひとつの方策は,成長通貨の必要供給量を越えて日本銀行が買いオペレーションを行うことである。しかしそれは,広い意味でのマネー・サプライの増加をもたらし,通貨インフレを引き起こすことが明らかであるばかりか,中央銀行が完全に受動的立場に立たされるという点で,金融政策の独立性という原則に照らしてもきわめて多くの問題を含んでいる。多額の国債の取扱いに際してこのような認識は,アメリカにおいて,戦後間もない1951年,財務省と連邦準備制度理事会との間で国債の買い支えは行わないという「和解」(Accord)が成立したことにすでに現われており,以後各国において基本的な原則となっている。

(国債の大量発行がもたらす諸問題)

では,国債の大量発行に伴い金融面には具体的にどのようなかたちで問題が生じてくるか,そしてそうした問題にはどのような考え方で臨むのが適切であるかを考えてみよう。

まず第1に,国債発行がいまのところ金融機関の引受けという形をとっていることから,金融機関業態別にみた場合,国債の引受けシエアと資金量シエアとの間に不適合が生じている。これに対しては,金融機関相互間で引受けシエアの見直しをはかり発行条件の弾力化を図りつつ需要に応じて引き受ける方向へ移行することが必要であろう。

第2に,国債の大量発行の結果,公共部門の資金需要が民間資金需要と競合するため景気の局面によっては民間資金需要が量的に締め出され,また利子率の上昇により資金コストの面からも圧迫されるという事態(いわゆるクラウディング・アウト)が生じる可能性もありうる点である。もっとも現時点では民間資金需要が弱いことからこうした問題は現実化していないが,今後高水準の国債発行が続くなかで設備投資が回復することになれば重要性を増す問題である。

第3の問題は,大量の国債発行に伴いマネー・サプライの供給要因面で,対政府信用供与という要因が高まるというかたちで変化が生じてくることである(この傾向は50年半ば以降徐々ながらすでにあらわれている。 第I-4-7図 参照)。このことは,従来のように窓口指導等に依存した民間向け貸出のコントロールを中心に全体のマネー・サプライをコントロールしようとしても,それは次第に一部しかコントロールすることができなくなってきていることを意味している。このため,今後各種供給要因をすべて反映したマネー・サプライ全体の注視と管理とが一段と重要になってきたといえよう。こうした状況下,対政府信用が適切なものとなるためには,財政活動自身の調整を進めることが必要であると同時に既発国債の流通市場の整備を通じて新発債の発行条件についても市場の動向等を十分考慮させて決定するという方式を確立するなど,国債の市場を整備拡充することが必要であり,そうしたことを通じて民間,公共両部門の資金需要を調整していくことが望ましい。

(一段と現実的課題となった金利機能の活用)

以上のように国債の大量発行下で生じる諸問題を解決する一つの方向として公社債の発行条件の弾力化を一層進めるなど金利機能の活用を図ることが重要と考えられる。なぜなら,今回の循環局面で企業は減量経営の方針の下に内部金融の比重を高め,金融機関からの借入依存度を低下させるといった行動を強めてきているので,企業に対する金融機関貸出の量的コントロールだけをもってしては金融政策の効果が充分に発揮されなくなるからである。さらに自己金融の比重がとくに高く,余裕資金を積極的に金融資産に運用しているといった企業に対しても金融政策の効果を確保していくためには,それら企業が資産運用の決定に際して判断の基準としている各種金融資産の利回り等を弾力的に変動させ金利機能を通じて企業の自主的な資産選択をコントロールしていくことが必要となってくるからである。

このように公社債の発行利回りの弾力化は公社債の発行を円滑に進めていくために重要であり,また金融政策の有効性の確保の面でも効果があると考えられる。国によってそれぞれちがいがあるが欧米主要国で金利自由化が進められた背景は,このような認識も一つの理由となっていたといえよう。

欧米主要諸国の金利自由化の推移をみると( 付表第2表 参照。なお公社債市場は既に自由化されている)。自由化以前,すなわち金利規制下では,金利面以外の非価格競争や規制逸脱の動きがみられたほか,金融機関相互間の不公平の発生,さらには海外からの資金流入や非規制金融機関の貸進みといった問題などから金融政策の有効性がそこなわれる場合も少なくなかった。こうした状況に対処するためもあって各国とも60年代後半から70年代初めにかけて,それまで規制が残っていた預金金利を中心にほぼ全面的な自由化に踏み切った。しかし,一部の国ではその後自由化に伴う摩擦から規制や申合わせを復活する動きもある(なお,貸出金利は大半の国で公定歩合に連動するか,もしくは,元来自由決定の色彩が強かった)。第2の課題は,上にみたように,マネー・サプライの管理を一層重視することである。欧米主要国では70年代に入り,それぞれ異った形ではあるが,マネー・サプライを金融政策の重要な運営目標にして来ている( 付表第3表 参照)。もとより,国ごとに金融構造,経済の実情が大きく異なるので各国のマネー・サプライ目標値(M 1 かM 2 かM 3 かそれとも他の流動性指標か)などのとり方や目標の公表の仕方は大きく異なっている。わが国の場合,こうした欧米主要国における政策の具体的進め方をそのまま踏襲することは,金融経済構造の著しい違いを考慮すると適切を欠くといわざるをえない。しかし今後マネー・サプライが実体経済面に及ぼす影響とそのプロセスを具体的に解明していくことにより,このような金融面の全体としての量的管理を一段と重視していくことが今後の重要な課題であろう。

3. 物価政策の課題

(景気回復と物価)

近時企業が価格志向を強めているのは,回復がみられるとはいえ利益水準がなお低いのに対して景気の回復が彼等の期待通りには進んでいないため,操業度を上げて固定費負担を軽減することが困難だと感じており,価格上昇によって利益の回復を図る必要があると感じているからにほかならない。事実第I部第3章でみたように最近では利益増加に対する価格要因の寄与が増大している。

また,いま一つには,生産費に占める変動費比率の上昇が操業度メリット(操業度上昇による生産コスト低減効果)を小さいものとする反面需要の伸びが弱い状況の下での生産増加は価格の低下を招くおそれがあるという認識から生産を抑制してでも価格の維持を図るという道がとられる傾向がある。

しかし,この点については検討を要する。

第1に,景気の回復が緩慢な過程をたどらざるをえなかった理由の一端は,過剰在庫の存在が景気回復の初期段階で通常はみられる在庫の積極的な積み増しを不要にしたほか輸出や公共投資などの外生的需要の増加の波及効果を減殺し,生産増加を小さいものとしたからであって,今後在庫率が適正な水準に近づくにつれて需要最終増加の生産誘発効果は次第に大きくなり,景気の回復が進むとみられるのである。

第2に,操業メリットの減殺というのは,総コストの低減率についてそういえるのであって,低減幅については従来と異なるところはない。しかも,省資源・省エネルギー技術の開発と普及,工数削減や部品点数の減少や代替等を通じて原単位の改善が進められていること,さらには円高による輸入素原材料価格の低下などで変動費比率はむしろ再び低下に向かう可能性があるとみられるのである。

景気拡大による稼働率の上昇は価格引上げなしでも企業収益の改善に相応の寄与をする可能性を秘めており,景気回復をより促進することで企業の価格志向を緩和することも期待できる。

(市場構造の変化と物価政策)

高度成長期(昭和47年ごろまで)においては,高成長商品ほど生産の集中度が低下し,価格も下がるという現象がみられた。需要の成長率が高いほど新規参入が盛んで企業間競争が激化しその結果価格が大幅に低下した( 付表第4表 参照)というのである。ところが成長率減速時代に入り,需要の伸びがスローダウンすると,新規参入の余地がなくなり競争よりは協調に傾く危険が多くなるとみられることがある。しかし,すでに第I部第3章でも詳細に分析したように,最近の事実としては価格の需給/バランス変化に対する感応性が高まっていることもあるので企業間の競争がそれだけ厳しくなっているとみられる面もある。

高度成長期において集中度の低下と価格低下とがしばしば相伴って起こったのは,両者が共通の原因のいわば双生児効果であったからである。われわれは高度成長の結果としての現在の市場規模の巨大さに幻惑され,ともすればその事実を忘れがちであるが,わが国の産業は戦後経済成長の初期の段階では極めて小さい市場規模から出発したのであり,そのために,たとえ技術的には採用が可能であった場合にも生産能力が巨大な大型のプラントを導入することは経済的でなかった。このため,遅からず後発メーカーによる,より大型の,したがってコスト面でより有利なプラントをもってする新規参入を招来することになった。競争の激化は価格低下を招き,それは先発メーカーを駆りたてて後発メーカーと同等あるいはそれ以上の規模での大規模投資に導いた。集中度の低下は,このような基礎過程の産み出した双生児効果であった。

それではなぜ高成長商品においてはじめてこのような現象が発生しえたのであろうか。それは市場規模の数%あるいはれれ以上にも達する設備能力がいっぺんにふえるのだから,低成長商品では後発企業がこのような大規模設備をもって参入してもかなり長期間にわたって十分の需要を見出すことが出来ないからである。

現在ではかつての高成長商品も,すでに成熟段階に入っている。高成長の結果,市場規模は巨大になり最小最適規模以上のプラントがすでに数多く存在している。もはや,規模拡大によってコストを引き下げる余地は乏しくなっており,これに加えて新規設備の建設コストの上昇が新規模設備の既存設備(といっても多くは依然として最新鋭設備である)に対する競争力を失わせている。規模拡大によるコスト低下→価格低下という現象は自動車,電気機器等最終製品についてもみられたが,特にこの点が顕著であったのは,鉄鋼,石油化学といった製品差別化の不可能な基礎的素材産業であった。これらの基礎資材の価格低下は高度成長期における物価安定の基礎であった。ところがいまやこのような好循環とでもいうべき過程が再現する可能性は乏しくなっている。

現在物価が落着き傾向を強めているのは需要の回復が鈍く需給のバランスが軟化していることによるところが大きく需給バランスの好転は価格上昇に結びつく可能性が多い,現に50年暮から51年前半にかけての急速な需要の拡大は卸売物価の急騰に結び付いたのである。

価格の大幅な上昇を防ぎながら企業収益の改善を進めるには景気回復をより着実なものにすることによって企業が操業度を引き上げていくことができる条件をつくり出すことが必要であるが,その反面需要拡大による需給バランスの改善が企業の安易な価格引上げを可能にすることのないように注視することが必要であろう。

高度成長期の企業間競争は需要の成長率が高い下でより大規模設備をもってする新規参入がコスト切下げを可能にしたことによって激しいものとなった。この意味で積極的な競争政策は特に必要ではなかった。しかしいまやこのような条件が乏しくなっており,景気回復を進めていく過程で物価安定を確保するため競争政策の重要性は極めて高いものとなっている。


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