昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第II部 均衡回復への道

第5章 均衡回復への道

第1節 ストック調整下の日本経済

まずはじめに本報告のこれまでの分析をふまえて上記のようなアンバランスがどうして発生したかをみることとしよう。

わが国経済成長率の減速化という傾向は,すでに1970年ごろから始まっていた。技術革新の一巡,ブレトン・ウッズ体制の崩壊,一次産品価格の上昇によって1950年代,60年代を通じてわが国の高度成長を可能にした好条件の多くが次第に変質し,あるいは消滅したからである。このような条件変化に対応して資本ストックの調整が進められる気運にあった。ところが昭和47,48年にかけての過剰流動性に伴う物不足現象の発生は再び供給力増強の動きを誘発した。

しかしながら石油危機の突然の勃発という不幸な出来事によって,投機に支えられて一層強調化していた需給バランスは一転軟調化し,わが国経済はストック調整の段階に入った。ストック調整は,在庫,設備の調整が典型的であるが,個々の企業にとっては,雇用,金融等の面において減量経営の問題として現われるなど多くの分野で現に進行中である。本節ではこのストック調整の進行が最近の景気,物価,国際収支にどのような影響を与えているかという点を解明することとする。

1. ストック調整の進展

(在庫ス卜ックの調整)

従来の景気回復局面においては,景気が底入れし反転回復にむかえば,意図した在庫積み増しが積極的に進められ,回復の初期段階における需要拡大の牽引車となるのが例であった。しかし今回は回復局面に入ってからも,戦後最大の不況下で異常に高まった在庫率を,緩慢な需要の伸びに合せて引き下げる動きが続いており,長らく在庫ストックの調整が進められている。

前掲 第I-1-5図 にみるように製品在庫は51年4~6月期にごくわずかの事前的な在庫積み増し意欲があったことを除いて,49年7~9月期以降意図した在庫減らしが一貫して続けられた。すなわち景気回復期にもかかわらず事前的な意図としては在庫はむしろ減らして行くという態度が続いている。しかし,事後的には意図せざる形での在庫増加が,50年7~9月期,51年7~9月期及び同10~12月期に生じている。これは50年,51年の両年に共通してみられた年初から春へかけての需要の急拡大に対して1,2四半期の時間的なずれを伴って企業家の景況判断が好転したため,比較的楽観的な生産計画に基づいて生産が行われたものが,その時にはすでに需要の拡大テンポが鈍化していたため意図せざる在庫増加をもたらしたということであった。

製品在庫ではこのように積極的な在庫積み増しの動きはほとんどみられていないが,流通在庫や原材料在庫では先行き値上がり期待の思惑による仮需から意図した在庫積増しが行われ,それが結果的に過剰在庫になって在庫調整を必要とする場合もあった。

こうして製品,原材料及び流通の各在庫にみられた意図せざる在庫増加が波状的な在庫調整の動きを呼んだが,それは在庫率水準を漸次引き下げていくという干潮の大きな流れの中での小波にも似た動きであった。

(設備ストックの調整)

上述したようにすでに45年以降設備ストックの調整が進む気運にあったが,47,48年の需要の急拡大で再び強気の需要予測に基づく能力拡大投資が行われた。このためわが国の供給力構造は依然として高度成長型またはこれに近いものであり,減速経済に対応した需要構造との間に構造的な不適合の状態が生じている。

需給の不適合は,多くの資本財産業,基礎資材産業で著しい。

(減量経営に伴うストック調整)

高度成長期においては,企業は高操業度維持による固定費負担の軽減という形で,増加するコストの吸収が可能であったが,需要の伸びが弱い状況下では,操業度の引上げは意図せざる在庫増加をもたらし需給バランスを崩し価格低下を招く危険が多くなっている。このため企業は操業度引上げによる固定費負担の吸収という方向から,固定費コスト自体の圧縮という方向に向かっている。これがいわゆる「減量経営」と呼ばれるものであるが,これは主として雇用調整及び借入金圧縮という形をとって行われている。

2. ストック調整の影響

ではこのようなストック調整の影響が冒頭で指摘したアンバランスとどのように関係しているかをみることとしよう。

(産業連関的波及の減衰による生産誘発率の低下)

過剰在庫の存在は最終需要の生産誘発効果を著しく低下させている。

いま今回の景気後退前のピーク期である48年10~12月期と52年1~3月期との間における実質最終需要の伸びと製造工業生産指数(生産額ウエイト)の伸びを比較してみると,前者が100%の伸びとなっているのに対して後者は2.3%減と景気底入れ後2年を経過しているのに依然後退前の水準を下回る水面下の状態にある。

このように最終需要の伸び(特に輸出や公共投資といった外生需要の伸び)に応じて生産が増加していない一つの要因は,最終需要の増加が次々に生産を誘発して行く過程(生産の産業連関的波及過程)において,各部門に存在する過剰在庫が需要の増加を吸収し,この結果,最終需要の生産誘発率の低下が生じているからである。この点を設例により説明すれば次のとおりである。

例えば公共事業の増加に対応して建設業者Aが10台のブルドーザーを建設機械メーカーBに発注したとする。Bはとりあえず手持ち在庫の中から10台を出荷し,Aへ引渡す。その後Bは減った在庫の補充を行うため10台の生産を行うことになる。すなわち10台の需要があれば10台の生産が行われる。Bは10台の生産を行うため厚板10台分の鉄鋼メーカーCに発注する。そしてCはBと同様の行動をとる。この過程がC→D→E→と次々に続き最終的には1億円の最終需要増加は経済全体では2億数千万円の生産を誘発すると考えられている(産業連関表を利用して計測される生産誘発率)。

ところがBが過剰在庫に悩んでいたらどうなるであろうか。Bは手持ちの在庫を減らした後,在庫補充の必要はないとして1台の生産も行わないかもしれない。生産を行わないのだから,原材料を仕入れることもない。こうしてせっかくの最終需要の増加が全然生産を誘発しない場合だってありうる。しかし,このような極端なケースは現実的ではないだろう。過剰在庫が存在する場合Bの実際の対応振りは,Aからの10台の注文に対し,3台は在庫減らしで,7台は生産で対応するということであろう。そしてBから7台分の原料の注文を受けたCの対応は2台分は在庫を減らし,5台分は生産を行うということであろう。以下C→D→E→と先に進むにしたがい生産を誘発する度合いは急速に減衰し,経済全体としての生産誘発効果は過剰在庫による吸収のない場合(2倍強)を大幅に下回ることになろう。

いま,この生産誘発率の低下と過剰在庫の存在とがどのように対応しているかをみるために,同上期間について産業連関表から計測される生産誘発率どおり生産誘発が行われた場合の業種別の実質生産額の伸びと実際の生産指数の伸びとの比を計算し,これと業種別製品在庫率との相関をみると 第II-5-1図 のとおりで,在庫率の高い業種ほど生産誘発率の低下が著しいことがわかる。

生産が増加しなければ所得は増えず,所得が増えなければ消費も増加しない。また生産が増加しなければ稼働率も上がらないから投資意欲も生まれない。さらには生産が増えないのだから原材料の輸入も増加しないのであって,過剰在庫の需要縮減効果は大きい。

(最終需要増加の乗数効果の低下)

現在資本財産業や基礎資材産業で大きな過剰能力をかかえており,資本ストックの調整が進められている状況であり,高度成長期にみられたような設備投資が設備投資を呼ぶといった需要の累積的増加過程の再現は少なくとも当分の間は期待できない。このため最終需要増加の乗数効果(加速度効果を含む広義のそれ)が現在でははるかに小さくなっているとみられるのである。

このように過剰在庫の存在による生産誘発率の低下と最終需要増加の乗数効果の減衰が重なったため,輸出や公共投資の増加が国内民間需要の着実な増加に結びつかず(内需と外需のアンバランス),まだ輸入の伸びを低いものとしている(貿易面でのアンバランス)。

(減量経営と物価観のずれ)

操業度を引き上げれば在庫累増を招き値崩れのおそれがあるという状況の下では,企業は価格の引上げによって利益を回復するという方向をとる。しかし,価格の引上げは需要家の抵抗を強め,利益増加のための値上げ→売行き不振→在庫増加→値崩れ→利益圧縮→減産強化→コスト増加という悪循環を生む可能性が強い。こうした懸念から生産者は価格引上げには慎重であるが,同時に現在の価格がコスト及び利潤との関係で低すぎるとの意識を強めている。企業側においては,価格引上げが困難であるということから減量経営に努め雇用調整などを通じて人件費の節減を図っている。

一方,このような雇用調整の動きや賃金上昇率の低下は,勤労者の名目所得の増加率の低下をもたらしているが,これによって消費者は物価上昇のもつ実質所得切下げ効果を従来以上に強く意識するようになったのであり,物価に対する関心を強めることになっている。


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