昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


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第II部 均衡回復への道

第4章 変容する産業構造

第2節 農漁業の新しい課題

(経済基調の変化と農業)

わが国農業は,高度経済成長の過程を通じて労働力,土地が激しく流出し,都府県においては半数以上の農家が第2種兼業農家となるなどその体質が脆弱化するなかで,国民食糧の主要な部分を供給するという重要な役割を果してきた。経済成長率の鈍化が予想される今後にあっては,経済社会の安定と調和ある発展のために,国民食糧の安定供給という面で果す農業の役割は高まると考えられるが,すでに第I部でみたような経済基調の変化に伴って,農業をとりまく条件にも変化が生じている。

第1には,高度経済成長の中で大幅に増加してきた土地,水などの農業生産諸資源の非農業用途への配分に変化が生じてきたことである。土地についてみると,48年度まで高水準を続けている農地転用は49年度以降減少に転じている。

第2には,農業労働力の流出テンポが鈍化してきたことである。農業就業人口は,45~48年度間には年率8.5%と大幅な減少を示していたが,49年度以降その減少率は著しく鈍化し,また49年まで年々増加してきた農家の兼業従事者数も50年以降減少に転じている( 第II-4-8図 )。

第3には,構造的変化を伴って増加してきた食糧消費の動向に,変化が現れたことである。48,49年度と減退した食糧消費は,50年度には回復に向かったが,総供給熱量の増加,でん粉質比率の低下,蛋白質,脂質の増加という形で進んできた食糧消費の構造変化は49年度以降停滞し,このためこれまで農業生産の選択的拡大の条件ともなっていた畜産物等の消費の伸びは,従来に比べればかなり緩やかなものとなっている。

以上のような変化は,基本的には経済基調の変化を反映したものとみられ,一時的,循環的変化というより,今後長期にわたって続く可能性をもっており,農業・農家もこれに対応することが求められている。

すなわち,非農業部門の雇用吸収力の弱まりから,農家は農業で就業と所得を確保する必要に迫られている。一方,兼業化傾向の鈍化や農業生産諸資源の流出テンポの鈍化といった条件変化は,高度成長下で脆弱化した農業の体質を強化する契機ともなりうるものであり,すでにそのような方向での変化がいろいろな形で現れてきている。たとえば,これまで減少してきた新規学卒就業者数が51年以降下げどまっており,中規模以上の農家ではいったん他産業に就職した若齢者の帰農が増加している( 第II-4-9表 )。

また,年々低下してきた耕地利用率も水田裏の利用増大等もあって49年以降やや上向いてきている。さらに,これまで主として畜産物等の消費の急速な拡大を背景に穀物輸入が急増したため低下してきた食用農産物の自給率も,消費の伸びの鈍化を反映して49年度以降低下していない( 第II-4-10図 )。このようなことから,今後とも食糧自給率の維持向上を図っていくためには,需要動向に対応した新たな農業生産の展開が必要となってこよう。

ところで,47年から48年にかけて起った世界的な食糧需給のひっ迫は,飼料用をはじめ米をのぞく穀物の大半を海外(主とてしアメリカ)に依存ているわが国に大きな衝撃を与えたが,最近では,世界の穀物需給はかなり緩和してきている。しかし,47年以降ソ連が恒常的な穀物輸入国になっており,その輸入が年々大幅に変動することに加えて,世界的な景気変動に伴って飼料需要が大きく変動する可能性があること,さらに長期的には発展途上国の食糧消費の増加,気象異変による生産の不安定性など,世界の穀物需給の将来はなお多くの問題を抱えている。また,主要供給国の一部には,国際的協定によって価格維持を図ろうとするなどの動きもみられ,加えて200海里漁業水域の設定が世界の大勢となり,わが国にとって重要な蛋白質資源である魚の囲い込みが行なわれるなど,食糧確保をめぐる新たな問題も生じている。

(安定成長下の農業の課題)

このような条件の下で,今後に生産性の向上に努めつつ農業総生産の増大を図り,食糧自給力を高めることがわが国農業にとって緊要な課題となっている。

農業総生産の増大は,食糧の自給率を向上させるうえではもちろん,安定成長下の農業所得の確保のためにも不可欠の条件である。しかし,今後の農業総生産の増大は,従来に比べてかなり困難な問題を抱えている。すなわち,米が再び過剰状態にあり,52年10月末の政府古米持越は320~330万トン(50年度総消費量1,196万トン)に達すると見込まれている。また畜産・園芸等の部門は,今後ともわが国農業の基幹的な部門として発展することが期待されるが,すでにみたように需要の伸びは鈍っており,その生産の伸びも従来より緩やかなものとならざるを得ない。従って今後は,高度経済成長下において著しく自給率が低下してきた麦類,大豆(50年度の自給率はそれぞれ4%)等の普通畑作物や飼料作物等の国内生産を増強することが極めて重要となっている。それと同時に,米については,限られた資源を有効に利用するうえからも,水田を米以外の作物の生産にも利用するような方策を積極的に推進し,早急に需給均衡を達成することが必要である。

以上の課題を達成するうえにも,今後生産の増大を図る必要のある部門に労働力,土地,水等の資源が効率的に投入されるよう,積極的な誘導策を講ずることが必要である。すでに麦類,大豆等については,49年度以降生産振興奨励金等が交付され,その収益性の改善が図られており,麦類については若干の生産回復もみられたがなお十分ではない。これらの作物についての収益性の改善は価格条件等の改善だけで図れるものではなく,単位面積当たりの収量の向上のための技術の開発・普及,意欲ある農家への土地集中などを強力に推進し,生産性の向上を図ることが基本的に必要となっている。

(農業経営の発展)

以上のような方向で農業総生産の増大を図るためには,意欲のある専業的農家の経営発展を助長し,これらの農家を中心に農業の体質強化を進めることが重要である。

すでに,北海道においては,専業的農家による大規模な農業生産が展開されているが,都府県では67%(51年)の農家が農業所得よりも農外所得の多いいわゆる第2種兼業農家となっている。しかもこれらの農家の多くは,すでに兼業収入だけで生活を維持できる状態となっている。しかし,都府県においても,自家農業に主として従事する働きざかりの男子が1人ないしそれ以上確保されている農家(いわゆる基幹男子農業専従者のいる農家)が全農家のほぼ25%存在しており,これらの農家は農業粗生産顔の約60%を担っている( 第II-4-11表 )。

いうまでもなく農業経営は,土地,労働,資本等の経営資源の有機的な結合の下に成立するものであり,これら諸資源の組合わせが不適切であったり,効率性に欠けていてはその経営の発展は望めない。とくに機械化に代表されるように,高度に進歩した技術を駆使する現代の農業経営を担い発展させるものは,そのような技術への対応力を持つ労働力を確保している農家である。その意味で,以上のような働きざかりの男子農業専従者のいる農家に注目する必要がある。これらの農家は近年さまざまな方法で農業経営の発展を図っているが,地価が高騰し,農地の流動化が進まないという条件の下では,中小家畜飼養や施設園芸といった土地に依存することの少ない施設型農業が経営発展の主力をなしてきた。こうした経営の発展は,畜産物や野菜等に対する需要が急速に増大し,飼料穀物や石油などが安価に輸入できるという条件に支えられていたものであるが,前述のとおりその条件は大きく変っている。このような経営発展も,畜産や園芸部門では有力な方向であるが,需要面からみても,資材価格の面からみても,従来のような方向のみで農業生産の増大を期待することは困難となっている。むしろ今後は麦類等の普通畑作物や飼料作物等の増産を図るためにも,土地利用型農業の発展が必要となっており,またその可能性も出てきている。

その一つは,農業経営の複合化である。近年稲作の省力化が進む中で,稲作に畜産や野菜等を組み合わせて経営の複合化を図る動きが強まっている。たとえば,前述の働きざかりの男子農業専従者のいる農家のほぼ70%は複合経営となっている。このように,最近発展しつつある複合経営は,基幹的部門の上に幾つかの作目を合理的に組合わせて,保有する土地,労働力,資本をより高度に活用することことによって経営全体としての所得の向上を図ろうとするものであり,価格変動等に対する経営の安定性,地力の維持や生物生態系の循環という観点からもすぐれた面を持っており,今後の農業経営発展の有力な方法のひとつとみられる。しかしながら,これらの複合経営も現在までのところ,個々の複合部門の規模や生産性では必ずしも十分でない面がある( 第II-4-12図 )。従って今後は,保有する機械や労働力の生産性を高めていくためにも,冬期の期間借地等によって,利用可能な土地の集積を進めるとか,あるいは農業生産の組織化等によって各複合部門の規模拡大を図っていく必要がある。

一方,近年,借地や農作業の受託によって実質的な経営耕地規模の拡大を図る動きも活発である。すでに職員勤務などの安定兼業についている規模の小さい第2種兼業農家の中には,規模の大きな農家に農作業を委託する傾向が強まっている。また,規模の大きな農家が規模の小さな農家から借地として規模拡大を図る動きも進んでおり,麦作等の土地利用型農業の発展に有利な条件を生みだしている。現在各地で進んでいる農業生産の組織化も,このような動きを促進するうえで重要な役割を果たしている。

したがって,今後都府県においても土地利用型農業の展開を促進するためには,以上のような動きを積極的に助長することが必要であり,農業生産増大の中心的役割を担うことが期待される専業的農家の規模拡大と,その農業経営を発展させるような構造政策を推進することが重要となってこよう。

(200海里時代の漁業)

新しい海洋法秩序の確立を目標とした第三次国連海洋法会議が実質的な進展をみせないままに,漁業については,非公式単一交渉草案に掲げられている排他的経済水域を先取りする形で,200海里の漁業水域を設定する国が相次ぎ,52年に入ってからは,米,ソ両国もこれに追随したため,いわゆる200海里は事実上世界の新しい漁業秩序となった。

こうしたなかで,わが国も52年7月から領海12海里及び200海里の漁業水域を設定したが,わが国の場合,外国がわが国距岸200海里内で漁獲していると推定される量とは比較にならないほど外国距岸200海里内における漁獲量が多い。すなわちわが国漁業の外国距岸200海里水域内における漁獲量は,自主的な規制もあって49年の約430万トンから50年には約370万トンに減少しているものの,それでもなお全漁獲量の36%を占めている。特に,米,ソ両国の200海里水域内にその多くが含められたベーリング海,オホーツク海等北部太平洋では,50年ですけとうだら約200万トンの漁獲量があったほか,さけ,ます,かれい類等も含めて,わが国にとっては,有数の漁場である。アメリカ及びソ連との困難な漁業交渉を乗り切ったものの,両国との交渉過程で明らかになったように200海里漁業水域の設定によってその水域内における外国漁船に対する入漁許可,漁獲割当,取締りなどが,沿岸国の手に握られることになり,したがって,両国水域のみならず遠洋海域におけるわが国漁業に対する規制が強化されつつあるので,現在の漁獲実績の確保を図っていくことはきわめて困難な状態となっている( 第II-4-13図 )。

すでに漁獲割当量の削減によって減船を余儀なくされるなどの事例も見受けられていたが,今後は,業種,沿岸国等によって差異はあっても各種の規制措置の強化によってますます漁業規模の縮小や減船等の事例が発生するものと予想される。こうした事態に対応して政府は漁業経営者やその従事者等に各種の施策を講じているところであるが,今後事態の悪化に伴って北洋漁業をはじめ遠洋漁業の再編成を迫られることにもなろう。

(沿岸漁業の振興と消費流通対策)

わが国の200海里水域は,世界で7番目の大きさであり,かつ,この水域を主対象とする沿岸・沖合漁業での漁獲魚種は,日本人の慣れ親しんだいわし,さんま,さば等である。したがって,今後積極的な漁場の確保・開発を進めると同時に,漁村地域における生活環境等の整備を促進し,主たる担い手である沿岸漁業者,中小企業経営者の確保,定着を図らねばならない。特に,沿岸漁業従事者は,老齢化が進むなかで,加速度的に減少していることから,劣悪な経営条件及び生活環境を改善して,有望な若年労働力の確保を図る対策が必要とされている。

このような漁獲面の問題とならんで重要なことは,貴重な魚資源の活用である。わが国の沿岸・沖合漁業での漁獲魚種は,いわゆる多獲性魚が多く,その価格も比較的安定的に推移してきたにもかかわらず,これまでは十分な利用拡大が図られなかった( 第II-4-14図 )。

これには,食生活の高度化,多様化に伴う中・高級魚介類やねり製品に対する根強い需要,畜産・養殖業用の飼・餌料需要の著しい増大,さらには,安価な多獲性魚は流通段階での利益が小さいための流通関係者に歓迎されないことなど消費や流通面にも多くの問題があった。これら消費,流通,加工上の問題を解決しないかぎり,消費地へのこれらの生鮮魚流通量は停滞ないし減少傾向をたどるであろうし,結果的には,供給地である沿岸・沖合漁業振典の制約条件ともなりかねない。したがって,今後は,非食用に向けられている漁業資源について,食用に向けられるよう各種の有効利用の方策を確立,助長することが,わが国沿岸・沖合漁業の振興と相まって必要となっている。

なお,当面,各国の200海里漁業水域の設定により,大幅な供給量の減少が見込まれる魚種については,輸入によって補うことも有効な方策であると考えられる。ただし,この場合,無秩序な輸入の拡大は内外の市場を混乱させる原因となり,また漁業交渉にも悪影響を与えるおそれもあるので,これらの面にも十分配慮をした上で秩序ある輸入ルートを確立することが重要である。