昭和52年

年次経済報告

安定成長への適応を進める日本経済

昭和52年8月9日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第II部 均衡回復への道

第4章 変容する産業構造

第1節 工業構造の新展開

今回の石油危機後の景気後退とその後の回復過程は,これまでの景気循環とは異なり,工業部門に大きな影響を与えた。工業生産活動は,48年秋をピークに20%の大幅減のあと,50年春を底に上昇に転じたが,ピーク時への復帰には40か月以上という異例の期間を要した。戦後最大の試練に直面した工業部門は,もちろん業種により差があった。例えば,①石油価格の高騰の影響を受けたエネルギー多消費型産業,②需要不振のなかで生産設備の過剰が顕在化した,いわゆる構造不況業種とよばれる産業群,③これらとは対象的に,堅調な需要に支えられて比較的生産の落ち込み幅も小さく,しかも輸出の急増によって好調な歩みを示した自動車,家電などの耐久消費財産業があった。このように現在の景気循環のなかで工業部門内部にかなりの差異がみられ,いわゆる業種間格差が目立つが,資源・エネルギー価格等の相対価格の変化と需要構造の変化を通じて産業構造は変化をみせはじめている。

(資源・エネルギー価格高騰のインパクト)

48年末以降の石油価格の高騰は当然のことながらエネルギー多消費型産業に大きな影響を及ぼした。石油の輸入価格の上昇は,まず石油精製産業のコスト上昇要因として作用し,同産業の製品価格の引上げは関連需要産業に影響を与えた。この場合電力,鉄鋼,窯業・土石製品産業のように石油を燃料として使用するもの,石油化学産業のようにそれを原料とするもの,あるいは電解・電炉産業のように電力料金の引上げにより,いわば石油高騰の二次的影響を受けたものなど,その波及の仕方は異なっていた。しかもこうした輸入石油の高騰につれて世界的な資源価格の上昇で輸入石油価格も大幅に上昇するなど昭和40年代末以降,文字通りエネルギー高価格時代を迎えた( 第II-4-1図 )。

(エネルギー節減の努力)

もちろんこうしたエネルギー価格の高騰に対応して多くの産業でその節減への努力が図られた。通産省作成「産業連関表」(48年及び50年表)でみると,消費の節減は,鉄鋼,非鉄など第一次金属や化学などのエネルギー多消費産業ばかりでなく,製品単価当たりエネルギー消費率の低い繊維,機械産業などでもかなり進められたが,48年から50年にかけて,鉱工業部門全体でわずか1.6%の節減にすぎなかったと推定される。これは生産の減少のなかでエネルギー節減効果が充分働かなかったことと,さらに石油製品の消費量は節減されたが,石炭への代替,あるいは省力化により逆に電力消費量が増加したことなどのためとみられる。

エネルギー価格高騰が工業に与えたコスト面の影響をみると,生産額に対するエネルギー(燃料,購入電力)使用額の割合は,49年,50年には一転して高まり,エネルギー多消費型産業の同比率の上昇は著しい( 第II-4-2図 )。

いま,コストと製品価格の関係をいわゆる資源・エネルギー多消費型産業である素材産業について,48年度と51年10~12月時点における製品1単位当たりの価格と総コストの関係を投入比率等を加味して試算してみると( 第II-4-3表 )次のような結果がえられた。すなわち,石油精製,鉄鋼(高炉)の2業種を除いてアルミ精錬,石油化学,パルプ・紙,セメント,鉄鋼(平電炉),合成繊維などでは製品価格上昇率よりコスト上昇率が概して高く,それによる利潤圧縮がみられている。これらの産業では水面下の景気回復の下で比較時の51年末の稼働率水準が,48年当時に比べて低く,とくに過剰生産能力の下では低稼働率にあえぐ平電炉,アルミ精錬,石油化学などで固定費負担によるコスト上昇圧力が大きく働いている。この点,輸出需要に支えられ稼働率を高めている自動車,家電産業などの組立産業とは大きな明暗がみられる。このように現局面の素材産業には稼働率の低下によるコスト上昇要因が強く働いているが,アルミ精錬,合成繊維のように稼働率を48年度水準に引き上げても,依然コスト割れ状態にあるとみられるものもあり,大幅に上昇した投入原燃料をその後の生産性向上と価格引上げ等で十分吸収しきれないものもある。

そこで,国際競争力の低下との関連から主要業種の実態をみると,例えばアルミ精錬産業の場合,そのコストは原燃料費とりわけ電力費によって左右される(総コスト中約40%)。精錬用電力消費原単位は生産規模の拡大と技術進歩によって低下を示しているものの,電力単価の上昇により国際価格との差はきわめて大きく(1kwh当たりアメリカ2,3円,欧州5,6円,日本8~10円といわれる),それがそのままアルミ地金の国際競争力の差となっている。この結果,この5年間(46~51年)にアルミ地金の輸入量は約2倍,対生産輸入比率は24%から42%へ高まるなど,国内自給度を一貫して高めてきたわが国素材産業のなかで特異な動きを示している( 第II-4-4図 )。

また石油化学産業では,原料ナフサ価格の高騰(約4.8倍)で,ポリエチレン,ポリスチレンなどの誘導品価格も上昇(約2倍)を示したが,原料の高騰で変動費比率が上昇し,それだけ固定費比率を逆に引下げ,稼働率の変化による原価低減効果を弱めている。製品価格の大幅上昇は,かつて成長期にみられたような価格低下のなかで生産,消費が拡大するという「価格効果」が有効に働かず,需要の伸び悩みのなかで設備過剰が顕在化するという事態に直面している。しかも東南アジア市場でのポリエチレン価格の例にみるように,欧米輸出国との価格競争力は急速度に弱まり,わずかに地理的優位性から運賃諸掛り等の差で,それを補充している状態である。

こうした石油化学産業における原料高騰と低操業度は,ナイロン,ポリエステルなどの合繊原料の価格にも大きな影響を与え,合繊原料価格の大幅上昇は合繊糸,合繊織物などのコスト高と相まって,わが国繊維産業の国際競争力を低下させる一因にもなった。

他方,同じ資源・エネルギー多消費型産業であり,代表的な素材産業である鉄鋼業でも,それら原燃料価格の高騰による影響を受けたが,国際的にみてわが国鉄鋼産業のすべての企業が大打撃を受けたわけではない。重油価格の大幅上昇,輸入粘結炭の値上がり,鉄鉱石の上昇など,海外原材料を中心にその投入コストが著しく上昇するなかで,その節減への努力が払われ,しかも製品価格も引上げられている。

もっとも需要分野が建設向けを中心とし,品種も小棒,形鋼などに限られ,大きな過剰設備を抱えている平電炉メーカーと,設備の近代化が進み,製品構成が多様化している高炉一貫メーカーとは差異がある。前者はいわば構造的問題といわれるほどの大幅な需給ギャップとコスト高に悩み,これに対してわが国鉄鋼生産の8割以上を占める後者は,世界鉄鋼業のなかで,むしろ相対的優位性を保ち続けている。いま主要製品の鉄鋼価格をアメリカ,西ドイツと比べると最近年のわが国の上昇率は大きいが,依然強い価格競争力を維持している。

これは欧米鉄鋼業に比較して高い海外原料依存度をもつわが国鉄鋼業が,原料の現地開発,臨海立地,それを生かし専用船による輸入体制を確立していること,原料入手条件の悪化が強まっている欧米諸国に比べて相対的不利化が縮まってていること,さらにより基本的には,これまでの活発な設備投資による設備の近代化で,国際的にみて低い原燃料消費と高い労働生産性を実現しているためである。とくに欧米鉄鋼業に比べてはるかに高い設備新鋭度と高い技術水準は今回の原燃料条件の著しい悪化を克服した( 第II-4-5表 )。

(設備過剰に悩む構造的不況産業)

今回の景気後退とその後の弱い回復力のなかで明暗を分けたのが,設備過剰が顕在化したいわゆる構造的不況産業である。設備過剰の顕在化,低稼働率にあえぐいくつかの構造的不況産業をみると,その内容はかなり異なっている( 第II-4-6表 )。すなわちそのひとつは内外需要そのものが低迷し,需給のアンバランスが表面化した繊維,化学肥料,塩化ビニル樹脂,造船,精糖などであり,いまひとつは48,49年の物不足期のなかで設備能力の拡充が図られ,それがその後の需要の停滞のなかで設備過剰感を著しく高め,大幅な供給圧力をもたらした電炉(鉄鋼),アルミ精錬,段ボール原紙,製材,合板などの業種である。

前者の内外需要の停滞に直面しているもののなかにも,造船のように石油ショック後のタンカー需要の急減に遭遇したものもあるが,繊維などでは需要の低迷のなかで国際競争力を弱め輸出シェアを急速に低下した。これらの労働集約的な繊維や,さらに雑貨産業などでは,46年の円切上げ,その後の激しいインフレーション,それに続く不況の進行,さらに加えて,開発途上国の工業化の進展による追い上げを受け,例えばアメリカ市場におけるわが国商品は開発途上国商品との競合に破れ,輸出シェアが低下した。雑貨製品などのなかにはクリスマス電球,グラスボール,造花などの例にみるような壊滅的打撃を受けたものもあった。こうした競合関係は輸出市場のみではなく,わが国内市場への製品輸入の増加となって及んでいる。例えば繊維製品では,その輸入額が47年の5億ドル台から,48年には一挙に約17億ドルに増加し,その後輸入は定着している。

一部の開発途上国では軽工業部門の工業化が,安い労働力の基礎ののうえに立ち,それによる輸出市場への登場という,いわゆる経済発展のパターンがみられるが,わが国から主として輸出された繊維機械,木工機械などの資本財が,それらの開発途上国の労働力と結びつき,工業生産力を高めたものが多い。こうした開発途上国の発展は,軽工業ばかりでなく一部の化学肥料工業などにも及んでおり,かつてわが国が先進国へのキャッチ・アップを目指した姿と同様であり,世界経済全体の発展の観点からも追い上げをうけるわが国の労働集約型産業のあり方について十分な検討と配慮が必要となってきた。わが国にとっては,先進国の責務として,いわば水平分業促進という見地から,それら労働集約型産業のより一層の高付加価値製品への移行,製品差別化を通じた独自製品の開発,設備改廃の促進や,創意工夫のなかでの積極的な構造改善が一段と望まれている。

後者では48年以降の積極的な設備拡充と需要の停滞が重なりあい文字通り大幅な設備過剰が表面化した。平電炉(鉄鋼),アルミ精錬,段ボール原紙,製材,合板などでは,いずれもその後の景気上昇過程で需要の回復力が弱いため,著しい過剰設備が顕在化し,なかには短期的には立ち直り困難とみられるものもある。

(技術集約型産業の発展)

すでにみたように,エネルギー価格の高騰は直接的には,それを多消費する素材産業に大きな影響を及ぼしたが,それらの基礎的生産財部門に対して最終需要に近い加工部門になるほどエネルギー価格高騰の波及効果は減殺されている。今回の石油ショック後の不況からの回復過程で高い回復力を示したのが,その波及度の小さかった自動車,家庭電器に代表される技術・労働集約型の組立産業であった。もっともこれらの加工部門も,石油ショックにより内外需要が一時的に停滞ないし減少するという状態に直面したが,50年秋以降の輸出需要の大幅な拡大に支えられて,51年の生産水準は48年のピーク時を大幅に上回った。テレビ,ラジオなどの家電製品の生産高は欧米諸国の生産をはるかに上回り,自動車の生産台数はアメリカに次ぐ生産を記録するなど,家電,自動車産業はいまやわが国の代表的輸出産業の地位を確立した。

今回の石油高騰後の鉱工業生産活動の低下は,欧米各国でもまったく同じであったが,とくにわが国の低下率は大きかった。しかし底入れ後のわが国の鉱工業生産の回復テンポは逆に速やかで,その回復をリードしたのが,輸出需要の拡大に支えられた自動車,家電などの耐久消費財の生産増加であった。

50年秋以降のこれら自動車,家電製品の輸出急増は,生産余力があり,短期間の大幅な需要増加に対応したいという,わが国の供給事情が有効に働いた。しかしながら今日の自動車,家電産業の発展は,これまでの内外市場の拡大に対応する積極的な設備投資による量産体制の確立と,たゆまざる技術の開発に基づく品質,性能の向上にあった。とくに小型車の生産技術はすぐれ,低燃費,低公害などの高性能な日本車に対する世界の需要は,省エネルギーという視点からも注目されている。また家電製品も,高性能,小型化,軽量化,安全性などいわゆる非価格競争力面でもまさっている。

こうしたわが国の自動車,家電産業の優位性は,第1にはその原材料である鉄鋼,非鉄,プラスチックなどの基礎的資材の品質,価格が世界的にもすぐれていることである。とくに薄板はその典型的事例であるが,このような原材料の安定的確保は,基礎的素材産業によってもたらされたといえよう。

優位性の第2は両者とも小数のアッセンブル(組立て)親企業を頂点とする多層の生産構造のもとで,ピラミッド型を構成する下請企業群を形成し,そうしたなかで親企業の生産規模の拡大のなかで下請け企業も生産規模の拡大と生産性の向上が図られていることである。とくに親企業と下請企業は,自動車産業の例にみるように地域的集団を形成するものが多く,部品メーカーが遠距離に存在する欧米自動車産業とは異なり,生産技術,輸送上の見地からも有機的結合度が高めやすかった。

しかも特徴的なことは,自動車メーカーと部品メーカーとの間には 第II-4-7表 にみるような格差が存在していることであり,これら自動車,家電産業の発展の背景にはこうした事情も働いていた。

付加価値率の高い技術集約型の組立て産業は,このような自動車や家電産業ばかりでなく,カメラ,ミシン,事務用機械などのほか,各種プラント機械産業などがある。これらの産業は,広い意味での省資源・省エネルギー型産業でもあり,わが国工業の期待分野でもある。しかしながらそれらは技術指向が強いだけにその発展には,先行的技術開発投資を必要とすること,その多くがアッセンブル型産業であるため,生産システムとして親企業と下請部品企業の関係が,技術面,生産面においても有機的連携が保たれることが前提となり,そうした見地からみても下請中小企業のより一層の近代化とその健全なる発展が望まれよう。

(工業構造の新たな対応)

資源・エネルギー価格の高騰,国民ニーズの変化は,需要構造を大きく変えつつある。これまでの物的なもの,単なる量的なものから,質を重視した高度なものへと変化し,また生活環境,医療,教育などの社会消費需要はより一層高まりつつあり,こうした需要構造の変化は,供給構造である産業構造を変える。工業の生産構造は,原料の安定確保の面から素材産業におけるアルミ精錬,石油化学などの例にみるように,これまでの国内消費地立地型から海外原料地立地型への移行や,公害問題の発生から無機化学工業の一部にみるように国内生産を縮減する動きもみられるようになった。工業構造は傾向的には素材生産から最終完成製品までという自己完結型のいわゆる垂直分業型から変わりつつある。原燃料輸入型から素材ないし中間財輸入依存型への傾斜を含めて,工業構造の水平分業型への展開が必要であろう。この場合,技術・労働集約型であり,付加価値率の高い高級機械類を中心とする機械工業や,加工度の高いファインケミカル工業への指向,潜在需要の大きい住宅,各種プラント類における生産及び供給システムの整備などへの展開が望まれよう。