昭和52年
年次経済報告
安定成長への適応を進める日本経済
昭和52年8月9日
経済企画庁
第II部 均衡回復への道
第2章 減速経済下の高貯蓄
以上みたように現在財の充足水準が高いという状況下で将来財に対する需要がきわめて高いことが,高貯蓄率の原因であった。しかし,将来財需要の充足は,個人的努力の限度を超える面があり社会的解決が要請されるケースが少なくないので以下この点についてみてみよう。
第1に,住宅に関しては,現在の住宅需要は高度経済成長期に地方から大都市地域に流入した層,低所得層,若年層が中心となっている。このため現在住宅に対する潜在需要が大きい割には,必ずしも現実の住宅建設の増加に結びついていないという面がある。資料はやや古いが昭和48年の住宅統計調査によれば狭小過密住宅居住世帯の割合は年収200万円未満では8.1%,同200万円以上の世帯では2.6%と当然のことながら低所得階層の方が高い。一方,住宅金融公庫資金の利用者を所得階層別にみると,低所得階層(第I,II分位)の利用者が43年度の38から47年度には43.2%へと一時増加したものの,49年度以降再び減少傾向にあり,低利の公庫借入によっても次第にこれらの階層では住宅購入が困難となっている。今後は,住宅ローンの拡充を期するとともに,個人的に住宅問題の解決できない階層の人に対しても社会的な手段による住宅供給(公共住宅)を質的な改善を図りつつ量的に増加させていく必要がある。
第2は,老後生活については,今後とも,社会的な解決にまたなければならない面が多い。というのは,いまだ所得水準が低く,生活水準も低い時の貯蓄で社会全体の一般的な生活水準が上ったあとの生活を賄うということは不可能だという基本的な問題が存在するからである。
今日の社会保障制度のなかで,まず所得保障としての年金をみると,わが国の年金は制度面ではすでに国際的な水準を実現しているものの,現実の受給者のなかには年金加入期間が短いこと等のため標準的な年金額を受給していない者も多い。
これはわが国の場合,国民年金が発足し国民皆年金制度がスタートしたのが昭和36年と極めて新しいことによるものである。今後は年金制度の成熟化に伴い現実の年金額も着実に上昇することが見込まれるが,現在では老後の生計費は,動労収入,子供からの仕送り,貯蓄に依存する度合いがなお高く,主要先進諸国に比べ年金に依存する割合が相対的に小さい。
老後生活のもう一つの問題である医療保障に関しては,保険給付率の引上げ,老人医療費の無料化,高額療養費制度などにより,かなり充実をみている。しかし,このような充実もあって,医療費は毎年平均20%近くにも及ぶ伸びを示し,国民の負担面からも,財政面からも問題を惹起している。この問題の背景として1つには患者負担がないということにより受診が高まっているという指摘があり,また,差額ベットや付添看護料などの保険外負担も患者をもつ家計にとって問題であるとされている。保険外負担は本人が特別のサービスを希望する場合を原則とするものであるが,これらの問題をどのように解決していくかが今後の老後生活の問題を含めて医療費問題の課題といえる。
以上のように,住宅,老後生活,など多くの人たちにとって個人的な解決が困難なため社会的な手段による解決への要請が高まっている。
そしてこれらの問題が,社会的な手段によって次第に解決されていけば,将来財への支出として貯蓄の必要性が減少していくことから,長期的には家計の貯蓄率は下がることも予想され,安定成長期に適応した新しい貯蓄-投資バランスが形成されていくものと考えられる。