昭和51年
年次経済報告
新たな発展への基礎がため
昭和51年8月10日
経済企画庁
第4章 求められる企業体質の改善
今回の長期不況のもとで利益率の極度に低下した企業経営にとつてもう一つの大きな課題としてクローズ・ アップされたのは,企業内過剰雇用の問題であつた。生産の大幅な低下にかかわらず人件費支払はかえつて増加したから,企業の人件費負担は30年代,40年代にはない高水準に達した。こうしたこともあつて企業の過剰雇用感は過去の不況期にはみられない高い水準に達した。
いまこの点を経済企画庁が本年1月末に実施した調査によつてみると 第4-18図 のとおりで,調査対象企業の半分以上に当たる51.2%の企業が過剰雇用感を訴えている。しかも,この過剰雇用は一年以上解消しないとみる企業の割合が全体の3分の1に及んでいる。企業の過剰雇用感は,生産回復のスピードが速まつた最近になつても,なお根強く残つている( 第4-19図 )。もつともこうした過剰雇用感を職種別にみると,「事務労働者」では根強い一方,「販売部門労働者」「熟練工」では不足感が強いという特徴がみられる( 第4-20図 )。
このため,これまで過剰雇用対策として企業は種々の雇用調整策を実施してきた。それは具体的には,まず中途採用の削減,停止からはじまり,残業規制,配置転換,出向,さらには一時帰休(臨時休業),臨時労働者再契約停止・解雇,新規学卒者の採用削減・停止などのほか,希望退職者の募集や解雇へとおよんだ。製造業においては今回の不況時のボトムの50年1~3月には「残業規制」事業所数は,全事業所の約半数を占め,「一時帰休」は2割をこえた。また雇用調整のもつとも厳しい形態である希望退職者の募集・解雇も50年1~3月期には7%の事業所でみられた( 第4-21表 )。この結果経営上の都合による離職者の水準は40年不況,46年不況を大きく上回つた( 第4-22図 )。こうした雇用調整は,業種別には,繊維,衣服などの軽工業よりも,機械,電機,金属などの重工業で,また規模別には中小企業よりも大企業において実施した事業所が多かつたことが特徴的であつた( 第4-23表 )。また新規学卒者の採用状況をみると,50年3月につづいて51年3月卒も製造業を中心に採用停止ないしは縮小している企業が多い。こうした傾向は大企業ほど著しく,従業員1,000人以上の東証上場企業における1社当たりの新規学卒者数は,49年302人,50年236人のあと,51年は133人へと大幅に減少している。
今回の同時的世界不況のなかで各国とも生産減少に対応して,雇用量を減少させたが,その対応は国によつて大きな相違があつた( 第4-24表 )。いま,生産のピークからの落ち込みに対する雇用量の減少をみると,わが国はアメリカ,西ドイツなどに比べて少ない。
これは当初景気回復が早いことを予想して企業が人員整理を極力回避したこと,大企業を中心として終身雇用慣行があることから労働組合の協力をえやすい雇用調整方法を採用したこと,さらには前節で指摘したインフレによる表面利益と実質利益との乖離が収益悪化の実態を覆いかくしたことも,雇用調整がそれほど極端にならなかつた要因であつたと考えられる。こうしたことから結果的には,企業の過剰雇用感が強まることとなつた。このため企業は前述のような種々の雇用調整策をとつたが,結果的には欧米企業のようにレイ・オフを含む積極的な人員整理がわが国では広汎化しなかつたのは,一つには50年1月から発足した雇用調整給付金支給制度によるところが大きい。この制度によつて,一時帰休で雇用調整給付金を受けた人々(雇用調整給付金休業対象被保険者数)は最高時(50年1月)には約44万人に達した。これにより企業は過剰雇用による賃金コスト圧力を軽減し,また社会的には完全失業者の大幅増加を食いとめることができた。
このような広汎な雇用調整を必要とした背景には,今回不況時における企業の過剰雇用感が,短期の景気循環的な性格のものにとどまらず,中・長期の成長率の見通しが高度成長から安定成長へと屈折するという一般的な認識に対応したいわば構造的な性格のものが重なり合つていたという事実がある。短期的な性格の過剰雇用とは生産の落ち込む不況期において,好況期の生産にあわせて採用された労働力の一部が遊休化するということにともなうものであつて,不況期にはいつでも発生する。従来の不況局面においては,不況による生産の落ち込みが軽微で,不況期間も短かかつたため,厳しい雇用調整策がとられることはなかつた。しかし,今回の不況期では生産の落ち込みが深く,けわしく,かつ水面下の期間が異例に長いということで短期循環的にみた労働力の過剰の度合いは極めて深刻であつた。
これに加えて今回は中・長期の観点からの過剰感が発生しているが,これは従来10%の高度成長が続いたことから,将来も同じような成長が継続するものとみて,例えば5年後の生産が6割方増加するという前提で作成された企業の要員計画に従つて採用された労働力が先行きの成長率が6%しか見込めないということになると,5年後の生産増加は現在のせいぜい3割強しか増加しないという計算になり,過剰感が生まれるということである。特にこれまで計画的な要員採用を行なつてきた大企業において今回の雇用調整がきびしく実施され,さらに1年後の労働者数の見通しについても事務部門や生産部門で「減少」を見込む事業所の割合が高いということはこの間の事情を物語るものであろう( 第4-25表 )。
わが国の雇用慣行は,終身雇用制,年功序列賃金制度,企業別組合という三つの特色をもつている。
このようなわが国の雇用慣行は,これまでの高度成長を雇用,労働面から達成するのに大きな役割を果して来たといわれている。また,今回の不況期では雇用の減少はかつてなく大幅ではあつたものの,国際的にみるとそれほどでもなかつた背景に,これらの雇用慣行,特に終身雇用制の存在があつたとみられている。さらに,欧米諸国と比べ,賃金決定の面での弾性力の高い点も,わが国の雇用慣行がその背景となつている。しかし,企業経営の面からみると,終身雇用制の存在が過剰雇用を企業内に滞留させ,その結果人件費負担が増嵩し,企業の収益低下をもたらしたという認識から,終身雇用制が企業体質を弱くしている大きな要素であるという見方も存在する。また一たん失業した者とくに中高年令層失業者に対しては,再雇用を困難にしているとの批判もある。
そこで,以下においては,わが国の雇用慣行がこれまでの経済成長の過程でどのような役割を果し,それが現段階ではどう変つて来ているか簡単にみることとしたい。
(1) 終身雇用制と,これと一体関係にある年功賃金制は,企業の拡大が速やかに行なわれている時期には,人件費コストを抑制する方向に働いたが,企業の成長スピードがスローダウンし,労働力構成が高令化すると,人件費を押し上げる方向に機能する。
年功賃金制の下で人件費コストの増加を抑制するには,賃金の安い若年層を大量に雇い入れることによつて平均年令を引下げることが必要だが,これは一般的には高度成長の下でのみ可能であつた。事実,第4-26表にみるように昭和45年ごろまでは,おおむね労働力の年令構成が若返ることで賃金上昇率が抑制されていたが,45年以降は労働力の年令構成が高令化することで,賃金上昇率が余分に高くなつてしまつている。今後成長率の屈折等により企業内の労働力の高令化が進むため,年功賃金制度の下では賃金コストの抑制は容易ではないこととなろう。
(2)高度成長下にあつては,企業成長が常態であり,ポスト(子会社等も含め)が増加し,従業員それぞれにとつて昇進の道がひらかれていたため,従業員の士気を高める上で効果があつた。また,例えば,生産技術の変化等で旧来の習得技能が役に立たなくなつた場合でも容易に配転先を見出すことができたため,雇用の安定に役立つた。
(3)高度成長期にあつては,一次産品価格の低落,コスト節減投資などの結果,賃金引上げの余地が大きかつた。
また,人手不足による初任給アップと中高年令層賃金の伸び悩みから年令別賃金格差が縮小した(第4-27図)ことに加え,高圧経済下では効率の低い限界企業さえ世間並み賃金の支払いが可能であつたから,賃金の平準化傾向がみられた。しかし,これからは生産性の違い等を反映して,企業の支払い能力は次第に差がひらき再び企業間の賃金格差が拡大する可能性がでてきている。