昭和51年
年次経済報告
新たな発展への基礎がため
昭和51年8月10日
経済企画庁
第4章 求められる企業体質の改善
この10年,企業経営は前半には長期ブームを満喫し,後半ではアメリカの新経済政策(いわゆるニクソン・ショック),国際通貨調整,石油ショックなどに遭遇し,正に波乱に満ちた時代を経験したが,インフレーションの終息,総需要抑制政策の効果浸透によるここ一両年の企業収益率の低下は,かつてない最悪状態を示した。いまこの間の推移を製造業主要企業についてみると, 第4-1図 のようになつている。すなわち,戦後最大といわれ,大型倒産の続出した40年不況のあと,40年代前半においては,大規模設備投資の盛行と輸出の大幅増加を背景に空前の高度成長を実現した日本経済のなかで企業経営は5年にわたる高収益時代を経験した。41年度上期から45年度下期にかけての5年間の売上高経常利益率及び総資本利益率(利子支払前)の平均値は,それぞれ5.8%,9.6%であつた。しかしながら,46年の国際通貨情勢の急変は企業経営に大きな衝撃を与え,売上高の急速な増勢鈍化,輸出採算の悪化,為替差損の発生などから,46年度及び47年度上期の企業の収益率は40年不況を下回るほど悪化した。
こうした46年不況も,47年度における財政支出主導による景気刺激により短期に終わり,加えてその後のインフレーションの高進のなかで企業は再び高い増収,増益を記録した。48年度上期及び同下期の収益率はともに40年前半の好収益期に匹敵する高い水準であつた。
激しいインフレーションのなかでのこのような高い収益率も,総需要抑制策の展開による最終需要の弱まりとインフレーションの収束の過程で大きく落ち込み,50年度上期には東証第1部上場会社のうち4社に1社は赤字計上企業といわれるほど赤字会社が続出した。主要企業(製造業)の売上高経常利益率をみると,50年度上期は0.90%と1%ラインを割つた。これは40年度上期の4.26%,46年度下期の3.64%をいずれも下回り,戦後最悪の決算であつた。しかし,下期には,昨年末から本年春にかけての輸出の急増による生産活動の活発化と販売価格の上昇による売上高の増加などから,企業収益は復調に転じている。たとえば,東証第1部上場会社の経常利益をみると,48年度上期のピーク時から50年度上期にかけて,その3割にまで落ち込んだが,同下期には5割強にまで回復しており,また前記主要企業(製造業)の場合でも,売上高経常利益率は50年度上期の0.90%から同下期には2.32%( 第4-1図 )へと上昇している。しかしながら,その収益率水準は過去2回の不況とその後の回復初期に比べてはるかに低い水準にとどまっている。
このように50年度において企業収益率が大きく低下し,また,50年春以降,日本経済が景気回復過程を歩むなかでも,企業収益率が依然極端な低水準を示し続けているのはなぜであろうか。
この点についての第3章の利潤増減要因分析の結論は,次のとおりであつた。
(ア) 原材料等の投入価格の上昇率は,製品価格の上昇率を大幅に上回つているが,価格要因は原材料使用比率の高い基礎的産業分野においては収益圧迫の要因となつているものの,製造業全体としては,実質原単位比率とその改善を考慮に入れれば,収益圧迫要因にはなつていない。
(イ)不況による稼働率の低下で生産性上昇率が低下し,人件費,金融費用,減価償却費等の要素費用(大半は固定費)の増加を吸収できないことが,収益悪化の主因である。
そこで,固定費コストの動きをやや詳しく検討することとしよう。すでにみたように,48年末以降,50年年初にかけて生産活動は2割強も落ち込み,その後の生産の回復も,50年度中は,過去のピークに達していない。いわば水面下の回復過程を歩み続けているなかで固定費はふえ続けていた。ここで固定費とは,生産の増減によつて変化する原材料費,外注加工費や,残業手当,一部の特別給与などの変動費を除いたものである。生産,販売活動の変化に関係なく支払われる賃金,給料,福利厚生費などの人件費,借入金利息,手形割引料などの金融費用,さらに減価償却費などで生産量の変化に対応して直ちに削減することが困難な経費項目である。
最近の主要企業(製造業)の売上高と主要コストの推移を対比してみると, 第4-2図 に示すように,きわめて特徴ある動きがみられる。すなわち,今回の不況のなかで売上高が49年度下期,50年度上期と伸び悩んでいるにもかかわらず,人件費,金融費用などの主要固定費は著増を続けている。このような動きは46年不況の場合にもみられたが,今回の場合ははるかに著しい。
さらにこれらの主要固定費の要因分析を行なつてみると( 第4-3図 ),従業員数の伸び率は近年傾向的に低下を示しているが,こうしたなかで,人件費の変化は,まさしく1人当たり賃金の動きに左右され,賃金上昇率の高低が,人件費の増減にひびいている。今回の激しいインフレーションのなかで賃金が大幅に引上げられ,それが高い人件費の伸びとなつている。後にみるようにわが国の雇用慣行は終身雇用制を基本としており,また多様な雇用調整手段があることもあつて,景気情勢に応じて直ちに人員削減を行なうことは少ない。このため,人件費負担が硬直的になりがちであり,企業の損益分岐点操業度を高める要因となつている。ただ,ボーナス制度が人件費の硬直性をやわらげる役割を果しており,50年度の冬期ボーナスは,大企業においては前年度比で5%減となつた。
また借入金(有利子負債残高)とその金利水準によつて左右される金融費用は,48年以降における借入金の増加等があつたことから著しい増加を続けた。
一方,減価償却費は49年以降の2年連続の設備投資の減少もあつて,今回の不況下においては,伸びは著しく低下した。減価償却費は,人件費,金融費用などの著しい増勢とは逆に相対的な伸びは低く,固定費増加に対する圧力は少なくなつている。
以上の収益圧迫要因に対しては,企業は原単位の節約に努めることで原材料等の価格上昇を吸収し変動費の増加を極力少なくしようとしたり,固定費のうちでも,減価償却率は定率法から定額法への償却方法の切換えなどによつて減価償却率を引下げるなどの措置をとつている。しかし,銀行借入れ,社債等に対する利子支払である金融費用を削減することは,元本を償還しない限り不可能であるし,また人件費は,終身雇用制というわが国の雇用慣行から生産削減に応じて人減らしを行なうことが極めて困難で圧縮には自ら限度がある。
そこで,売上げの不振にもかかわらず,それに応じてコスト削減を行なうことが不可能,あるいは極めて困難と考えられる金融費用,人件費に特に目が向けられ,前者の原因となつている借入れ依存度の高さ,すなわち自己資本比率の低位性と後者の原因である「過剰雇用」が企業体質悪化をもたらしたという意識を生んだ。以下この点をみることにしよう。
戦争による消耗,破壊のため,戦後の日本企業は極めて低い蓄積水準から出発せざるをえなかつたため,内部資金によつては投資,生産,販売活動のための設備資金,運転資金を賄うことはできず,外部からの調達によらざるをえなかつた。このため,戦後復興の初期段階である昭和23年において自己資本比率は11.8%(製造業・「法人企業統計年報」による。)とすでに極めて低水準にあつた。
その後『資産再評価法』(昭和25年法律第110号)( 注 )の規定に基づく3次にわたる資産再評価が行なわれたことなどの結果,30年度上期末には39.0%(同年)まで高まつたものの30年代以降の高度成長の過程で再び一貫して低下をみた( 第4-4図 ,日本銀行「主要企業経営分析」,製造業ベースでは30年度上期は40.1%)。もとより,外部資金依存度の高いことと自己資本比率が低いこととは同義ではない。外部資金が株式発行によつて調達されれば,自己資本比率の低下はない。しかし,わが国の場合, 第4-5表 にみるように増資による資金調達は極めて僅かであり,他人資本なかでも銀行からの短期,長期の借入金に依存する度合いが高い。企業の銀行からの借入依存度の高い理由の一つにはわが国の個人貯蓄の形態が伝統的に銀行等への預金(普通預金および定期預金)に大きく比重がかかつており,株式,債券等の形態をとるものの比重が小さいという事情がある。このため,企業が個人部門から資金を調達しようとすれば銀行経由で行なわざるをえない場合が多くなるのである。わが国の銀行は,個人預金や銀行部門外の金融機関からのコール・マネーの取り入れ,日本銀行からの借入金または日本銀行の買オペなどさまざまなルートで供給された現金準備を基礎に銀行部門内部における信用創造過程を通じて創造された預金を源資として,企業の旺盛な資金需要に応えたのである。加えてわが国の場合,預金準備率が極めて低いため,所要準備預金の増加が銀行の資金供給の大きな制約要因にはならなかつた。
もちろん企業が銀行を通じて資金を調達するという場合,貸付けという形態でなければならないということはなく,銀行に株式を買つてもらうことでもよいことは当然であり,現に銀行は,株式,社債の購入という形で企業に資金を供給している。しかし,銀行の株式取得には,法律上の制限(独占禁止法第11条 金融業を営む会社は国内の会社の株式を当該会社の発行済の株式の10%を越えて所有することはできない)があるばかりではなく,経済的にも株式は資金運用上の危険(キャピタル・ロスの可能性)があるので,元本が保証され,かつ確定利付債権である貸付けが選好されることになる。さらに,これまでわが国では土地価格が年々確実にかつ大幅に上昇してきたので,土地を担保に取つておく限り,貸倒れ損失発生の危険がほとんどなかつたので,そういう点からも貸付けが金融機関の立場からみて一層安全な資金運用形態となつた。また,担保を取つたうえでの貸付けという形態をとつたが故に,比較的信用力の劣る多くの中小・零細企業に対しても資金を供給することが可能であつた。
次に資金を借入れる企業の側においても長期にわたる高度成長が企業家に対して,企業成長により売上げは常に増加するという一般的な期待を与えたため,増大する売上げの中から借入金の元利返済は容易にできるという見通しを与えたこと,また,特に47~48年以降においては元本はインフレーションで減価したお金で返済すればよいから債務者利得(次節参照)をうることができるという心理も働いて,銀行借入れを選好することになつた。
次の問題は,借入依存の資金調達は企業の収益性に対してどのような意味をもつたかという点を検討することである。
企業が借入れを含めひろく外部資金に依存して投資を行う場合,追加投資の(期待)収益率が追加資金の資金調達コスト(借入れの場合は借入れ利率,社債の場合は社債利子,株式の場合は配当,税金等を含めて自己資本コスト)に一致するところまで投資を行なうことがもつとも有利であつて,この点で企業利益は最大になる。
ところで,銀行借入れの資金コストは,一般的にいつて株式による資金コストより安い。なぜなら株式に対して一般的な金利水準に見合つた配当を支払おうとすれば,法人税を支払つた後の税引利益の中から行なわなければならないのであり,法人税の支払いを考慮すれば,株式による資金調達コストは銀行借入れによる資金調達コストよりも大幅に高くなる。もちろん,配当は利潤の分配であり,これをコストと考えて借入金利子と比較することには問題もあるとの指摘もあるが,かりにコストと考えた場合でも,借入金のコストが低いということはひとりわが国に特有な現象ではなく諸外国とも共通する現象であり,したがって,わが国の銀行借入れ依存型の資金調達(したがつて,自己資本比率の低位性)を資金コストの差だけから説明することは当をえない。借入れという形で他人資本依存で資金調達を行なうか(そうすれば,資金調達コストは安い)あるいは株式発行によつて自己資本の形態で資金を調達するか(資金コストは高い)のいずれを選択するかの差を決定するものは,一つには企業リスクに対する考え方いかんである。というのは,銀行借入れの場合は業績が悪くなつたからといつて,元利支払いの義務を免除されるわけではなく,その意味で将来の不確実性に起因する企業リスクの負担は企業家側に帰属する。これに対して,株式(自己資本)の場合は,リスク(減配,減資,倒産等による損失発生の危険)は,出資者たる株主の負担に帰属する。このため,企業家が,将来のリスクを重視する立場に立てば,過度の他人資本依存を避けようとするであろうし,銀行側においても,貸倒れ損失発生の危険が大きいとみれば,自己資本比率の低い企業に対する貸付けには消極的な態度をとることになる。この点の認識に関して,欧米諸国の企業家及び銀行家とわが国の企業家及び銀行家の間にどのような考え方の差があるのか,当面明らかではないが,少なくとも一般論としては,わが国ではこれまでの高度成長の過程で企業側の立場から元利支払いが極めて困難となるような情況も一般的には発生しなかつたし,また銀行の立場からも債務不履行による貸倒れ損失発生の危険がすくなかつたことは事実であつて,企業リスクという観点から自己資本比率の低さを問題とする意識は乏しかつた。
企業リスクという意識が乏しいという状況下において,調達コストの安い資金が,銀行部門における信用創造機能を通じて潤沢に供給されるならば,企業が限界収益率の低い投資機会までこれを利用しつくそうと努めることは当然であり,その結果は,実体面では,急速な生産能力の拡大を可能にした投資の強成長であり,収益面では,使用総資本の平均利益率の低下となつた。
わが国企業の使用総資本利益率は,アメリカと比較して低い( 第4-6表 )。しかし,このような総資本利益率の低位性も,決してわが国企業が利潤無視の過当競争に走つたことを意味するものではなく,企業利益の総額を極大化するための方策の一つにすぎなかつたのである。事実企業経営者の意識も 第4-7表 にみるように一貫して金利支払後の経常利益額が最重視利益指標であるとしている。
総資本の平均利益率が低いということは,裏返せば損益分岐点(=採算点)操業度が高いことを意味し,常に高水準操業を要求することになり,高度成長の下でのみ安定するいわゆる「高度成長体質」を形成するものである。なお,わが国企業財務の特色の一つとして企業間信用の比重が高い( 第4-8図 )が,これは損益分岐点操業度の高いわが国企業が,商慣習もあり,信用供与によつて少しでも売上高を伸ばそうとしていることの一つのあらわれである。
総資本利益率の低位性と企業利益最大化行動とのかけ橋となるものは,自己資本・負債比率のもついわゆる「テコの効果」である。企業にとつては借入れによる追加投資によつて企業の利潤額が増加する限り借入れを増やすが,その結果は使用総資本の平均利益率が低下するとともに自己資本比率も低下する。しかし,企業の手元に残る利子支払い後の純利益の自己資本に対する比率である自己資本純益率はかえつて上昇することになる。自己資本純益率と総資本利益率(利子支払い前)との間には次の関係がある。
(ア)総資本利益率が他人資本に対する支払利子率より大きければ自己資本純益率は総資本利益率を上回り,その際自己資本比率が低ければ低い程,自己資本純益率は高くなる。
(イ)支払い利子率が総資本利益率を上回ることになると,自己資本純益率は総資本利益率を下回ることになり,かつその際自己資本比率が低ければ低い程,自己資本純益率の低下は大きく,この利益率がマイナスになる危険が大きい。
なお,このような自己資本・負債比率のもつ利益・損失の増幅作用のことをテコの効果と呼んでいる。
以上の点を具体的な動きについてみると, 第4-9図 のとおりであつて,40年代を通じ他人資本総額に対する金融費用の比率である利子率は常に利子支払前の総資本利益率を下回つており,その結果自己資本純益率は常に総資本利益率を上回つていた。また,時系列的にも,49年度上期までをとつてみると,自己資本純益率は上昇傾向を示している。国際的にみても,わが国の自己資本利益率は1963年~1974年の平均で19.7%となつており,アメリカの19.3%よりも高くなつている(前掲 第4-6表 )。つまり,総資本利益率の低さをテコの効果でカバーして自己資本純益率を高めてきたのである。
ところが,50年度上期にいたり総資本利益率が利子率を下回つたために,自己資本利益率は急降下で低下し,総資本利益率を下回ることとなつた。50年度下期は,利益率の回復,金利低下によつて自己資本純益率はかなりの上昇となつたが,水準はなお低い。
このようにわが国の企業は従来テコの効果のメリットを存分に享受して自己資本純益率の高水準を実現してきたが,今回の不況の過程で逆転現象が発生したということなのである。すなわち,企業の収益性が悪化し,確定債務である他人資本への支払利子額が他人資本の稼得利益を上回り,自己資本に対する帰属利潤額に喰い込んできた結果,総資本利益率と自己資本純益率との関係が従来とは逆になつたのである。(なお, 第4-7表 において,これからは総資本利益率を重視して行くという回答が第2位になつているのは,総資本利益率が低下したことから,自己資本純益率が他人資本コスト(利子率)を下回つてしまつたという最近の経験を反映しているものとみられる。)ここに企業家の側において「過大な金利負担の原因となつた自己資本比率の低いことが企業体質脆弱化をもたらしている」とする意識が生れたものと考えられる。
だが,上述の逆転関係は,不況で企業の収益性が低下した結果としておこつたものであるから,景気が回復して逆転現象が解消すれば,「企業の体質改善」という問題意識も次第に緊迫度が薄れて行く可能性もある。すなわち,借金が企業利益を増加させるという状態なら借金の多いことに苦情はないということになるからである。事実,過去においても特に不況期において自己資本比率の低位性が問題にされながらも,いつのまにか再び自己資本比率の低下が進行するという現実が続いたのである。
借金依存によるこれまでの企業拡大は,高度成長の原因となると同時に高度成長を前提にしてのみ安定しうるという高度成長体質を形づくる結果となつた。それだけに無理な生産拡大や押し込み販売等に走りがちであり,その結果景気の波動を大きくしたとみられるのである。また,借金負担を実質的に軽減するインフレーションを待望するような企業家心理を一部で生まなかつたとはいえない。しかし,いまや激しいインフレを経験し,さらには高度成長から安定成長への成長軌道の修正が求められている現段階では,過去と同じパターンの繰返しは許されないのであつて,これまで自己資本比率の低下をもたらした企業や銀行の行動様式がインフレなき安定成長を目指すこれからの国民経済のあり方との関係でどのような評価が与えられるべきであるかという点が探求されなければならない。
そのような観点から,次にインフレが企業経営,とくにその収益面にどのような影響を及ぼし,かつそれはどのような評価が与えられるのか,さらには企業体質悪化との関係はどうかといつた点についてみることにしよう。