昭和50年
年次経済報告
新しい安定軌道をめざして
昭和50年8月8日
経済企画庁
第II部 新しい安定経済への道
第2章 新しい安定経済への道
福祉経済における最大の問題は,財政の硬直化である。福祉充実は財政需要を傾向的に高めるからである。減速経済は,こうした財政梗直化を強める。西ドイツがこの問題に正面から取り組まなければならなくなつたのは,1966~67年であつた。西ドイツは1967年に初めてマイナス成長を記録したが,このとき生じた財政危機は2つの問題を提起した。ひとつは,福祉財政は,財政機能の一側面である景気調整作用を弱め易く,インフレーションを招き易いということであつた。いまひとつは,景気調整を金融政策だけで負担しようとすると,過度の引締めに陥り易いということであつた。後述するように,西ドイツでは,それまでに福祉充実が進んでいたこともあつて,これを経済安定・成長促進法の制定による財政改革と福祉支出の管理によつて切り抜けた。また,金利メカニズムを活用した財政,金融,為替政策のポリシイ・ミックスによつて,安定成長を確実にする政策システムを確立した。
そこでまず,わが国財政の現状をみよう。一般会計(補正後)は,すでにみたように昭和46年ごろから名目GNPに対して伸びを高めており,歳出増加の内訳をみると,46,47年度には景気浮揚策としての公共事業関係費が大きかつたが,48,49年度はこれに代わつて特に社会保障関係費が大きくなつた。そうした動きのなかで,新規政策費をせばめる,いわゆる当然増経費が膨張しつつある。
当然増経費は,補正予算による増加,前年度当初予算における制度改善の平年度化,経費算出の基礎となる計数の増加によつて生じる場合が多い。福祉への資源配分は制度化されるから福祉型財政になれば支出が恒常化するが,これに人口老令化に伴う受給者の増加やインフレーションに伴う単価,賃金の上昇などが加わると,支出は急速に膨張して,新規政策費の余裕がなくなつてくる。
こうした視点から,一般会計(補正後)の増加内容をみると,他会計への繰入れ等と補助金,負担金等がもつとも大きく,それだけで8割をこえている。前者では,健保,食管,国鉄の補てんが4分の1程度を占めており,後者では,地方公共団体に対する負担金,委託費,奨励的補助金等が大半を占め(49年度83.4%)その大半は,生活関連投資と社会福祉施策に向けられる。一方,最終的な財政支出としてみると,国1に対し地方2の割合であり,福祉関係や生活環境整備の支出のほとんどは地方を通じて行なわれている。そうした地方の財源は,約4割を地方交付税,国庫支出金,地方譲与税に仰いでいる。
地方財政の硬直化が最近問題となつている。例えば,人件費をとつてみると,自治省調べでは,地方公務員数が最近増加しており(43~48年度の年率2.9%に対して48~49年度は4.1%),また,地方の給与水準(一般行政職で,49年4月現在,国家公務員の110.6)が高くなつているのが目立つ。こうした人件費の15.7%(48年度)は国庫支出金でまかなわれている(義務教育職員の国庫負担制度の設定による影響も大きいが)。また,地方公営事業の経営悪化で,他会計からの繰入れは年々増加し,繰入金の収益的収入に対する割合は,48年度で23.8%に達している。
減速経済下で福祉充実をはかるためには,所要財源についての国民の負担が高まらざるをえないが,他方,国,地方公共企業体の効率的運営と既存の諸制度の改廃や合理化が必要である。価格機能が働きにくい公共部門の効率化は,今後の福祉充実にとつて特に重要な課題である。
しかし,福祉経済における財政硬直化のいまひとつの問題は,歳入構造に求められる。いま,財政支出の伸びに対する租税収入の伸びの相対比をとつてみると,西ドイツ,フランス,イギリスが100前後で推移しているのに対し,わが国は財政支出の伸びが大きいことから80~90と低く,景気の動きを映じた変動も大きい( 第118図 ),この相対比を税目別にみると,わが国の特徴は,間接税の低落傾向と法人税の変動が大きく影響していることに求められる( 第119図 )。
49年度には,租税及び印紙収入について一般会計当初予算13兆7,620億円に対し1兆6,120億円の補正予算を組んだが,決算(暫定数字)では補正後予算に対し,7,686億円(補正後予算の5%)の税収不足を生じた。しかし,税収の所属年度区分改正により,新たに約4,330億円が49年度所属の税収となつたため,49年度の税収不足額は結局約3,356億円にとどまることとなり,これについては税外収入の増収及び歳出の不用によつて補てんされた。補正後予算における税収予想に対し,もつとも落ち込みの大きかつたのは土地譲渡所得による所得税を中心とした申告所得税であつた。
また,戦後当初予算額が補正減額されたのは昭和40年度と46年度の2度であるが,50年度予算においては当初予算ですでに2兆円の国債を発行することになつているうえに,景気の回復が遅れると再び歳入(特に法人税収)が当初予算を下回ることが考えられる。財政の景気調整機能という観点からは不況期に公債を発行して景気の浮揚をはかるべきだという考え方もあり,税制のビルトイン・スタビライザー機能を十分に発揮させるには好況期の自然増収で安易に補正予算を組まず,それを公債発行の縮減に充て,不況期の公債発行に備えておくなど長期的財政運営についての検討も必要であろう。
次に,今後減速経済に入つていけば,法人税,間接税の伸び悩みが予想され,る一方,福祉の充実などで政府バランスは大幅に悪化することになるが,こうした状態が続けば,公債管理の円滑を欠いてインフレーションの脅威が増し,公債費が増大して財政運営が硬直化するなど,種々の問題が生ずる。こうした事態に対処するためには,第1に,福祉内容を価格機能によりえないものとそれを活用できるものに分け,租税による一般財源,料金収入や財政投融資と民間資金の組合せによつてそうした観点から適切な供給をしていくことである。第2は,公共債の発行規模については,安定成長を指向する経済運営と市中消化の原則に対する配慮に基づいて考えなければならないが,これに関し,将来個人の資産選択の多様化及び公社債市場の発展が進むにしたがい,個人消化の促進も重視していくべきであろう。また,歳入不足が増大すれば公債依存度が高まることは避けられないし,わが国の政府債務残高をGNPと比較すると,英米に比べればまだ低いが,近年傾向的に増大しつつある( 第120-1表 )。一方,こうした負担が著しく高まつた主要国は債務残高を抑える方向に動いてきたことにも留意しなければならない。
第3に財政危機の実情にかんがみ,歳出の見直しとあいまつて,歳入面でも各種優遇措置の整理合理化をはかるとともに,歳入の確保とその安定化を急ぐ必要がある。そのためには,わが国の租税負担率が諸外国に比して低い水準にあること,間接税の割合が遂年低落してきていること,安定成長下において法人税の伸び悩みが予想されることなどの事情を考慮し長期的視野にたつて,今後付加価値税の創設等間接税の拡充について検討を進める必要があろう( 第120-2表 )。
付加価値税については,逆進的効果をもつのではないか,物価を上昇させるのではないか,中小企業の負担を増大させるのではないかなど,いろいろの反対意見が現に存在しているが,それらの問題のひとつひとつについて,慎重な配慮を加えつつ,今後の課題としての具体的な検討を開始すべき時期にきているものと思われる。
いずれにしでも,上記の如く公債に安易に依存することは好ましくないことからも,国民は歳出面での抑制か歳入面での増税かという選択を迫られることになろう。
福祉充実をはかるうえで,個人の高い貯蓄を活用することは重要であるが,その際特に財政投融資の運用があげられよう。財政投融資の原資の6割程度は郵便貯金と厚生年金で占められ,そのうち郵使貯金は40年代を通じて比重が増加している( 第121図 )。また使途をみると,住宅・生活環境向けなどの比重が増し,福祉への傾斜を強める方向にある( 第122図 )。老令年金の充実と人口の老令化は,今後,厚生年金の比重を低下させるので郵便貯金への依存度は一層高まるであろう。こうしたなかで,財政投融資の配分は第1に,引続き福祉への傾斜を強める必要がある。その場合,例えば住宅金融については,財政投融資を原資とする政策融資のあり方として,住宅困窮度,所得水準等を勘案して真に国の助成を必要とする者に融資を優先的に行なつていく等の配慮を払う必要があろう。なお,福祉充実における住宅の比重が大きいことを考えると,住宅に対する政策金融を拡充するとともに,住宅貸付債権の流動化の促進,民間住宅金融充実のための体制整備を含め住宅金融の安定拡大を講じる必要があろう( 第123表 )。
第2に,資金運用部資金による公共債の引受けは,市中消化の原則にもとるものではないが,将来,公社債市場が発達してくるなかで,民間による公共債消化の比重が高まるよう配意すべきであり,また,それが福祉に向けての財政資金の配分にも資するものとも考えられる。公債等の保有者別構成比を国際比較すると,欧米主要国では日本と違つて個人の比重が大きい。わが国でも,今後所得の向上,個人の資産選択の多様化などにより資本市場の変化が予想されるので,こうした方向への移行が可能となるはずである。
個人部門の貯蓄超過を主として法人部門の投資超過で吸収してきたこれまでの資金の流れは,減速経済に入つていけば,今後かなり変化するであろう。法人利潤が低下するにしても他方で投資の成長テンポが鈍つて,法人企業部門の投資超過が小さくなるからである。
こうしたなかで,資金需給の多様化が強まり,従来の金融機関を通じての間接金融方式は新しい局面を迎えるだろう。これまでの間接金融方式は,資金の需給両面にその要因をもつていた。まず,供給面では,貯蓄超過部門である家計のもつ金融資産が現預金,貯蓄性預金に偏つていた( 第124表 )。これは,個人の所得は国際的にみても高水準に達したものの,資産蓄積の水準がまだ低いことによるほか,これまで短期市場金利や実効貸出金利に比べて預金金利が低位にあり,金融機関にとつて本源的預金吸収の採算上のメリットが大きかつたため,金融機関がきわめて積極的な預金吸収活動を展開したことにも基づいていた。次に,需要面では,上述したとおり,法人部門の資金不足の度合いが著しく,しかも借入に多くを依存していたこと,また最近改善がみられるものの,公社債発行条件が低位に据置かれて改訂が弾力性を欠いていたことなどから,公社債市場が十分発達しなかつた。こうした事情に加え,法人部門はこれまで大きい成長期待の下にあつたため,金融機関借入れのコスト負担感をさして意識しなかつたという面もあげられる。
しかし,資金需要と供給の両面から,従来の間接金融を修正して資金配分の多様化を必要とする動きが生じつつあることに留意しなければならない。需要パターンが変化する一方,供給パターンも,個人の所得水準が高まり,福祉充実が進むにつれて,資産選択の収益性指向が強まり,それにつれて資産選択の多様化を強めるとみられるからである。つまり,欧米主要国型へ変化することを意味する。こうした変化はわが国でもすでに徐々に起こり始めている。こうしたなかで今後の方向としては,第1に,予想される法人部門の資金需要減少に伴い,住宅ローンの拡充など福祉型の資金運用を民間ベースで行なう余地が高まつてくることである。第2は,金利の弾力化をさらに進め,また資本市場が発達すれば,金利選好に基づく資産選択の範囲が拡大することである。この意味では,今次引締め期において,公社債発行条件や預金金利がかなりひんぱんに引上げられてきたが,こうした金利の弾力化を一層進めるとともに,さらに長期的視野にたつて金融機関経営の効率化や金利の自由化の問題についても検討が望まれる。金融の国際化もこうした国内金融の変化につれて,前進することができよう。資本市場がさらに成長していくためには,上述のように公社債の発行条件が適正な水準であることが何より肝要であるが,それとともに債券発行者の責任を明確にして需要者に対する信用を高め,株式市場における個人株主の地位を向上させることなども重要である。