昭和50年
年次経済報告
新しい安定軌道をめざして
昭和50年8月8日
経済企画庁
第II部 新しい安定経済への道
第2章 新しい安定経済への道
戦後経済成長の転換は決して容易ではない。転換しなければならないということと,転換が容易であるということとは同じではないからである。もつとも戦後の高度成長は,すでに昭和40年代央から生じていた成長条件の変貌に直面して,40年代後半の5年間に,実質経済成長率は戦後のどの同一期間よりも低くなつていた( 第86表 )。しかし,ミクロ的に強くそれが感じられなかつたのは,戦後長期間続いた高度成長の惰性がまだ根強いこと,インフレーションが転換に伴う諸問題をおおいかくしていたことによる。だが,50年代初頭においては,インフレーションの収束とともにこうした転換期の問題が浮かび上がつてくる。それを回避しようとすれば,インフレーションを再燃させてしまう。インフレーションを断ち切るためには,ここで転換期の諸問題を直視することが必要である。
まず第1は,民間投資が鈍化して貯蓄超過が生ずるのではないかということである。40年代後半における総貯蓄の動きをみると,GNPに対する総貯蓄比率はほとんど変わらないがそのなかで法人純貯蓄や政府純貯蓄の比重がかなり低下し,個人純貯蓄がそれを補う形で増加しつつある( 第87表 )。一方,総資本形成の内訳をみると,企業設備が漸減して,民間住宅の比重が高まり,政府資本形成も従来の比重を維持しようとする傾向がうかがえる( 第88表 )。
今後インフレーションの収束につれて名目GNPの成長率が低下してくると,総貯蓄では企業利潤や税収の鈍化から法人純貯蓄や政府純貯蓄が伸び悩み,総資本形成では企業設備の減少が目立つて,全体としては貯蓄超過の可能性がでてくるだろう。こうした変化に適切に対応していかないと,経済が不安定になるという問題がある。
第2は,福祉への恒常的支出増に収入が追いつかず,政府バランスが悪化するのではないか,ということである。
財政支出は,40年代後半から名目GNPの伸びを上回つて大幅に上昇しているが,これは,財政主導型及び福祉型ヘ日本経済が転換しつつあるためであつた( 第89図 )。
こうしたなかで,政府バランスは次第に悪化しつつあつたから,減速経済に入ると,それがさらに拡大する可能性があるといえよう。法人税の伸び悩みや間接税の鈍化が生ずるからである( 第90表 )。
第3は,企業行動の価格指向が強まるのではないか,ということである。過去における企業の生産集中度と製品価格の伸縮性を,価格変動の元来大きい生産財業種について日米比較してみると生産集中度にはさしたる相違がないが,製品価格の伸縮性は,成長率が高いほど大きく,それが低いほど小さいという関係が認められる( 第91表 )。
これは,減速経済ヘ入つた場合,製品価格の伸縮性が次第に小さくなることを示唆している。すでにわが国においても,昭和40年代後半から市場価格を維持しようとする企業の動きは強まりつつあつた。もつとも,第1部第1章(2)でのべたインフレーション収束過程にみられた卸売物価の鎮静化は,きびしい総需要抑制策と競争促進気運の下で,こうした市場価格の硬直化が防がれたことを示している。
しかし,経済企画庁内国調査課で本年1月末,東証1・2部上場1554社について行なつた「転換期における企業行動」に関する調査によれば,今後1年間の主要製品価格について上昇するとみるものが70.5%を占めている。その背後には強いコスト圧力があるが,これをどのように吸収していくかをめぐつて,価格問題が再び表面化してくる可能性は決して小さくない。
第4は,これまでの労働力需給が緩和し,雇用問題が表面化してくるおそれが強い,ということである。
そこで問題になることのひとつは,人口構成の老令化である。将来人口推計によれば,昭和60年には55才以上の人口は2,400万人,全人口の約20%に達する。これは,14才以下の人口の伸びが50年代後半に入ると急速に低下し,やがて絶対数でも減少に転ずること,その反面,65才以上の人口は毎年3%前後の高い伸びを続けるからである。雇用問題が中・高年層を中心に生ずることを示唆している。すでに,わが国の労働力需給は,若年層中心の不足傾向を示し,55才以上については,求人2人に求職者10人という過剰であつた(昭和49年10月現在)。
これは欧米諸国と異なつており,例えばアメリカでは,先任権に基づくレイ・オフ制度があつて勤続年数が長いほど雇用が安定しているため,年令が高まるにつれて失業率は低下するが,わが国では若年層において摩擦的失業があることなどを考慮すると中・高年層の失業率の方が高くなつているとみられる( 第92図 ,ただし男子)。
いまひとつは,産業調整の過程で生ずる失業の吸収である。産業の盛衰は経済の発展過程ではつねに生ずるが,その転換は石炭産業の例にみるように経済が成長しているときほど容易である。しかし現在問題になつている繊維産業についてみると,結婚退職や,転職が比較的容易な若年女子が多いという事情があるにしても,特定地域に事業所が集中しているため局地的に影響が大きい(福井,石川など)。減速経済になると再就職がむずがしくなる,といつた問題が生じよう。
第5は,近隣諸国にとつて大きい輸出先である日本市場の成長が鈍化することである。これまでの推移をみると,過去10年間に東南アジアの輸出は名目べースで年率約14%の成長を遂げてきたが,地域別に伸びの大きかつたのは日本とアメリカであり,特に日本向けは1973年には全輸出の23%を占め,わが国がアメリカをしのぐ最大の輸出市場となつている( 第93図 )。
このような東南アジアの輸出の高成長は,経済の工業化が進んだことと関係がある。とりわけ,台湾と韓国の工業化率は,最近では昭和30年のわが国の水準(27.5%)程度まで上昇し,またそれはすぐれて輸出指向型の工業化であつた( 第94図 )。東南アジア諸国における,こうした工業化を通じての経済成長率の高まりは,時とともに日本市場への依存度を高めつつあり,その輸出と経済の伸びは,わが国の経済に左右される面が大きくなつてきている。いま,日本経済の名目成長率が5%変化したと仮定して試算してみると,1968~73年におけるわが国の名目GNPに対する輸入弾性値,東南アジア諸国の対日輸出とその実質成長率との関係が変わらないとすれば,東南アジアの成長率は約0.8%変化することになる( 付表6 参照)。もつとも,わが国との関係の強さは国によつて必ずしも一様ではない。各国の対日輸出依存度を1人当たりGNPとの比較でみると,第1は比較的経済水準が高く対日依存度も高いグループ(香港,シンガポール),第2は経済水準は高いが対日依存度はやや低いグループ(オーストラリア,ニュージーランド),第3は,経済水準は低いが対日依存度は高いグループ(マレーシア,台湾,韓国,フィリピン),第4は経済水準も低く対日依存度も低いグループ(タイ,ビルマ,インド,パキスタン,スリランカ)の4つのタイプに分けられる。したがつて,日本経済の減速が東南アジア経済へ及ぼす影響は,こうしたタイプによつてかなり異なる。前述のようなわが国の経済成長の低下による影響を国別にみると,もし各国の輸入が一定であるとすれば,対日輸出の減少による貿易収支の悪化は,韓国,台湾,インドネシア,オーストラリアで大きい( 第95図 )。
減速経済下で生ずる以上のような諸問題を避けつつ,日本経済を「成長条件の変貌」にどう適応させていくか,それがこれからの日本経済の基本的な課題である。