昭和50年

年次経済報告

新しい安定軌道をめざして

昭和50年8月8日

経済企画庁


[前節] [次節] [目次] [年次リスト]

第II部 新しい安定経済への道

第1章 成長条件の変貌

(2) 資源制約

1973年秋の石油危機は,世界の資源供給事情を一変させた。それは,南北問題に結びついた国際的な資源利用の平等化,つまり,開発途上国の経済開発が遅れたままで,その国の資源が先進国に消費されてしまうことへの反発を示唆していた。この動きは広く資源保有先進国の関心を高め先進国においても資源管理の重要性に目ざめつつある。戦後の豊富・低廉な資源供給の思想は終上符を打たれたといよう。

第73表 資源輸入における日本の地位(OECD輸入に占める割合)

(人為的な供給制限の可能性)

もちろん,すべての資源について供給制約が生じたわけではないし,そうした供給制約も必ずしも資源の物理的枯渇を意味しない。最近の資源制約の実態は,①資源保有開発途上国が自国資源の経済的価値に目ざめ,資源温存と輸出価格引上げにのりだしたこと,②自国の有力資源を政治問題と結びつけることによつて自国に有利な政治的解決をはかるという形で人為的な供給制限が強まり,資源の供給弾力性が低下しつつあることにある。

こうした状況下では第1に,資源の輸入大国である日本の消費動向が世界の資源需給や価格に大きい影響を与える。いま,OECDの資源輸入に占める日本のシェアをみると,銅鉱石,鉄鉱石,石炭,原油では日本がもつとも大きいし,時とともにその傾向が強まつている( 第73表 )。これは,消費の増加率が他の諸国より高いことを物語るとともに,西欧諸国が製品輸入の増加によつて需要の増大に対処してきたのに対し,日本が消費地加工の建前を維持してきたことを物語つている。現在の産業構造を前提として各国とも従来の消費テンポを続けると仮定すれば,1985年にはわが国一国で世界の主要資源消費の2~3割を占めるようになるだろう( 第74図 )。資源の有限性や低い供給の弾力性を考えれば,資源保有先進国や開発途上国の経済成長が資源の巨大消費国であるわが国の高度成長によつておびやかされ,あるいは,世界の資源需給がわが国の高度成長によつてひつ迫し,世界の資源価格の上昇が加速する可能性が生まれてくる。

第2に,こうしたなかで資源の人為的な供給制限が加えられると,日本経済がこうむる影響はきわめて大きくなる。いま,資源の人為的な供給制限が行なわれる経済的条件を調べてみると,次の諸点があけられよう。第1は資源可採年数(可採埋蔵量/年間生産量)が短いことで,これは世界的な需給ひつ迫傾向を生じ易いこを示す。第2は資源の生産集中度が高いことで,これは供給側の自由裁量性が大きいことを示す。第3は需要の価格弾力性が低いことで,これは値上げをしても需要が減りにくいことを示す。第4は資源の供給弾力性が小さいことで,これはつまりアウトサイダーの供給弾力性,代替資源の存在とその開発可能性に依存している。第5は資源供給国側の結束度が消費国側の対抗力を上回つていることである。供給側の結束度は生産国間のモノカルチャー性,工業化水準などの経済的同質性や外交的利害の共通性,消費国側の対抗力は資源消費の特定供給国依存度と当該特定供給国への輸出がもつ相手国にとつての重要度のいかんによる。以上の諸条件をもつともみたしうるものは当面石油をおいて他にはないようである( 第75表 )。

わが国における資源供給構造をみると,第1に自給率がきわめて低く,先進国の消費に占めるシェアは大きい。第2に特定供給国からの輸入集中度がきわめて高い。第3に特定供給国の輸出に占めるわが国のシェアが大きく,反面,それとの対抗力にもなりうるものとして,輸入に占める日本のシェアをみると,一部の国を除くとそれは小さい( 第76表 )。そのような供給構造の下で高い輸入の伸びを続ける日本の高度成長は,世界の資源事情が一変しつつある今日においては,日本経済を不安定化することになる。石油危機の発生は,こうした日本経済の不安定性をはつきりと示した。

先進諸国はいま,エネルギーの消費節約及び域内のエネルギー開発を通じて輸入依存度を低減する方向ヘ動き出している。OECDの75年1月の見通し(目下改定中)によれば,一次エネルギー消費量の伸びを年率で1960年代の5.0%から1972~85年については3.8%に低め,石油輸入の比重低下と原子力,石炭などエネルギーの自給向上を見込んでいる( 第77表 )。

このなかで,アメリカは完全自給を達成するばかりでなく石油輸出国に転じ,ヨーロッパも石油輸入は現在水準より低下するが,わが国の輸入はなお8割も増加することになる。もつとも,この見通しは努力目標的性格のものであり,その実現には北海,アメリカの大陸棚などの石油開発(1985年で北海530万バーレル/日,アラスカ陸上及びアメリカ大陸棚690万バーレル/日),オイルシェールやタールサンドからの石油の生産,原子力発電の比重増大(各国のエネルギー計画によれば,総発電量中のシェアは1985年でアメリカ3割,西ドイツ4割,フランス6割)などを必要としているが,これには少なくとも現在の原油価格が前提であり,環境と開発のトレード・オフなど種々の問題もある。また他方では,こうした消費国側の対抗力強化を反映して,中東・アフリカ産油国の生産能力が過剰となり,原油価格は結局長期的には低下せざるををえないという楽観論もあつてエネルギー制約の先行きについて断定的に考えることはできない。しかし,いずれにしても,世界の資源供給事情が変化し,開発途上国における貸源利用の平等化要求と先進国における資源消費管理化の必要性が強まりつつあることは明らかである。このような情勢の下では,節約や代替エネルギー開発等の国際協調を進めるとともに,わが国産業構造の省エネルギー化やエネルギー自給度の向上に長期的視野から取組みながら,世界の新しい資源環境に即応できる安定成長の軌道を実現することによつて日本経済自身の安全保障を高める必要が増している。

(海洋利用の諸問題)

資源制約には,また次のような側面があることも見逃してはならない。本年4月,第3次世界海洋法会議(第3会期)が開催された。これまでの討議を通じて,領海の範囲設定,経済水域の設定,深海底鉱物資源の開発問題などにつき,合意はみられなかつたものの,明年3月から始まる予定の第4会期における実質的交渉の進展に大きく資することとなつた。

また,本年に入つて,マラッカ海峡における邦船タンカー事故が2度も起こつた。資源輸入大国のわが国はまだ海洋国家でもある。日本経済の血液ともいうべき石油は中東諸国からわが国の太平洋岸諸港ヘ日夜大量に輸送されており,そのパイプはまさに日本経済の大動脈ともいうべきものである。だが大型タンカーの国際海峡における事故は,国際的な海洋汚染問題を提起する。

国際海峡における船舶航行や船舶による海洋汚染の規制についても,開発途上国を中心に沿岸国の権限強化の動きが強まつている。こうした動きが,国際法における新たな安定した秩序の形成にまで発展するには,なお時間を要しよう。しかし今後の方向として,海洋国家日本の経済活動が,海洋航行の側面でいろいろな制約をうける可能性は大きくなりつつあるといえよう。また,わが国の動物性蛋白摂取量の約半分を占める水産物の漁獲についても同様のことがいえる。経済水域200カイリが設定されると,この水域内のわが国の漁獲量は,48年度の総漁獲量の約45%を占める( 第78表 )と推定されるので,その漁獲量を維持することさえ困難になることが考えられる。これは結局,海上輸送のコスト高や遠洋漁業の縮小となり,資源の供給弾力性が低くなることを示唆している。

(工業用水の問題)

なお,国内資源としては,工業用水の問題がある。工業用水使用量は,冷却用を中心に40年以降平均10.7%の伸びを示してきた。水源別にみると,海水が約30%を占めるが,そのシェアはほとんど変化していない。一方,淡水の内訳をみると,回収水が40年の36%から47年は58%へその比率を高めており,回収水を除いた淡水の使用原単位はこの間に45%も向上している。業種別に回収水を除く淡水の使用量の推移をみても,化学,紙パ,一次金属,繊維,食料品の5業種で使用量の80%強を占め,ほとんどの業種で原単位の向上がみられる。

しかし,従来の高い成長率と産業構造が今後も続く場合には,原単位が47年よりさらに,40%向上すると見込んだ場合でも,昭和60年には回収水を除く淡水(工業用)に不足を来たすおそれがある。もつとも,成長率が鈍化するなかで産構審答申(49年9月)にそつた産業構造の転換が行なわれるなら,供給不足はかなり解消されるといえるが,開発コスト増大など困難な問題が生ずる。この問題の解決のためには相当の努力を必要としよう。