昭和49年

年次経済報告

成長経済を超えて

昭和49年8月9日

経済企画庁


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第2部 調和のとれた成長をめざして

第3章 福祉充実と公共財の供給

3. シビル・ミニマムと公共部門の役割

(1) 公私の役割分担

(公私共存分野の実態)

福祉充実の中心である生活に関連する公共財の供給は,当然,人々の生活圏を中心とした地域の段階において検討されなければならない。したがつて,生活に必要最低限な公共財供給を確保するというナショナル・ミニマムの考え方は,地域の独自性を生かしたシビル・ミニマムとして具体化されることになる。しかも,公共財としてミニマムの考え方からとりあげられるものは,所得再分配効果の大きいものであり,財の性格上必ずしも公的部門が直接供給する必要があるわけではない。

こうした事情から,その供給主体は公的機関と私的機関が混在し,地域によつてその程度に違いがある。

福祉関連の諸施設について,供給主体の公私比率をみると,教育では義務教育の小学校・中学校はほとんど公的経営であるのに対し,幼稚園は私的経営の比率は大きい。また,社会福祉施設には保育所のように公的経営比率が高いものもみられるが,老人施設や児童(精薄児)施設については私的経営がかなりのウエイトを占めている( 第II-3-14図 )。

公立・私立別に地域分布をみると,公立の方がより人口密度の低い地方に片寄り,私立は相対的に都市に多い傾向がみられる。これには私立経営が所得水準の影響を受けやすいことが反映している。とくに小学校・中学校などほとんどが公立で占められている分野では私立の都市集中が目立つている( 第II-3-15図 )。

最後に,人口密度の低い順に都道府県をとり,施設の分布状況をみると,幼稚園を除き,人口密度の低い地域ほど人口当たり施設数が多い傾向がある。もちろん,これは全人口に対する比率であるので,需要との関係を直接示しているとは限らない。たとえば,老人施設に対する需要は,都市よりも老人人口比率の高い地方の方が多いと考えられるし,また,積雪地などでは遠く離れた公共施設に通うことは事実上不可能であるから,地方の方が恵まれているとは限らない。

また,病院,診療所では人口急増地域と過疎地域の両方に不足現象が深刻である。したがつて,過密地域・過疎地域という両極端の性格をもつ地域における問題が,今後解決すべき課題となつている。

(施設における扶養と家庭における扶養)

幼児保育や老人保護などの分野では,経営主体の問題とは別に,家庭内で扶養・保育をするか,社会的にするかという選択がある。

もちろん,扶養者からすれば,家庭内扶養が困難なものも多い。精神薄弱者や重度心身障害者などはその例であり,寝たきり老人,難病,奇病にもそういつた側面が強い。しかし,一般の老人扶養については,若干の介護又は適切な住居等が提供されれば,十分に自活していける条件があるので,施設に収容すればよいということにはならない。とくに,老人は慣れしたしんできた場所で生活したいという欲求が強いからなおさらである。現状をみると,養護老人ホームに収容されている者は適切な介護者がいない,扶養するものがいない,適切な住居がないといつた条件をもつものである。わが国の場合,老人ホームの整備もホームヘルパーの普及も,諸外国に比して遅れている現状にある( 第II-3-16表 )。

したがつて,老人ホームに収容するということだけでなく,老人ヘルパーの派遣といつた在宅対策や老人の扶養を考慮した住宅対策を一層進める必要があろう。

(シビル・ミニマムと公共部門の役割)

以上のような観点から,公共財サービスの供給にあたつて,公共部門が果たすべき役割をまとめてみよう。

第1は,シビル・ミニマムの範囲とその実現方法を明らかにし地域住民の検討にゆだねることで,長期的展望に基づく総合的なシビル・ミニマム達成の計画が必要とされている。また,老人ホームのうち個人負担の高い軽費老人ホームが不足していること,幼稚園の選択理由として「先生の質や施設のよさ」をあげるものがあることなど,サービスの質に対する欲求が高まつていることに留意する必要がある( 第II-3-17表 )。

したがって,供給するサービスの質を高め,その一部をミニマムとして公的助成を行うことが適切である場合も考えられる。

第2は,公共財サービス供給において,公的経営,私的経営,あるいは公的扶養,私的扶養を適切に位置付けする必要がある。福祉充実のためには,民間に期やすべき分野が大きいが,その性格上コスト上昇下では経営が苦しくなりやすい。とくに,利用者負担を軽減することなどの見地から公的補助が行われているものもある。

私立の保育所,老人ホームについては,施設整備について定率ないし定額の公的助成を行つている。また,私立幼稚園については設備や建物に対する3分の1の国庫補助から始まって,最近では都道府県から運営費補助が行えるよう,所要の財源を交付税に算入するなどの措置がとられている。また,福祉施設の場合には,民間の方が経営上苦しくなつているため,47年度から公私間格差是正のため,民間施設給与等の改善が導入されている。

第II-3-18図 医療,教育など公的部門における職業構造

第3は,マンパワー確保のための努力が必要である。たとえば,人口の老令化が進むために,老人サービスに必要なマンパワーは急激な増加を示すと予想されるなど,福祉の充実に伴いマンパワーの需要は今後一層増大しよう。

したがつて,産業活動部門と同一歩調での労働条件の向上が必要であり,義務教育諸学校の教育職員の人材確保に対する特別措置,公立病院看護婦の給与改善などが49年度にも行われた。また,資格条件のきびしい職種については,養成機関の充実を進める必要があるが,その地域分布をできる限り平準化することが望ましい。都道府県に最低1つの医科大学を建設する動きがあるのは,そのあらわれであろう。

なお,医療・教育など公的部門における職業構造を国際比較してみると,アメリカではサービスの比重がきわめて高い( 第II-3-18図 )。これには,職種における分業の進み具合の差もあろうが,福祉充実への一環を担うとする個人の社会的参加意識の違いも影響していよう。

(2) シビル・ミニマムと地方財政

(大きい地方財政需要)

福祉充実にとつて地方財政の役割は大きい。それは,生活環境施設の整備等の責任を地方公共団体が受持つているからである。近年の市町村の普通建設事業費の推移をみても,産業関連施設より,生活環境施設の伸びが大きい( 第II-3-19図 )。

もつとも,こうした地方財政の財政力は地方団体によつて差異があり,また財政需要も地方によつて大きな格差がある。したがつて,国は地方交付税制度によつて地方団体における財源の確保と財政力の均等化を図つており,また,国は国民社会全体からみて必要な公共サービスで実施上地方団体に委任した方がよいもの,あるいは地方団体による供給を援助,奨励する必要があるものの財源について,国庫支出金という形で地方団体に支出している。

地方財政の規模は国より大きいが,その財源はかなりの部分を国に依存するという形で,国から地方への財源移転が行われている。

しかし,それでも地方財政需要は年々増大の一途をたどつており,とくに生活環境施設の整備については,これに対する財源措置の充実が強く望まれている。生活環境施設は地域住民に密着した公共サービスを提供するという意味合いが強い,地方公共団体がその整備等に第一次的な責任を受持つていることもあつて,産業関連施設に比べて国庫支出金の割合が低い。また,いわゆる地方公共団体の騒遇負担の問題については,これまでもその解消について努力が払われてきているが,最近におけるような物価上昇の下においては,標準単価の改定など実情にみあつた措置が弾力的に行われることがとくに必要となつており,今後ともなお一層の努力が望まれる( 第II-3-20図 )。

さらに地方債についてみると,47年度は上記普通建設事業費に占める地方債の割合は産業関連施設の22.7%に対し生活環境施設は36・7%と高くなつている。

(地域によつて異なるパターン)

ところで,生活環境施設の目的別内訳を地域別にみると,大都市ほど都市計画(街路,都市下水路,都市公園など),住宅,保健,衛生費(し尿,ごみ処理など)が,また町村へゆくほど教育,民生費(児童福祉,社会福祉,老人福祉など)の比重が大きくなつている( 第II-3-21図 )。

なお,これら生活環境施設の充足状況を公営住宅について調ベてみると,都市部に比べ町村部の方が充足率が高く,特に大都市では,人口1人当たり建設費の増大が著しいにもかかわらず,充足率の増加は緩慢であり,義務教育施設では,都市化による人口急増に校舎の建設が追いつかないことを示している。

また,市町村立による保育所や幼稚園の収容率も町村部へゆくほど高くなつているが,大都市で収容率が低下する傾向にある( 第II-3-22図 )。

このようなことから,大都市における人口急増による生活関連社会資本の充足率の向上の困難性と限界費用の逓増がうかがわれ,一定のシビル・ミニマムを確保するには,多額の財政負担を必要とすると同時に,人口の集中抑制と地方分散を図ることが必要とされよう。

(人口急増と費用負担)

わが国における都市化の急激な進展と,過密化に伴う集積の不利益を排除しようとする都市生活圏の郊外への移動は,人口急増市町村の財政負担とその内容の多様化をもたらし,近年大きな問題を生ずるに至つている。これは,それぞれの市町村における財政需要と財源配分のギャップを大きくし,大都市圏における生活環境施設の充足を不十分なものにしている。

それでは,大都市におけるこのような生活環境施設の不足にどう対処すべきであろうか。

1つは,わが国の過密化現象に対して抜本的な対策が必要であり,地方分散,地方都市の育成,大都市整備の課題に真剣に取組まなければならないことである。

2つは,地域住民にとつて福祉充実がもつと身近かなものになるよう,地方団体が地域住民のニーズに応えていく努力が今後とも一層必要であり,また地域住民としても高福祉,高負担の具体化について十分な理解を深めることが必要とされよう。現在,人口1人当たりの市町村税負担をみると,人口急増市町村の税負担は一般市町村や過疎市町村より多いが,財政需要がそれを大きく上回つてふえていくため,その財源確保が大きな問題となつている( 第II-3-23表 及び 24図 , 25図 )。こうした事態に対しては,大都市圏としてあるいは当該市町村として新しい財源問題について今後の努力が必要とされる。