昭和49年

年次経済報告

成長経済を超えて

昭和49年8月9日

経済企画庁


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第2部 調和のとれた成長をめざして

第2章 新しい価格体系への課題

2. 生産要素市場の変貌

資源配分が有効に機能するためには,前述のような商品市場の価格メカニズムが問題になるが,それと同時に生産要素市場における価格メカニズムも問題になる。以下にその実態を分析してみよう。

(1) 労働市場における賃金決定

わが国の賃金上昇率は,次第にそのテンポを高めている。30~35年度の5.6%,35~45年度の12.2%から45~48年度には17.4%と上昇テンポを高めた。これは,30年代以降の高度成長過程で,労働需給がひつ迫基調へと変わつたためである。労働需給の度合を示す有効求人倍率についてみると,42年度の1.05倍を境として基調が変化している。すなわち,それ以前は,景気変動に伴つて上下したものの,景気上昇期でも有効求人が有効求職をこえることはなかつた。ところが,それ以後は,不況期でも有効求人が有効求職を下回ることがなくなつている。こうしたなかで,労働力需給と賃金上昇率の関係は40年代に入つて変化している。充足率と賃金上昇率の関係でみると,30~40年に対し41~48年は賃金上昇率が労働力需給の変化に対してより敏感になつていることがわかる( 第II-2-19図 )。

そこで,40年代に入つてからの労働市場をみると,いろいろ注目すべき変化が生じている。1つは,賃金の高位平準化の動きが強まつてきていることである。これは,大企業高収益企業の賃金決定が春闘賃上げ相場形成に大きな影響をもつようになつてきていることによるものである。

2つは,こうした賃金波及過程で,収益性の劣る企業の賃金コスト上昇圧力が高まり,その価格転嫁の動きが強まつていることである。

3つは,このような賃金平準化のなかで,労働力移動の鈍化が生じていることである。これは労働力の年令構成において,労働移動率の高い若年労働者層の比重が低下したことによる面が大きいが,一面では,労働力の企業内定着を図るため,低収益企業でも高い賃金を支払うようになつたことの影響でもある。以下にその実態を分析し,今後の課題を考えてみよう。

第II-2-20図 労働力率の推移

a. 労働力需給のひつ迫

わが国の労働力需給は,近年一層ひつ迫基調を強めている。第1は,需要パターンの変化による労働の需要弾力性の上昇である。需要のうち輸出と消費を比較すると,消費の方が資本節約,労働使用型となつているが,為替調整によつて輸出成長率が低下し,他方で福祉充実への要請が強まつてくると,私的消費が高まるだけでなく,社会的消費も高まつてくる。社会的消費については第3章で述べるが,こうした傾向は同じ経済成長率でも労働需要がふえることを意味している。

第2は,労働力供給の増勢鈍化である。1つは,生産年令人口の増勢鈍化で30年代は年率2%程度増加していたが,40年代に入つて急速に鈍化し,最近は1%に落ちている。しかも,若年層の伸びが低く,老令化が進んでいる。2つは,労働力率で,男女合計でみると,30年の70.8%,40年の65.7%,48年の64.6%と低下傾向を示している( 第II-2-20図 )。この理由のひとつは,15~19才層における進学率の高まりのため,30年代後半からこの年令層の有業率が目立つて低下したことにある。いまひとつは,若年層以外の女子有業率の頭打ち,ないし低下である。これは,世帯主の所得や学歴が高いほど女子有業率が低くなる傾向がみられることからいつて,所得水準の上昇に起因していると考えられる( 第II-2-21図 )。3つは,労働時間の短縮化で,これは週休2日制の普及のほか,労働者の意識が従来の所得選好から,最近は余暇選好ヘ変化しつつあることも影響している。

需要と供給の両面から,労働力需給は今後ますますひつ迫していく方向にあり,それが労働市場における賃金決定に影響を及ぼす関係にあるといえよう。

b. わが国の賃金決定機構

(これまでの賃金変動要因)

ところで,わが国の賃金変動の内容をみてみよう,賃金は大別して,基本となる所定内給与と超過勤務給与と特別給与(ボーナス)の3つからなる。その前年比増加率をみると,基本となる所定内給与は強い上昇テンポを示しているが,これに比べると超過勤務給与と特別給与は伸縮的な動きをみせている( 第II-2-22図 )。

ここで,主役となつている所定内給与の上昇率をみると,これは春季賃上げ率と密接な関係にあることがわかる。30年代から始まつたいわゆる「春闘方式」は,わが国の基本的な賃金決定機構として定着したといえる。春季賃金交渉参加人員は,48年において927万人,組織労働者の76.6%,全雇用者の25.6%に及ぶまでになつている(30年には組織労働者の11.7%,全雇用者の4.2%で春季賃金交渉参加人員は73万人にすぎなかつた)。

しかし,こうした春闘賃上げ率の決定要因を分析してみると,労働組合の交渉力を示すと思われる春季賃金交渉参加人員,組合組織率,ストライキによる損失日数と春季賃上げ率の関係はあまり密接ではない。むしろ,労働力需給をあらわす有効求人倍率や充足率と春季賃上げ率の関係の方がはるかに密接である( 第II-2-23図 )。このように,わが国の賃金決定が労働力需給に強く影響されているということは,賃金調整関数の国際比較によつてみても明らかである( 第II-2-24表 )。西欧諸国では賃金上昇率の6~8割が前期賃金上昇率によつて説明され,生産性,労働市場,消費者物価といつた他の要因に影響されることが少なく,賃金が独自に動く傾向が強い。これに対して,わが国では,賃金上昇率の5割程度は労働市場要因で説明することができる。

(賃金上昇率の下方硬直性の強まり)

このように,わが国の賃金決定は西欧諸国とかなり違つた内容を示しているが,しかし完全雇用経済ヘ移行するとともに,賃金変動の下方硬直性が強まつている。

春季賃金交渉における賃上げ額は,40年までは好況期には前年実績を上回り不況期には下回るという形で景気変動に敏感に対応していたが,40年代の好況下で労使交渉において前年実績十α方式が拡大し,46年には不況下であつたにもかかわらず賃上げ額は前年実績を上回つた。こうしたなかで,これまで伸縮的であつた超過勤務給与や特別給与も,40年代に入つてからは前年水準を下回らなくなるなど,賃金上昇率の下方硬直化が目立つようになつてきた。

いま,超過勤務給与の変動要因をみると,31~35年には所定外労働時間の影響が73%もあつたが,45~49年には35%と半減し,所定内給与の影響が大きくなつている( 第II-2-25表 )。同様の傾向は,特別給与についてもいえる。大手114社の年末一時金を上昇率別の分布でみると,30年代後半から40年代初めにかけては,好況期にはある一定の上昇率ヘ収れんするが,不況期には分散してしまうというパターンがみられる。これは,企業収益が不況期には格差が拡大することを反映したものとみられる。しかし,46年不況においては,前年水準をかなり上回つたところへ収れんするという好況期のパターンが,不況期にもみられるようになつてきた( 第II-2-26図 )。こうした動きが生ずるようになつた原因を調べてみると,企業収益に関係が深い1人当たり付加価値額の影響が最も大きいことに変わりはないが,37~42年に比べて,44~48年には春季賃上げ額の影響が強まつてきているのが注目される( 第II-2-27表 )。

(賃金の高位平準化)

賃金の高位平準化の動きが目立つてきているのも,最近の賃金変動にみられる特徴の一つである。これは労働力不足のなかで労働者の賃金比較意識が高まり,それを背景に賃金改定にあたつて世間相場を重視する傾向が強まつてきていることによるもので,とくに40年代に入つて労働力不足が大企業に及んでくるのに伴い,大企業内部での賃上げ額の高額化,平準化が目立ち,労働力不足を背景に中小企業の賃上げもそれに沿うようになつてきた。

いま,大企業と中小企業の賃金の関係を相関係数でみると,中企業,小企業のいずれにおいても,近年においては大企業より遅れて賃上げを行い,また,その影響を強く受けるという傾向が生じている( 第II-2-28図 )。このような動きは,伸縮的であつた中小企業賃金においても,次第に大企業賃金,ひいては春季賃上げの影響が強まりつつあることを物語つている。

また,賞与一時金は企業業績の動向を考慮して決定するものが大半を占めているが,最近大手企業間で一時金額を揃えようとする動きがみられ,一時金変動係数も40年代に入つて目立つて低下している(第II-2-29図)

c. 最近の賃金変動のメカニズムと今後の課題

しかし,以上のような賃金の下方硬直化や高位平準化の強まりは,すべての企業の支払能力によつて裏付けられていたわけではない。東証1部上場の大企業175社について,経営諸指標の企業間格差の推移をみると,1人当たり労務費は40年代に入つて急速に縮小しているが,売上高・労務費比率つまり賃金コストは逆に著しく拡大し,それに伴つて売上高・営業利益率の格差も大きくなつてきている( 第II-2-30表 )。その理由は労働力不足が企業の経営態度のなかにビルト・インしたことに求められよう。つまり,賃金決定にあたつて,自己企業の業績よりも世間相場を重視して,労働力の確保・安定を図ろうとする動きが強まつているからである。労働省「賃金引上げ等の実態に関する調査」によれば,48年においては,賃上げ決定にあたり第1順位に重視した事項として「世間相場」を挙げた企業が34.8%と最も多くなつており,47年において最も多かつた「企業の業績」は第2位に後退している。また,「労働力確保・定着」を重視する企業も多くなつている。こうした最近の賃金決定ビヘイビアの変化が,労働力需給のひつ迫するなかで労働力移動の低下に結びついている面もある( 第II-2-31図 )。

このようなわが国賃金の下方梗直化や平準化の強まりは,第1に,支払能力の大きい大企業の賃金決定が「春闘相場」の形成に大きな影響をもつようになつてきたこと,第2に,労働市場の完全雇用化が賃金の企業間の相互関連性を強め,大企業の高額の賃上けが中小企業に速やかに及ぶようになつてきていること,第3に,商品市場の価格指向性が賃金コストの価格転嫁を容易にしていることという理由によるものとみられる。

わが国の雇用制度は,終身雇用,年功賃金,企業別組合の諸要素を基本としており,それを背景とするわが国の産業別組合は,個々の加盟組合員に直接サービスを提供し,統制を及ぼす欧米の産業別組合とは性格を異にしている。したがつて,上記のような賃金パフオーマンスを労働組合の交渉力によるコスト・プッシュとみることはできない。しかし,商品市場における価格指向性が強まれば,完全雇用のもとで福祉充実を図らなければならない今後の日本経済は,コスト・インフレーションの脅威に直面するであろう。

こうした事態に対処するためには,まず第1に,商品市場における競争促進政策と,適切な総需要管理が必要である。安易な追随的賃上げが行われるのは,ひとつには賃金コストの上昇を価格ヘ転嫁できる条件があるためであり,この条件をなくすことが必要である。第2に,巨大企業の価格決定やその労使の賃金決定について,社会的責任を重視する必要がある。

これとともに,労働者の生活保障の面についての政府の配慮もますます重要となつてきている。産業構造の転換に付随して起こる産業調整のなかで,労働条件を保証し,税制改正の活用,社会保障の充実,土地・住宅対策などを通じて所得再分配を図る政府の責務は大きい。

こうした社会的条件の整備を図りつつ,幅広い労働条件の向上や,国民福祉の充実と経済の安定について,労働組合,経営者,政府の間に共通の場を設け,この問題の解決に国民の合意を求めるようにすることが必要である。

(2) 資金配分と金利機能

経済活動を支える資金の流れは,一般に生産と消費の過程で生ずる。所得が消費と実物投資を上回る家計部門は黒字に,他方,所得より消費と実物投資の方が大きい企業部門は赤字になるが,こうした家計部門の貯蓄が,企業部門の投資にいかにチャンネルされるかが資金配分の問題となる。この資金配分が効率的に行われない限り,すでに述べたような経済構造の変化は円滑に進まない。

資金配分が効率的に行われる必要があるが,そのためには貸手と借手の取引価格である金利が,十分に機能しなければならない。もつとも,そのような金利機能は,制度,経済の発展段階,実体経済の状況などによつて影響されるので,機械的な議論はできないが,日本経済が変貌して完全雇用経済ヘ移行し,そのなかで,新しい価格体系をつくつてゆかなければならない現状において,金利機能の果たすべき役割は大きいといえよう。また,インフレーションの脅威も大きくなつている現状では,金利の弾力化は,金融政策の有効性を保つうえで必要とされるばかりでなく,貸手の家計と借手の企業の間の不公平を是正するという側面からも問題となつてこよう。こうした観点からその実態を検討してみよう。

a. わが国金利変動の特色

近年における各種金利の変動を国際比較してみると,コール・レートは金利水準,変動係数共に各国間であまり差がみられない(第II-2-32図,33表)。短期の自由な市場金利は,わが国でも大きな伸縮性をもつているといえる。しかし,貸出金利についてみると,わが国は伸縮性に乏しく,また,金融ひつ迫期の上昇が小さい。これに対して国債,社債の流通利回りはコール・レートと貸出金利のほぼ中間的な動きをしている。なお,預金金利は,貸出金利に比べて,さらに硬直的なものとなつている。

諸外国に比べて,わが国諸金利の変動にこうした大きな違いがみられるのは,制度的にその変動が強く制約されている金利とそうでない金利とがあり,その制約の強弱によつて,資金需給の金利変動への影響の度合が大きく異なるためである。たとえば前者の例として,貸出金利についてみると,その中心を占める短期大口貸出しについては,臨時金利調整法により金利に上限が設けられているほか,全国銀行の場合さらにその範囲内で自主規制を行つており,それは,優良貸出先に対して適用される標準金利を含め公定歩合と連動する慣行をとつている。こうしたこともあつて,貸出金利が資金需給によつて変動する余地は少ない。ちなみに金利関数で分析してみると,表面金利でみても,あるいは実効金利でみても,その変動の大部分は,公定歩合によつて説明されている( 第II-2-34図 )。このほか,公社債についても,発行条件の改定が弾力性を欠き,このため,流通利回りの上昇する金融ひつ迫期には,流通利回りと応募者利回りの間には大きな開きがみられた( 第II-2-35図 )。

b. 金利弾力化の重要性の増大

このようにわが国金利の伸縮性が乏しいこと,及び各種金利の変動に大きな違いがあることは,資金配分の経済構造の変化への対応を不十分なものとしている。

第1に,公共部門の資金需要の増大に伴い,公共部門への資金供給をより拡大する必要があるが,公共債の円滑な消化を図るべき公社債市場が未発達な状態にある。第2に,民間部門における資金需要の内容の変化,あるいは,金融構造の変化などの過程で,ともすれば,資金配分に歪みが生じやすくなつている。このことは,一面では金融政策の効果を弱める原因ともなつている。

(公共部門の資金不足と公社債市場)

わが国における近年の資金の流れのなかの大きな特徴の1つは,公共部門における資金不足が顕著となつてきたことである( 第II-2-36図 )。これは,30年代後半から公社,公団,地方公共団休の投資超過が強まり,40年代に入ると国も投資超過になつたためである。地方財政における地方債の比重増大は第3章で述べるが,国の歳入に占める国債依存度をみると,本格的な国債政策がスタートした41年度の16.9%から45年度の5.4%へと低下したものの,48年度には16.4%へと上昇してきている。

このような公共部門における資金不足の拡大は,法人部門の資金不足が著しかつたこれまでのわが国のマネー・フローのパターンを次第に変えるものであつた。また,公共部門の資金不足拡大と,その結果としての公共債の発行量増大は,公社債市場の発達を促す契機ともなりえたはずである。しかし,実際には,家計の資産蓄積がなお低水準にあるため,個人の預貯金選好が強く( 第II-2-37図 ),さらに,公社債の発行条件が低位に据置かれたことなどから,公社債市場の発達は不充分なままにとどまつた。

このため,マネー・フローの変化にもかかわらず,証券市場を通ずる直接金融の比重は依然として低い。すなわち,金融機関を通ずる間接金融の比重は,40年代に入つてやや低下したものの,47年には再び高まり,90%をこえている。最近の上昇には景気過熱や,金融引締めによる循環変動という面もあるが,わが国の資金配分パターンは依然間接金融を中心としている。

このため,公共部門の発行する債券も,公社債市場を通じて個人が保有するということは少なく,その発行額のほとんどが,金融機関によつて引受けられる結果となつている(第II-2-38図)。しかし,今後,公共部門の資金需要がますます増大するとすれば,発行条件の伸縮化などを含めて公社債市場の発達を図り,公共債引受先の多様化に努めるなど,公私両部門間の資金配分を円滑に進めるための努力が必要であろう。

(金融構造の変化と金利機能の重要性の増大)

経済構造の変化は,一方では,民間部門での資金の需給関係に変化をもたらす。間接金融の担い手である金融機関内部の構成についても,かなりの変貌がみられる。貸出残額のシェアでみると,都市銀行が低下した反面,中小企業金融機関,保険,農林系統機関が上昇している( 第II-2-39図 )。

これは,第1に,資金の地方偏在による。財政資金の対民間収支をみると,大都市の揚超,地方の散超というパターンが近年ますますはつきりしている( 第II-2-40図 )。

第2に,個人所得の増大に伴い個人貯蓄の比重の高い信用金庫や保険の資金増加が相対的に大きくなり,また地価高騰による貯蓄増が主として農林系統金融機関に集中したことである。第3に,従来金融引締めの中心となつてきた都市銀行の貸出シェアが引締期になると低下し,中小企業金融機関や農林系統金融機関などの余資金融機関が,この時期にシェアを高める傾向がみられたことである( 第II-2-41図 )。

こうした金融構造の変化の過程で,今回の金融引締下においては,金融機関の資金供給の仕方に一つの大きな変化がみられた。それは,従来,コールの主要な出し手であつた機関が,コールへの運用よりは,自ら貸出しへ運用するような態様を示したことである。

わが国では,相対的にみれば貸出先については都市銀行が恵まれ,資金源ではその他の金融機関が恵まれるというパターンをもつている。そこで,金融ひつ迫期においては,資金源に恵まれたその他の金融機関と貸出先に恵まれた都市銀行との間に,コール市場と手形売買市場に通じて大量の資金の移動が生じ,繁閑の度合を調整する役割を果たしているが,今回は,従来に比べコール・手形売買市場を通ずるこうした資金移動が相対的に少なかつたと考えられる。たとえば,余資金融機関の資金量増加に対するコール・手形市場の資金増加の弾性値を各金融引締期についてみると,42~43年の1.34,44~45年の1.37に対して48~49年は1.21と低下している。

この理由のひとつは,従来コール・手形市場へのの最大の出し手であつた農林系統金融機関の資金運用が,今回の引締期において,企業への貸出しや有価証券の購入に向かう度合を強めたためである。これは,第1部でみたような事情に加え,農中,信農連の系統定期預金金利が相対的に硬直的で,貸出金利や公社債流通利回りとの差が拡大したこともあつて,単位農協等系統下部機関は貸出しや有価証券購入による資金運用の増加を図り,このため農中,信農連の余資が低下したことによる(前掲 第I-4-4図 )。

第II-2-42図 都市銀行の標準金利適用貸出残高構成比の推移

こうした状況のもとで,2つの問題が生じている。第1は,貸出しの主体が量的にも質的にも多様化するにつれて,資金配分における金利機能の役割がますます大きくなつてきていることである。わが国のように金利変動が必ずしも需給要因を反映しない場合,資金配分は金融機関の裁量によるところが大きかつたと考えられる。いま都市銀行の短期大口貸出し(規制内金利適用貸出し)について,その適用金利別構成をみると,引締期における標準金利適用貸出しの比重の上昇と緩和期におけるその低下が目立つ。もちろん,これには,既往貸出しについて金利の改定が一時には行われないことによる面があるが,そうした調整のラグを考慮に入れてもなお,引締期には相対的に低い金利での貸出シェアが上昇している( 第II-2-42図 )。これは貸出金利の変動が伸縮性に乏しいため,資金需給のひつ迫期に都市銀行は金利の引上げよりも裁量的な資金割当による対応を強め,結果として,標準金利適用貸出しのウエイトが高まることを示すものであろう。こうした裁量的な資金配分がマクロ的にみて最適であるとは限らない。貸出主体が多様化し,資金需要と資金供給との対応が複雑になればなるほど,裁量的配分の限界は大きくなるであろう。金融構造の変化のなかで資金配分上の金利機能の重要性は一段と強まつている。第2に,金融政策の立場からみても,金利機能活用の重要性は一層高まつている。これまでの金融政策の効果波及経路についてみると,日本銀行の都市銀行に対する貸出政策の直接的効果に加え,短期市場金利の変動を通じ,その他の金融機関の貸出行動にも大きな影響を与えてきた。しかし,すでにみたような余資金融機関の貸出運用の増加といつた情勢の変化の下では,こうした経路を通ずる政策効果の波及が弱められるおそれが生じている。直接的規制の範囲を広げることによつて,こうした事態に対処するには限界があり,この面からも金利機能の一層の活用が要請されているといえよう。

c. インフレーション下の金利変動

(伸縮性の増大と変動幅の拡大)

すでにみたように,わが国の金利は総じて伸縮性に乏しいが,近年かなり弾力化の努力がうかがわれる。今回の金融引締下における各種金利の上昇幅を,従来の金融引締期と比較してみると,その上昇幅は著しく大きい。これは,公定歩合がかつてなく頻繁かつ大幅に引上げられ,また預金金利も4次にわたり改定されたほか,48年度を通じ市場実勢に応じた公社債発行条件の弾力的引上げが行われ,事業債については,48年4月から49年1月までの間に5回,公共債及び金融債については4回の条件改定が実施されたことにもあらわれている。この意味では,金利の伸縮性の増大という方向への変化は,すでに生じてきているといえよう。

第II-2-43図 定期預金金利と消費者物価上昇率

しかし,金利機能の活用という面において,それはなお充分とはいえない。とくに,現在のように物価上昇が激しい場合には,変動幅の拡大もまた重要な意味をもつからである。今回の金融引締下において,各種金利が大幅に上昇したにもかかわらず,企業の金利負担感はほとんど増大していないことはさきに第1部でみたところである。これは,金利上昇分を,総資産回転率の上昇と,借入依存度の低下でカバーしたからであり総資産回転率の上昇には,物価の高騰が大きく働いていた。すなわち,物価の高騰下においては,金利の上昇が,金利負担の増大に結びつきにくいことを意味している。

したがつて,金利の資金配分機能を十分に発揮させ,また金融政策の有効性を保つためには,インフレ的な経済環境の下では,金利の変動幅をより拡大する必要がある。

第II-2-44図 所得階層金融資産保有状況

このためには,金利弾力化の方向への近年の努力をさらに進め,金利変動に対する制度的な制約を弱めることを基本としなければならないが,同時に金利変動に対する公定歩合の影響が大きいわが国の現状を前提とすれば,公定歩合政策を金融情勢に応じ,いま一層機動的に運営することが重要である。

(所得分配の是正)

このことは,インフレ下における所得分配の不公平とも関連する。著しい物価上昇は一般的に債務者に利得を,債権者に損矢をもたらす。その例としては,インフレ下における預金の実質的価値の減少に基づく預金者の実質的な所得水準の低下があげられよう( 第II-2-43図 )。とくに,低所得層では金融資産に占める預貯金の割合が大きいので( 第II-2-44図 ),預金者保護の対策を講じていくことは重要であり,48年度においてもすでに4度にわたりかなり思い切つた預金金利引上げが実施された。もつとも,本来,金利は資金の需給動向を反映して動くものであり,こうしたインフレによる所得配分の不公平は,総需要抑制策を中心としたインフレ自体の鎮静化によつて是正すべきであつて,直ちに預金金利の引上げを論ずることは必ずしも適切ではない。また,インフレ下における低所得層の保護については,社会保障の充実で対処することも重要である。