昭和49年

年次経済報告

成長経済を超えて

昭和49年8月9日

経済企画庁


[次節] [目次] [年次リスト]

第2部 調和のとれた成長をめざして

第2章 新しい価格体系への課題

1. 商品市場の変貌

(1) 市場の集中化と競争形態の変化

a. 市場集中の高まり

(集中度の高まり)

市場行動のパフオーマンスを変える第1の要因は,いうまでもなく集中度の高まりである。各商品生産の上位10社集中度をみると,32年度から39年度へかけてはほとんどの商品が低下している。ところが45年度へかけては上昇した商品が大半を占めるに至つている( 第II-2-1図 )。

また,製造業の総平均でみても,生産集中度は,30年代後半に低下したあと,40年代に入るとかなりのテンポで上昇し,とくに,上位3社集中度の上昇が43~44年度ごろから目立つている。このような生産集中度の高まりは前述したような日本経済の変化と照応しているが,これは価格協調が行われやすい素地が大きくなつていることを示している。

(業界内秩序の形成)

第2の要因は,業界内秩序の形成である。生産集中度が高くても,上位企業間で激しいシェア競争が行われ,その順位が絶えず交替している場合には,パフオーマンスは競争的であるから,各業界内における企業の売上高順位がどのように変わつているかを調べる必要がある。順位相関係数でこれをみると,合繊,ゴム,無機化学では,30年代において,相関係数は0.8を下回つていたが,40年代になると,これら業種でも,相関係数が上昇し,0.8を下回る業種はなくなつている( 第II-2-2表 )。また,相関係数は低下しているものの,自動車のように上位企業と下位企業の収益率格差が著しく大きくなつたもの,セメントのように逆に格差がなくなつてきたものなどがある。

このような動きは,とくに規模の利益が大きい分野で,40年代に入つて業界内における企業の順位づけが確立し,安定的な業界秩序が形成されつつあることを物語つている。

(新規参入の困難性)

第3の要因は,市場における新規参入が困難になつてきたことである。

まず,生産財の代表として鉄鋼,石油化学についてみると,戦後の技術革新は規模の経済性の追求を急ならしめた。それが参入障壁とならなかつたのは,鉄鉱石,粘結炭,ナフサといつた原料や新しい生産技術を外国から自由に購入できたこと,その資金調達も国際競争力強化という観点から助成されたこと,市場については輸出というバッファーがあつたこと,などによる。こうして,たとえばエチレン分解能力は,第1期(31~34年)の1.5~2.0万トンから第3期(39~42年)には10~20万トンの年産規模(1センター当たり)ヘ飛躍し,現在ではさらに30万トンまで拡大している。また鉄鋼の現状をみると,世界の大型高炉上位10のうち日本が実に9を占めるまでになつており,企業の生産量規模としてみても,世界の鉄鋼上位7社までのなかに日本企業が4社を占めるに至つている(1973年粗鋼生産量)。

こうした規模の経済性の追及に伴う設備規模の拡大は,その建設資金を巨額のものとしている。たとえば,40万トンのエチレン・センターには2,500億円程度日産1万トンクラスの製鉄所に4,000億円程度の資金を必要としている。このほか,規模の拡大に伴つて,労働力の確保,販路の開発なども困難となつてくる。こうしたことから,鉄鋼,石油化学など装置産業への新規参入は従来と違つて困難となりつつある。

(広告等の効果)

第4は,商品の流通販売過程における優劣の強まりである。自動車,家庭電器,医薬品といつた消費財についてみると,自動車など規模の経済性の大きい分野もあるが,総じて流通市場の掌握の度合が企業経営に大きな影響を与える。これには,流通経路,販売網の支配と商品の知名度を高めるという面とがある。前者については後で検討するのでここでは後者の問題について考えてみよう。

第II-2-3図 日本の広告費

第II-2-4図 消費財産業における売上高に対する累積広告費と営業利益

わが国の広告費は経済の高度成長とともに拡大し,35~47年度間に約4倍となつた( 第II-2-3図 )。その効果を売上高に対する広告費比率と営業利益率の関係でみると,総じて広告費率が大きいほど利益率も大きくなるという関係がうかがわれる( 第II-2-4図 )。もつとも,この関係は必ずしも普遍的なものでなく,たとえば医薬品産業上位20社についてみると,利益率,成長率が下位の企業になると,かえつて売上高に対する広告費比率は上昇するという面もある( 第II-2-5表 )。これは,広告がある一定限度以上の出費を伴わないと効果をあらわさないという事情にもよるものとみられる。これに対して上位企業は,広告費支出の累積効果を通じて,自社商品のブランドの知名度を高めて売上げを伸ばし,それによつて高利益と成長性を確保し,また新製品開発の研究費も増加させていくという好循環が可能になる。

こうした関係を家庭電器について上位と下位のグループで比較してみると,広告費の支出競争は下位企業グループの広告費負担を大きくし,売上高に対する告費比率は43年度ころを境として上位企業グループより高くなつている( 第II-2-6図 )。

こうして,広告等を背景として,有力ブランドが大きな優越性を持つこととなつた。

b. 競争形態の変化

以上のような商品市場の変化が進む中で,従来,しばしば過当といわれた激しい投資競争は相対的にウエイトを低下させている。すなわち,競争においてブランド・イメージの向上,品種・品質の多様化,アフター・サービス等のウエイトが高まつている。こうした中で企業利潤の形成については,数量拡大に比べ価格上昇の影響が大きくなつてきている。

40年代に入つてからのこのような変化を,まず売上高と投資額の順位について( 第II-2-7図 )みると,相関係数は多くの業種で上昇している。また,これを鉄鋼業を例にとつて年々の動きでみると,相関係数は33~35年0.939,36~38年0.842,39~41年0.700,42~44年0.929,45~47年0.952となつており,30年代から40年代はじめへかけては激しい投資競争を反映して,売上高と投資額の順位相関係数は低下傾向をたどつた。しかし,42年度以降はこの係数が急速に上昇し,売上高規模に沿つた投資が行われるようになつてきた。また,企業の意識調査をみても「何らかの調整ルールが必要」とみるものが製造業で58.9%に達している( 第II-2-8図 )。

そうしたなかで,企業の利潤形成における価格要因はこのところ多くの業種で強まつている。いま,収益増加に占める価格要因の寄与率を製造業についてみると,40~41年の8.4%から46~47年の57.0%ヘ上昇している。

(投資環境の変化)

このような企業行動の変化をもたらした原因を調べてみると,上記のような商品市場の変貌とともに投資環境の変化をあげることができよう。

環境変化の第1は,わが国の主要産業が量質共に国際水準へ到達したため,キャッチ・アップの過程で働く激しい近代化のインセンティヴがなくなつてきたことである。すでに第1章で述べたように,わが国の主要産業はいまや世界の有力な生産基地と化しつつある。

第II-2-9図 業種別資本ストックと需要の伸びの局面比較

第2は,直接的な投資阻害要因の増大である。経済企画庁内国調査課調べの「資源制約下の企業行動に関する調査」によれば,今後3年間位のうちに国内立地が困難になるとみる企業がふえており,その理由として,「公害問題」(44.5%),「土地確保難」(41.7%),「電力不足」(10.9%),「人員確保難」(25.6%),「原材料確保難」(17.5%),などをあげている。こうした事情が企業の投資行動を慎重化させつつあるといえよう。

(投資の需要弾力性の低下)

こうした状況の下で,投資の需要弾力性の低下が生じている。40年代に入つてからは,ほとんどの業種で売上高が伸びても,売上高の伸びほどには資本ストックは伸びないという関係があらわれている( 第II-2-9図 )。

また,たとえば化学工業にみられるように,需給がひつ迫し,稼働率と製品価格の上昇があつても,設備投資があまり伸びず,資本ストックの伸びは低下してしまうという現象もみられる( 第II-2-10図 )。

こうして,競争形態をみると,30年代の激しい投資競争を背景とした数量面での販路の拡大競争から,近年は,製品差別化等の競争のウエイトが高まつている。こうしたなかで,収益面での価格の影響が大きくなつている。

(2) 流通機構の変貌と今後の課題

流通機構の特性は,生産者と消費者の接点に位置している点にある。戦後わが国の流通機構は,産業構造の変貌に伴い古い伝統の殻を破つて発展した。そうした背景の下で,いままた,新しい変革への入口に直面している。

a. 流通機構の特徴と変貌

(流通機構の特徴)

国際的にみるとわが国流通機構の特徴は,次の3点にある。第1は,企業規模の零細性である。小売業の1店当たり従業員数をみると,アメリカ5.3人,イギリス5.1人,西ドイツ5.4人に対し,日本は47年度でも,3.4人と低い。第2は,中間取引の比重が大きいことである。小売業に対する卸売業の比率を販売額についてみると,アメリカの1.5倍に対して日本は3.8倍と大きい。第3は,総合商社の存在である。主要国における最大規模の商社の売上高を比較すると,1970年において,日本103.8億ドル,イギリス10.6億ドル,オランダ9.5億ドル,イタリア5.2億ドル,フランス3.7,億ドルと日本の総合商社はずばぬけて巨大である。

こうした日本の流通機構の特徴は,中進国段階で過剰労働力を吸収しながら貿易を発展させ,経済成長を図つてきた歴史的特性に基づいている。しかし,こうした伝統の殻を破る変化も戦後成長過程で目立つてきた。

(系列化,組織化,短絡化の進展)

第1は,メーカーによる流通過程の系列化である。昭和30年代以降の規模の経済性追求は量産・量販の太く短かいパイプを生産者の側から流通機構に持込んだ。それはメーカーによる小売店の系列化であり,家庭電器,医薬品,化粧品など多くの消費財分野で侵透した。たとえば,家庭電器小売店ではその3分の2以上がメーカーの系列に入つているといわれる。また,すでにみたように従来わが国の流通機構は,細く長いパイプという表現があてはまるような,卸売段階の複雑さ(中間取引が多いため)と小売段階の零細性で特徴づけられていた。このため規模の経済性が大きく,消費財としての金額もかさみ,しかも,新しい市場開拓を必要とした自動車などでは,従来の流通機構とは別個の太く短いパイプを新設する必要があつた。このようにメーカーによる流通機構の系列化には,家庭電器,医薬品,化粧品などのように古い流通機構を活用しつつ,そのなかに太く短いパイプを敷設していくやり方と,自動車のようにはじめから新しい流通機構を創設するやり方があつたといえよう。

第2は,流通機構の内部における組織化である。総合スーパー,食品スーパー,専門店,月賦百貨店を中心としたレギュラー・チェーン,中小卸小売店のなかから生まれた協業組織のボランタリー・チェーン,フランチャイズ・チェーンなどの成長がそれである。これは,消費市場が巨大化して最小最適規模の販売力を組織化することが容易になつたこと,またメーカーの流通支配に対する消費者側からの桔抗力になりうることなどの要素をもつものであつた。

第3は,流通機構の短絡化である。すでに述べたように,従来は卸売対卸売の中間取引が,わが国流通機構のなかで大きな比重を占めていたが,メーカーからの系列化と消費市場からのインパクトによる組織化は,こうした卸売段階の再編成を促し,流通機構の短絡化が進行した。これには,包装技術の進歩,コンテナーなど輸送手段の改善,真空冷凍の普及,在庫管理技術の向上,高速道路網の整備など流通技術の進歩もあづかつて力があつた。

こうした流通機構の変化それ自体は,近代化過程の一環であつた。組織化の進展は,合理化に伴うコスト引下げ要因,大企業への対抗力の増大,社会的監視の容易さなど望ましい点を有しており,また,系列化の進展も生産面の合理化と一体となつて,日本経済の近代化を図る上で,避けられない面も持っていた。しかし,こうした利点の反面,市場の硬直化を招く要因をも内包していた。とくに系列化の過程では,流通機構に対するメーカーの影響力が強まる傾向を生じた。

すなわち,メーカーの系列の下では,販売競争は価格競争という形ではなく,リベート競争,マージン率競争という形をとるのが普通であつた。メーカーは違つていても,同種商品においては,最終末端価格はほぼ同じであり,こうした分野におけるメーカー間の販売競争は,流通業者に与えるマージン率をめぐるものが多かつた。リベートが横行し,販売奨励を進めるとともに,一方では価格維持協力金,あるいは早期支払いに対する報酬という色彩をもつた。こうした動きが最も典型的にみられたのは,再販制度の下においてである。たとえば医薬品(大衆薬)については再販制度が38年の5社から45年には54社へ普及し,大衆薬生産額の過半を占めるに至つた。こうした再販制度に伴つて,販売促進費が大幅にふえている( 第II-2-11図 )。

(商社機能の増大)

わが国の流通機構を変貌させたもう1つの要素は,総合商社の機能が強化されたことである。

わが国卸売業の売上高に占める総合商社のウエイトは,33年度には6大商社で13(17)%であつたが48年度になると23(28)%に上昇している(カッコ内は10大商社,第II-2-12図)。

こうした総合商社の機能拡大には,次のような理由があつた。第1に,わが国貿易の急拡大である。いま商品別取扱いシェアをみると,輸入品で48.4%,輸出品で34.0%,国内品で13.7%を6大商社が扱つている。これは,一次産品輸入についてみると,もつときわだつたものとなる( 第II-2-13図 )。国際的にみて特異なわが国の総合商社は,貿易立国という歴史的な条件の下で戦前から成長してきたが,戦後貿易の高度成長でさらに大きく拡大したといえよう。

第II-2-14図 総合商社の投資推移

第2に,総合商社は,情報提供機能,商品・市場開発機能,需給調節機能などをもつているので,産業構造の変化のなかでシステム・オルガナイザーとしての役割を果たしてきたことである。

第3に,投融資機能の拡大と,リスクの増大に対する負担をあげることができる。いま,他企業への投融資額の動きをみると,製造業(大企業)に比べて総合商社の伸びが大きく,総資産に占める投融資の比率も最近では製造業を上回つている(第II-2-14図)。その実態をみると,上場1,528社のうち6大商社が持株順位10位までを占めている企業数は38.5%に達しており,系列化している企業数はさらに多い。また,わが国の対外投資件数のうち37.1%は6大商社が関係している(第II-2-15表)

こうした動きのなかで内外の与件の変化に伴う不確実性の増大に対処して,リスクをヘッジする機能が強まつている。10大商社の投資勘定の内訳をみると,30年代後半からウエイトを高めてきたのは長期貸付金等であり,最近ではそれが全体の約4分の1を占めており(第II-2-16表),また,子会社に対する保証債務の対売上高比率も上昇してきている。

第II-2-17図 大手商社10社及び10社以外の商社と製造業の経常利益・自己資本経常利益率比較

こうした商社機能の増大を背景に,近年商社の利潤は伸びを高めており経常利益でみると,46年以降製造業を上回る増加を示している(第II-2-17図)。また,このうち,投資収益についてみると,商社の資金調達コストは製造業をやや下回つているが,投融資利回り水準は製造業をはるかに上回つている( 第II-2-18図 )。

(流通機構と投機)

47年後半以降,48年度にかけては,流通遇程において,投機的行為が目立つようになつた。いうまでもなく,投機的行為は,全面的に悪いものとは限らず,自由な経済機構の下においては,それなりの機能を果たしている面もある。しかし,買占め等防止法制定の背景となつた47年後半以降の動きには,反省すべき面が多くあつた。すなわち,需給のひつ迫下で,投機の対象が他の代替可能性の小さいもの,とくに生活必需品に多く集中したため,その行過ぎによる消費減が,国民生活に大きな影響を与えたからである。

さきにみたような流通機構の変貌が,流通機能の改善に寄与するとともに,こうした投機的行為による価格操作の弊害が発生しないよう,十分な対策を講ずることが重要であろう。

b. 市場パフオーマンスと今後の課題

日本経済の近代化過程が一応完了し,また,内外環境が変貌して,これまでのような激しい投資競争が衰えるとともに,メーカーの競争形態は変わり,流通過程における市場パフオーマンスも大きな変化をみせるようになつてきた。さらに,47~48年度においては,為替変動,海外一次産品急騰,もの不足,石油危機といつた事態の下で,市場パフオーマンスにおける投機的要素が目立つようになつた。こうしたなかで,価格上昇を背景に,異常な高率の利潤を獲得した企業のあつたことも事実であつた。

こうした市場パフオーマンスの変化や,投機的要素の増大は,市場機構に対する不信感を招き,「生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律」による法的規制を必要とするに至つた。しかし,市場機構そのものは,反社会性をもつものではない。日本経済の高度成長がひとつの転機に遭遇し,新しい転換への過程で市場パフオーマンスが変わり,また不確実性の著しい増大のなかで,企業行動が異常化したことにその原因があつたといえよう。

したがつて,適切な総需要管理政策によつて,異常な投機行為が生じないような需給環境をつくり出すとともに,より長期的には,競争促進政策を強化することにより,流通機構の正常な機能を発揮させることが必要である。そのためには,供給側の市場行動を適正に保つため,独禁政策の活用や市場機構に対する政策手段の多様化などを強力に推進することが必要である。それとともに,従来に比べて大きい力をもちつつある供給者が,国民経済の資源配分における社会的責任の重大性を再認識し,それを裏付けるための一定の市場ルールを確立することも重要であろう。

また,生産者,輸入者と消費者の力が交錯する流通機構において,自由で正常な価格メカニズムが働くために,消費者の対抗力を強めることも必要である。