昭和49年
年次経済報告
成長経済を超えて
昭和49年8月9日
経済企画庁
第1部 昭和48年度の日本経済
1. 供給制約下の景気変動
経済拡大が供給力の限界に衝突して次第に収れんしていくプロセスの中心となるのは,需要の減退である。その場合,国民総支出の半分を占めている個人消費の動きに注目する必要があろう。
いま,全国勤労者世帯の家計支出を生活必需支出と随意的支出に分けてみよう。生活必需支出は名目では48年度を通じて急増している。とくに,10~12月以降は前年水準を20%以上も上回る増加を示し,従来の伸びに比べて倍増している。これは消費者物価の急騰によるもので,実質では従来より伸びが低く,49年1~3月には3%強も前年水準を下回つた。
生活必需支出は所得弾力性が低く,所得の低い階層ほど全支出に占める比重は高い。また,それは価格弾力性が低いから,価格が上昇しても安い商品への代替があまり起こらず,価格上昇が支出を高めて家計を圧迫する度合が強い。
一方,随意的支出をみると,これは可処分所得の伸びにほぼ比例して増加しているが,消費者物価の急騰に伴つて実質随意支出は48年4~6月以降伸悩み,49年1~3月には前年水準を8%近く下回つた( 第I-1-11図 )。
随意的支出は価格弾力性と所得弾力性が共に高いから,物価上昇に伴う実質所得の動きに敏感に反応する。この場合,勤労者所得は賃金改定が物価上昇に遅れがちであるから,物価急騰のときは実質所得の低下が起こり,随意的支出の減退が生ずる。
なお,物価の急騰は,実質所得に与える影響や価格弾力性効果のほか,家計が保有する資産の実質価値の変動を通じて消費支出に影響を与える。この効果がとくにはつきりとあらわれたのは49年1~3月であり,金融資産の減価が消費支出を抑制する方向ヘ働いたとみられる( 第I-1-12図 )。
第I-1-13図 民間住宅投資前期比増加率に対する要因別寄与度
このようにして,物価が急騰するなかで,個人消費の減退が生じたが,さらに,住宅投資も同様に減少ヘ向かう動きを示した。いま,民間住宅投資の変動要因を分解してみると,48年1~3月までプラスに作用していた住宅ローンなど金融要因は,引締め強化と共にマイナス要因へ転じたが,その要因を所得要因が打消して,投資は10~12月まで増加を続けた。しかし,49年1~3月になつて実質所得が低下したほか,資材価格の急騰から価格要因もマイナスに転じたため,金融のマイナス要因が強まつたこととあいまつて,投資の大幅な減少が生じている( 第I-1-13図 )。一方,個人消費や民間住宅投資に比べて,予算制約がより弾力的な企業の設備投資はかなり違つた動きを示した。設備投資については,物価上昇の影響は,全体に抑制的な効果を及ぼすのではなく,相対価格の変化が企業採算に与える影響を通じ,業種により異なつた効果をもつた。この場合,当該企業の製品価格に比べて投資財価格が安いほど,設備投資を拡大するという形をとる。49年度設備投資計画についてみると,供給制約で価格上昇の大きかつた基礎資材部門ほど伸びが高くなつている。44年度においては,こうした投資材の相対価格がほとんどその産業の設備投資計画に影響していなかつたことを考えると,物価が急上昇する局面では,業種別にみた場合,設備投資に異なつた影響を与えるといえよう( 第I-1-14図 )。インフレーション的ブームにおいては,製品価格の追随が容易な企業の設備投資は,自律的にはなかなか終息しないことがわかる。
個人消費が減退し,設備投資意欲は根強いというのが,49年前半の景気局面であつた。これは,従来の景気調整局面と全く違つたパターンである。
しかも,賃金・所得が物価上昇に対する遅れを取戻したところで,個人消費の回復が生ずるとすれば,インフレーション的ブームは自律的には収れんしにくいといえよう。インフレーション的ブームをいかに終息させていくかは,今後の政策運営にかかつている。