昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
第2章 世界経済の動向と国際収支
国際収支動向に関連する世界経済と日本経済のつながりについては前節までにみた通りであるが,世界と日本のつながりはより広く経済活動全体,情報文化活動においても強まつている。このような国際化の進展に応じて,わが国の対外経済政策のあり方にも変化が必要とされている。
国際化の程度をはかるには,国内の活動と国際的な活動を比較する必要がある。このために経済活動,情報文化活動を総合した国際化指数を試算してみた。経済活動では貿易,資本,在留人口,人的交流をとりあげ,情報文化活動では通信,文化関連貿易,技術,人的交流をとりあげた。人的交流については観光客を後者とし,その他を前者とした。
この国際化指数によれば,60年を100とすると70年では経済活動239,情報文化活動267,総合253に達している。とくに,人的交流の大幅な上昇が目立つ反面,貿易,通信,文化関連貿易では,国内活動の伸びが高いため国際化の程度はやや低下している( 第2-40表 )。
これを輸入や技術導入などの流入と輸出や海外旅行などの流出にわけて,その格差率(流入と流出合計に対する流出入差の割合)をみると,60年,70年とも,全体では流入超過であるが,この間にその比率はマイナス31.7からマイナス14.5へと大幅に縮小した。経済活動と情報文化活動を70年について比べると,前者ではほぼ均衡してきているのに対し,後者ではいぜん流入が流出を上回つている( 第2-41図 )。
地域別に,流出入格差率を計測してみると,北アメリカ,ヨーロッパからは流入超過,それ以外へは流出超過になつている。60年と70年では,北アメリカ,ヨーロッパからの流入超過は減少しているものの,その他地域への流出起過の程度はさらに大きくなつている( 第2-42図 )。
こうした地域別の流出入格差の変化を,国際交流全体に占める割合の変化と比較してみると,中近東,共産圏ではその割合が増大すると同時に,日本からの流出超過の程度も拡大している。こうした地域との間では,急激な交流の増大が日本側からの進出によつて進められていることがわかる。
もちろん,変化が少なくとも,アジアのようにもともと流出超過で,かつ,大きな比重を占めている場合には,そのままで推移したとしても問題になるであろう。他方,アメリカとの交流は全体に占める割合が低下する一方,流入超過の程度も急速に縮小している( 第2-43図 )。
上記の国際化の程度は日本の国内活動との対比でみたものであり,日本国内に与える影響はこれによつて推測することができても,わが国が世界全体,あるいは個別の国々に与える影響はこれによつては判断できない。それにはわが国の国際的な活動が世界全体のなかで,どのような位置を占めているかを検討する必要がある。
世界各国の様々な分野の対外交流活動はいずれも増大してきているが,わが国の占める地位も次第に高まつてきている。世界各国の対外交流活動に対する日本の対外交流のシェアの伸びをみると,全体では60~65年1.32倍,65~70年1.70倍といずれも1をこえ,また最近の方が高まつている( 第2-44図 )。
その結果,世界の対外交流活動に占める日本のシェアを60年と70年で比敷すると,貿易は7.4%から13.4%,直接投資は1.2%から4.7%,国際観光旅行は0.2%から0.9%へと上昇しており,これらの単純平均でも5.5%から9.5%まで上昇している。
世界経済に与える日本の影響力の高まりをもつともよく示しているのは,一次産品の輸入に関してである。主要な一次産品についてのOECD諸国輸入に占めるわが国の輸入シェアをみると,71年では鉄鉱石の4割,綿花,石炭,木材の3割,小麦,羊毛の2割など,非常に高くなつている( 第2-45表 )。
一次産品全体についても60年の8.4%から70年の15.7%まで上昇している。OECD全体の輸入に対する日本の輸入の弾性値をみると60~65年1.32,65~70年1.42となつており,増加寄与率でも18.5%から25.5%と増大している。とくに65~70年では木材及びコルク(64.0%),鉄鉱石及び鉄鋼くず(55.3%),石炭(67%)の増加寄与率が高く,OECDの輸入増の半分以上が日本の輸入増によるという結果になつている。
このようにみてくると多くの一次産品について,日本の輸入需要の増大が世界全体の需給に大きな影響を与え,場合によつては価格上昇の一因となる可能性もあるといえよう。
72年度はとくに一次産品の供給不足が世界的に大きな問題となつた年であつた。その第1は世界的食糧不足の問題である。従来過剰基調であつた穀物は生産量の減少などから大幅に在庫が減り( 第2-46表 ),肉類でも不足傾向が激化して農産物価格は先にもみたように高騰した(前掲 第2-12図 )。このため最大の農産物輸出国であるアメリカでも73年6月には,物価安定策の一環として大豆,棉実等の輸出を制限する事態まで生じている。しかし,72年度の穀物の不足は,ソ連,中国,インドなど多くの国での気候不順による減産など一時的要因もあり,今後,アメリカ,カナダ等の作付面積の拡大によつて,供給量は回復してくるものとみられる。したがつて,72年度のような需給ひつ迫が長期にわたつて続くことはないと考えられるが,発展途上国などの需要増加はかなりの量にのぼると思われ,小麦,大豆,飼料穀物などのかなりの部分を海外に依存するわが国としては,国内農業の生産力を高めるとともに,輸入先の多角化,開発輸入など食料の安定的供給に努める必要があろう。
第2はエネルギー資源の問題である,70年代に入つて,世界のエネルギー需給をめぐつて危機惑が高まつている。この背景には,とくに石油エネルギーに関しては石油供給の大宗を占めるOPEC(石油輸出国機構)の値上げなど,供給不安定要因が激化していることが大きな原因となつている。さらに原子力等代替エネルギーの利用が環境問題の激化や技術開発の遅れなどから思うにまかせないこともエネルギー危機感を高める一因となつている。
国内にかなりのエネルギー資源をもつアメリかにおいて,73年4月当面のエネルギー不足対策として石油輸入割当制度の撒廃などを内容とするエネルギー教書が公表されたことは,従来のエネルギー危機感に拍車をかけることとなつた。石油をはじめ,石炭,天然ガスなどエネルギー資源の8割以上を海外に依存しているわが国にとつて,その確保の困難性は増大する一方である。
同時に既存のエネルギー資源についてはその埋蔵量に限界があることを考えると,一方では,エネルギー資源の節約をはかるとともに,他方では原子力等の新たなエネルギー源への技術開発努力が,世界各国との協力体制のもとでおおいに促進されなければならない。
このような海外資源をめぐる動きを背景として,最近海外直接投資のなかでも,資源の開発輸入をめざすものが活発化しているが,たんにわが国への安定供給のためだけでなく,資源保有国の発展に貢献することにも配慮して開発が進められる必要があろう。
国際化の進展は,わが国の対外経済政策が諸外国に大きな影響を与えることを示している。国内動向のみを基準として政策体系を組み立てることはもはやできない。円切上げ,変動相場制移行といつた事態はこのような状況を反映するものといえる。
現在国内における経済政策の基本は価格メカニズムの活用をはかると同時に,その限界を政府が積極的に補うという組み合わせにおかれている。対外経済政策についても同様な考え方を採用することができよう。すなわち,価格メカニズムを生かしうる分野ではできるだけそれを活用し,他方,それだけでは不十分な分野では政府が積極的に政策を展開することが原則となる。
これをより具体的に考えると,前者にあたる分野では第1に国際収支均衡のために,より弾力的か為替政策や財政金融政策を活用することである。前にもみたように,世界的インフレーションが続くなかで,国内にもインフレ圧力が強まる事態においては,財政金融政策は本来の目的である福祉向上のため,とくに当面は物価安定に向けられなければならず,かりに国際収支の不均衡が生じた場合には為替政策で対処する余地も大きいと考えられる。
また,新たな国際通貨体制が確立されない現状では,つねに弾力的な対応ができるような体制がとられていなければならない。
第2に,資本自由化,輸入自由化,関税引下げなどを通じ,農産物についてはその特殊性を考慮しつつ,自由な貿易体制が世界的に維持されるよう積極的に行動しなければならない。これは物価安定にも好影響を与えるほか消費者の需要動向にも応えることになる。対外経済政策の一環として実施された輸入自由化や関税引下げなどの措置は,最近における消費財輸入の急増の一因となつて消費水準の向上につながつている。
他方,上記のような価格メカニズムによるのが好ましくない分野としては次の2つがあげられる。
第1は投機的な短資移動に示される市場破壊的な動きである。このため,現在,国際的な短資移動規制策が検討されているが,当面ある程度各国ごとの為替管理措置が必要とされよう。
第2に南北問題に象徴される国際的な貧富の差の解消の問題がある。このためには,特恵関税制度の改善や経済協力の拡充が必要である。また,海外の投資活動や開発協力が相手国の発展に役立つような配慮も必要である。ここで注意すべきことは,国際収支の不均衡が是正されるに伴い,大幅な黒字があるから経済協力を行なうという議論は成立しなくなることである。経済協力は先進国にとつて共通の義務とされており,その本来の趣旨である発展途上国の経済発展の促進,国際的な再分配という目標に向かつて推進されなければならない。したがつて今後のわが国における経済協力の課題としては,政府開発援助およびそれに占める贈与比率の拡大,技術協力の増大,民間ベースの援助の協調的推進などがあげられる( 第2-47図 )。なお,経済協力が相手国の努力を尊重し,促進する方向に沿うよう充分な注意が必要なことはいうまでもない。
最後にな国内の産業政策の推進にあたつても国際的観点からの配慮が必要である。上記の対外経済政策の方向は,国内の産業調整を必然的にひき起こす。しかし,これを回避することなく,積極的に調整を進めていく必要がある。すでにみたように,2回にわたる円切上げはその方向へと産業を動かしている。
わが国が孤立して存在することは不可能であり,国際協調のなかで日本経済の発展をはかつていくことが対外経済政策の基本原則である。
最近,問題となつている食糧,資源・エネルギー問題などについては新たな対応を考えなければならないが,ECがブロック化に進む可能性をもち,アメリカが国内重視に転換している現在こそ,わが国が自由貿易の推進と発展途上国援助の拡大に積極的にとりくまなければならない。