昭和48年
年次経済報告
インフレなき福祉をめざして
昭和48年8月10日
経済企画庁
第2章 世界経済の動向と国際収支
47年度の国際収支の動向を四半期別にみよう( 第2-1図 )。
47年4~6月は円切上げの効果に海員ストの影響が加わつたため輸出入の伸びは低く,とくに輸出は前期比横ばいとなり,貿易収支の黒字は1~3月よりもやや縮小した。しかし,その黒字額は大きく,月平均7億ドルをこえていた。政府は5月には「対外経済緊急対策」(財政金融政策の機動的展開,輸入促進対策など7項目)を決定し,実施に移した。
7~9月に入ると,海員ストの反動と国内景気の拡大から輸入が増大する一方で,各国の景気回復,物価上昇を反映して輸出が増加に転じ,貿易収支の黒字も拡大した。このため,政府は10月には「対外経済政策の推進について」(輸入の拡大,輸出の適正化など5項目)を決定し,貿易管理令等の発動による輸出抑制や関税引下げによる輸入促進等の措置をとつた。しかし,世界景気の拡大,世界的インフレーションの進行のなかで海外需要が増加するとともに,通貨調整を見込んだ船積み急ぎなどが輸出の急増をもたらし,輸入の増加にもかかわらず,貿易収支の黒字は拡大した。
この間,長期資本収支の流出超が増大する反面,短期資本等の流入が目立つた。
このように47年中は対外不均衡是正への努力がなされたにもかかわらず,貿易収支の黒字ははとんど縮小しなかつた。しかし,48年に入つて,国内景気の急上昇,海外一次産品価格高騰に加え,国際通貨不安に対処するため変動相場制へ移行したこともあつて,1~3月の貿易収支の黒字は縮小した。さらに,長期資本収支の流出超も増大した結果,基礎的収支,総合収支とも赤字に転じた。このような傾向は,4月以降も続いており,変動相場制下での為替相場も急激な変動を示すことなくおおむね落着いた動きを示している。こうした均衡達成への動きにはリーズの反動などもあるが,2度にわたる円切上げ効果とともに輸入自由化,輸入枠の拡大など前年来の政策の効果が表面化してきたということが考えられる。
47年度の国際収支については,つぎの3つの特徴を指摘することができる。
第1は,貿易収支の大幅な黒字が続いたことである。
47年度の貿易収支の黒字は,83億56百万ドルと前年度の84億20百万ドルとほぼ同じ水準であつた。
第2は,長期資本収支が大幅な流出超になつたことである。前年度の16億47百万ドルに比べ,59億31百万ドルという大幅な流出超になつている。とくに本邦資本の流出が目立つており,そのなかでは直接投資も着実に増大しているが,借款や証券投資その他の増加が目立つている( 第2-2図 )。これは,後にみるように国際化の進展に伴う企業や金融機関の対外活動の増大も影響している。
第3は,長期資本収支の大幅な流出超を反映して,基礎的収支では2億69百万ドルの黒字とほぼ均衡に近くなつたことである。46年度が46億74百万ドルの黒字であつたのに比べれば,その改善は著しい。
総合収支でも46年度の80億43百万ドルから47年度には29億62百万ドルへと黒字は大幅に縮小した。
貿易収支の黒字が前年なみであつたことは,必ずしも46年末の円切上げの効果がなかつたことを意味するものではない。前年における輸出入の水準に大きな差があつたため,輸出の伸びが輸入の伸びを下回つても貿易収支の黒字がすぐには縮小しないといら事態が続いた。
47年度の輸出通関額(ドルベース)は19.4%の伸びと40~46年平均の19.0%とほぼ同じであつたが,そのうち数量の伸びは7.2%と,40年代に入つてからの平均15.9%に比べ,大幅に低下した。四半期別にみると47年4~6月には数量は前年に比べ減少しており,7~9月以降も数量の上昇分よりは価格の上昇分の方が大きい。輸出金額の伸びは円切上げによるドルベースの輸出価格上昇を反映している一方,輸出数量の伸びの低下は,円切上げによる価格競争力の低下をあらわしている。
他方,輸入通関額(ドルベース)は25.3%の増加と40~46年平均の15.8%を大幅に上回つた。
そのうち,輸入数量は16.4%の増加とこれも40年代前半の14.2%を上回つている( 第2-3図 )。輸入数量に比べて輸入金額の伸びが大きいのは,後にみるように世界的インフレーション,とくに一次産品価格が急騰したことの影響が大きい。このため,円切上げによる輸入価格低下の効果は年後半にいたり,かなりの部分が打消されてしまつた。
以上のように,輸出入の動向をみると円切上げや世界的インフレーションにより金額と数量の間に大きな差が生じ,貿易収支の黒字はドルベースの輸出価格上昇によつてもたらされる割合が高まつている。
それでは,円切上げの輸出入への影響は量的にどの程度であつたのだろろか。
46年12月の円切上げの輸出への効果を輸出関数を用いて調べてみると,16.88%の円切上げは世界貿易の伸び等他の条件を一定とすれば,47年度について輸出数量を16.9%(42.4億ドル)減少させることになる。切上げにともなうドル手取額の増加(25.9億ドル)を考慮した名目値でも,16.5億ドルの輸出減少をもたらすはずであつた。しかし,
①多国間通貨調整であつたため,実効切上げ率にすればおよそ11.2%であり,そのため4.4億ドルが相殺された。
②世界的インフレーションの進行により,競争する各国の工業品輸出物価は3.4%上昇し,そのため9.6億ドルが相殺された。
③日本の輸出業者,メーカーが切上げ幅を全部価格に転嫁せず,円ベース輸出物価を1.7%引下げたため,1.1億ドル相殺された。
これらの要因を考慮したあとの円切上げ効果は約1.5億ドルの輸出減少となる。一方,世界貿易の伸びによる輸出増加は従来からの所得弾性値を前提とすれば53.5億ドルに達するはずである。以上の結果,輸出関数から求められる47年度の輸出額は前年度比52.0億ドル増であり,実績48.7億ドル増を上回つている( 第2-4表 )。
上記の試算からいえることは,つぎの諸点である。
第1に,円切上げの効果はかなりあつたことである。
第2に,円切上げ効果の一部は世界的インフレーションの進行とわが国の輸出価格引下げで吸収された。
第3に,円切上げにもかかわらず輸出増加が生じているのは,世界貿易の伸びとわが国の貿易構造のもつ高い所得弾性値によるところが大であつた。
つぎに,円切上げの輸入に及ぼす影響について輸入関数によつて試算してみよう( 第2-5表 )。
円切上げは,輸入価格(円ベース)の下落と,輸出の減少による国内経済活動水準の低下という2つの経路で輸入数量に影響する。
まず,前者については,16.88%の円切上げが,すべて反映したとすれば,輸入価格(円ベース)は47年度には11.1%低下することになり,それだけによつても輸入数量は8.8%と大幅に増加することになる。
これには輸出と同様いくつかの変動要因があつた。
①多国間通貨調整のため,輸入価格(円ベース)の低下は通貨調整の効果をすべて反映しても10.1%にとどまり,輸入増加率は1.0%低下した。
②世界的インフレーションにより輸入価格(ドルベーズ)は7.5%も上昇し,6.0%の輸入抑制効果をもつた。
③国内卸売物価が3.2%上昇したため,2.5%の輸入増加が生じた。
他方,輸出の減少は国内経済活動水準の低下を通じて2.8%の輸入減少効果をもつていたが,円切上げ不況を回避するための財政拡大,金融緩和によつて国内景気が急速に回復したため,その影響は完全に打消されてしまつた。
上記の要因をまとめてみると,輸入関数による輸入数量の伸びは,14.4%であり,実績はこれを上回つている。これには急速な景気拡大に伴なつて原材料等の輸入が急増したことが反映しているものと思われる。
以上のように,円切上げが国際収支の均衡という目標を十分に達成しえなかつたのは,通貨調整の効果自体はかなりあつたにもかかわらず,世界的な景気拡大やインフレーションの進行など,その効果を相殺する要因が働いていたからであつた。
為替レート変更の効果や,その効果を相殺する要因が各国において異なつたあらわれ方をしているのは,世界的インフレーションの影響や貿易構造が,国によつて大きく異なつているためである。以下では,世界的インフレーションや貿易構造が国際収支不均衡や通貨調整の効果とどう関連しているかを検討していこう。